同盟
数時間経ってようやく喧嘩をやめた二人は息を切らして床に座り込んでいた。
「ふぅ……はぁ……、き、貴様……相変わらずやるな……」
「お主も昔から腕は落ちていないようであるな……。ぜぇ……ぜぇ……」
俺たちは完全に傍観者と化していた。
だって止めるの面倒臭いし。
ジャードとヴィシャスは昔から何度も喧嘩をしてはこうして和解しているらしい。
良い戦友って奴なのかな。
「貴様も腕が落ちてなくて何よりだ!貴様が弱くなっていては張り合いがないからな!フハハハハハハ!はがぁっ!」
「お主……まだその癖が抜けてないのであるか……。呆れたものである」
「あ……が……がぁっ!ふぅ……」
慣れた様子でジャードは外れたアコをはめ直す。
どうやら若い頃からずっとこうらしい。ヴィシャスは溜息をつきながらやれやれと肩をそびやかせた。
「で!いつになったら会議とやらを始めるんだ?」
あまりに待たされて少しイラついたので棘のある言い方になってしまったが、さっさと進行したいのでこれも致し方なしだろう。
「む、始める前に……ロウルよ!貴様自己紹介せんか!」
「俺が自己紹介する直前にアンタがドンパチ始めたんでしょうが……」
「む?何か言ったか?」
「いえ……何でもないです。はぁ……」
ロウルが恨みがましく小声で悪態をついたが、ジャードは気付いているのか気付いていないのかロウルの言葉を問い返す。
ロウルはわざとらしく大きな溜息をついて短く自己紹介をした。
「陸王の御付きのロウルです。どうぞよろしくお願いします。はぁ……」
「お主もバカ猫の御付きとは苦労人であるな……。どうか強く生きて欲しいのである」
「いえ……お気遣いどうもありがとうございます……」
ジャードは聞こえていないフリをしているのか本当に聞こえていないのかロウルとヴィシャスの会話を完全に無視し、会議を進行した。
「さて!これにて滞りなく自己紹介が終わった訳だ!本題に入るとしよう!フハハハハハハ!はがぁっ!」
滞りなくという単語にそこはかとない違和感を覚えるのだが誰もツッコミを入れない。
もう陸王の顎が外れる仕草も慣れたもので誰も何も言わない。
というか、言っても無駄である。
「うむぅ……。よし。では、つい最近獣人界の片隅の村に大群で襲撃をかけて来た機械人形の件だが……」
「ちょっと待ってくれ。その件なら当事者を呼んだ方が良くないか?」
「ム……?当事者がおるのか?」
「あぁ、アクア達だ」
「何ィ⁉︎」
ジャードが驚いたように目を剥く。
カイリも目を見開いていた。
「ま、待ってください……。あの襲撃に生存者がいたのですか⁉︎」
どうやらここの王連中は事件の全容を把握しているらしい。
俺もこの目で見たがアクア達以外に生き残っていた奴はいなかった。
そして、普通こんなにも出来ないと断言出来るほどの破壊痕が残されていた。
「アクア達はその襲撃の途中に転移魔法でランダムな地点へ転移したんだ。そして、アクアはたまたまここ、リマ・シャルリアにやって来たって訳だ」
「ムゥゥ……、成る程。そのようなことがあればこの国に誰にも見つからずに侵入できたことも頷ける……」
「して、その機械人形とやらは誰の差し金であるか、把握出来ているのであるか?」
「それは俺たちにもわからねえ。アンタらはどうだ?」
あの時敵の正体を裏付ける証拠は何1つ残されていなかった。
「私たちも現時点ではそこまで把握出来ていません。何しろ襲撃があったのが片隅の小さな村だけですので国民の危機感が薄く……」
「普通に考えればあれ程の攻撃力には戦慄を禁じえんのであるが……。長い平和の為、平和ボケしているのであるな」
そう言ってヴィシャスは苦い表情を作る。
この三人を見て入ればわかるのだが、獣人族の間の諍いはこの三人の王には当てはまらないようだ。
この国の歴史に何があったのかは知らないが、王が仲良さげにしているのは良いことだ。
「ではアクアを呼んで参れ!」
「あー、アクアじゃなくてリーシャを呼んでくれるか?あいつとレヴィアは置いて来たほうがいい」
「何でです?」
「リーシャの方が理路整然と話せるだろう。それに、アクアじゃないとジンの面倒を見れない」
「あー……、ですねー」
ジンが相変わらず手のかかる子供だと思っているわけではない。
しかし、何かあった時のためにもリーシャよりアクアがそばにいる方が良いだろう。
子供ってのは母親の存在そのものに安心感を覚える生き物なのだ。
と、俺が思案を巡らせていると扉が不意にバタンと音を立てて開いた。
「はーい、呼ばれて出て来ましたリーシャでーす」
「早いッ!」
リーシャさんがまだ呼んでもないのに出て来ました。
「おまっ……まさか、ドアの向こうで聞き耳立ててたのかっ⁉︎」
しかし、ドアの向こう側には近衛兵が数人いる筈だ。そんなことが出来るはずがない。
