勇者再始動
「ミ……ド……?」
「リュート。すまないな……」
ミドは俺を振り返って目を伏せた。
「私は手を出さない、と言っていたな。あれは嘘だ。私は手を出すと決めていたことが一つだけあった」
スッと顔を上げたミドの瞳はまるで炎のように紅く、染まっていた。
「五界神。フェンリルとヘルは私に逆らえんので放っておくとしてだが……、頭お花畑のオベイロンと何を考えているのか分からん貴様の何方かはしゃしゃり出てくると思っていたぞ……!」
「僕としてはしゃしゃり出て来たのはそっちなんだけどねぇ……」
「フン、地上の出来事に手を出すなど許されることではない。ましてや貴様の都合のいいように地上を利用するなんぞ……以ての外だ!」
ミドが両の拳をギュッと握り込む。
それと同時に周囲に弾けるように魔力が広がり俺の肌を打つ。
そして、ミドの両腕が変化した。
それはまるで龍のように。
しかし、それは竜種のそれとはかけ離れた代物だった。
それは、見ただけでわかるほどに濃密な魔力を湛えていた。
「引いてもらおうか。ここで神同士で本気の戦いは貴様もしたくないだろう?」
「そうだね……。僕も手負いだ。君と戦ったら当分動けないほどに深手を負ってしまうだろうね」
「フン、貴様……私に勝つつもりなのか。青二才が……粋がるなよ……?今ここで捻り潰してやってもいいのだぞ……」
「それこそ良いのかなぁ?君は随分地上に肩入れしてるねぇ……。昔の男の事でも思い出したかい……?」
「黙れ」
ミドは物凄い形相でローグを睨みつけた。
次の瞬間ミドの右腕が一瞬ブレた。
ヒュッ!と小さな音と共にミドの右腕が空を切った。
「怖い怖い。それじゃ、また会おう。僕はお言葉に甘えてここで一旦消えるよ。じゃあね」
そう、ローグは声だけを残して消えた。
「消えた……」
俺は『怒髪天衝』を解除し、その場に座り込んだ。
「はぁ……、た、助かったぁ……。本当に助かったぜミド……」
「うむ。お前が無事で良かった。上から見てはいたが、デウスエクス・マキナ戦には手を貸すわけにはいかなかったのだ。許せ」
「良いんだよ。そんなことより、ジルとメイの居場所は……やっぱり教えられねえか?」
「すまないな……無理だ。許されていない」
口ぶりからして知ってはいるのだろう。
しかし、神は基本的に地上への干渉を禁じられている。五界神程の神となればなおさらだ。そもそもローグが自由すぎるのだ。
しかし、一体これほどの戦闘能力を持つミドが誰に制限されているのだろうか?
「む……?」
その時、ミドが顔を上げ、空を見上げた。
「まさか……、ローグ……ッ!貴様と言う奴は何処までも……ッ!」
「ど、どうかしたのか?」
「空を見ろ」
言われた通りに空を見上げると小さな光が無数に空に散らばっていた。
まだ夕方なのに星が出るにしては早すぎる。
「アレは……魔力光弾?」
「規模が大きい……!リュート、城へ戻れ!私が出来る限り食い止める!」
「わ、分かった……!」
俺はミドを置いてその場から背を向けて走り出した。
しかし、俺は止まった。
『ギギ……、マ……ス、ター……ガガ』
「チッ!」
俺は地面に倒れ伏しているデウスエクス・マキナを担ぎ上げた。
「何をしているリュート!其奴は敵だろう⁉︎捨て置け!」
「此奴は、ローグのやつに捨てられたんだ。お前も見てただろう⁉︎だから……置いてけねぇ!」
「フッ……、ならば好きにしろ!」
俺は無言で頷いて走り出した。
今度は止まらずに。
『リュー、ト……、エステ……リ、オ……。何故……』
「黙ってろ。ぶっ壊れても知らねえぞ。放って置けなくなったんだよ。文句あるか」
『私は……先ほど、まで、殺しあっていた……敵だ、ぞ』
「うるせえな。敵だったら助けちゃダメなのかよ?大体、お前はもうローグに見捨てられたんだぞ。今からどうする気なんだよ?」
『存在意義の……無く、なった私に……未来は……無い。ただ、あの場で……完、全に破壊されるのを……待つ、のみだ……』
「その考えがバカだって言ってんだろうが」
俺はデウスエクス・マキナの言葉を一蹴した。
完全にバカだこいつは。
「生きて見返してやろうぜ。あのいけすかねぇ野郎をよ。もう彼奴に従う必要はねぇ!」
『出力……さらに、低下……。完全停止』
デウスエクス・マキナは俺の言葉に返事をすることはなかった。
ぶっ壊れてしまったのかもしれない。
でも俺はまだ動くと信じて言葉を続けた。死んでいないと信じて。
「死なせねえよ。たとえ敵であろうともな」
