妖精界の異変
「妖精界ってどんなところなんだ?祐奈は行ったことあるんだろ?」
俺は竜人界の上空を飛びながら祐奈に問いかけた。
祐奈は人間界から歩いて獣人界まで来てるからな、妖精界も竜人界も通過しているのだ。
「んー、自然がいっぱいって感じの所ですね。あ、あと肉が食べられません」
「え、マジ?」
「マジです」
俺は呆然とした。俺の最も近しいエルフであるリーシャは平然と肉料理を食うからな……。
しかし、確かにフェリアとルーナは頑なに肉料理を口にしようとしなかったな……。
菜食主義の種族だとは聞いていたが、ここまでとは……。嘘であって欲しいのだが。
「マジです」
祐奈が真面目な顔で二回言った。
地獄を見てきた者の表情をしている。
その時、ルシファーが辺りを見回しながら口を開いた。
「魔王様、どうやらこの翼竜種相当な訓練をされている様子。竜人界上空でありながら他の翼竜種の群れと全く遭遇しません」
「へぇ、そりゃまたなんでだ?」
「推測するに、意図的に群れのいる場所を避けていると思われます。同族なので群れの空路を知っているのでしょう」
成る程。そんなに良く調教された翼竜種を貸してくれたのか……。
帰ったらコレに関してもジルに礼を言わねえとな……。
「肉食えねえのは痛いな……。大丈夫なのか?」
「我々は食べても問題ありません。妖精界に住む人々が自主的に禁じているだけで、旅人にまで強制するものではありませんから。しかし、肉料理を出す店は皆無です」
「私達妖精族にはお肉はあんまり口に合わないらしいんだ〜。私は食べた事ないけど」
ルーナがのほほんとした顔で言った。
どうやら妖精族は肉より野菜が好みらしい。
つまり妖精族は肉が嫌いだから食わないってことなのか?
まぁ、種族間の食文化の差ってのは割と大きいからな。
獣人族や竜人族は生肉とか食うし。
魔族の食い物だっておおよそ人族が食ったら腹を壊す様なものが多い。人族の食い物が一番クリアな気がするぞ。
その点で言えば妖精界の飯は体に優しいのかもな。一応前世でも菜食主義者は居たし。
「妖精族は生き物を殺す事を禁じている訳じゃないのか?」
「うーん、自主的には殺さないかな。やられたらやり返すけど」
「妖精族は基本的に温和な種族です。敵対行動を取らなければ同盟関係を結ぶのは他種族に比べると比較的容易でしょう」
ルーナは子供っぽいところがあるからたまにしょうもない事で怒るけどな。
リーシャは半分魔族の血が流れているからか、少しキツイ性格をしている。よく言えば男勝りとも言える。
「そう上手く話が進めば良いんだがなぁ……」
「大丈夫っすよ!今の妖精王とは昔あった事があるっすから!結構話の分かる奴でしたよ?」
アスタが気楽に笑った。
なんだかアスタの笑顔を見てると少し気分が晴れてくるな。
これぞムードメーカーって感じだ。
「お父様は強いし優しいから絶対力になってくれるよー。もしダメって言われたら私が頼んであげる!」
ルーナも力強く言った。
ルーナの話を聞く限りものすごく親バカな親父が出てきそうなんだが大丈夫か?
