ルシファーとガブリエル
辻褄を合わせるために129話を改稿しました。良かったら先に前話を読んで下さい
---妖精界上空---
「さて、行きましょうか。400年前の借りを返しにね……」
「了解」
四人の天使達は一斉に羽ばたき、光と見紛うような速度で飛行を開始した。
「待っていて下さいよ……。ルシファーッ!」
その中の一人の天使が憎悪に顔を歪ませながら怨嗟の声を上げた。
---ミストレア城---
「…………ッ!」
ルシファーは近づいてくる気配をいち早く察知し、俯いていた顔を上げた。
「来たか……」
ルシファーはリュートとアスタを起こさないように注意深く腰を上げた。
現在の見張りはルシファーだった。その点はルシファーにとって運が良いと言えた。
「来るとは思っていたが、些か早かったな……。魔王様に余計な事をされる前に息の根を止めておいてやろう……」
そう呟き、ルシファーは屋外へと向かうのだった。
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ルシファーが城の外に出ると、そこにはすでに一人の男がいた。
輝くような金色の髪と瞳。そして純白の翼。まさに天使という存在を体現したような男だった。
男はルシファーの姿を見つけるやいなや真っ直ぐに結んでいた唇を開いた。
「来ましたかルシファー。貴方なら私の気配をいち早く察知してくれると思っていましたよ……」
「ガブリエル……」
ガブリエルと呼ばれた天使は右目にある痛々しい傷跡に軽く触れながらなおも呟くようにルシファーに語りかける。
右目は見えていないのか、左目のような輝く光を完全に失っている。
「400年前の事は今でも克明に覚えています。私の性格を貴方は知っていますね?なら、私が今から何をしようとしているかも……」
「勿論、分かっている。だが、それは叶わない。先に私がその右目や右腕のように全身を使い物にならなくしてやろう」
「ほぅ……?」
ガブリエルは右腕も欠如しているようで、服からは何やら機械じみた右腕が覗いている。
「醜悪な腕だ」
ルシファーは吐き捨てるように言った。
「貴方に引き千切られたんですがねぇ?」
「千切ってはいない。砕いたのだ」
「どちらでも構いませんよ。結果は同じです」
ガブリエルは大きく肩を上下させ、呆れ変えるように息を吐いた。
「全く。地上の女なんぞにうつつを抜かし、天界を出奔。ついでに私の右腕を砕き、右目を潰す。あの後ね、私は熾天使の天使長としての責任問題を追及されて何百年も天界に缶詰ですよ……。これだけやっておいたら私に恨まれるのもわかってますよね?」
「…………」
ルシファーは押し黙ったままでガブリエルを見据えている。
先ほどよりも剣呑な雰囲気を漂わせながらルシファーは鋭い視線を投げかける。
「他の熾天使はどうした」
「さぁて……、何処なんでしょうね?」
「魔王様のところか……」
「フフフ……、助けに行ってもいいんですよ?」
しかし、ルシファーは動かない。
「いや、私はここでお前を倒そう。それが今の私に出来る最善だ。言っておくが、魔王様は只の魔族では無い。矮小な地上の存在と侮っているようでは一生勝てんよ」
「へぇ……、大した信頼ですねぇ……。それ程までに地上の存在に肩入れしているとは……元大天使ともあろうものが!」
ガブリエルは怒り、表情を歪めた。
「だったら好きにすればいいですよ……!貴方の目の前で、その魔王とやらも、貴方の同胞も全員惨たらしく殺してやりますよ。その時の貴方の表情が眼に浮かぶようだ……」
「御託はいい、来るなら来い。今度は一対一だ。正面から叩き潰してやる」
そう言ってルシファーは全身に氷の礫を纏い、油断なくガブリエルを睨み付ける。
「正々堂々と勝負をして私に勝てると思わないことですね!」
対してガブリエルは風。
