仇敵
短期決戦。
あと数分以内に勝たねば俺は戦闘不能になる。
まぁフレイムの血の力で死なないのだが。というか死ねない。
しかし身体が完全に崩壊すると再生には途轍も無い時間がかかるのだ。
もし、そうなってしまうと祐奈が戦闘不能な今ではカイリしか戦えない。
流石の王でも、怪我人二人を抱えて神に勝てるとは思えない。
つまり、俺は絶対にここで負けるわけには行かないのだ
「……行くぜ……」
デウスエクス・マキナに聞こえるか聞こえないかぐらいの音量で小さく呟くと俺は機械の知覚すら超える速度で大地を蹴った。
ブチブチと筋繊維が引きちぎれる音と激痛が体内を駆け巡る。
俺の身体はいくらでも再生するが痛覚は通常の人間と同じなのだ。これがまた俺の体の不便なところだ。
「ぐぅぅぅぅ……ああぁぁぁぁあ‼︎」
叫んで痛みを誤魔化す。
止まれないのだから。
どんな手を使ってでも脅威を排除しなければならないのだから。
「こんなぐらいで……悲鳴上げてんじゃねぇええええええ‼︎」
俺は自身の体を叱咤し、前へと足を運ぶ。
惚けた顔のデウスエクス・マキナへと拳を叩き込む。
『は、や……い……』
「うおおおおオラァァァァァァァァッ!」
更に雷撃によって速度のみを一時的に強化を重ねる。
筋肉の硬度を更に強化する。そうしないと自分の足を振る速度で足が飛んでいってしまう。
ゴキリとかバキッとか嫌な音が身体中のあちこちから響く。
『防御魔法展開、『守護防壁』、『衝反射波』!』
ブゥゥゥン……と電気的な音と共に巨大な不可視の防壁が出現し、俺の脚撃からデウスエクス・マキナを守護する。
更に衝撃反射魔法によって俺の脚撃の衝撃を反射し、攻撃力を減衰させようとしている。
「こんなもん知ったこっちゃねぇよ」
俺は策を講じるでもなく、引くでもなく、そのまま更に強化を上乗せした。
バキリと骨が折れたがすぐに再生させる。
踏ん張りがきかなくなってきた。
「『固定魔法』!」
俺は空中に固定魔法で自身の足を固定した。
これにより無理矢理軸足を固定する。足首が千切れたらその限りでは無いが。
ちなみにこの魔法は本来は飛んでくる敵の攻撃を停止させ回避するというものだ。他にも足場を固定したりもする。効果時間はかなり短く3〜5秒。
「ブチ破る……ッ!」
ドドドドッ!
何度も何度も何度も何度も蹴りを打ち込む。
守護魔法は万能では無い。耐久力に限界はある。
ならばそれを超えるダメージを与えればいいだけの事ッ!
5秒も軸足を固定できれば十分なんだよ!
「ぶっ飛べええええぇぇぇぇえええぇぇぇぇ‼︎」
バキンッ!という音が鳴り響き、不可視の防壁が……割れた。
『予測を大きく越えて……いる……。貴様は……一体……』
「俺はただの魔族さ。ただの……魔王だッ!」
そして俺の必殺級の一撃がデウスエクス・マキナを完全に捉えた。
しかし、デウスエクス・マキナもやられっぱなしでいてくれるような大人しい奴では無い。
『魔法術式展開ッ!『剣方陣戟』!』
俺の一撃を防御することが不可能だと判断したデウスエクス・マキナはすぐさま防御を最低限に切り替え、攻撃魔法を展開した。
無数の光魔法で作られた剣が方陣状に並び俺へと殺到してくる。
ドスドスドスドスッ!
ブシュゥゥウ……!と血が吹き出る。
俺の体は竜の血のおかげで失血する事はない。何があっても治る。ただ痛いだけだ。
だから、
「んなもん効かねえんだよ……ッ!」
まるでハリネズミのようになりながら俺はデウスエクス・マキナの肩のあたりを掴んだ。
「おらぁぁぁぁぁぁあっ!」」
『くっ……!』
デウスエクス・マキナは俺の拳を首を横に大きくそらして躱した。
俺の速度を捉え始めている……?いや、違う俺の速度が落ちているのだ。
あと何分だ?
あと何分、俺の体は持つんだ……?
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デウスエクス・マキナは完全にリュートの動きに対応しているわけではなかった。
先程避けることが出来たのは勘だ。
機械である、造られた神であるデウスエクス・マキナが勘を頼りに回避をしたということに自分自身で驚いていた。
この魔族は、異常だ。
普通なら地上の存在は常軌を逸した痛みを『恐怖』に変換する。
人は恐怖なくして生きる事はできない。
ならば何故この目の前の生物は『恐怖』を感じて居ないのか?デウスエクス・マキナには全く理解できなかった。
この魔族は……生物として破綻している。
痛みを無視するだけでなく、デウスエクス・マキナの与える痛み以上の痛みを自分自身で与えているのだ。
何故そんなことが出来る……?一体過去に何があったらそんなことがタダの、神ですらない地上の存在に……?
