勇者の憂鬱
少女、佐藤祐奈は困惑していた。
「いやいや、ドッキリにしてもこれはないわ……」
突然異世界に召喚された祐奈は一連の出来事をドッキリだと完全に勘違いしていた。
いや、正確には勘違いであって欲しいと思っていた。
何処かに「ドッキリ大成功!」と書かれたプラカードを持った友人が居るのだ……と現実逃避気味に思っていた。
勿論『ドッキリ』なんて単語を聞いたこともない大臣や王宮魔法使い達は素っ頓狂な顔をしている。
「ドッキリ……?何のことです……?」
「え……ドッキリじゃない……?ってことはもしかして、新手の危ない宗教団体?」
「我らの信仰するイーリス教を危ない宗教とはなんたる言い草!」
「え、あ、ごめんなさい」
祐奈の目は完全に危ない人を見る目だった。そもそも、イーリス教なんて聞いたこともない。
「ところで、ここ……何処?」
「人間界の王都、ガレアの王城に御座います。勇者様」
「その……勇者様ってやつ……何?そもそも人間界ってどういうこと……?ガレアとか聞いたこと無いし……ってかここお城?」
(突然私の事を『勇者様』だとか呼んでくる人が普通の人の訳がない……この人達まさか……
不審者か。間違いないな。)
祐奈は龍斗と違って異世界に対する順応能力が低かった。
大臣達が祐奈に全ての事情を話し、さらに理解して貰うにはかなりの時間を要した。
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祐奈が召喚されてから3日が経過した。
この世界の大まかな事情をようやく飲み込んだようで、毎食の用意をしてくれる大臣達の事をすっかり信用していた。
(この世界の料理……味薄いな……)
目下の祐奈の悩みはそれくらいだった。
軽い少女である。
祐奈の部屋の外からコンコンコンっとノックの音がした。
「シャトー殿、朝食のお時間で御座います」
「何回も言うけどね、佐藤だって、さ・と・う!」
「承知しておりますともシャトー殿」
「ダメだこのおっさん」
如何やら佐藤の発音が難しいらしい。
砂糖は発音できるのに何で佐藤の発音が出来ないのか全く理解出来ない。
(そういえば……あんまり深く考えた事なかったけど如何やって帰るんだろう……)
そんな事を考えながら、祐奈はこの世界に来てすぐの事を思い出していた。
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この世界に来る前の最後の記憶。それは車のヘッドライトが眼前に迫って来る光景だった。
車に轢かれる直前だったのだ。
(あれ……?もしかして私……死んでるって事?)
祐奈は昔、一度だけ見ず知らずの男性に命を救われているのだ。
当時、ボーッと携帯を触っていたら背後から男性の肩が当たってバランスを崩し、線路に落ちてしまったのだ。
あの時は死を覚悟した。
もうダメだと思った時、颯爽とその人は現れた。
「大丈夫か⁉︎すぐに助ける!」
そう言って自分の体をプラットホームに押し上げてくれた。
その直後、その人は電車に轢かれて死んだ。
その人は命と引き換えに私を守ってくれた。
その後は色々あった。
警察に連れて行かれて事情を聞かれ、助けてくれた男性の葬式にも出た。
あの人のお母さんは私を責めなかった。それどころか、「怖かったでしょうね……長生きするのよ……」と涙ながらに私を慰めてくれた。
数日後学校に復帰したが、友達はずけずけとその日の事を聞きたがった。
一連の出来事を話す気になんてなれなかった私は一日中あの人の事を考えていた。
いつの間にか、私はその人の事を好きになっていたのだ。
顔も見てないから一目惚れですらないが、格好良かったに決まってる。
私は絶対長生きしようと心に決めていたのだが、その2年後にあっさりと車に轢かれて……死んだ。
そして気がついたら訳の分からない世界に飛ばされていきなり「勇者様!」とか呼ばれて……。
祐奈は与えられた部屋の中で1人になった途端、叫んだ。
「何で⁉︎そこは幸せになってハッピーエンドで良いじゃん‼︎私に対して当たりがキツ過ぎるよ!」
折角助けてくれたのに……あの人の死が無駄になった気がした。
「あぁ〜、もうマジ無理……何にもする気が起きない……死にたい……ってか、私死んだんじゃなかったっけ……」
気力が萎えてしまっていた。
やる事もなくひたすらベッドでゴロゴロし続けた。
すると、不意に部屋の外からノックの音がした。
「勇者様……」
「……何……?」
1人の禿頭の大臣が入ってきた。
「勇者様にお頼みしたい事が……」
「あのー、その、勇者様ってやつやめない?私は佐藤祐奈。祐奈でいいよ」
「流石に呼び捨ては……では苗字で呼ばせて頂きます。それで、シャトー殿に折り入って頼みが……」
神妙な面持ちで大臣が言った。
「ちょっと待って、何処からシャトーって来たの?私の名前は佐藤だって!さ・と・う!」
「勿論承知しておりますとも、シャトー殿」
「……あぁ〜、もういいや。で、頼みって何?」
「はい、実は……シャトー殿には魔王を退治して頂きたく……」
「は?魔王……?」
この辺の事情を話すのに大臣は3時間もの時間を要した。
3時間後……。
「成る程、勇者にしか魔王を倒せないから倒してこいって事ね。確かに私、今滅茶苦茶強いわ」
部屋は滅茶苦茶になっていた。
最後まで納得出来なかった祐奈はブレイブフォースを室内でぶっ放したのだ。
実演までしてようやく祐奈は納得した。
自分の目で見たものしか信用出来ない性格が災いして話は遅々として進まなかった。
「オッケーオッケー。で、魔王を倒したら元の世界に生きて帰れるって事で良いの?」
「その通りで御座います」
「私車に轢かれて死んだみたいなんだけど、大丈夫かな?」
ちなみに、大臣は車という言葉の意味を馬車が何かだと勘違いしていたのだが、適当に相槌を打った。
「……問題無いでしょう」
大臣は疲れきっていたのだ。
(大丈夫か……?この勇者……)
そんなこんなで祐奈はこの世界の事情を理解した様だった。
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そして時間は現在に戻ってくる。
祐奈は朝食をたべていた。
しかし、この世界のご飯は全体的に薄味で現代の日本人である祐奈にはイマイチ口に合わなかった。
(美味しいっちゃ美味しいんだけど……やっぱ醤油とかが無いのは辛いな……)
朝食は肉とパンとスープだった。
(これ、何の肉だったっけ……前に聞いたけど忘れた……あぁ、もうどうでも良くなってきた)
パンはあるが、米は無いらしい。日本人としてはお米を食べたいところだ。
(パンも嫌いじゃないけど……久しぶりにお米食べたい……)
この肉は味が薄い。味付けしてない肉の味がする。
このパンはちょっと硬い。柔らかいパンはかなり貴重な食べ物だそうだ。スープに付けて食べると少し柔らかくなってましになった。
スープは美味しかった。まるで日本のインスタントコーンスープの様な味がした。正直言うと、この世界の食べ物ではダントツでこのスープが美味しかった。
しかしこのスープ、安いらしい。
この世界に来てから祐奈は自分の母親に心底感謝した。
いつも美味しいご飯を作ってくれてありがとう……と。
今回は勇者回