機械人形の侵攻
それは突然にして訪れた。
まだなんの前触れもなかった頃。突然隣の部屋でジンが泣き始めた。
「……ジンが起きた。寝坊助さん」
アクアがゆっくりと腰を上げてジンの元へも向かう。
数分も経たない内に戻ってきたのだが、一向に泣き止む様子はない。
「……どうしたの?ジン。どこか痛いの……?」
「うぇぇぇぇええ!」
アクアが心配そうにジンの瞳を覗き込むがジンは何も言わずにただ泣くのみ。
すると、ジンの鳴き声に呼応するようにエマも泣き始める。
エマは特に何もなくてもジンが泣くと泣き始めるのだ。理由は分からないが。
「あぁ、エマちゃん。よしよし……。ほら、泣き止んで?」
カレンが頑張ってあやすとすぐにエマは泣き止んだのだが、
「ふぇぇぇええ!」
「……ジン……。どうしたんだろう……。魔力が足りないの……?」
しかし、そうでは無いようだ。
現在も泣きながらではあるが、少しずつアクアの身体から魔力を奪っている。
「おねーさん、おかーさん呼んでこようか?ずっとジンくん抱っこしてたら危ないよ?」
「……うん、お願い……」
「わかった!エマちゃん。ここでおりこうにしててね?」
カレンはそう言ってエマを椅子に座らせると勢いよく家を飛び出していった。
しかし、
「きゃぁぁぁっ!」
「……カレン……⁉︎」
アクアはカレンの悲鳴を聞き、部屋にジンを置いて外へと飛び出そうとした。
しかし、
「ジン……?」
「まぁま……だめ……」
「え……」
ジンがアクアの服を掴んで引っ張っていた為、一瞬挙動が遅れてしまった。
ドゴォォッ‼︎
その時、屋外から大きな爆発音が響き渡った。
大爆発。アクアたちのいるこの家も危ない。一瞬後には木っ端微塵になっているだろう。
「ダメ……っ!ジン、エマッ!」
アクアは瞬時に危機を察知し、ジンとエマを乱雑に掴んでその場から大きく跳躍し、家の壁をぶち破って脱出した。
強化魔法を使用したのは初めての経験だった。
危機的状況になると普段使い慣れていない魔法でも流れるように使用できるものだ。
その点はアクアを一瞬だけ安堵させた。少なくとも2人の子供の命は助けることが出来た……。
「くっ……、大丈夫……?ごめんね……?」
アクアが少し乱暴に脱出したのだが、ジンもエマも泣いていなかった。
ただ前を見据えていた。
そして、アクアにとってその姿はリュートを思い起こさせるには十分だった。
しかし、アクアはすぐに思い当たった。攻撃が来る直前に家を出て行った女の子の事に。
「そうだ……、カレンッ⁉︎無事……ッ⁉︎」
「カレンなら無事だ……。何とかな……」
「……アギレラ……」
アクアの力では2人の子供を守るので手一杯だったが、異変を察知したアギレラはすぐにこちらに駆けつけてくれていたらしい。
少々怪我をしてはいるが、無事にカレンはアギレラの胸の中に収まっていた。
「おとーさん!」
「アクア……。カレンを連れてすぐに逃げろ。すでに他のみんなは避難させてある。向こうではジルが皆を守っている。早く行くんだ……」
「……そんなことより、……あいつら……何……?」
村を爆撃してきたのは敵襲であった。
しかし、その敵襲の犯人は普段見慣れている様な5種族の生物ではなかった。
更には、それは竜種でもなく、魔獣でもなかった。
機械。
例えるならそれが最も近いだろう。
この世界の機械技術は殆ど発達しておらず、良くてカラクリ止まりである。
自動で駆動する機械人形など存在するはずもない。
だが、それは確かにアクアとアギレラの目の前に存在した。
更に、その敵は数を増し、どんどんと姿を現してくる。
「奴らの正体に構っている暇はない……。早く行け!」
アギレラは語気を強めて叫んだ。
アクアは無言で頷き、エマとジンを片手で抱いてカレンの手を引いた。
「カレン……、行くよ」
「え……、や、ヤダよっ!おとーさんも行こうよ!」
しかし、カレンはイヤだと首を横に振り、頑としてその場から動こうとしなかった。
薄々分かっているのかもしれない。父では勝てないと。
