帰還
---リュートside---
俺たちは丸一日かけて妖精界上空へと到着した。
「長かったですね〜」
「この鞍の乗り心地悪いな……、ジルに苦情を言っておくか」
「クッションでも敷けば良かったですね」
そんなものはない。
存在自体はあるにはあるが、持ち合わせがない。
そして、前世ほどのふかふか感も無い。
「取り敢えずさっさと帰って驚かせてやろうぜ。アギレラはもう治ったかな……」
「ですね!」
「む……魔王様……、あれをご覧に……」
「あん?」
ルシファーの指差す方向を注視する。
そこにはミストレア軍の兵達が隊列をなしていた。
流石は魔法適正値最高の種族である妖精族だ。杖を持っていることから魔法攻撃部隊だろう。
そしてその照準は俺たちへと向いている。
「おいおい……もしかして……俺たち……」
「狙われてます……?敵だと思われてます……?」
「もしかしなくてもそうっぽいわね……」
「……どうしよ……」
俺たちの心中をお察ししてほしい。
しかし、兵達にはそんな理屈は通じない。俺が連絡なしに帰ってきたのが悪いのだが。
どこからどう見ても怪しいもんな。
それに、最近はミストレア城に直接襲撃があったのだ。兵達もピリピリしているのは当然だ。
「敵影を補足!攻撃を開始する!放てぇッ!」
閃光を放ちながら多数の魔法光弾がこちらへ向かって飛んでくる。
『ギャオオオ!グルオオ!』
更には此方の翼竜種がパニックを起こして言うことを聞かない。
このままでは消し炭だ。
「くっそ!マズイ……!」
「お任せを」
そう言うとルシファーは翼竜種からジャンプし、空中へ身を踊り出した。
「ルシファー⁉︎」
「貴様ら……この方を誰と心得る……⁉︎『万物凍結』!」
バキンッ!
硬質な音が鳴り響き、次の瞬間、
全ての魔法光弾が空中で静止した。
「なっ⁉︎」
地上の魔法部隊も驚愕を隠せないようだ。
それも当然の事。防御されるのならばまだしも、攻撃が空中で静止したのだ。
霧散したのでも打ち消されたのでも無い。空中で時間が止まったかのように、いや、文字通り時間が止まっているのだ。
『万物凍結』
それはルシファーの指定した物体そのものを凍結させる『奇跡』だ。
動きは止まり、周囲に影響を及ぼすことが不可能になる。
『マスター、私もいく』
「待て待て!お前まで行かんで良い!ルシファーだけでもややこしいのに!」
デウスエクス・マキナが全身の武装を展開しながら殺気を漲らせる。俺としては今すぐやめてほしい。
『マスターがそう言うのならやめておく。しかし、何かあればすぐにでもいいつけて欲しい。マスターの命令は確実に遂行する』
「ア、アー、デウスエクス・マキナハココロズヨイナー」
正直言ってデウスエクス・マキナの一刻にすら匹敵する兵力は俺たちの中でも切り札というに等しい。
だからこそ安易に戦闘行為に走って欲しく無いのだが……。
そうこうしているうちにルシファーは交渉に入っていた。
交渉と言うよりは脅迫なのだが。
「我々は魔王家の者だ!今すぐ攻撃をやめよ!」
「なっ⁉︎ま、魔王家……⁉︎」
どよどよとざわめきが起こる。
どうやら独断専行だったようで、先頭に立つ男の顔が蒼白になる。
自衛のためとはいえ誰にも許可を取らずに迎撃行動を取ってしまったのだ。処罰は免れられない。
「貴様ら……、貴様らは私の主人に弓引いたのだ。よもや……温い処罰で済むと思ってはおるまいな……?」
しかし、ルシファーのドスの効いた声は初めて聞いたかもしれない。
基本的に俺に対しては礼儀を失さずに接しているからな。
「はいはい、ルシファー。もう気にして無いから止めろ止めろ。それに、俺の連絡漏れも悪いんだ」
「しかし……!」
「もう良いって言ってるだろ?それよかさっさと城に案内してくれるか?」
「は、はいっ!」
隊長格の男が敬礼し、俺たちを先導する。
よく見たら耳が長いのでエルフだと言うことが容易にわかる。
「そう言えば妖精族ってエルフしか居ないのか?」
城に入ってからもそうだがエルフしか見たことがない。何故だ?
