屋敷再来
「ザイン殿に用があるのですが……」
ルシファーが門兵に問いかける。
一応この中では最も大人っぽく対応が出来るのでこう言うのはルシファーに任せておく。
「旦那様に……?失礼ですが、お名前を……」
「エステリオ家の者です。ザイン殿から聞いておりませんか?」
「魔王家の方々でしたか!失礼致しました。すぐに旦那様を及び致します」
門兵は少し慌て気味に『音信魔法』を使用し、屋敷の内部の者と連絡を取る。
「エステリオ家の方々がいらっしゃった。お通しする」
『はい、では一つ目の応接間にお通しして下さい』
「了解した」
プツッ。
連絡が終了した門兵はこちらへ向き直り、門を開けた。
ギギギ……と鈍く低い音を響かせながらゆっくりと門が開く。
すると中から人が出て来た。見覚えがある。
この優しげな表情の竜人族の胡散臭い男は……、
「やぁ、リュートくん。無事に獣王と出会えた様だね」
「あ、ザイン……、って、何でいる⁉︎」
やはりザインだった。
いやいや、ちょっと待てや。
お前人間界に行ったんじゃないのか。
「え、あぁ、俺が直接行くわけないじゃないか。部下も沢山いるのに」
「あ、リュートだ!」
俺とザインの会話に割り込み、屋敷の中から1人の小さな女の子が出て来た。
ザインの一人娘のノエルだ。こちらに向かって一直線に走ってくる。
「リュートーっ!」
「ぐほっ!」
「久し振りだねーっ!何してたの?」
「ちょっと野暮用でな……。それと、走って来て抱きつくのやめなさい」
股間にヘッドバッドを食らうのは久し振りだ。
確かザインの話ではノエルは既に8歳だ。カレンよりも年上のハズ。と言うか小さいな!俺の股間にヘッドバッティングするのだから相当小さい。
因みにカレンの頭は既に俺の鳩尾を捉え始めている。
「リュートさんは小さな子供によく好かれますねー」
「自分の子供にはイマイチ好かれてない気がするがな……」
少し気にしていることなのだ。
ジンは俺の事を嫌っていないと思うのだがエマがあからさまに俺の事を避けている気がする。
まぁあまりエマのそばに居てやらなったから知らないおじさんだと思われている可能性が無きにしも非ずって感じだ。なにそれこわい。
「ノエル。祐奈と遊んでてくれるか?」
「うん、分かった。ユーナーっ!あーそぼっ!」
「あ、うん、良いけど……。リュートさん、私って子供扱いですか?」
「大人だと思ってたのか」
俺の中では祐奈は大きな子供だ。
「それで、進捗はどうだ?」
「進捗ダメだね」
「お、おぅ」
なんだか妙な気分だ。異世界人だからザインはこのネタ知らないはずなんだがなぁ……。
「俺たちはこれから妖精界へと戻る。ジルの捜索の件だが……」
「あぁ、君たちにも手伝ってもらえるとありがたい。でも人手ならこちらが用意できるからね、人間界に直接いく必要はないよ。もし何かあればそちらの用事を優先してもらって構わない」
「いやいや、ジルは俺の仲間でもある。俺だって喜んで手を貸すさ」
それに、アルバの為にも俺はジルとメイをいち早く見つけ出さなければならない。
「それで、少し話は変わるよ?物は相談なんだがリュートくん。その子、アルバを僕たちに預けてくれないか?」
「あ?」
何を言っているんだこいつは。
「その子は竜人族だ。竜人族の子は多種族に比べても子育てが難しいしね。それに、僕はジルの従兄弟だ。その子を代わりに育てるならなんの血の繋がりもない君よりも僕の方がいいに決まっている」
成る程な。まぁ筋はとおっている。
ジルの従兄弟であるザインならば信用も出来るし、ザインには既にノエルという娘がいる。子育てのノウハウもあるだろう。
だが、
「悪いが、アルバはジル達が帰ってくるまで俺が責任持って育てる。アンタの出る幕はねぇよ」
「何故だい……?」
少しばかりの威圧感を込めてザインが問いかけてくる。
このプレッシャー……。ザインも相当な戦闘能力を持っていると言ってもいいだろう。
「根拠なんてないさ。でもな、この子はおいそれとアンタには渡せねえ。メイがアクアに預けたんだからな」
「それは必要に迫られたからじゃないのかい?非常時に近くにアクアさんしかいなかったとか?」
「そうかもな。でもアンタはその時側にいなかった。その時側にいたのはアクアだ」
「その時側にいたにもかかわらずメイさんとジルを守れなかった人よりも僕の方がアルバを安全に育てられると思うけど?」
「何度も言わせるな。アルバは俺たちが育てる。アンタには渡さねえ。悪いがアンタのその必死な態度に渡す気が無くなったぜ」
何故アルバをそんなにも欲しがる?