デウスエクス・マキナは機械的に、合理的に物事を判断する。
そのため、合理、常識から大きく逸脱したリュートの行動に困惑を隠せなかった。
更に、その合理と常識を逸した行動をとる魔族は人造とはいえ神であるデウスエクス・マキナを追い詰めているのだ。
単身で。魔王であるというだけの魔族が。
『コレが……王だというのですか……?マスター……!』
デウスエクス・マキナは自問自答すると同時に主人に向かって問いかける。
声は届かない。
しかし、問わずには居られなかった。こんなデータは自分に入って居ない。知らない。
デウスエクス・マキナら機械でありながら未知のものに『恐怖』し始めたのかも知れない。
極めて合理的に機械的に行動するデウスエクス・マキナからすると異常な行動を取り続けるリュートは恐怖の対象でしかなかった。
この目の前の男の身体の内部は見るも無残な姿になっていることだろう。
機械の神であるデウスエクス・マキナその程度の予測は容易なことだった。
だからこそ理解できない。
あと1分もすれば完全に身体が崩壊してしまうだろう。
そして本人はそれを理解して居てやっているのだ。
デウスエクス・マキナの頭脳を司る機構がエラーを吐く。
『何だこれは』、『知らない』、『訳が分からない』……、
『怖い』。
デウスエクス・マキナはその『恐怖』を振り払うように光の奇跡で前方を薙ぎ払う。
これで完全に消去する……、と。
『……『閃光滅波』ッ!』
しかし、
「離さ……ねぇ……ッ!」
まだ目の前で、デウスエクス・マキナを掴んでいる。掴んで離さない。
デウスエクス・マキナは本気で恐怖した。戦慄した。
何なのだ……、何なのだこの生命体はッ!
知らない!こんなもの知らない!
何を背負えばこの様な異常な行動を取れるのだッ!分からない分からない分からない!
この生物は致命的に何かが壊れている!破綻している!
何故、何故こんなものが生命体なのだッ!?
デウスエクス・マキナは心中で絶叫した。
そこに機械らしく冷静な姿などなかった。
リュートは全身は灼け爛れ、かろうじて四肢がくっついている肉の塊と化している。しかしそれでも尚、離さない。しかも再生を開始していた。
リュートはまだデウスエクス・マキナに勝てる思っている。まだ確かな闘志を燃やした瞳でデウスエクス・マキナを睨みつけている。
いや、勝てると思っているのではない。勝つと確信しているのだ。
それも、自分の実力を過信しているのではない。
ただ簡単な事に、
勝つまでやる気なのだ。
それを理解した途端にデウスエクス・マキナは大地に降りて膝を折った。
『降……参……だ。離して……くれ……』
自分の武装では、自分の思考では、この男を止める事はできない。
そんな物があればの話だが、心の折れたデウスエクス・マキナには、既に勝機はなかった。
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『降参だ……。離してくれ……』
そう言って突然デウスエクス・マキナは膝を折った。
「……あ……?」
意味がわからなかった。
何故、突然降参するんだ?
「何、言ってんだよ……、お前……」
『要求があるなら、それに従う。魔王、リュート・エステリオ』
途端に従順になったデウスエクス・マキナに俺は困惑を隠せない。
罠か……?
「何で、降参なんか……したんだ」
『私ではお前に勝てない。それがわかっただけ。そして、分からないことが増えた』
素っ気なくそういったデウスエクス・マキナは体育座りをした。
『お前、何者なのだ』
「何がだよ……」
再生が始まった。
戦闘を中止したのだ。魔力を全て治療に回すことができる。
『お前は魔族ではないのか……?何故、あのようなことが出来る?』
「意味分かんねえんだけど……」
あのような事って何だ……?俺何かしたか?
『貴様の力の根源は何だ?私には理解できないものばかりだった……』
「根源……、か。考えたことも無いな」
『ならば何を理由に戦う』
「仲間の為……?ってより自分の為だな」
『己の……為……?』
「仲間を死なせたく無いって思う俺の為に俺は戦ってる。だから頼まれなくても助ける。だから仲間の為ってよりは自分の為だな」
デウスエクス・マキナは目を見開いた。
だとしてもここまで自分を蔑ろに出来るものなのか?と。
この男は自分のためと言い張っているが、そうでは無いハズだ。ここまで妥協をせずに自分を追い込むことが出来る人間は居るには居る。だが、レベルが違い過ぎる。
『お前は……、お前の話は聞いても理解出来ない。意味が分からない』
「別に理解して貰おうなんて思った事ねえし、別に良いけどな」
『お前は、魔族では……ガガ……無いのかもしれないな……』
良い加減内部機構がイかれてきたのか、デウスエクス・マキナの声にノイズが混ざり始めた。
「俺は……魔族だ」
俺は転生者だ。
だから厳密に言えば魔族じゃ無いのかもしれない。
でもこの身体は生まれた時から魔族なんだ。だから、魔族で……良いと、思うが。
「で、お前はもう戦わないのか?」
『お前がそう命じるなら……ギ……応じる』
「じゃあ……、もう兵を引いてくれ。この戦争を終わらせたい」
俺はすぐさまそう提案した。
全ての糸を引いて居る犯人はわかって居る。
いつしかその本人を直接ぶっ潰すが、デウスエクス・マキナも従順になって居ることだしここは引いて貰おう。
『了解し……た……』
ドシュッ!という音とドサッ!という音がほぼ同時に鳴り響いた。
「あ……?」
俺の目の前ではデウスエクス・マキナが倒れている。
何が……起こった……?
『出力、急激に低下……緊急停止……すまない……魔王……』
「デウスエクス・マキナ……ッ!」
その体には見覚えのある光の矢が突き刺さっていた。
その光の矢はデウスエクス・マキナの外部装甲を完全に破壊し、内部へと損傷を与えている。
「はぁ……、折角作ったけどやっぱり僕にはそっちの才能がないらしい……。『不良品』になっちゃった」
小さな子供の声が空から響いてくる。
俺の心をざわめかせる声だ。
何度も辛酸を舐めさせられ、何度も恨み、何度も倒すと誓い続けた存在が……そこに居る。
「ローグ……‼︎」
俺の歯を噛み締める音がギリリっ……!と静かに鳴った。