「いえ、ドワーフやホビットなど他にも妖精族は居ますが……。ここは城ですので兵士が多いのでしょう。妖精族の中でも断トツの魔法適正値を持つのがエルフですので」
「成る程な、いるにはいるのか」
「ホビットやドワーフでも高い戦闘能力を持つ者は少なからずおりますよ」
成る程、兵士には戦闘能力が必要だからエルフばかりいるのか。
エルフって強いんだな。
「じゃあさ、ドワーフって鍛冶に秀でてるってのは本当なのか?」
「いえ、確かにドワーフは土魔法が得意な種族ではあります。しかし、鍛冶技術に関しては個人差があるでしょう。どの種族でも腕のいい鍛冶屋はおります。しかし、何故そのようなご質問を?何か武器をおつくりになるご予定が?」
「あ、いや。純粋に気になっただけ」
昔からゲームとかやってると鍛冶屋のドワーフは多いからな。
この世界ではそうでもないのか。そもそもウチの仲間内で武器を使うのは祐奈ぐらいだからな。
その祐奈は妖精界の王と人間界の王に名剣を貰ってるからな。
折角妖精王に貰った鎧は海に沈めてしまったが。
ま、武器なんて俺には関係ないか。俺は素手だし。
「おにーさーんっ!」
「うぐふっ!」
ボフッ!と俺の鳩尾にヘッドバッドをかましながら1人の女の子が俺に抱きついてきた。
「カレン……、良い子にしてたか?」
「うん!してた!おかえり!おかえり!怪我してない?」
「バカだな、してるように見えるか?」
「見えなーい!」
ギュウウウウ……と七歳児だとは思えない膂力で俺の腰回りを締め付けてくるカレン。
タップタップ。
その時、奥からサリアが走って出てきた。
相変わらずたかそうなドレスに身を包んでいる。王女様は大変だな。
俺はアクアのような庶民派の服も着てみてほしいと思う。
「リュート様!お帰りなさいませ!」
「お、サリアか。ただいま。……ってのもなんかおかしいな……。ココ別に俺の家じゃねえし……」
「ふふ……今は、素直に『ただいま』で良いんですよ?リュート様」
「そっか、……それもそうだな。ただいま」
「はい。お帰りなさいませ」
サリアが楽しそうに笑う。
「……リュート……」
「うん?」
グリッと俺のうなじのあたりを掴むアクア。
どうかしたのだろうか。
「鼻の下伸ばさないで」
「伸ばして無いんだが?」
バカめ、他の女に鼻の下伸ばすか。まだ若くてピチピチの嫁が隣にいるのに。
「うそ、伸ばしてる……、デレデレしてる」
「え〜〜、してないんだがなぁ……」
しかし考えようによってはアクアが嫉妬してくれているのだ。これは喜ぶべきことだ。
そう考えたらなんだかアクアが可愛くなってきた。普段から可愛いと思っているが五割り増しに可愛い。
俺はニヤニヤしながらアクアへ顔を近づける。
「なんだ、嫉妬してんのか……?」
「……してな……っ、…………してる」
「ッ!」
なんだこの可愛い生き物は。
アクアが抱いている子供のことも忘れてアクアにキスしてしまう。
「……リュート……?」
「お前可愛い過ぎな」
大概にしてくれ。最近御無沙汰だから今夜はハッスルしちゃうぞ?
いや、待て。ここ人の家だ。ダメだ。人の家で致すのはなんだかダメだと……思う。
「あ、あの……リ、リュート様……」
「ん?なんだ?サリア。どうかしたのか?」
「あっちゃ〜〜、リュートさんってば……いや、無理か」
俺の前ではサリアが白眼をむいて、俺の背後では祐奈が頭を抱えている。
どうかしたのだろうか?
「あ、リュートさんおかえり!あれ、お姉ちゃん?あっ……」
更にはサリアの背後からルーナも出てきた。アギレラとフェリアも一緒だ。
そしてルーナとフェリアは出てきた途端に全てを悟った顔をした。
なんだなんだ?2人揃って何かあったのか?
「あ〜〜、いや、こうなる気はしていたが……」
「なんだ?フェリア。どうかしたのか?」
「おとーさん。耳貸して」
「ん、なんだ?カレン」
カレンがアギレラの服をくいくいと引っ張る。アギレラは少し表情を柔らかくしながら少し屈む。
「ごにょごにょ」
「何ィ⁉︎そ、そうだったのか⁉︎」
突然驚愕の声を上げるアギレラ。なんだ?なんなんだ⁉︎気になるんだが⁉︎
「ヌオオ!リュート達が帰ったとは誠か!」
バァァン!と大きな音を立てながら妖精王までやってきた。
みんなでお迎えとは豪勢だな。
「よっ、おっさん。ただいま」
「ふむ、無事で何よりだ!リュートよ!ヌハハハ!」
「ああ、今回も結構しんどい戦いだったぜ……」
デウスエクス・マキナが仲間になってくれたのは大きな収穫なのだが、何故俺が『マスター』なのかはついぞ分からなかった。
いや、デウスエクス・マキナも説明してくれてはいるのだがその説明の意味が分からないのだ。
デウスエクス・マキナが言うには『マスターは存在意義のなくなった私に意味を与えてくれた。だからマスター』だそうだ。
しかし、『意味を与えた』の辺りの意味が分からん。そんな事したか?俺。
コイツ、何か勘違いしているのでは無いだろうか?
「ところで、サリアはリュートに想いを伝えたのか?」
「ちよっ、お父様⁉︎」
妖精王の発言にサリアの大きな声が広間に響き渡った。
俺はサリアの大声なんて初めて聞いた。