最初は穏やかな、そして徐々に荒れ狂うように強くなっていく。
「最後に一つ聞いておく。先ほど魔王様の事を『魔王とやら』と言っていたな……。ローグ様の差し金ではないのか……?」
「いいや、ローグ様の差し金ですよ?貴方の予想通り。私の目的は貴方を殺す事、それだけですよ。それが何か?」
「成る程。つまり魔王様を狙うのはお前の性格か……。ローグ様は人の性格をよく理解しているらしい」
つまり、ローグは人の性格をしっかりと把握して自身の計画に組み込んでいるのだ。
ガブリエルもまさか自分が利用されているとは思っていないだろう。哀れなものだ。
ルシファーは魔王を殺すと言われても怒りどころか憐憫の情すら湧いてきていた。
この復讐に囚われた天使は既に周りなど見えていないのだ。
「哀れだな。ガブリエル。お前には昔のような眩いばかりの輝きは微塵もない。あるのは醜悪な復讐心による無骨な鉄のような鈍い光だ」
「誰のせいでそうなったと思ってるんです?それもこれも全て貴方のせいですよ?」
その時、フッとルシファーは笑みを浮かべた。
「私はかつての仲間であったお前たちを捨てた。信頼していた仲間を裏切るとは許される行為では無い。気がすむまで私を自己中心的だと詰ればいい……。お前達にはその権利がある。だが、私は400年前の自分の行動を間違いだと思った事など、一度も無い!」
「それは、苦しみたく無いから一瞬で殺してくれと暗に伝えているのですか?」
ガブリエルは両の眼を見開いた。光を失った右目すら大きく見開いていた。
「よもや、後悔していないとは……。私の怒りもこれ以上は上がりようが無いと思っていたのですが……ねぇ!」
吐き捨てるようにガブリエルが前方を風の『奇跡』でなぎ払いった。
「既に貴方に対して怒りと憎しみ以外の感情など抱いておりません。『旋風竜巻』‼︎」
ガブリエルは『奇跡』によって起こした風を渦のように回転させ、ルシファーの居る場所を地面ごと抉り穿った。
しかし、ルシファーは一瞬にしてガブリエルの背後へと移動していた。
ルシファーは『奇跡』の応用によって相手の知覚できない領域に足を踏み入れる。
それ即ち『時間』。ルシファーの奇跡は物質だけでなく概念すら凍結させる。ルシファーは時間を一瞬凍結させる事によって擬似的な瞬間移動を可能とするのだ。
「厄介な奇跡だ……。ですが、貴方の能力は隅々まで熟知しています。大人しくこの私の憎しみの糧となれ!」
「お前の憎しみの原因を作ったのは私だ。ならば、お前のその感情に決着をつけるのも私だ。存分にかかってこい。お前と私の格の違いを見せてやる」
そう言ってルシファーは不敵な笑みを浮かべた。ルシファーが戦闘中に感情を表に出すのは久方ぶりのことだった。
「『凍結世界』」
ルシファーの身体を中心に霜のようなものが空気中を漂い始めた。
更にそれは形をなしていき、少しずつ着実に大きくなっていった。
「壁……?」
「そうだ。お前を逃さないためのな」
大地から氷の壁がせり上がる。それはまるで城のようにも見えた。
そして、空気中には肌を刺すような冷気が充満している。
「さて、始めようか。私を殺せばこの領域の維持は不可能になる。そして、私はお前を殺せばこの領域を解除する」
「どちらかが死ぬまで……というわけですね……」
「不満か?」
「いえいえ、まさか」
そしてルシファーは今までおおよそ仲間には見せた事が無いであろう表情を見せた。
『殺す』、と。
明確な殺意を初めて表に出した。
ゾクッ。
(バカな……、私が恐怖している……⁉︎いや、そんなハズは……)
ガブリエルは強い。
熾天使のリーダーという立場は伊達では無い。展開の天使の中では至上の実力をもつ天使だ。
だが、ルシファーはそれとすらレベルが違うのだ。
「さて、始めようか。どちらかが死ぬまで……だ」
ルシファーの目が、まるでその殺意を表すかのように黒く、怪しく輝いた。