天使長 ガブリエル
「すぐにルシファーの元に向かうぞ!」
「はいっす!」
俺はすぐに駆け出した。
すぐにでも合流する必要がある。
ルシファーのいる方向から嫌な魔力の流れを感じる。
それに、何やら黒い神聖力までもが流れている。
まさか、これがルシファーの言っていた堕天か……?
「嫌な予感がするぞ……」
俺はその思考を打ち消すように必死で城の外に向かって走った。
手遅れになる前に。
---ルシファーside---
時は少し遡る。
現在、お互いに堕天したルシファーとガブリエルはお互い臨戦態勢で対峙していた。
「やはり天使長であるお前が堕天すると手が付けられんな」
「ルシファー……!ルシファー……!ルシファァァァァッ!」
「話が通じんようだな」
ガブリエルとルシファーは互いに黒い光球を打ち出しながら城の周辺を文字通り縦横無尽に駆け巡った。
既に重力という頸木から完全に解放された動きをしており、2人が地上の存在を軽く超越している事を伺わせる。
「アラアァァァァァァァアイァイァッ!」
ガブリエルは狂った声を上げ、両腕から竜巻を放出しながら突進した。
「『空間凍結』」
ガブリエルの打ち出した黒い竜巻を空間ごと凍らせて回避するルシファー。
しかし、それでもギリギリだ。
堕天した場合、その欲望の強さによって堕天後の戦闘能力は大きく変化する。
現在のルシファーの堕天には殆ど欲望は無いと言ってもいい。
ただ、ルシファーにあるのは『主を守る』という欲望というにはあまりに粗末なものだった。
これは欲望ではなく使命感だ。これでは堕天の力を十全に発揮する事はできない。
しかし、ガブリエルは違う。
ルシファーを殺すという確固たる殺意とルシファーそのものに対する嫉妬心によって発動した堕天はこの上無いほどの戦闘能力の向上を引き起こしていた。
正気を失っているためか、自分自身に跳ね返る痛みを完全に無視して全てを攻撃に転化してくるこの戦闘スタイルもガブリエルの狂的な強さに拍車をかけていた。
「くっ……、この狂った堕天がここまでの物だとは……。だが、お前は俺がここで止める!魔王様のためにも!」
そう言い放ち、ルシファーは前方を両腕を突き出し、魔力を放出した。
「加減は出来んと言ったはずだぞ……、ガブリエル!『氷結領域』‼︎」
バキンッ!
何かが弾けるような音と共にガブリエルが周辺の空間ごと凍りついた。
ガブリエルの周囲の時間がまるで停止したかのように凍結する。
「ガァァアァァッ!」
その凍結をまるで無視するかのようにすぐさまガブリエルは凍結された空間を一撃で破壊し、一直線にルシファーへと風の刃を向けた。
しかし、
バキンッ!
「な……にぃ……ッ⁉︎」
再度ガブリエルの全身が凍りつく。
「『氷結領域』。それは俺の指定した領域を永続的に凍結させ続ける奇跡だ。氷を破壊するだけでは無意味だ」
「小賢しいィィィッ!」
ルシファーの言葉に呼応するようにガブリエルの全身からまるで火山の噴火のように風が吹き出した。
それを竜巻のように渦を巻きながら周囲の建物を破壊する。
「ならば常に破壊し続ければいい。それだけのこと……ッ!」
すると次の瞬間。ルシファーの眼前からガブリエルの姿が掻き消えた。
「なっ……!」
「ここだ」
「ガッ⁉︎」
ズブリ、と。
ガブリエルの風を纏った腕がルシファーの腹部を貫通していた。
「ガハァッ!」
ボタボタと血を吐き出す。
しかし、ガブリエルはそのまま地面に倒れ伏すことを許さない。
「まだだ。まだだまだだまだだまだだまだだまだだまだだ‼︎殺して殺して殺し尽くす。まだこんなものでは足りないんだ。足りない足りない足りない足りない足りない足りない足りない‼︎足りないィィィィッ!」
何度も何度もガブリエルをルシファーの身体を考え付く限りの残忍な方法で抉り、裂き、縊り、穿ち、斬り、叩き付けた。
何度も。何度も何度も。
「ハァッ!ハァッ!ハァッ!ハァッ!」
興奮し、目を血走らせ、全身から血を流し、それでもなお攻撃の手を休めない。
狂的なまでの破壊衝動がガブリエルの傷ついた体を半強制的に動かせた。
血を流し過ぎた為か、ルシファーは目が霞み、今にも意識が飛びそうだった。
薄暗い意識の中でルシファーはガブリエルの表情を見た。
それは怒りと憎しみに染まってはいたが、1つだけ別の感情も読み取ることができた。
(悲しみ……?)
何故……?
何故コイツは俺をこれだけ壊して悲しんでいる?
何故……?
ルシファーは自問自答した。
そして、ルシファーは小さく笑って口を開いた。
「哀れだな。ガブリエル」
「なん……だと……?」
「哀れだ。そして悲しいほどに不器用だな。お前の生き方は」
「だ……ま……れ……!黙れ……黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ‼︎黙れェェッ!」
怒りに任せてガブリエルはルシファーの横たわっていた場所を大地ごと抉った。
しかし、
「い、いない……ッ!」
その時、虚空から静かな声が響く。
「ここだ」
「くっ……ッ!」
「『時間凍結』。私の能力の真骨頂だ。まさか、忘れていた訳ではあるまい?」
ルシファーは先ほどの堕天していた時の様な苛烈な表情を捨て、普段の様な澄まし顔に戻っていた。
「バカに……するなぁぁァッ!」
そのルシファーの余裕が滲み出る表情に苛立ったのか、ガブリエルは気炎を上げながら暴風の刃をルシファーに向かって叩きつける。
しかし、それをルシファーは無造作に凍りつかせた。
ビキィッ!