ってか忘れがちだがルーナは王族なんだったな……。
祐奈が目を瞑って頷く。
「うーん、確かにルーナが頼めば大丈夫か……。あのおじさんサリアとルーナには甘かったからね〜」
あのおじさんてお前。
仮にも妖精界の王様なのによりによってあのおじさんて。
「ルシファーも妖精王と会った事あるのか?」
「はい。その昔バゼル様とアスタと共に三人で」
バゼル様って言うと俺の親父か。
それでアスタとルシファーは妖精王に会った事があるのか。
「その時からベルとアスタとルシファーが大将やってたのか?」
「はい、俺たちは長い事三人で大将を務めてたっすね」
「ベルは大規模殲滅戦に向いた能力を持っていますので専ら城で留守番でしたね」
俺もベルを留守番役にしたわ。そんなの知らなかったけど。
よく考えたらベルは仲間すら巻き込んで周囲を一気に攻撃する大魔法が得意だったもんな……。
その時、祐奈の乗った翼竜種が俺の横を並走してきた。
「リュートさん。お腹空きません?」
「お前朝飯食わなかったのか?」
朝飯ぐらい食ってから来いよ。学生じゃあるまいし、こんな時間から腹減るか?
「でもリュートさん。もうそろそろお昼だよ?」
ルーナのお腹から「くぅ〜」と可愛らしい音が聞こえてきた。
「え、もうそんな時間か。早いな」
「数時間飛んでいますからもう少しです。やはり竜人界の国土は広大ですね」
ルシファーがそう言った時、アスタと祐奈が前方に目を凝らし始めた。
「あれって……」
「もしかして妖精界……?」
二人はとても視力が良い。何故だか分からんがとにかく目が良いのだ。
アスタはともかく祐奈はなんでだろうな?勇者だからか?そう言えばアクアも視力が良かったな……。
「魔王様。妖精界の王都であるミストレアは竜人界との界境の近くにあります。昼食は到着してからでも良いでしょう」
「だな。ルーナ、祐奈。我慢してくれ」
「了解だよ!リュートさん!」
「え〜」
ルーナの返事は良かったのに祐奈は渋っていた。お前良い加減大人になってくれ。
---
俺は皆を置いて一足先にミストレアへと向かった。どんな危険が待ち構えているかもわからないのだ、偵察しておくに越した事は無い。
だが、そこには信じられない光景が広がっていた。
俺が翼竜種の翼の隙間から呆然と地上を見下ろしていると後ろから皆が追いついてきた。
俺はおもむろにルーナに問いかける。
「なぁルーナ。ミストレアの城ってデカイか?」
「んー、分かんない」
「相当デカイです」
祐奈が横から口を挟む。ルーナは分からないらしいが、やはりデカイのか。
「じゃあさ、あの煙吹いてるデカイ建物はお前の家か?」
そう、目の前で城から煙がもくもくと上がっているのだ。所々から火の手も上がっており、相当に危険な状況だ。
俺はその城を指差す。
「う、嘘っ……⁉︎」
「アレって……、まさか神に……?」
祐奈が口元を押さえて目を見開く。
「いや、神がやったのなら抵抗すら出来ないだろう……。だが、見る限り良い感じに抵抗できてる……。って事は……」
「地上の存在による攻撃ですね。推測するに他種族かと。妖精族は仲間同士の絆の深い種族ですから」
どうする……?突っ込むのは簡単だが、安全が保障できない。もう少し上から状況を俯瞰するべきだが……。
「そんな!お父様!お姉ちゃん!」
ルーナが翼竜種の手綱を振って半壊した城へと突撃した。
予想はしていたが、やはり止められなかったか……。
「ル、ルーナ!」
祐奈が急いで後を追う。
「祐奈が行ったからしばらくは大丈夫だ。ルシファー、俺たちは二手に分かれよう。お前はあの二人が怪我しないように守ってやってくれ。俺とアスタは別方向から突っ込む」
「了解致しました。魔王様、どうかご無事で。アスタ、魔王様をきっとお守りするのだぞ」
「任せるっすよ!リュート様のお命は俺が命に代えても守るっすから!」
俺たちは互いに顔を見合わせて頷いた。
「行くぞ!散開!」
「はっ!御武運を!」
「応ッ!」
ルシファーは俺たちとは別れ、ルーナと祐奈の向かった場所へと向かうよう翼竜種に命令した。
俺たちも祐奈とルーナの向かった方向とは別の方向から城へと向かい、一気に急降下した。




