王女の権力
「と言うわけで、コレが私のパパです」
「父だ!」
何が「と言うわけ」なのかよく分からないが感動の再会?を果たした親子はリーシャとアクアに向き直って自己紹介した。
「余の名はジャード・シャルリア!獣人界を統べる三人の王の一人、陸の王である!フハハハハハ‼︎はがぁっ!」
高笑いすると同時に顎が外れたのか間抜けな声を出して口元を押さえながらうずくまる巨漢の獣人族。
なんと締まらないことか。
「え……、王様……?」
「あ、言ってなかったわね。私のパパはこの国の王なの。だから私は王女ってわけ」
こともなげにしれっとした態度のレヴィアにリーシャは絶句してしまった。
何故そのような大切なことを前もって言ってくれないのか。
「あ、肩肘張らなくていいわよ?なんたって私の恩人なんだから。胸張ってデカイ態度してればいいのよ」
「そうだ!娘の恩人とあらば国を挙げての客人として迎える準備は出来ておるぞ!」
「いや、無理でしょ……」
リーシャは半顔で応じる。
一応王様の前だそうなので礼儀正しくしておく必要があるのだが、目の前の男があまりにバカっぽいので力が抜けてしまっていた。
というか、王様と王女様相手に肩肘張らないというのが無理というものだ。
と、リーシャはリュートが王族であるということをすっかり忘れてそんな事を意識の片隅に置くのだった。
「お、王よぉぉぉ!そこにいらっしゃったかぁぁっ!」
と、王様と王女様二人のペースに振り回されていると後方から息急き切って屈強な男たちが走ってきた。
どうやら王様に置いていかれていたらしい。獣人族の王というだけあってジャードの身体能力は相当なものだと推測できる。
その中の一人が前へと進み出てジャードに意見する。
「はぁっ……!はぁっ……!お、王よ……。お願いですから一人で行動するのは控えてください!せめて御付きを数人……」
「フム、面倒なので断る」
「子供ですか⁉︎貴方は責任ある立場なのですからもっと自覚を持って頂きたいっ!」
とっても苦労人な顔が板についた様子の獣人族の年の頃はレヴィアと同い年くらいの若い男が王様に説教を垂れている。
なかなかシュールな光景である。
しかし、王はそんな説教も何処吹く風。耳くそほじりながら空を眺め始めた。
「って……、あぁっ!そこの女!昨日の侵入者!お、王よっ!そこの二人は昨日我が国に無断で侵入した罪人ですぞっ!即刻捉えて打ち首にすべきです!」
「何ィ⁉︎それは誠か⁉︎」
ジャードが驚いたように大声を張り上げる。どう考えても必要以上に大声を張り上げている。
どうやらその若い獣人族の男は昨日に追いかけてきていた兵士の中の一人だったらしい。
そういえば指揮をとっていたのは若い男の兵士だった。兜で顔が隠れていた為、顔がわからなかったのだ。
リーシャは思わず身を引き、すぐに逃げる準備を整える。
ここで戦闘になってしまっては絶対に勝つことはできない。逃げるしかない。
しかし、そう思った矢先、隣から怒号が飛んだ。
「ちょっとパパ!この二人は私の命の恩人よ!まさか……打ち首にするなんて言わないわよね……⁉︎」
「いや……しかしなレヴィアよ……。不法侵入者は即刻打ち首がこの国の法であってだな……?」
あたふたと言い訳のように身振り手振りを交えながら弁解するジャード。
しかし、レヴィアは聞く耳を持たない。
「へぇ……そんな事言うんだ?せっかく私を助けてくれた二人に?」
「しかし……特例を認めるわけには……」
まぁ普通はそうだろう。
特例を認めてしまっては法律が形骸化してしまう。ここは何としてでも法律を押し通すべき局面だ。
しかし、それを瞬時に悟ったレヴィアは攻撃方法を変えた。
「この二人は私の友達よ!パパの所為でなかなか友達のできなかった私の数少ない友達!パパはその友達を私から奪うの⁉︎」
「はうぁっ!い、いや……しかし……」
ダメージを受けたように胸を抑えるジャード。しかし、ジャードも王様らしくまだ認めることはしない。
だが、その声には既に覇気が籠っていなかった。
「この分からず屋!パパなんで大っ嫌い!バカ!アホ!」
もう万策尽きたのかレヴィアが直接的な罵倒に入った。
どうやらそれも効果大らしく、ジャードはまるで胸に矢が刺さったかのように胸を抑える。
「ぐあぁっ!いや……あの……し、しかし……」
「王よ。ダメですぞ。一度特例を認めてしまっては何度も姫様のワガママを聞く羽目になってしまいます」
「ロウル……。あんたは黙ってなさい……」
「……はい」
