妖精界へ
次の日の朝。
「という訳で、妖精界に行く」
「分かりました」
俺がみんなを集めて昨日の話をすると開口一番に祐奈は腰を上げた。
「早いな」
「ま、その内とは思ってましたが、都合は良かったですね。偶々私たちが集まった時で」
「で、今回は誰が行くんだ?俺なら問題無いぞ」
アルバを抱いたジルがメイを伴いながら言う。
「お前は残れ。出来れば俺がいない間ここに居てくれると助かる」
「お前……俺の家族のことを心配して言ってんのか?」
「勿論そうだ。お前は親父なんだから、ここに居なきゃいけない」
「お前、自分が今ブーメランぶん投げてんの分かってるか?」
「ああ、わかってる。それでも俺と祐奈は行かなきゃいけない」
ローグとの因縁は俺と祐奈のものだ。ジルは正直言って関係ない。命をかける必要はないのだ。
「……ちっ!お前の言い方はズルいんだよ……。しゃあねぇな……、アクア達の事は任せろよ」
ジルは渋々といった体で吐き捨てるように言った。
「恩にきる」
「なに、お前には昔から何かと世話になってたしな。その代わり、帰ったら俺ん家に来いよ。家族でな。飯でも食おう」
「ああ。楽しみにしとく」
そして、俺はジルに背を向けた。
「ルシファー、アスタは付いて来い。ベル、留守を頼む」
「魔王様の御心のままに」
「了解っす!」
「承知……」
三人は三者三様に跪き、返事をした。
「ルーナ。行くでしょ?」
「勿論!久し振りの故郷だからね!」
どうやらルーナも行くつもりのようだ。しかし何だかルーナは里帰りする気分のようだ。
「リュート。気をつけろよ……」
「ああ、アギレラ。お前には昔から世話になりっぱなしだな。アクア達の事、頼めるか?」
「任せておけ」
「すまん」
俺はアギレラとフェリアに静かに頭を下げた。
この二人には小さい頃から本当に世話になりっぱなしだ。
奴隷だった二人助けたと言っても俺はあの時ほとんど何もしていないというのに……。
「おにーさーん‼︎」
「ぐふっ!」
カレンが俺に突撃しながらいつもの金的ヘッドバッドをかましてきた。
お前の背丈で抱きつかれたら脳天が股間にクリーンヒットするからやめろと何度も言っているのに……。
「頑張ってね⁉︎死なないでね⁉︎怪我とかしないでね⁉︎絶対帰ってきてね⁉︎」
「分かったわかった。ありがとな、カレン。おにーさん絶対帰ってくるから」
俺は6歳児とは思えない膂力で俺の腰回りを締め上げてくるカレンを引き剥がす。
「リュート。私もついて行ってあげたいけど、流石に足手まといかな……」
カレンを抱き上げながらリーシャが言う。
答えにくい質問だ。
俺はリーシャの事を足手まといだと思った事は一度も無い。
だが、リーシャは昔から共に行動している仲間だ。むしろ家族だという意識すらある。
だから今回の戦いにはあまり着いて来て欲しくは無い。
「…………いや」
「言いにくい事聞いたね。ごめんごめん。アクアちゃん達の事は任せて。子守なら得意よ?なんたって私は8歳児の子守を昔からしてたんだから」
「誰の話してんだ、誰の。……リーシャ、ありがとな。お前にも長い事世話になりっぱなしだ……」
「仲間でしょ?お礼は言いっこなしよ」
そう言ってリーシャはヒラヒラと手を振った。
その後、俺はアクアに向き直りその蒼い瞳を覗き込んだ。
「アクア。行ってくる。……心配んすな。ちゃんと帰ってくるさ」
「…………信じてる。だから、出来るだけ早く帰ってきて?この子達もパパのこと忘れちゃうよ……?」
「そりゃ一大事だ。死ぬ気で帰ってくる」
俺は少しかがんでよく眠っているエマとジンの頰を撫でた。
「じゃあな。パパな……ちょっと行ってくる。愛してるぜ」
俺はクルリと背を向け、一歩踏み出した。
「行くか」
「ふぇ……うぇぇぇええええん‼︎」
「……っ⁉︎」
突然ジンが泣き始めたのだ。
「ジン……」
「うぇぇぇ……、ふぇぇええ‼︎」
ジンが泣き始めると呼応するようにエマも大泣きした。
「泣くなよジン。パパはちゃんと帰ってくるから。な?」
「よしよし……、泣かないで……。ジン、パパにバイバイして……?」
「びぇぇぇぇえええ‼︎」
俺はジンを静かに抱きしめた。
「ジン。泣くな。男のクセになんて言うつもりはないけどな、お前は魔王になるんだぞ?こんな事で泣くな」
今生の別れって訳じゃ無いんだ。笑って送り出してくれよ。そうだろ?