「失礼な。そんな浅ましい真似はしてないわよ。ちょっと盗聴魔法しかけてただけ」
「十分浅ましいわ!」
寧ろ普通に聞き耳立ててる方がまだ可愛げがある。
「ま、まぁ良いわ……。リーシャよ、ここに座るがいい」
「ま、話が早くて助かるという言い方もできるのである」
「良いのかこれ、不問にして……。まぁ俺としては助かるけどよ……」
「はいはい、固いこと言わないの。じゃあ細かいところ説明するから聞いてくれるかしら?」
そう言ってリーシャは机に両腕をつく。
こうしてみると会議の議長がリーシャに見えてくる。
「む、了解した。皆の者心して傾聴せよ!」
しかし、相変わらずデカイ声のジャードが一番うるさい。
「お主に音頭をとられると無性に逆らいたくなるのである」
「はいはい。お二人とも喧嘩はまた後日にしてくださいね。今はリーシャさんの話を聞く時です」
そんな二人にカイリが仲裁を入れるのだった。
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「とまぁ、こんな感じね。これ以上のことは知らないわ」
掻い摘んでだが、リーシャは自分達の身に起こった出来事を話して聞かせた。
カレンが俺に話してくれたことと全く同じことで俺も一安心だ。
ここで両者の言い分に食い違いが発生していたら俺もどうすれば良いのか計りかねるところだからな。
「その機械人形だが。何故カイル村に行ったのだ……?」
「大方狙いは俺の留守中に仲間を全員殺そうとでもしたローグの狙いだろう」
「ローグとは?」
それを説明してしまうとかなり話が長くなる上嘘くさくなるので短く要所要所端折って話すか。
「昔から俺とまぁ、因縁のある相手だ。俺の人生において最大の敵だと言ってもいい」
「不倶戴天の敵……ということであるか」
ヴィシャスが分かりやすく言い直してくれた。
そうだな。俺とローグの関係は不倶戴天の敵ってのが一番しっくりくる。
「成る程ね〜。それでリュートくんが留守の間にリュートくんの住んでいたところを攻撃したんだね〜」
「フム、ならばリュートよ。貴様、ここに住むがいい!」
「は?」
何言ってんだこのおっさんは。
リーシャも予想外のようで動きが止まっている。
「ここならば十分な兵力がある。お主らが兵力差を理由に敗れたというのならそのもんだはこれで解決よ!そして、敵の襲撃に備えるにしてもお主を囮にする方が良いに決まっているであろう?」
「そりゃ、理屈はそうだが……。話にも出てきたが殲滅機ってやつの攻撃力は城なんて粉々だぞ?村どころか森まで更地になってたんだぞ?」
「そうなる前に壊せば良いというものだ!余を信じよ!」
ジャードは胸を張ってそう言い切った。
これが王ってやつか……。自分に絶対の自信を持っていて、人を引っ張っていくような何かを持っている。
しかし簡単に頷ける条件ではない。事すればこの国の人々全員を危険に晒してしまう可能性があるのだ。
「リュートよ。この男は約定を違えるような男ではないのである。信じてその身を預けるが良いのである。我らも人ごとではない故、全力を持って手を貸すのである」
「で、でもよ……」
確かに獣人界の内部で起こった事だ。人ごとではない。
しかし……。
「魔王様。ここはお言葉に甘えさせていただくのも良いのでは?」
「これは俺の甘えだ。俺の甘えでもしこの国がカイル村みたいになったらどうするんだ?一体誰がどうやって責任を取れる?」
俺はルシファーに向かって静かにだが、少し強めの語調で突き詰めるように言った。
今日会ったばかりの俺にどうしてこんな命をかけるような真似をするのか全くわからない。
「リュートよ。思い上がるでない。我らはお主のために力を貸すのではないのである。自国を守るためにお主を利用するだけなのである。お主は黙ってこの城に居れば良いのである」
ヴィシャスが静かに言った。
それは鋭い威圧感たっぷりの視線から伝わってきた。
俺が気負う必要はないのだ、と。
「リュートさん。国が滅びた時、誰かが責任を取るなど不可能です。滅びないように命をかけて国を守るのが王の責務。そうでしょう?」
カイリのその言葉で俺は完全に黙り込んだ。
この王様連中はどうも自分の我を曲げない性分のようだ。
確かにカイリの言う通り、国が滅びた責任など取れるはずもないのだ。ならば滅びないように最大限努力しなければならない。
「リュートさん。諦めて乗っかりましょう」
祐奈はそう言って俺の手を握った。
ここまでされてしまっては頷くしかない。
俺はため息をつきながらも承諾した。
「分かった。でも、いくつか頼みがある。もうこうなったら徹底的に頼ってやるから覚悟してくれよ?」
「フハハハハハハ!任せるが良い!フハハハハハハ!はがぁっ!」
「おい、またか」
最後は締まらないジャードだった。