レヴィアのあまりの形相にロウルはすぐさま閉口し、居住まいを正した。
既にレヴィアの視線は殺気を孕んでいる。
「パパ。私はパパが家に閉じ込めるし、何処に行くにも何人もの御付きをつけるから全ッ然友達が出来なかったわ!でも昨日にやっと友達が出来たの!なのにパパは私の友達を殺すのね!なんて残酷な!なんて血も涙もない!パパは人の皮を被った鬼よ!」
「ぐおおおっ!……わ、わかっ……」
「王よ……特例は」
「黙れ」
「認、め……、はい……」
思わず認めそうになる王を嗜めるロウル。しかし、レヴィアはそれを一瞬で黙らせる。
それだけの迫力のこもった一言だった。
「…………」
ロウルは黙って口を閉じる。
これ以上口を挟んでは自分が後でひどい目にあわされる。
その後、レヴィアの刺し殺すような視線に耐えかねたのかジャードが折れた。
「わ、わかった……。娘を助けてくれた恩として不法侵入の件は不問としよう……。レヴィアよ……それで許してくれるな?」
「うんっ!パパ大好きっ!」
「…………」
この恐ろしいまでの手の平返しにまたもや閉口するロウル。
しかし、ここで何か言ったら鉄拳が顔に飛んでくる可能性があるのでロウルは絶対に口を開かない。
「そ、そうか……。フ、フハハハハハ‼︎フハハハハハハハハ‼︎はがぁっ!」
娘に抱きつかれて頰を緩める。だが、またもや顎を外し、口元を押さえながらえずく。
「もう高笑いやめればいいのに……」
リーシャはそうこぼして背後のアクアを振り返った。
アクアは目の前で起こっていた一連の出来事を気にも留めないで子供達と遊んでいた。
リーシャは自分の気苦労を共有できると一瞬でも思ったのだが、アクアは気苦労を背負うようなタイプでは無いのでそれは結局叶わないのだった。
「それでは我が城に案内しよう……。ロウルよ、丁重に迎えろ」
「御意に」
王の言葉に傅いて頷くロウル。
「分かってる?変なことしたらぶっ飛ばすかんね。あと、後で私の部屋に来なさい」
「…………」
あかん。これあかんやつや。
ロウルは自分の未来に軽く絶望しかけ、言葉が出なかった。
「返事は?」
「……御意に」
返事をしなかったらあとが怖いので小さく返事をしたが気乗りしないロウルであった。
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「ここが我が城、シャルリア城だ!ゆるりとして行くが良い!」
「どーもー」
「大っきいね。ジン、エマ、アルバ」
先ほど殺されかけたことを軽く根に持っているリーシャは半眼で応じ、アクアは王の言葉をスルーして城内の観光を始めた。
「では一番豪華な客間を用意した!そこで今日は疲れを癒すが良い!それでは晩餐の時にまた会おうでは無いか!フハハハハハ!フハハハハハハハハ!」
「ん……」
小さく返事をしてアクアは子供達に視線を戻した。
王の顎が無事だったのが珍しいと思った矢先、廊下で「はがぁっ!」という声が聞こえて来た。相変わらずである。
「……リーシャ……。何とか無事に切り抜けられたね……」
「そうね。一時は本当に死を覚悟したわ……。それもこれもレヴィアのお陰ね。後でお礼を言っておかないと……」
「それには及ばないわ!」
二人がそこまで言ったところで客間の扉がバァン!と音を立てて勢いよく開いた。
二人が顔を上げるとそこにはレヴィアが満面の笑みで立っていた。
「貴方達には感謝してるの!パパが分からず屋なせいで怖い思いさせて本当にごめんね!あ、もう直ぐ晩御飯だから……」
レヴィアがそこまで言ったところでアクアがレヴィアの言葉を遮った。
「……レヴィア。ありがと。あと……、友達って言ってくれて、嬉しかった」
「ホント?」
レヴィアはおっかなびっくりと言った様子だ。
「昨日会ったばっかりなのに友達呼ばわりなんて迷惑かなって思ったんだけど……、ホントに?」
「……そんなことない。私達、友達だもん」
「アクア〜!」
レヴィアがベソをかきながらアクアにしがみつく。
間で挟まれているジンとエマが不満げに声を上げる。
しかし、レヴィアは構わず続けた。
「私友達なんて初めて!」
どうやら本当に友達がいなかったらしい。
リーシャは嘆息しながら二人のもとに駆け寄った。
「もう、私も混ぜてよね。私も友達でしょ?」
「リーシャ〜!ありがと〜!」
リーシャは笑いながら小さく涙をこぼすレヴィアの頭を撫でる。
何気に金持ち特有の可哀想な境遇を目の当たりにして同情の念を隠しきれないリーシャだったが、アクアとレヴィアは相性が良さそうである。