堕天
---ミストレア城 リュートside---
時は数時間前に遡る。
ルシファーが部屋からこっそりと出て行った。
「おい、アスタ。ルシファーどっか行ったぞ」
「はい、見てたっす。なんだか抜足差し足って感じだったっすけど……。何かあったんすかね?」
ルシファーが出て行ってすぐに俺たちは起き出した。
あいつは俺たちを起こさないようにしたのだろうが、流石に起きない訳がないだろうに。
「追いかけるっすか?」
「いや、あいつがわざわざ俺たちに何も言わずに出て行ったんだし大丈夫だろ。あいつはバカじゃない。どう考えても勝てない奴が来たなら俺たちを起こして逃げる事を選択できるやつだ」
「そっすよね!じゃあ二度寝しますかねぇ……」
「いや、それは無理だろ。ほら、窓の外見てみろ」
俺は楽観的なセリフを吐くアスタに窓の外を見るよう促した。
そこには……、
「誰っすか……?」
天使がいた。
数は二人。両方共がが眩い光を放つ翼を持っている事から容易に推測できる。
「魔王リュートだな。此処で貴様の命を貰い受ける!これは我々熾天使の総意だ!」
黒髪でいかにも真面目そうなメガネかけた天使が言い放つ。黒髪ってところもメガネかけてるところも学級委員っぽいな。
「えぇ、俺何も言ってないんだけど……?」
後ろでDQNっぽい顔立ちの金髪の男がブツクサ文句を垂れる。
金髪だし顔いかついし、前世だったらお友達になるどころか会話すら出来ないだろうな。
「ええい!お前の意見など聞いていない!黙って従え!またガブリエルに説教を食らうぞ!」
「へいへい……。分かった分かったよ分かりましたよ。やりゃいいんだろ?やりゃあ。はぁ……」
不貞腐れたように一人が前へと進み出た。
「取り敢えず一個聞いときたいんだが、お前たち二人だけじゃ無いよな?」
「フン、答える義理は無いな」
「じゃあお前をボコって聞き出すことにするぜ」
俺は口が固い奴から情報を聞き出すのが下手だと思う。だったら俺に出来るやり方でやるしか無いよな。
「アスタ。金髪の方を頼む。あの黒髪の方は俺がやる」
「了解っす、どうかご無事で!」
「おう」
俺たちはそれだけ言葉をかわすと前へと向き直った。
「さて、名を名乗っておこうか。私の名はミカエル!もっとも敬虔なる天使だ!」
「ウリエルでーす、よろしくー」
「貴様!名を名乗る時くらいシャキッとしろ!」
「へいへーい。わっかりましたー。以後気をつけまーす」
「全くもって分かってないっ!」
何だこいつら。漫才か?
「おい、やるんならさっさとおっ始めようぜ」
「そっすよ!いつまで待たせるつもりなんすか!」
「ヌググ……、おいウリエル!貴様のせいで舐められたではないか!」
「えー、それ俺のせい?ミカエルが黙って襲いかかればよかったんじゃね?」
「そんな卑怯な真似ができるか!貴様にはプライドというものがないのか⁉︎」
「卑怯汚いは弱者と敗者の戯言だぜ、ミカエル?」
ハンッと息を吐きながら半笑いのウリエル。
その態度にまた腹が立ったのかミカエルが怒り始める。
「ぬぁぁ!コレだからウリエルと行動するのは嫌だったのだ!次はからは単独行動を所望する!」
「あっそ、そんなら俺も自由に動けて気が楽でいいなぁ」
何だかまた無視されてる気がするんだが。
「おいどうするよアスタ。こいつら一向に戦わねえぞ。いっそルシファーのとこ行って加勢するか?」
「放っておくのが上策かも知んないっすね」
さっきからずっと言い合いをしているこの二人。何なんだろうな。
「いい加減にしろ!命令に従え!」
「だぁかぁらぁ……、やるって言ってんだろ?面倒臭ぇ……」
「面倒臭いとはなんだ!これは名誉ある任務なのだ!」
真面目なミカエルの意見にもウリエルは興味がなさそうだ。先ほどからずっとよそ見をしながら会話をしている。
「へいへい、そりゃお前の理屈だろ?俺はかえって寝たいんだよ」
「貴様、言うに事欠いて寝たいだと⁉︎斬る!」
「斬るだとぉ?やれるモンならやってみやがれ!」
「ほほぅ、言ったな……?今の言葉、撤回はさせんぞ!」
「おぅ上等だ!てめえは前から気に食わなかったんだ!ぶっ殺す!」
喧嘩が始まったんだが?
