息子の成長
「ただいまー」
俺はジャードにあてがわれた部屋に戻って大声でドアを開けた。
中ではアクアとレヴィアが子供達と遊んでいるはず……。
「あれ」
しかし、部屋の中には誰もいなかった。
そう、誰も。
「……ルシファー」
「はっ、お呼びでしょうか」
「アクア達どこ行ったのか……分かんねえよな」
「探して参ります」
一言言うとルシファーは音もなくその場から消えた。
そんなに遠くへ入ってないと思う。というかどうせ城の中を探検しているのだろう。
レヴィアがいるのなら迷子になる心配はないだろうし、ここで俺が頭を悩ませていても仕方がない。
ルシファーに現在地だけ聞いて部屋で休もう。あいつの仕事の速さならそろそろ見つけ出して来るはずだ。
「魔王様」
「早いッ」
幾ら何でも速すぎるだろーが!どうなってんだこいつは⁉︎
「アクア様達の現在地を確認いたしましたが……、その……」
「どうかしたのか?」
「いえ……、どうやら迷子になってしまわれたようで……」
「なんでだよ……」
俺はため息をついた。
レヴィアがいるのなら大丈夫だと思った俺が馬鹿だった。
アクア達は仕方がない。これだけ広い城だ。迷子になることもあるだろう。だがレヴィア、てめーはダメだ。
「私がお連れいたしましょうか?」
「いや、いい。どうせ暇だし俺が行く。ルシファーは休んでいいぞ」
「いえ、魔王様も昨日来たばかりでは城の全容を把握してはいらっしゃらないでしょう。私が地図がわりに」
「流石だな。城の見取り図覚えたのか?」
「コレでも側近ですので」
流石過ぎる。
これ程スキルの高い男が俺の側近だなんて俺は運がいいとしか言えない。
「しゃあねえ。探しに行くか」
「はっ!」
俺はルシファーを伴って部屋の扉に鍵を閉めてアクア達のいる場所へも向かった。
---
「おい、居ないじゃねーか」
「先程までここに居たのですが……。申し訳ございません……」
「まぁいいや。しっかしどこ行ったんだ……?」
俺は訝しんで周囲を見渡すも人っ子一人いない。影も形もない。
「一体何が……。見失ってしまった……?」
「見失ったって一体どういう事だよ……」
どうやらあのルシファーが見失ってしまったらしい。にわかには信じられないことではあるが。
と、その時。
「ばぁぁっ!」
「ッ⁉︎」
突然の声に俺は一瞬で臨戦態勢をとって距離を開けた。
周囲から魔力を一気に徴収し、身体強化魔法を使用する。こういう時に魔力を使用しないルシファーがそばにいるのは二重の意味で心強い。
しかし、背後に現れた声の主は敵ではなかった。
「……レヴィア……。何やってんだ……。ってか、どっから湧いて出た?」
「フフフー、分かんなかったでしょ。アクアー、出てきていいわよー」
「……リュート。驚かせた?」
「アクア……。何やってんだお前まで……。驚いたぜ……」
俺はそう言って魔法を解除した。
ルシファーの見失っていたアクア達が俺の背後から一瞬にして姿を現したのだ。驚きもするだろう。
俺は呼吸を整えてレヴィアに尋ねる。
「お前らどこにいたんだ?ルシファーが見失ったって言うから焦ったぜ……」
「……私達はそこに隠れてた」
そう言ってアクアが指差したのは何の変哲も無い壁だった。
「壁……に見えるけど」
「ここのボタンをポチッとな!」
レヴィアが楽しそうにボタンを押すと壁が凹んで人一人が通れるくらいの通路が出来上がった。
俺は驚いて目を見張った。
「なっ……隠し通路じゃねーか!」
「このように大きな城ならばこのようなギミックがあっても不思議ではありませんが……。これが私達の背後にも続いていたと?」
「うん。この通路は城のいろんなところに繋がってるんだけど、二人の後ろの方にも続いてるんだよ」
「成る程な……」
俺はそう言って先ほどに自分に対して少し反省会だ。
背後から近づくアクア達に全く気がつかなかった。
確かに周囲を警戒していたわけでは無いが、それでも気付きそうなもんなのに……。
獣人族のレヴィアが相手だからと言っても言い訳は出来無い。
「……リュート。会議、どうだった?」
「その話は部屋に戻ってからしようぜ。なんだか疲れちまった……」
「……うん。わかった」
「あ、レヴィア。ロウルに用事があるんじゃなかったのか?」
「あっ!そうだった!行かなきゃ!じゃ、アクア、また後でね!」
「……うん。また後でね」
