価値観
「で、本題に入ってもいいか?」
「どうぞどうぞ」
一通りジンを可愛がった後俺はここに来た目的を思い出したのだった。
俺はジンの病の事を短く話した。
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「成る程……、それで『魂喰』か……。まさか、祐奈に魔力を供給してもらう算段か?」
「話が早いな、ジル。祐奈、つまりはそういう訳だ」
やはりジンの持つ特殊な事情は2人を驚愕させるのには十分すぎた。
「でも、リュートさん……。私の『神聖勇剣』は確かに魔力を回復させることが出来ますけど、発動条件があって……」
「発動条件……?」
おいおい、嫌な予感がするぞ……?
「強化状態の剣を突き刺ささないといけないんです……」
「成る程な……、こんな赤ん坊には酷な話だ」
ジルが呟く。
「針を強化することも出来ますが、こんな幼少期から何度も針を刺されたら流石に心的傷害を抱えてしまいますよ……」
「そう……だな……。分かった……」
注射針ならともかく、この世界にあるのは裁縫に使うようなハリだ。
それを赤ん坊の柔肌に何度も刺すなんて酷な事は出来ない。
それが自分の息子ならなおさらだ。
「結局、有効な打開策は無しか……。今の所は死ぬ心配は無いとはいえ……。祐奈、何かあったらその時は頼む」
「はい、偶になら大丈夫でしょうし」
ジンの容態が悪化するまでは現状維持だな……。ま、このまま育ってくれるに越したことは無い。
「で、ジル。お前メイとの結婚はどうなったんだ?」
俺は少し暗くなっていたので話を変えた。
この話題の所為でこの2人の仲は険悪なので、話題を変えることによって俺の心が明るくなるのかと言われれば素直に頷けないが。
「ああ、一応昨日の夜無事に話はまとまったぜ」
ジルがそう言うと隣にいる祐奈がブスッとした顔になった。
纏まったには纏まったのだが、いざ妹が取られるとなると釈然としないのだろう。
この様子じゃあルーナもなかなかお嫁にいけねえだろうな。
「なんだ、1発殴らせろ!みたいな話になったのか?」
「よく分かったな。『あの子を不幸にしたらお前を殺す』って言われたぞ」
冗談のつもりだったのに遥かに過激な事言ってた。
恐ろしいよ祐奈さん。
「ま、なんしか話がまとまったのなら良かった。ガキも出来て幸せ真っ只中って奴じゃねえかよ」
「まあな、今の悩み事は子供の名前なんだが……」
「なんだ、自分のネーミングセンスに自信が無いのか?」
俺は茶化すように笑った。
流石にフレイムの様な名前を子供につけたりはしないだろう。
変な名前をつけようとしていたら俺だって全力で止めるのも吝かでは無い。
というかフレイムやミドには悪いが、ダークネスフレイムはダサいと思う。
「いや?そう言うわけでは無いが……。一生モノだし、悩むだろう……」
「成る程なぁ、まぁ俺も子供の名前は昔から考えてたクチだし。生まれるまで悩んでて良いんじゃねえの?」
「む、それもそうだな……ゆっくり考えていくとしようか」
「なんだか置いていかれている感じが否めないんですけど……」
俺とジルの会話をよそに祐奈が俯いて呟く。
確かにこの世界の常識と照らし合わせると祐奈は行き遅れ感が否めないな。
祐奈ってよく考えたら俺より8コも年上なんだよなぁ……、ずっと俺に対して丁寧語で話す上、あまり外見が変わらないから忘れがちだが。
俺が今年で16だから祐奈は……。24……。
なんか見た目より割と年食ってた。
「誰か貰い手はいないのか?」
ジルが本気で心配そうに言った。
やめろよ。死にたいのかお前は。
「いるわけ無いでしょーが。ま、私はこの世界に永住する事にしたから結婚とかも考えたほうが良いのかなぁ……」
24てちょっと焦り始める時期だよなぁ。
でも祐奈は現役バリバリで働いている身だし、そこまで気にしなくても良いんじゃ無いか?
