毒の龍の最期
「いけ、『死毒神龍』‼︎」
ラファエルの声と共に『死毒神龍』の九つの首が同時に動き出す。
その首は確実に妖精王の逃げ道をふさぎながら猛スピードで迫る。
その一撃は必殺の一撃。
ラファエルの毒は城の石材ですら溶解するのだ。いくら妖精王といえども石材よりも丈夫だなんてありえない。
つまり、毒に触れて仕舞えば一発でアウトという事だ。
「フンッ!鈍い鈍い!」
しかし、そこは流石の妖精王。
敵の攻撃を華麗にかわして見せた。見た目のデカさに似合わず、その筋肉に裏打ちされた速度を持っている。
「空中に逃げたら逃げ場が無いよ!いけ!」
ラファエルがすぐさま九つの首を指揮し、妖精王の逃げ道を塞ぐ。
空中では身動きが取れない。一体どうするんだ……?
「ヌハハハ‼︎見誤ったな!」
言いながら妖精王は空を蹴った。
「なっ⁉︎」
二段ジャンプ。
一応俺も強化魔法を使いさえすれば出来るのだが、流石に生身でコレをやるやつを見ることになるとは思わなかったぞ……。
しかもエルフがそれをやるか……。やっぱりあのおっさんオーガか何かなんんじゃねえの?
「くっ、いくら避けても無駄なんだよ!『滅毒槍撃』‼︎」
これ以上『死毒神龍』だけで攻撃していては妖精王を討ち取ることはできないと判断したのか、それともいつまで経っても『死毒神龍』が当たらない事に痺れを切らしたのか、ラファエルは自身の奇跡も組み合わせて妖精王に対して猛攻を開始した。
これに流石にやばいんじゃ……。
「ヌハハハハハ‼︎この緊張感!久方ぶりだ!良いぞ良いぞ!もっと楽しませてくれ!ヌハハハ‼︎ヌハハハハハ‼︎」
笑ってやがる。
俺は嘆息して肩を落とした。
隣を見ると祐奈は口を開けて固まっている。
アスタはやれやれと両手を振った。
ラファエルは妖精王への攻撃で手一杯なのか、こちらに対して何もしてこない。
妖精王から目を離したら自分自身が危ないという事がわかっているのだろう。
妖精王はそれほどまでに油断ならない人物だ。
もしラファエルに隙があれば、それがどんな小さな隙であろうと、いくら『死毒神龍」がいようと、あのおっさんは確実に本体であるラファエルの命を取りに来るだろう。
妖精王にはそう確信させるほどのプレッシャーがある。
「いい加減に……しろッ!『滅毒世界』ッ!」
そう言ってラファエルは全身から魔力を解放した。
ラファエルからドロドロとした質感の禍々しい魔力が溢れ出す。
そしてそれは俺たちの経っている場所一体を包み込み、ドームのような形状になった。
周囲の景色がが一瞬にして紫色に染まり、石材の壁や床をドロドロと猛スピードで溶解していく。
そしてその時、突然息が苦しくなってきた。
さらに視界が霞み、嗅覚や聴覚にも異常が発生し始める。
なんて瘴気だ……。息を吸うだけで内臓器官がやられてしまうんじゃ無いか……?
これはマズイ……。俺だけじゃ無い。祐奈がヤバイ。それに俺たちだけを覆っているという確証も無い。
ルーナやサリアは無事だらろうか?
しかし、今はそんな事を意識している場合じゃない。俺はすぐに2人に指示を飛ばす。
「アスタ!祐奈!息を止めろ!」
「は、はい!」
「了解っす!」
俺たちは急いで息を止めた。
しかし、少し吸ってしまったのか、それとも目や耳からも瘴気が侵入してきているのか、身体中が少しずつ倦怠感に襲われる。
「うっ……、頭がクラクラしてきた……」
「マズイっすよ……、祐奈さんはいくら勇者だって言っても人間っすから……。毒に対する耐性が弱いっす……」
「くそっ……、どうすりゃいいんだ……」
俺たちではあの『死毒神龍』に太刀打ちできない。
まだ、強さが足りない……。俺はまた、自分が弱くて後悔するのか……。
「ヌハハハハハ‼︎心配するな!我に任せよといったであろう!」
「おっさん……?」
俺たちの現状をよそに妖精王は何時ものように豪快に笑いながら腕組みして仁王立ちしていた。
なんなんだこのおっさんは……。毒が効いていないのか?
俺の頭にそんな思考がよぎったその時、妖精王が初めて魔力を解放した。
「『妖精神の加護』」
その時、紫色に染まっていた視界が一気にクリアになった。
さらに体の倦怠感も綺麗さっぱり消え去った。
コレは……。支援魔法か……?