何せ数が違う。
機械の人形はなおも数を増し、森の奥からゾロゾロと姿を現していた。
普通に考えて人が1人で太刀打ちできる様な物量じゃない。
「俺はここで奴らを食い止める。俺なら最悪1人で逃げられる。先に行け、カレン」
「ヤダヤダヤダ!こんなところ危ないよ!一緒に逃げようよ!一緒に来て私を守ってよ!」
「カレン……」
アギレラはカレンの頰を優しく撫でて言い聞かせる様に口を開いた。
「お前は聞き分けがないな……。一体どっちに似たんだろうなぁ……。俺もフェリアも少しばかり頑固なところがあるから……まぁ、どっちもか」
「おとーさん……?」
「カレン。お前は俺の大事な宝物だ。たとえ死んだってお前だけは失いたくない。でもな、父さんだって死にたくない。宝物を二度と見れなくなるのはゴメンだ」
そう言ってアギレラはニヤッと歯を見せて笑った。
口の隙間から鋭い犬歯が覗いている。
そして、カレンの頭に手を乗せて言った。
「すぐに戻る。約束だ」
「ホント……?」
「父さんが約束を破ったことがあったか?」
「今度遊んでくれるって言ったのに遊んでくれなかった……」
「ム……、そんな事もあったかな……」
なぜか締まらないアギレラだったが、その後覚悟を決めた様に顔を上げて立ち上がった。
その鋭い目つきは既に父親のものではなく、戦士のものとなっていた。
「さて、行くとするか……。アクア、カレンを頼む」
「……分かった。絶対帰って来て……。じゃなきゃカレンが悲しむし……、それに、私も悲しい」
「ああ、すまないな。少し時間を稼いだら戻る。フェリアの転送魔法陣で遠方へ逃げる手筈になっている」
どうやら避難先でフェリアの転送魔法陣の準備が出来ているらしい。
流石の迅速な対応だ。場馴れした人間が偶々とは言え出揃っている影響だろう。
そして、それはアクアも同じだ。アクアは冷静に情報を頭の中に入れ、再度尋ねる。
「分かった。どれくらい稼げる?」
「何せあの数だ……、十分も持たないかもしれん。だが、それだけ稼げるなら問題ないだろう。さ、早く行け」
「分かった。気をつけて……」
それだけ聞くとアクアはカレンの手を引いて走り出した。
カレンは名残惜しそうに後ろを何度も振り返りながら父に対して呼びかける。
「おとーさーん!絶対戻って来てねー!約束だよー!」
「おぅ!任せておけ!」
アギレラはカレンの呼びかけに左腕を大きく上げて答えた。
そして、すぐに前方へと向き直ったアギレラは自分を素通りし、アクア達の方向へ向かおうとする機械人形へ思い切り打撃を加え、地面に叩き落とした。
ドゴォッ!
「おいおい、ちょっと俺と遊んで行けよ……。どうせ暇なんだろう?」
『ギギギ……。邪魔スル物ハ殲滅スル。排除セヨ‼︎』
『了解、指機官』
「指機官……?」
ジャキジャキジャキジャキッ!
先程の『了解』という言葉とともに突然機械たちの統制が取れ始めた。
機械的な音と共に多数の砲門がアギレラに狙いを定めた。
「コイツら……一体……?」
『白兵機。前ヘ』
『了解』
『狙撃機。後方カラ支援セヨ』
『了解』
無機質な声が響き渡った。
アギレラは全身で危機を察知し、その場から逃げるか戦うかの選択を瞬時に決めた。
逃げるしかない。
それは単純明快な思考でありながらも決定に数秒を要してしまった。
ここで逃げて仕舞えば自分は死なないが、転送魔法陣で逃げる可能性が減ってしまう。
だが、この機械人形の攻撃力を予想するに、ここでアギレラが体を張っても数秒も持たないだろう。
相手の戦力を完全に見誤っていた。
そう、だから逃げるしかない。
ここでアギレラが立ちはだかっても何の意味もない。
何故ならここで立ちふさがろうと逃げようと時間の誤差は数秒だからだ。ここで死んでも無駄死にだ。
だが、まだ出来ることはある。
「くっ……、クソッ!」
『討テ‼︎』
瞬間。
まるで爆薬が弾けるような瞬発力で猛然と白兵機がアギレラの元へと迫って来ていた。
「何ッ⁉︎」
ドドドドッ!