ジンはなおも泣き続け、俺の指をキツく握り締める。
エマもアクアの胸にすがりついて泣き続ける。
「ジン、エマ。帰ってきたらまた遊んでやるから、もう泣くな。可愛い顔がクシャクシャだ」
俺は二人の頭を優しく撫でた。
すると二人はピタリと泣き止んで俺の顔を見上げた。まるで話が通じているかのようだ。
まだ言葉が話せ無いだけで、既に言葉そのものは理解しているのかもしれ無いな。
俺はジンの潤んだ瞳を覗き込みながら、俺の指をキツく握り締める小さな手を片手で包み込んだ。
「相変わらず見境なしに魔力吸うな、お前は」
俺は苦笑しながらジンの頭を再度撫でた。こうやって手を握るとガンガン魔力を吸ってくる。忘れがちだが、この子は生きているだけでも奇跡なのだ……。
でも大丈夫。この子の『魂喰』は問題ない。
しかし、俺がいなくなったらアクア達に少し負担がかかってしまうな……。
「アクアさん。『神聖勇剣』で魔力供給用の針をいくつか作っておきましたから、ジンくんの容態が悪くなったら使って下さい。こう、プスっと刺すだけで大丈夫ですから」
祐奈は自作の魔力供給針をアクアに渡していた。
針も祐奈の自作で、その辺で売ってあるやつよりも鋭く細い。
ジンにブッ刺すために作ってるから、なるべく折れて体内に入り込んだりしない様に硬い素材で作られている。
「ありがとう祐奈。助かる……」
「いえいえ!あ!あと、リュートさんのことは任せといて下さい!私がいれば大丈夫ですよ!」
「お前がいたら不安な部分もあるけどな」
「お姉ちゃん、ハメ外し過ぎないようにね?」
俺とメイが口々に言う。
祐奈は強いけど少し抜けてるからな。天然というかなんというか。
「もうちょっと信頼感が欲しい!」
「メイ!ユーナのことは私に任せて!ちゃんと面倒見るよ!」
ルーナがお姉さんぶって無い胸を張る。
「ルーナもリュートさんに迷惑かけちゃダメだよ?遠足じゃないんだからね?」
「もう、わかってる!メイも旦那さんと喧嘩とかしない様にね!」
「それこそ大丈夫だよ〜。ジルは優しいもんね」
メイはアルバを抱きながら幸せそうな笑顔だ。
全く、新婚ってなんでこんなに幸せそうなんだろうな?
「ジル。私がいないからってハメ外し過ぎないようにね……?」
「お、おう」
ドスの効いた祐奈の声にドン引きのジルは、カクカクと頷いた。
しかし、ハメ外すだろうな。多分。
「ベル、留守は任せたっすよ!」
「任せろ……」
「ベル。命に代えてもアクア様、ジル様、エマ様をお守りするのだぞ?」
「分かっている……」
アスタとルシファーも別れを済ませた様だ。
今回の戦いは一体どうなるかわからない。その為、少しでも戦力が欲しい。
普段なら俺たちの最高戦力であるルシファーはここに残って皆を守ってもらいたいところだが……。今回ばかりは仕方が無い。
ルシファーに出張って貰わなければ太刀打ちできない相手が出てきてからでは遅いのだから。
「よし、行くか」
「まぁ待て。お前ら養成回まで馬で行く気か?時間がかかるだろ。そう思ってな……」
「え?」
その時、空から木々を折りながらバサバサと翼竜種が群れをなして降りてきた。
「コイツらは……?」
「俺の飼ってる翼竜種達だ。乗って行けよ。馬の何倍も早いぜ?」
そう言ってニヤリと笑うジル。
いつ見てもその凶悪なツラによくお似合いなニヤリ笑いだ。
「じゃあ俺コイツ!」
『ギャオオッ!』
アスタが一番乗りとばかりに翼竜種に飛び乗る。それと同時に翼竜種が一鳴き嘶いた。
「では、我々も乗りましょうか」
「じゃあ、俺はこいつにしようかな」
俺は少し鱗が緑っぽい大柄な翼竜種を選んだ。
横を見ると祐奈とルーナも準備完了の様だ。
俺は翼竜種に取り付けられている鞍や鐙をしっかりと固定し、手綱を握った。
「よぉし……、お前ら。こいつらを無事に妖精界に送り届けるんだ。出来るな?」
『ギャオオッ‼︎』
ジルの一言に翼竜種達はまた大きく嘶いた。
「翼竜種って頭良かったのね……。私達昔食べた事あるよね」
「私は食べてないし、ユーナは不味いって言ってたけど」
「お前ら翼竜種食ったのか⁉︎」
「食べたねー、不味かったけど」
やはりジルは驚いている。
翼竜種って地球でいうと狼みたいなもんなのかな。
ペットにできなくも無いけど、野生は獰猛だし……。そして、食えるには食える。
「メイ……、お前もか」
なんだよ、その「ブルータス、お前もか」みたいなやつ。
「うん、不味かったけど。殺しちゃったし……」
メイは「殺したら食わねば」みたいな考え持ってる所あるからなぁ……。それに責任感の強い性格をしてるし、殺っちまったら食うのか。
「魔王様。急ぎましょう」
「あ、そうだな」
翼竜種談義に夢中になってて目的を見失う所だった。
「よし、じゃあ行くか!」
俺たちは一斉に手綱を握る。
「……またね、リュート」
アクアはエマとジンの手を握ってこちらに手を振っていた。
ジンとエマは大きな瞳を目一杯開いてこちらを見ている。
その時、俺が何か言う前に翼竜種は高速で空中へと飛び立った。
「ああ、必ず帰る。待っててくれ」
俺はカイル村を見下ろしながら呟く。
多分聞こえてないんだろうけどな……。
そして、俺は前方へと目を向けた。
「行くぞ!目指すは妖精界!」