てへぺろ
「ああぁぁぁぁぁぁ!!!」
狂人の目をしたウリエルが一心不乱にルシファーへ向かって突っ込む。
その手には赤黒い光を纏っている。やはり前に見たウリエルとは様子が違うと言うことが容易にわかる。
天使の奇跡は普通は眩い光を放っているものだ。しかし、今のウリエルの放つ光は鈍い黒を湛えている。
「ふん、普段の貴様ならいざ知らず……この様に狂ってしまったのなら御するのは容易い!」
確かにウリエルは速い。あの狂った状態の正体は不明だが、前回見た時より格段に速くなっているだろう。
だが、動きが単調すぎる。
いくら速くても単調な動きを見切るのは容易い。ルシファーに掛かれば尚更だ。
「『氷結連華』!」
バキンッ!という音と共にウリエルの体を氷が覆い尽くし、巨大な華の形状をとった。
空中にて完全に動きが静止しているのだ。更に、ルシファーの氷は炎すら氷結させる。ウリエルの奇跡の力を持ってしても脱出はほぼ不可能だろう。
「他愛無いな、ウリエル……。普段の貴様なら私ももう少し苦戦しただろう」
「うるる……ううぅぅぅ……ぅぅぅぅぅうぅぅぅ!」
まるで捕獲された猛獣の様に暴れ狂うウリエル。
何がどうなれば人格がこうも変わってしまうのだろうか?
「チッ!やはり通常状態じゃ無理か!だったら早速コレを使うぜ!」
1人の男が強化魔法で脚力を強化し、ウリエルの元へと駆け寄った。
「何をする気だ!」
嫌な予感がする。奴が何かする前に……。
「させるかよ!」
だが、俺が踏み込む前に敵が一気にこちらに攻め立ててきた。
捌くこと自体は問題無いのだが……、ウリエルの状態が気になる。
まだ何かある様なあの行動。
そして、その時、ウリエルが大きく吠え猛った。
「があァァァァァァァぁぁ!」
巨大な咆哮とともに周囲の空気がビリビリと軋む様に震える。
「一体……何をした!」
「へへへ、そいつは教えられねえなぁ……」
ガリッと俺たちと相対している男たちは錠剤の様なものを口に入れる。
どうやらそれがウリエルの急な状態の変化の原因の様だ。
その時、ドクン……ドクン……!という音が鳴り響き、目の前の男たちの体が突如肥大化した。
「んなぁっ……⁉︎」
「へへへ、これで俺たちは最強ダァ……死ねヤァ‼︎」
ブンッ!と腕を振ると、空気が振動し、俺の全身を衝撃が襲う。
ゴキリと鈍い音がなった。俺の骨が砕ける音だと分かる。
「があっ……!」
バカな……先程まで他愛ない相手だったはずなのに……何なんだ、この膂力は……!
俺は成す術なく吹き飛び、木々を叩き折りながら大地へ倒れ伏す。
喀血しながらも立ち上がり、何とか焦点を合わせる。
すると、男は目の前に迫っていた。
「バカ……な……!」
「うおルァッ!シネシネシネシネシネシネシネェ!!!」
この狂った様な目……。まさか、あの薬みたいな奴……、アレの力で強くなってんのか……?
この様子じゃこの狂った様な精神状態が副作用って事か……?
俺は全身を砕かれながらも、反撃の方法を模索した。
まだ一撃たりとも攻撃していない。この薬の力によって強化された体は痛みがあるのかどうかも定かでは無い。
「うぐふ……!はぁっ……!はぁっ……!」
俺の体は再生するからまだ良い。
だが、アスタやベルは無事なのだろうか?