さらに、その後ろからは敵の狙撃機による狙撃が行われている。
「グルルルル……ッ!」
しかし、それを極限にまで研ぎ澄ませた獣人族の五感と身体能力で回避する。
攻撃はしない。
1秒でも長く時間を稼ぐため、ひたすら回避にのみ気力と体力を注ぎ、遠回りをしてフェリアの達の元へと向かう。
どうやら先程の指機官と呼ばれていた機械のみが喋れるらしい。
そして、指機官の命令に他の機械人形は絶対に従う。そう思っていいだろう。
先程の指機官と呼ばれた機械人形はアギレラを殲滅せよと命令した。つまり、アギレラをどこまでも追いかけてくるということだ。
ならばその性質を逆手にとって遠回りする。それで時間は稼げるだろう。
「フェリア……頼むぞ……!」
---
「フェリア……!」
「アクア!カレン!無事だったか……。それに、ジンとエマも怪我はなさそうだな……」
アクア達はフェリア達の待つ場所へ到着した。
ここではフェリアが転送魔法陣を作成している途中だ。
数台の機械人形の残骸を見るに、ここでも戦闘があったのだろう。
だが、ジルが全て破壊したようだ。
少し怪我があるが、流石の竜人族だ。既に少しずつだが傷が治り始めている。
「アクア、無事だったか」
「ジル……。もうすぐアギレラが来る……」
「ああ。ったく、こっちがこんなことになってるとは……リュート達は知らねえだろうな……。こんな時アイツらがいりゃあ……」
ジルが後頭部をガリガリと掻きながらこぼした。
しかし、それはこの場の誰しもが思っていることであった。
「大丈夫?アクアちゃん。何かあったら私が守ってあげるから。エマちゃん貸して」
「リーシャ……。ありがと……」
「おおよしよし、エマちゃんこっちおいで……」
アクアは片方の腕の中に双子を抱えてもう片側の手でカレンの手を引いていた。
あまりに気が動転していてそのあたりに気が行っていなかったのだ。
リーシャがアクアの腕からエマを受け取った。
「……どう?フェリア……」
「もう少しかかる……。だが、あまりに急造のため目的地がどうなるか分からん……。流石にそこまで遠方まで飛ばんとは思うが……」
転送魔法陣は本来作成に多大な時間がかかるものだ。
あらかじめ計画していたものならいざ知らず、急に使用せねばならない場合はどうしても穴が出てきてしまう。
と、その時、
「おい、アレ見ろ」
ジルが前方を指差した。
目をやるとそこには土埃と共にアギレラの姿があった。
「おい、かなりの数いやがるぞ……!」
「ジル。アギレラごとあの辺りを吹き飛ばせ。アギレラなら躱せる……!」
「おいおい、お前は鬼かよ……。仮にも旦那だろ……」
「構わん。私の夫は貴様の攻撃も避けられんような男ではない」
「へぇ、死んでも後悔すんじゃねえぞ……?『竜化』!『竜撃咆哮』ッ!」
ジルは『竜化』を使って前方を一気に吹き飛ばした。
竜の咆哮を模した、音による大破壊攻撃。
目の前にあった自然ごと全てを破壊し尽くした。
土煙がモウモウと舞い上がり、前方の視界が遮られた時、
ドサッ!
と、隣にボロ切れのようになった獣人族の男がグシャリと折りたたまれて落ちてきた。
「てめぇ……、危ねえじゃねえか。せめてなんか言えや……」
恨み言を言いながら顔を上げるアギレラ。
どうやら深刻なレベルの怪我は無いようだ。
「本当に避けてやがる……。チッ」
「おい、今お前チッて言ったか?」
「あ?うっせーな。反省してまーす」
「てめぇ、ブチのめしてやろうか……」
「やめろアギレラ。私が頼んだのだ。お前なら避けると思ったのだ。そうだろう?それより……」
そう言ってフェリアは前を指差した。
「もう少し時間がかかる。相手をしておいてくれ」
そこにはまだまだ機械人形の姿が。
まるで砂糖に寄ってくるアリの大群だ。
「無限に湧いて出てくるのか……?」
「分からない。アクア、リーシャ。子供達を連れて奥へ。アギレラ、ジル。お前達は奴らを一歩も通すな。いいな?」
「了解……!任せときな」
「フェリア。無理はするな。だが、出来るだけ迅速に頼むぞ」
「言われるまでもない……。さて、行ってこい!」
「「応ッ!」」
フェリアの号令のもとに、2人の男は機械人形の前に立ちはだかった。
『殲滅ヲ開始スル』
機械的な音声がその場に響き渡った。