「もう、終わりにするぞ……」
「何……を……!」
一撃。
その場からルシファーの姿が掻き消えたかと思うと一瞬の内にガブリエルの背後に現れ、背後からの掌打。
ルシファーの時間凍結による知覚すらできない移動方法。
「くっ、まだだ!『暴風渦波』!」
「ハァァァッ!『絶対零度』‼︎」
バキンッ!
風が形を持ってその場で動きを静止させる。
まるで巨大な氷のオブジェの様に大気が凍りついた。
「全ての動きが停止する。それが絶対零度」
「ぐぅっ!」
ビキビキと音を立てながら氷はガブリエルの身体を侵食する。
「だぁぁっ!」
そして追い討ちのルシファーの掌打。
「ぐぁぁっ!」
更にそのまま吹き飛ぶことを許さない。
ルシファーは吹き飛ぶガブリエルを凍結させ、動きを停止させた上で時間を凍結させ、瞬時に彼我の距離を詰める。
そして、ルシファーはガブリエルの真上から大きく拳を振りかぶった。
「なっ⁉︎」
「ハァッ!」
トドメの一撃。
しかし、その拳はガブリエルには届かなかった。
いや、届かせなかった。
ルシファーはガブリエルの目の前で拳を寸止めさせ、動きを止めた。
「お前はこの戦いを望んではいないはずだ。そうだろう?ガブリエル」
ルシファーは傾けた姿勢を戻しながら静かに視線を下げた。
「黙れ黙れ貴様に何がわかる!何がわかるというんだァッ!」
更に絶叫し、ガブリエルは竜巻を発生させる。
しかし、既にガブリエルの攻撃は照準の定まらない威嚇射撃の様なものに成り下がっていた。
ルシファーには当たらない。
「ガブリエル。私達は和解できるはずだ」
「黙れ……。貴様はこの後に及んでまだそんな甘いことを言っているのか⁉︎殺せ‼︎俺と戦い、俺を殺せ‼︎」
「やはり、お前は死に場所を求めていたのだな」
「なっ……⁉︎」
ルシファーの静かな一言に図星をつかれたように後ずさりするガブリエル。
「すまなかった。堕天にまで身を委ねるとは、あの時の私はどうかしていたのだ。後悔はしていないが、反省はしている。どうか許して欲しい……!」
ルシファーは頭を下げて謝罪した。
それを見たガブリエルは更に表情を歪ませる。
「黙れ……。許される筈がないだろう……。お前は私が命を賭してでも欲しかったものを簡単に捨て去ったのだぞ……、それも地上の女なんぞの為に!そして久し振りに会って何か変わったのかと思うと今度は魔王だと⁉︎バカにするのもいい加減にしろ!私が……私が目標にし続けた男が何故!何故だ‼︎」
ガブリエルの言葉をルシファーは黙って聞いていた。
ガブリエルは息を吐いて更に続ける。
「貴様は甘いのだ‼︎地上の存在に肩入れして今後どうやって生きていくつもりなのだ‼︎そもそもローグ様に勝てるわけが無いだろうが!何故そうやって無駄なことにうつつを抜かせるのだ⁉︎私はお前とは長い付き合いだったが、お前という男が終ぞわからんかった!」
ガブリエルはイライラした様子で大地を蹴り砕いた。
いつしかガブリエルの翼は白い輝きを取り戻しつつあった。
「貴様は昔から考えがなさすぎるのだ!何故なんの計画性もなく天界を裏切り、あまつさえ何故堕天までするのだ⁉︎何故……、何故あの時、私に何も相談が無いのだ……ッ⁉︎貴様は……、私は、貴様を……友だと思っていた‼︎」
「ガブリエル……」
その時ボソリとガブリエルの名を呟き、ルシファーはゆっくりとガブリエルに近づき、その肩を抱いた。
「私も、友だと思っていたさ」
一拍開けてルシファーは続ける。
「あの時の私は必死だったのだ。お前たちを倒し、そして私は神すら下せると思っていた。その私の傲慢が、現在の貴様を作ったというのならば……貴様の堕天の原因となったのならば……その罪、甘んじて受け入れよう」
「ルシファー……。歯を食いしばれ」
「何……?」
ガツッ!
「ッ⁉︎」
ルシファーは何が起こったのか判別がつかなかった。
自分は命を取られるものだと思っていたのだから当然と言えば当然だ。
ルシファーは顔を一発殴られたのだ。ガブリエルに。
「ルシファー。私の顔を殴るがいい。私は部下を使ってお前の大切な人を殺そうとした」
ルシファーはガブリエルの意図を察し、久々に口の端を吊り上げて笑いながら思い切りガブリエルの顔を殴り飛ばした。
ドゴッ!
「ぐっ!」
少しよろめいてガブリエルは姿勢を元に戻しながら頭を振った。
「貴様、やり過ぎだろう。私の方が威力が弱かった!もう一発殴る権利を要求する!」
「断る。強く殴らないものが悪いのだ」
「何だと貴様!言わせておけば……っ!」
仲直りの儀式だったハズがまた新たな諍いの種になりそうである。
しかし、これこそが2人のあるべき姿なのかもしれない。
そこそこ長いこと書いてますが、まぁここまでくると何も考えてなくても物語になるもんですね。
辻褄合わせがしんどいけど