なんなんだこいつら、俺たちがここでぼんやりしてたら一人減るんじゃないか?
眉間に青筋をピキピキと作りながら気炎を上げるウリエルに対してまさしく冷たい冷気を思わせる剣呑な雰囲気を振りまくミカエル。お二人はどうやら性格的に合わないらしい。
と、その時、
ドガァァァァァァァァアン‼︎
「うらぁぁぁぁ!」
「ちっ!勇者、なかなかやるね!」
「アンタは取り敢えず叩き斬った後、しこたまぶん殴ってやる!」
どうやら天使と思われる男と祐奈が壁をぶち抜いてこちらに乱入してきた。
祐奈と交戦している天使と思われる男は少し背の低い白髪の男だった。
線の細い体つきでそこまで強そうには見えないが……。
祐奈は壁に文字通り着地し、俺のそばへと駆け寄ってきた。
「祐奈!」
「あ、リュートさん!寝てたらこいつがいきなり……!」
「こっちと状況は似たようなモンか……。そいつは任せられるか?」
ここは3VS3といこうか。
祐奈なら天使が相手でも十分務まるだろう。戦闘面に関して言えば仲間内で最も頼りになる人物の一人だからな。
「問題ないです!任せて下さい!」
「相変わらず頼もしいっすね……祐奈さん。女性とは思えないっす」
まあな、本気でタイマン張っても勝てない女なんて早々いねえよな。
天使を相手に「問題ないです!」と言い切れるんだからな。
「死ねぇ!クソ眼鏡!」
「死ぬのはお前の方だ!金髪バカ!」
ウリエルとミカエルは既に殺し合いを始めていた。
「何をやってるんだい君たちは⁉︎今がどういう状況か分かっていないのかい⁉︎」
其処に先ほど祐奈とともに飛び込んできた天使が大声で諌める。
「ああん⁉︎ラファエルか!てめえは黙ってろ!軟弱ナヨナヨ野郎!」
「邪魔をするな!貧弱チビ!」
酷い言われようだ。
ラファエルと呼ばれた天使は一瞬硬直した後正気に戻ったようで眉間に怒りマークを浮かべていた。
「へ、へぇ……。そんなこと言うんだ。そういうこと言っちゃうんだ……?」
「あ、やべっ……!」
「す、すまんラファエル……!今のは言葉の綾なのだ……!」
突然謝り始める二人。
不穏な雰囲気が辺りを包み込む。
なんだ?一体何が起こるっていうんだ?
「もうダメだ……。許されない。怒ったよ。完全にね……」
「ちょ、悪かったって!な⁉︎許してくれよ!」
「すまなかった!ごめんなさい!」
もう先程までの怒り狂った表情をかなぐり捨てて土下座し始める二人。何だこれ。
それに対して白目剥きながら悪鬼のような表情のラファエル。
正気を失っているようにも見える。
ラファエルは驚くほど静かに冷めた表情と声色で呟くように『奇跡』を詠唱した。
「『万物滅毒』」
ドロリ、と。
ラファエルを中心にジェル状の何かが広がった。
それはジュワジュワと石材で作られた城の壁や床を溶かし始める。
まるで紙に水を垂らしたかのように少しずつ穴が開いていく。恐ろしい威力だ。
「やべぇっ!酸だ!」
「さ、酸……って何すか?」
「とにかく逃げるよアスタ!触ったら溶けちゃう!」
俺たちは一目散に逃げ出した。対処のしようが無い。ってかどうやって対処するんだ?焼くのか?