これが単なる親切心だと思うほど温い日常を歩んできたわけじゃないんだ。簡単に信じられるはずもない。
確かにベラの発言からしてコイツの言葉が善意からの物言いである可能性は大いにあるだろう。
だが、それはそれとして、だ。
「悪いな。また来る」
「あぁ。今度はジルと一緒に来なよ」
「そうさせて貰おう」
俺はくるりと踵を返した。
アクアやルシファーは戦々恐々として俺たちを見守っていた。
ルシファーがエマとアルバを、アクアがジンを抱いている。
「悪い。心配かけたか?」
「……ううん」
「いいえ。立派でございました。魔王の風格漂う凛々しいお姿でした」
「そ、そうかぁ?」
ルシファーは色眼鏡かけてやがるからなぁ。あまり当てにならん。
アクアはアクアで俺のことを過大評価してやがるし……。
「大丈夫よ。胸張りな。あんたは良くやってたわよ」
「リーシャ……」
リーシャは俺の方に軽く手を置いた。
外に出ると祐奈がノエルを肩車していた。
ノエルはキャッキャと喜んでいる。祐奈はやはり子供の相手をするのがうまい。精神年齢が近いからかもしれない。
「祐奈、帰るぞ」
「え、もうですか?」
「あぁ、用は済んだ。ノエル、またな」
「え〜、もうちょっといればいいのに……」
残念そうに俯くノエルの頭を撫でる。
「また来るさ。いい子で待ってな」
「うん。ねぇねぇ、リュート。耳貸して?」
「あん?こうか」
ノエルが俺を無理やり屈ませる。割と腕力あるな。
そしてノエルは俺の耳に口を近づけて小声でこう言った。
「大きくなったら、ノエルがリュートのお嫁さんになってあげるね!」
俺は少し驚いて固まった。最近のガキはませてやがる。
というかこの台詞、同い年ぐらいの小さい男の子とか幼馴染とかに言ってやる台詞だろうよ。俺なんて10個近く歳が離れているし、二回しか会ったことないのに。
そもそも俺は既に結婚しているのだ。ノエルには言っていなかったが。
でも、まぁ、ここで突っぱねるのもなぁ……。
「何言ってんだか……、ま、期待しないで待ってるさ」
「む〜、絶対だよ⁉︎」
「保証はしかねる」
というかほぼ確実に無理。どうせちびっ子の世迷い言だ。
俺は微笑みながらノエルの頭を再度撫でるとゆっくりと立ち上がった。
すると、同じタイミングで屋敷の中からザインの使用人が出て来た。
メイド服を着た若い女の子だ。
「旦那様、応接間にお茶の用意が……」
「だ、そうだが……飲んでいくかい?リュートくん」
「悪いけど、もう帰るわ。じゃあな」
すぐにでも帰りたい気分だった。
正直言ってザインが今すぐにでも襲いかかって来る可能性すら考慮していた。
だが、ザインは結局何もしなかった。
本当に善意での申し出だったかも知れない。もしそうだとすれば申し訳ないことをしたと思う。
だが、確証がない以上俺がアルバを責任持って守らなければならない。
俺たちは翼竜種の背に乗った。
「行け」
『ギャオオオオオ!』
俺の声に答えるように一鳴きし、空中へと飛び上がった。
俺たちは振り返ることもなく、ザインの屋敷を後にするのだった。
---ザインside---
ザインはリュートたちの姿が見えなくなると屋敷に戻ろうとした。
するとザインの前をノエルが嬉しそうに走って行った。心なしか顔が赤い。
「ノエル。さっきリュートくんと何か話していたけど……何を話していたんだい?」
「えへへ〜、パパには内緒!」
ノエルは元気よく屋敷の中へと入っていくのだった。
何があったのか分からないザインは目を白黒させるばかりだった。