そう言ってレヴィアは脱兎の如くかけて行った。猫科なのに兎とはこれいかに。
「なんだ、後で会うのか?」
「うん。ジンとエマとアルバが珍しいみたい。赤ちゃんなんて見たことないからって」
「まぁ好きにすればいいけど……。さっさと戻ろうぜ……」
俺は少し疲れたので早く部屋で休みたかった。
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「それでは魔王様。今度こそ失礼致します。御用の際は……」
「あぁ、頼りにしてる。じゃあゆっくり休め」
「はっ!」
言うとルシファーはいつものようにその場から忽然と姿を消した。
「はぁ……。疲れダァ……」
「……お疲れ様。だいじょぶ?膝枕する……?」
「する」
俺は即答してアクアの膝に頭を乗せた。
下からの眺めは最高だった。子供が出来る前からタダでさえデカかった胸がさらにデカくなった気がする。
そろそろ萎んできそうなもんなんだが。
その時、ジンが突然起き出してアクアの膝をよじ登り俺の顔をつねってきた。
何やら不服そうな表情だ。
「……ジン。悪いな。ここは俺の席なんだ」
「……ジンは抱っこしてあげる」
アクアがそっとジンを抱き上げた。
エマはどうしてるのかと側を見やるとアルバと手を繋いで仲良さげにぐっすりと眠っていた。
「このガキ、まさか俺からエマを取る気か……?」
「リュートってば、気が早いんだから……」
「そんなことはないと思うぞ。最近のガキは心の成長が早いって昔聞いたことがある」
「……それ、アギレラがリュートに言ったんじゃ……」
「そうかも知れないな。忘れた」
まさかのブーメランだった。過去の俺よ、すまん。
しかし俺の精神は前世の記憶を残しているのでかなりのお年を召している。大人びていて当然だ。
「そういや未だにアスタの奴は俺に側室を作らせたがるんだが、お前はその辺どう思ってるんだ?」
「……?別に……?」
「ちょっとはヤキモチ焼いてくれよ……」
呆気からんと言うアクアに俺は嘆息する。
そもそも結婚に対する価値観が前世の俺たちとこの世界の人間では違い過ぎる。
「リュートは魔王様だって昔から言ってたし……。魔王に嫁ぐのなら愛人くらい囲ってくると思ってたけど……」
「えぇ、そんな事思ってたのかよ……。囲わねぇよ……。大体、側室ってのはアレだろ?男が生まれなかったら必要なのであって別に俺たちにはジンがいるから良いじゃねえか」
「そう……だね」
ルシファーは俺が愛人を作る気がないことを知ると何も言わなくなった。
しかしアスタの奴……アレは面白がってやがる。
「でも、好きな人が出来たら愛人作ってきても良いよ……?」
「作りません!俺はお前だけで良いの、お前だけが良いの」
俺はそう言ってジンごとアクアを抱き締めた。
「もうそんなこと言うなよ。何か不安にさせたか?」
「ううん……。リュートは格好良いから」
「褒めても何もでねぇよ。って前にもこんな事言ったな……」
「ん……」
その時、アクアが無言でキスしてきた。
「……キスが出た」
「お前が出したんだろ」
「うぅ……まぁま……」
俺たちがイチャついてるとジンが不満げにアクアを呼んだ。
って……。
「ジン……おまっ!『まぁま』って……⁉︎」
「知らなかったの……?ジンもエマも少しは喋れるんだよ……?」
「う、嘘だろ……っ⁉︎第一声が『パパ』の俺の夢は⁉︎」
「叶わない」
「ぁぁぁぁぁ………」
俺は絞り出すように声を出し、ベッドに顔を埋めた。
まるで地獄にでも落とされたような気分だ。
「ジン。『パパ』って呼んであげて。何だか哀れだから」
「……?」
「……意味が分からないみたい」
「俺が悪いんだ……。俺がずっと家空けてるからぁ……。はあぁぁぁぁ……」
「ちょっとリュート。二人が起きちゃうよ……」
もう何もやる気が出ない。寝よう。寝て忘れよう。
「ぱぁぱ」
「……、……⁉︎」
俺は弾かれるようにベッドから起き上がった。
「ジン……、お前今っ……!」
「ぱぁぱ」
「うおおお!ジン!偉いなぁ!偉いぞ!」
「……うぅ!」
俺が思い切り抱き締めたら嫌そうに俺を振りほどいてアクアの腕の中にすっぽり収まった。
「ジン、もう一回『ぱぁぱ』って呼んでくれないか?」
「や!」
「そう言うなよー」
「……ふふっ」
そんな俺とジンのやりとりを見てアクアは小さく笑うのだった。
思えばアクアが声を出して笑うところを見るのは初めてかも知れない。