ホワイト企業
「出発するなら早いほうがいい。アギレラが治ったらまずはカイル村に向かおう」
「承知致しました」
俺の言葉にルシファーは二つ返事で頷く。
祐奈は現在ルーナと交代でアギレラの治療にあたっている。アギレラがの治療が完了次第カイル村に出発したいところだが。
「アギレラはまだ時間がかかりそうだな……」
「ごめんなさい、リュートさん。私は治療魔法特化じゃないからちょっと時間がかかります」
「いや、気にすんな。俺なんて治療魔法使えねえしな」
俺は自分の治癒能力が異様に高いので治療魔法を使う必要がない。そんな訳で全く鍛錬をしていないのだ。使えないのも自明だろう。
現在はルーナが魔法の係だ。
「ルーナ。交代しましょう。私が引き継ぎます」
「ありがと、お姉ちゃん」
サリアがルーナと交代してアギレラの治療を続ける。
こうしてサリアも助けてくれるおかげもあってか祐奈とルーナへの負担はかなり軽減されている。
「ありがとな、サリアも。助かる」
「い、いえっ……!お気になさらないでください……。私達の恩人であるリュート様のお仲間なのですから、これは当然の行いです」
そう言ってサリアは真剣な表情でアギレラに向き直った。真面目な彼女らしく無言で目の前の仕事に向き合っている。社畜向きだな。
俺はサリアが治療に集中できるように少し離れておく。
「アスタ。お前の怪我は大丈夫なのか?」
「はい!全快って訳じゃないっすけど、戦闘には問題ないレベルっすよ!」
「そりゃ良かった。無理はするなよ?」
「了解っす!」
祐奈の治療魔法もあるだろうがアスタは自己治癒能力が普通の魔族に比べて群を抜いて高い。流石に俺ほどぶっ飛んではいないが。
アスタは俺たちの仲間内でも屈指のタフネスを誇る。それに見た感じも問題なさそうだ。
だが、俺の部下達は辛くてもなかなか弱音を吐かないので見極めが大切だ。
必要があると俺が判断すれば休ませなければならない。魔王軍はホワイト企業を目指しています。
「でも困りましたね。アギレラさんの治療にはまだまだ時間がかかりますよ……。一刻も早くアクアさん達のとこに行かなきゃいけないのに……」
「ああ……」
俺たちがそうやって頭を悩ませていた時、妖精王が呆気からんと言い放った。
「行けば良いのではないか?」
「あ?いやいや……アギレラを置いてはいけねえだようよ……」
「いや、置いて行くべきだろう。此奴達は我に任せよ。その程度の手助けぐらいはしてやれるつもりだ」
妖精王は男らしく、いや、漢らしく胸を張った。
「お主は一刻も早く仲間達の元へ行くべきだ。子供は父が居らぬと不安がるもの。お主が行かなくてどうする?」
「そう……だよな……。そうだよな……!」
俺は心の中でストッパーをかけていたのかもしれない。
確かに子供達は心配だがここで意識を失っているフェリアとアギレラを、今にも父を失うかもしれないという重圧に耐えているカレンを置いては行けないと心の中でストッパーをかけていたのだ。
「親とは何よりも子を優先する生き物だ。行け、リュートよ。ここに残るものは我が責任持って安全を保障しよう」
「悪い……恩にきる……」
俺はカレンを起こさないようにそっと膝から降ろして立ち上がり礼を言った。
そうと決まれば行動開始だな。
「祐奈、ルシファーはついてきてくれ。アスタ。お前は留守番だ」
「ええっ!な、何でっすか⁉︎」
俺の言葉に衝撃を受けたように後ずさるアスタ。
悪いがまだ全快じゃないのならここで休んでいた方がいい。今後にも影響してしまうかのうせいがある。
「バカか、さっきまで大怪我してたやつを連れて行けるか。ゆっくり休めよ。あと、一応義理立のためにも仲間内から1人はここにいて欲しいってのもある」
全部妖精王に丸投げするのは気がひけるしな。
それにアスタはずっと休みなしで俺に付き合ってくれているからな。たまにはこうして休ませる必要がある。労基は関係無い。
「わ、分かったっす……。でも、次からは留守番はナシっすよ?」
「分かってる。今回は休め。今回だけだ」
そして俺はアギレラを治療中のサリアとルーナへ向き直る。
「ルーナとサリアはここで治療を頼む。2人いれば問題ないだろう」
「分かったよ、リュートさん!」
「リュート様。どうか御無事で……」
2人に指示を出した時、俺の足元で俺の服を枕に寝ていたカレンが目を覚ました。
「おにーさん……どっか行っちゃうの……?」
「ああ、アクア達を探しに行く。ジンとエマとアルバも心配だしな。カレン、良い子で待っていてくれ。みんなを連れて戻ってくる」
「分かったよ……。おにーさん、コレ」
そう言ってカレンは俺に何やら小さな石を差し出してきた。
「これは……」
それは魔石。
俺が小さい頃にメイドのエルザにもらったやつと良く似ていた。
いや、どちらかと言うとアクアとの結婚指輪に嵌っているやつの方に似ているかな。
綺麗な青い光を放っている。
と言うかこれって……。