職が血生臭いのが短所ではあるが。
「ってゆーか!アンタに心配される筋合いなんて無いし!出会いがあれば結婚なりなんなりしますよーだ!」
祐奈が口を尖らせながらジルの肩のあたりをビシビシ叩く。
ジルが白目剥いて我慢しているところを見ると相当痛いのだろう。
祐奈の行動は基本的に戦うか妹を愛でるかの二択で、社会に出て無いから精神面がイマイチ成長して無いのが欠点だな。顔は良いのに。
その時、俺の隣を歩いていたリーシャが祐奈の肩に手を置いた。
「なんか私も置いてかれてる気がするんだよねー」
リーシャも確かに良い年してるもんな。実年齢知らないけど。
リーシャとは長い付き合いだが、一向に年齢を教えてくれないのだ。
だが、確かエルフは年をとる速度が人の半分だと聞いた事がある。
そこから推測するに、リーシャの年齢は大体40以上という事に……。
「リュート……?」
これ以上考えるのはよそう。なんだかリーシャからの視線が怖い。
こういう時の女は心を読む能力でもあるのだろうか?
俺は少し慌てて話題をずらした。
「そういや、ルシファーは結婚してたんだよな。いつ結婚したんだ?」
「大体……200年ほど前でしょうか……」
ルシファーは昔を思い出すように空を仰いだ。
さわさわと風が吹き込む。
「どんな人だったんだ?確か人族と結婚したって聞いたけど」
「笑顔の素敵な人でして、一目惚れでした。今まで出会った中で最も美しい女性でした……。我々天使は女性との交わりを禁じられていましたので、叶わぬ恋と思っておりましたが……」
おい、まさかお前。
「その人と結婚するために堕天したのか?」
「……お恥ずかしながら……」
マジか。漢かよ。
堕天する時に元同僚をフルボッコにしたって言ってたけど……一目惚れした女と結婚するために同僚ボコボコにしたの?
ルシファーは恥ずかしそうに髪をかきあげながら続けた。
「どうしても一緒にいたかった……。全てを捨ててでも……。それで、全てを捨てたまでです」
これは惚れますわ。
ルシファーは見た目もかなり美形だ。多分これ昔から変わって無いんだろうな。
これで性格もイケメンとか……。
なんか自分が負け組な気がするんだけど……。いや、そんな筈はない。気をしっかり持て。俺には美人の嫁がいるじゃないか。
「写真がありますよ、見ますか?」
言いながら服の中からルシファーがロケットを取り出した。
その中に嫁の写真を入れているのか。愛妻家のやりそうな事を大体やってるなお前。
「興味あります!」
「そりゃあ、美人なんだろうなぁ」
「俺も見せてもらって良いか?」
「どんな人どんな人?」
俺たちは寄ってたかってがっつくように顔を出して覗き込んだ。
そこには柔らかく、まるでマリア像のごとく微笑む老婆の姿が。
予想の斜め上に飛んできたボールを打ち返せない俺たち。
「妻です」
「え、これっていつの写真?」
「妻が死ぬ数日前のものですね。多分私が持っている写真の中で最も美しい笑顔の一枚です」
俺たちはなんだかコメントし辛かった。
多分若い頃は美人だったんだろうなぁ……っていう感想は漏れてくるが、控えめに言っても70歳くらいの女性の写真を見せられてもあまり感想が湧いてこない。悪いけど。
「優しそうな人〜!」
「なんだか死んだお母さんみたい……」
「え、リーシャのお母さんって亡くなってたの?」
「うん、そうなんだ……。でも、祐奈も故郷に家族を置いてきてるんでしょ?」
「うん……でも、ウチの母さんは元気だと思うしさ」
なんだか女性陣はそんな些細なことはどうでも良いらしい。
お母さんトークが始まってしまった。
「俺、生まれた時に母さん死んでるんだけど」
「俺も物心ついた時には居なかったな」
母さんのこと覚えてない俺たちは話に混ざることも出来ず、ルシファーの妻についてのコメントも特になし。
なんだこの状況。
後で聞いたところ、天使は別に顔の造形などどうでも良いらしい。
必要なのは内面と表情の美しさだそうだ。
俺たち地上の存在には真似できない価値観の基準だと思う。