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「はぁっ……!はぁっ……!」
俺はデウスエクス・マキナを担いだ状態で走った。
しかし、すでに俺の体は限界だった。
デウスエクス・マキナ、ローグとの二連戦。そして強化術式の過剰運用。
「くっそ……、再生云々じゃなくて体が動かなくなってきた……!」
『リュート・エステ……リオ……』
うわ言のように俺の名をつぶやくデウスエクス・マキナ。
俺は絞り出すように声を漏らした。
「こんな所で……倒れられねぇ……」
しかし、感情とは裏腹に俺の体はどんどんいうことを聞かなくなっていった。
そして、
「ちく……しょう……!」
限界だった。
しかし、
その時、温かい感触が俺の肌が感じ取った。
「良くやった。あとは我らに任せるのである」
「フハハハハハ!余は誇らしいぞ!リュートよ!」
2人の男が俺を支えていたのだ。
「ヴィシャス・ガレオン。ジャード・シャルリア。只今推参した!」
「おッ……さん……ッ!」
「すぐに城へと向かう。しっかりと余に捕まっておれ」
「捕まるって……どこへ……だよ……」
「とにかく捕まれッ!ヴィシャス!隕石の迎撃は任せた!」
「任せられたのである」
2人は俺とデウスエクス・マキナを抱えて走り出した。
そう、現在は隕石と見まごう程のサイズの魔力光弾が降り注いでいるのだ。
このままでは国もろとも全てを破壊されてしまう。
コレはローグによる余りにも唐突な獣人界全体に対する死刑宣告だったのだ。
「腹いせってやつかよ、まったくガキな性格してやがる……!」
「喋るで無い。舌を噛んでも知らんぞ」
「俺は舌噛み切っても死なねえよ」
「ならば存分に喋るが良い!フハハハハハ!はがぁっ!」
「それ見たらなんか安心するなぁ……」
「ええい!お主ら!もっと緊張感を持つのである!ここは戦場であるぞ⁉︎」
俺とジャードの他愛ない会話にヴィシャスがツッコミを入れる。
ちょっと他愛なさすぎた。
「む、城が見えてきたぞ」
「祐奈たちは無事なのか?」
「分からぬ。だが、 無事だと信じよう。そも、奴がそう簡単にくたばるとは思えんがな。フハハハハハ!」
今度は外れないように顎を抑えてジャードが高笑い。
走りながらも俺たちを襲う隕石の様な魔力光弾をヴィシャスが迎撃する。
「むぅっ!迎撃は容易いが、こういくつも来られると一苦労であるな……ッ!」
「すまねぇ、鳥のおっさん」
「気にせずとも良いのである、リュートよ。所でその『鳥のおっさん』とか『空のおっさん』という呼び名……何とかならんのであるか?」
「悪い、嫌だったらやめるけど」
「いや……まぁ、良いわ。好きに呼ぶがいいのである。王たるもの器が大きくなくてはなら無いのである」
器が大きかった。
ジャードも気にしていない風だ。
「余も『陸のおっさん』と呼ばれておるぞ。余にその様な呼び名を使うものなぞ居らんからな。新鮮で良いぞ!フハハハハハ!はがぁっ!」
そしてその時、一際大きな隕石が俺達へと落下してきた。
「で、デケェ……ッ!」
「コレは……!」
「走るぞリュートよ!」
迎撃はほぼ不可能だ。
そう判断したジャードは全力で走り出した。
大地を抉るほどの速度で足を動かす。
「デカすぎる……!」
「諦めるで無いぞ!ぬぅぁぁあああぁぁぁっ!」
「我が活路を開く!付いてくるのである!」
俺達へと落ちてくる迎撃可能なサイズの隕石はヴィシャスが迎撃する。
やはり空を飛んでいるだけあって速度はかなりのものだ。
「ダメだ……!デケェ上に速いッ!」
「ここ……までか……ッ!」
「我が破壊する!『黄金疾槍』ッ!!」
全身が黄金に光り輝く一本の槍と化したヴィシャスが目視出来ないほどの速度で巨大隕石へと突き刺さる。
しかし、
「何という……ことだ……ッ!破壊出来ぬ……だと……ッ⁉︎ぐぁぁぁぁぁっ!」
破壊することは叶わなかった。
ヴィシャスの最高の攻撃が完全に弾き返されてしまった。
後方ではミドが大量の隕石を相手にしているはずだ。
ここを凌がなければなら無い……。だが……!
「『神聖勇護』ッ!」
まるで闇夜を割く雷の様に、
轟音の鳴り響く戦場に凛とした声が確かに聞こえた。
「この声は……、祐奈……か……?」
そして、俺の前に1人の人物が現れた。
俺を振り返り、満面の笑みを浮かべるのは……、
「リュートさん!無事でしたか⁉︎無事ですよね!」
「……祐奈。無事だったんだな……」
勇者、佐藤祐奈だった。
祐奈が主人公してる……。主人公はリュートくんなんですぜ