そして、何よりルシファーだ。先程ウリエルもあの謎の錠剤を服用していた。
この普通の魔族にしか見えない男でもあれ程のパワーアップを遂げるのだ。ウリエルが服用した場合どうなってしまうのかだなんて想像したくも無い。
「ざけんじゃねえぞ……!『雷撃強化』!」
俺は一気に身体能力を強化し、目の前の男は肉薄する。
敵は5人。アスタとベルがそのうち3人を相手にしている。
2人ぐらい俺1人で十分だ。
「だぁぁぁっ!」
だが、速い。
「クソッ!何なんだこいつら!」
「さっきこいつらが飲んだ薬!アレって多分……『強化薬』です!バゼル様が禁止していたハズなのに……」
「知ってるのかライデン!」
「はい……?」
「すまん、続けてくれ、アスタ」
戦闘中にふざけるのは止めよう。
「ええと、強化薬と言うのはバゼル様が発見した丸薬なんですが……。そりゃあもう恐ろしいパワーが出るんすよ。どう考えても限界を超えてるだろ!みたいな……」
説明が下手だが、要するに限界を超えた力を引き出すことのできる薬のようだ。
アスタくんは国語力を身につけような。
「副作用とかあるのか?」
「はい、冷静な判断能力が低下してしまうっす。あと、長時間使い続けると体がぶっ壊れます」
「強化魔法のメリットとデメリットをでっかくしたバージョンって事か……」
あの丸薬は危険だ。親父が禁止していたと言うのも頷ける。
だが、何故あんなものを使っているのか?答えは親父が死んで管理する者がいなくなったからだろう。
つまり俺のせいだ。
「あぁ、次から次へと俺の不手際からややこしい事になる……。もうちょい節操を持ってくれねぇかなぁ……」
どう考えても危ない薬なのに何故手を出すのだろうか?知るかそんなもの。分からんし分かりたくもない。
人はリスクという言葉を聞くと判断能力が低下するのだろうか?
「ルシファー、ウリエルは頼んだ。殺すなよ、絶対に戦闘不能にしろ!後で話を聞くんだからな!だが、制圧するだけなら本気を出していい!いち早く勝て!」
「はっ!仰せのままに!魔王様!」
俺はアスタとベルと三人で協力して危険ドラッグをキメて頭と筋力がおかしくなっている5人を始末しなければならない。
「リュート様、殺しても?」
「出来るだけ殺すな。だが、お前や仲間の命が危なくなったら止む無しだ。その場合は迷わず首を刎ねろ」
「了解」
言うとベルの赤い瞳がキラリと光った気がした。
殺す気満々だな。
まぁ良い。あまり気持ちの良いものではないが、手加減している余裕がないのもまた事実だ。
「リュート様!俺はもう本気で行くっすよ!どうせ手ェ抜いてちゃ勝てねぇっすからね!」
「好きにしろ。でも1人ぐらい残せよ?頼むから」
「了解っす!」
多分分かっていないな。
まぁ良いか。アスタがこの調子なら油断することもないだろう。
アスタとベルはもう戦闘に突入してしまった。2人とも殺す気満々である。俺の話を聞いているのかいないのか。
『マスター、ならば私が1人無力化する。他は殺しても構わない?』
「出来れば2人残せ。尋問するときに別々にした後情報のすり合わせをする」
『了解、マスター』
「だが、アクア達のいる場所を最優先で守れ。良いな?」
『それも了解した。任務は馬車の守護。そして敵兵2人の無力化。それでは、戦闘を開始する』
すると、マキナは不意に宙に浮かぶと大きな声で宣言した。
『吹き飛ばす。2人とも、その場を離れることを推奨する。武装展開、断罪破砲!』
マキナはアスタとベル諸共敵5人を容赦なく吹き飛ばした。
「な、何やってんだ⁉︎」
いや、ホント何やってんの⁉︎
『敵兵の武装を鑑みるに今の一撃で数人は生存している。そして、全員の意識を刈り取る事に成功したはず』
「いや、お前……仲間……」
『奴等なら問題無い。回避出来ると確信している。今の攻撃速度に対応することは難しく無い』
なんだ?つまり手を抜いて砲撃したって事か?
確かにベルは一歩引いた位置にいたし、アスタは強化魔法で全身を強化していた。
躱せる可能性は高い。
「ちょっとぉ!何するんかぁ!殺す気っすか⁉︎」
「死ぬかと思った……」
なんだ生きてるじゃ無いか。心配して損した。
2人ともタフだな。ちょっと服の端っこあたり焦げてるじゃん。
「取り敢えずマキナ。謝っとけ」
『こめんなさい、てへぺろ』
お前反省してないだろう。
誰だこんな謝り方教えたやつ。
俺だ。ごめんなさい。てへぺろ。
てへぺろしたかっただけ。ごめんね、てへぺろ