あの見た目で支援魔法とは……。つくづくエルフなんだなぁ……。でも見た目は完全にオーガである。
「バカな……。僕の能力を上回るほどの空間魔法……?」
「ヌハハハハハ‼︎自分の力を過信していては我には絶対に勝てんぞ?残念だが、我の魔法は特別製だ」
『妖精神の祝福』。それは空間内に存在する害意ある物の存在を拒絶し、破壊する魔法。
敵味方の区別が全く無い状態異常回復魔法と言ったところだろうか。
「クソが……、何故……、何故だ……。こんなことはあり得ない……あってはならないんだ……ッ!」
ラファエルは実質ほとんどダメージを食らっていなかった為、俺たちだけが回復した形となる。
そして、妖精王の力量の前にラファエルは遠く及ばない。
「さぁてと、反撃開始といくか」
そう言った妖精王の目は怪しく、しかし子供のような無邪気さをたたえた光を灯していた。
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俺たちは自分たちの目を疑った。
目の前で何が起こっているのか、分からなかった。
ラファエルの放つ『死毒神龍』は毒で構成されている為、触れる事ができない。そして、魔法攻撃物理攻撃共に効果無し。
更には奇跡による事象なので俺の『魂喰』による干渉も受け付けないという鉄壁っぷりだった。
それは俺たちがこの目で実際に確認した。この情報が間違いであるはずがない。
そう、間違いであるはずが無いのだ。
だというにも関わらず、
妖精王は笑いながら『死毒神龍』を殴り飛ばしていた。
しかも素手で。
「ヌハハハハハ‼︎愉快愉快!」
それこそ大立ち回りと呼ぶに相応しい。
豪快で、何よりも力強く、そして何よりも美しかった。
「な、何故だ!何故『死毒神龍』に触れて無事でいられるんだ⁉︎」
「んむ?触れておらんが?」
驚愕した様子で問いかけるラファエルに対し、ケロっとした態度で妖精王は応える。
触れてないって……、一体どういうことなんだ……?
「直接触れてはおらんよ。触れる瞬間に腕を振る速度を超加速させて真空波を撃っておるのだ」
「いやいや、説明されてもわかんねえよ」
相変わらずのデタラメおじさんだった。
ってか、待てよ……。
「『死毒神龍』って確か魔法攻撃物理攻撃共に無効化って能力があったんじゃ?」
俺の言葉に便乗するようにラファエルが取り乱した様子で問いかける。
「そ、そうだ!『死毒神龍』に何故、打撃が通ってるんだ⁉︎」
「ム……。では解説しよう。お主の龍は確かに魔法攻撃は無効化するが、物理攻撃は厳密に無効化しているとは言い難い。というか、超高速再生によって擬似的に物理攻撃を無効化しているにすぎない。つまり、再生の追い付かない速度で物理攻撃を与え続ければ自ずと勝利は見えてくるということだ。このようにな!」
ボボボボッ‼︎
そう言い放つと妖精王はさらに拳打の嵐を『死毒神龍』に浴びせ続けた。
拳が一撃当たるたびに『死毒神龍』は原型を失っていく。
しかし、『死毒神龍』は殴られた側から超高速再生を開始する。
しかし、
「ヌハハハハハ‼︎無駄無駄無駄無駄ァ‼︎」
首筋に星型のアザがある一族と壮絶な死闘を繰り広げそうな掛け声はやめるんだ。
ロードローラーとか投げないだろうな?
妖精王は先ほど自分が明言した通りに『死毒神龍』の再生速度をはるかに上回る速度出『死毒神龍』の巨大な体躯を破壊していく。
圧倒的だ。
神族ですら届かない程の理不尽な戦闘能力。
そして恐ろしい事に、妖精王はまだ魔法を攻撃に使っていないのだ。
つまりこの実力はまだ100%では無いという事だ。
「さてと、この毒の龍の始末は終わった。次はお主だ」
『死毒神龍』を殴り消し去った妖精王はニヤリと笑いながらラファエルの目の前で仁王立ちしながら顔をビシッと指差した。
先程まであれほど圧倒的な実力を誇っていた『死毒神龍』をここまで一方的に蹂躙するとは……。
これが王の実力……。俺は、いつかこの領域まで自分を高めなければいけないのか?
「く……、『滅毒迅刃』ァッ!」
ラファエルは妖精王を目の前にしても怯む事なく、毒の刃を作り出し、超高速で切りかかった。
ギィィンッ‼︎
「な……、バカな……ッ!」
ラファエルの刃は、妖精王の肩口で完全に止まっていた。
「何故だ……、これは毒の刃だぞ……?何故切れない?何故毒が効かない……?貴様は一体何者なんだ……ッ⁉︎」
「我か……?我はただのしがない妖精族の王だ。他の誰でも無いし、これ以上の説明は不要であろう?」
そう言って妖精王は肩口に当たっている刃をグシャリと握りつぶした。
「ラファエルと言ったか。良い戦いであったぞ。では、さらばだ!」
ゴッ‼︎
一撃。
そのアッパーカットの一撃はラファエルをまるでホームランボールの様にかっ飛ばした。
「ヌハハハハハ‼︎任務完了!である!」
妖精王はラファエルのすっ飛んでいった方向を見据えながら何時もの腕組み仁王立ちで高笑いしていた。
新バランスブレイカー。作者である私ですら引くほど強い。一体どうしてこうなった