しかし、本当に危険なのはどちらかと言うと俺たちというよりは天使達の方だった。
「やべぇぇぇぇ!死ぬぅぅぅううう!」
「ラファエル!早くこれをおさめろ!溶けて死ぬ!」
ウリエルとミカエルは必死だった。
数秒後には本当に酸で溶かされて死んでしまうかもしれないのだ。必死にもなろうものだ。
そして逃げ場がなくなった。
八方塞がりとなったウリエルとミカエルはその場で再度土下座した。
「「何でも言うこと聞くからやめて下い死んでしまいます!」」
二人揃って同じ言葉を吐いた。しかも五体投地で。
しかし、それってかなり後悔する条件だと思うのだが……。
---ルシファーside---
「ルシファー!」
ガブリエルは雄叫びを上げながら突貫する。
全身に刃のような風を纏い、まるでドリルのように大地を削りながらの突進。
「『大地凝結』」
しかし、そのガブリエルの歩みを完全に停止させる絶対的な凍結の『奇跡』。
奇跡は魔法では無い。
ただでさえ物理法則を無視する魔法法則すら無視する。それが奇跡。
温度による凍結などという生易しいものでは無い。『凍結した』という概念が事象を凍結させるのだ。
つまり、ルシファーの奇跡は炎すら凍結させることが出来る。天使の中でも異例の実力を持つ理由がこれだ。
「くっ!まだだ!『旋刃暴風』!」
ガブリエルの作り出した暴風の刃は大気を刻みながらルシファーへと肉薄する。
しかし、
「『大気凍結』」
凍結。
どの様な攻撃も届かない。これが究極にまで洗練された凍結の奇跡。
「何故です!何故……、貴方を倒す方法はこの数百年の間試行錯誤し続けた!何故届かない⁉︎何故倒せない⁉︎何故だ⁉︎何故何故何故⁉︎答えて下さい!ルシファー!」
声を荒げるガブリエルをルシファーは先程の奇跡の様な冷たい視線で睥睨した。
「その程度のことすらわからないほど腐ったか……ガブリエル」
ルシファーは凍結していた風をすべて解き放った。
その場に暴風が巻き起こる。そして、その影響によりルシファーの作り出した霜が完全に晴れた。
「それはお前が停滞していたからだ、この400年間ずっとな」
「バカな……!私は前進していた!貴方を殺すために!」
「それが停滞だと言っているのだ!お前が倒すべき敵と認識していたのは私では無い。『400年前の私』だ」
「はっ……」
ガブリエルはその時、得心した様に両の眼を見開いた。
「お前は私を殺そうと思い、切磋琢磨したことだろう。だが、貴様が倒すべき目標としていたのは過去の私だ。今の私に勝てないのは自明だろう」
「バカな……!そんなはずは無い……、私は、私は誰にも負けないほど強くなったハズ……。私は最も努力していたハズ……」
「無様だな……。昔のお前の面影はもう欠片もない。せめて神の使いらしく殺してやろう」
ルシファーはガブリエルにスッと手を差し伸べ、その先に氷の刃を創り出す。
上からまるで虫でも見るような目つきで。
「その目つき……またその目つきだ……!いつも見下すような視線を向けてきて!優秀なのに地位には拘らず!神から直々に大天使に推挙され!挙げ句の果てに人間の女に惚れたから全てを放り出す⁉︎気にくわない気にくわない気にくわない気にくわない気にくわない気にくわない気にくわない‼︎」
「もういい。喋るな」
最後の最後までガブリエルは怨嗟の声を上げ続けた。そして、突然。糸が切れるように表情を失せさせ、呟いた。
「……そうか……、私は勘違いをしていた様だ……。そうだ、思い出した……」
「何を言って……」
「私は、私は……貴方が……」
「そう、羨ましかったんだ……」
俯いたガブリエルの周囲にまた風が吹き始める。先程よりも強く、まるで薙ぐ様に。
「嫉妬、羨望、悋気。ただ、恨めしかった……。そうか、そうだった……。忘れていた。復讐心という炎に焼かれ燻っていたこの筆舌に尽くしがたい感情……!」
風が、黒く染まる。
「ガブリエル……お前……!」
「もうどうでもいい。これで終わってもいい。全てを失ってもいい。ただお前が死にさえすれば……!」
ガブリエルの双眸と両翼が黒く、黒く染まっていった。
「ルシファー……!お前が心の底から恨めしい……ッ!」
まるでガブリエルの感情の噴出を象徴するかの様に、漆黒の旋風が辺りを切り裂いた。
「ぐっ……!凍結が間に合わない……!」
ルシファーは初めて感じるガブリエルの負のオーラに気圧されていた。
この異質な何かに。恐怖すら抱いていたのかもしれない。
「ルシファー……。死ね……。死ね、死ね、死ね、死ね!死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死‼︎」
「コレは……堕天……⁉︎」
堕天。
それはルシファーも過去に体験した。天使の暗黒化現象である。