「アクアの指輪?」
「うん。ポケットに入ってた」
「ポケットに入ってたのか……。サンキューな」
俺はカレンから指輪を受け取ってジジイの入ってるポケットとは反対側に入れた。
ジジイと同じ場所には入れたくなかった。
大方ゴタゴタの間に取れたのだろう。アクアの指輪には高価な魔石を埋め込んで置いたのだがこれでは意味がないな。
「必ず全員で戻ってくる。カレン、ここで良い子にしてるんだぞ?」
「分かったよ、おにーさん。絶対だよ?絶対帰って来てね?」
「ああ。絶対だ」
俺は踵を返し、ルシファーへと向き直った。
「もしかするとジル達もアクア達と一緒に居るのかもしれない。まだ俺たちには転送がどうなったかわからねえ。あいつらが一箇所に固まってくれて居ることを祈るのみだな」
今回は少数精鋭だ。
俺と祐奈とルシファーだけで向かう。
妖精界にルーナとアスタとアギレラ一家を置いていく訳だから後で戻らねばならない。
「さてと、あいつら来てくれるかな」
「どうでしょう……。竜人族の言うことしか聞かないってジルが言ってましたけど……」
「まぁ物は試しだ。ジルがやってたみたいにやってみるか」
「ですね」
俺たちが何をしようとしているのか。それは移動手段の確保だ。
妖精界から獣人界は遠すぎる。国を一個またぐのだから当然なのだが馬を使っても尋常ではない程時間がかかる。
しかし、ここへ来た時のことを思い出して欲しい。俺たちは空路を使った。
空を飛べば国を一個またぐぐらい速攻だ。そこでジルの翼竜種を呼んでみることにしたのだ。
しかし、問題がある。
ジルの話では竜人族の言うことしか聞かないらしいのだ。
来るときは俺たちを乗せてやってくれとジルに命令されたから乗せていたと言うのなら俺たちは帰り道はどうすればいいのか。
その辺りジルはしっかりしているので今なら多分言うことを聞いてくれるはずなのだ。
もしダメだったら……馬もいないし徒歩だな。
「ぴー!」
「お前口笛ド下手だな」
「そ、そんな事ないですぅ!ぴ、ぴぃー!」
「クソ下手じゃねえか」
しかも、それ口笛じゃ無いし。口で言ってるし。
ジルの真似をして口笛で読んでみるが祐奈のこれを口笛とは呼べないのでは無いだろうか?
俺は祐奈を押しのけて口笛を吹いてみる。
物凄くうまいとは言えないが祐奈よりは確実にマシなやつが吹けた。
すると……、
「お?」
「おおっ!」
妖精界の空にいくつかの飛行する影が見えて来た。まさか、本当に来たのか?
「何匹いる?」
「えーと、1、2、3……4……あ、5匹います!」
「あいつら本当に頭良かったんだなぁ……。ちゃんと帰って来るとは……」
俺は関心しきりだ。下手な犬より頭がいいぞ。
「私前にそうとは知らずに食べちゃいました」
「アレどうなの?美味い?」
「いえ、爬虫類特有のエグさがあってなんとも……」
祐奈は渋い顔をして目を細めた。どうやら味に関してはいい思い出はないらしい。
爬虫類特有のエグさなんて俺には分かんねえよ。爬虫類食ったことないし。
「あぁ……まぁ、俺たちは生まれが特殊だから舌が肥えてるのかもな」
「そうですね。メイは平気な顔して食べてましたし」
そうこうしているうちに俺たちのところに翼竜種が到着した。
ジルの私物である轡や鞍をつけている。
こうしてみると扱いは馬とあまり変わらないらしい。俺たち異世界出身者からすると馬肉はそこそこメジャーな食い物なんだが、どうやら竜人族は翼竜種を食ったりしないそうだ。
到着した翼竜種の首の辺りを撫でる祐奈。
翼竜種は気持ち良さげにその鋭い眼を細めて首を少し下げる。
「よしよし、良い子良い子。この子達は今は私達の言うことも聞いてくれるんですかね?」
「さぁな。俺たちが出来るだけ速く獣人界に到着するにはこいつらの力が必要不可欠だ。まぁ、任せるしかないだろ」
5匹いるところ悪いのだがこの中から連れていくのは3匹だけだ。
向かうのは俺と祐奈とルシファーだけだからな。
「じゃぁ適当に……お前とお前と……お前でいいか」
俺は本当に適当に3匹選んで轡から伸びてる手綱を握った。
すると選ばれなかった翼竜種が不満気に声を上げる。
『ギャオォ、ギャオオッ!』
「うぉう、そんなに行きたいのか。じゃあお前でいいよ。代わりにお前留守番な」
仕方がないので俺は別の翼竜種に居残りを命じる。
しかし、その翼竜種もまたもや不満気に声を上げた。
「うるせえな……。ああもう面倒臭え!全員来ていいよ!そんなにジルに会いたいか!」
俺が投げやりに叫んだら翼竜種達は少し嬉しそうに羽をバタバタと震わせた。
本当に主人に会いたかったらしい。これぞ忠犬、いや、忠竜だな。ハチ公って名前をつけてやろう。
俺は半ば適当に真ん中の一番でかい翼竜種にハチと名付けた。
「じゃ、よろしくな、ハチ!」
『グルルルッ』
どうやらこの名前はお気に召さなかったらしい。
何故か投稿直前にならないと書き上がらない。ケツに火をつけられると速くなるタイプな私でした。