不治の病
「ジン様が、『魂喰』を⁉︎」
ルシファーにジンのことを相談してみるとかなり驚いた様子だった。
やはりこの年の子供が使える様な能力では無いのだ。
取り敢えず長いこと生きてるルシファーと魔法とかその他諸々の知識に詳しいリーシャに相談してみた。
「リュート、エマちゃんは別に何とも無いの?」
「いや、何とも言えん。俺だって昨日会ったばかりなんだぞ」
父親だからって何でもかんでもわかる訳じゃねえよ。
ジンのことが分かったのも偶々に過ぎない。
「リュート様が8歳で『魂喰』を使用したと聞いて驚いたものですが、こちらはさらに驚きです……。まさか乳幼児が使用したなど、聞いた事もありません……」
そりゃあな。魔王の三つの奥義がこんな幼少期から使えるもんじゃ無いのは分かる。
「しっかしジンの奴……、良く寝るな……」
例によってまた寝てるのだ。
俺の腕の中でスヤスヤと眠っている。ちなみにエマはアクアと家で留守番だ。
「睡眠はエネルギー消費の少ない行動の一つです。ジン様は出来るだけエネルギーを消費せずに生きようとしているのでは……?」
「だとしても何のためにだよ」
俺たちの思考が迷宮入りしそうになったその時、先程から俯いてジンの体をくまなく調べていたリーシャが表情を強張らせて顔を上げた。
「この子、もしかして時間経過で魔力が回復してない……?」
「何だって⁉︎」
時間経過で魔力が回復しないって……それじゃあ……。
「魔力とは生きているだけで少しずつ使っていくもの。それが自然回復しないとなると……」
「生まれてすぐに死んじゃうわよ……」
そんな……。いや、でもジンは生きているじゃ無いか!
「コレは『先天性魔力回復障害』……。しかも物凄く重い症状だわ……全く魔力が回復してない……。普通の子供なら確実に死んでる症状ね……。じゃあ、この子は死なない為に自分の潜在能力を開花させたって事……?」
「何だよそれ……。それって……治らないのか⁉︎」
俺は藁にもすがる思いで問い掛けた。
しかし、
「治ったという例は聞いたこと無いわ……だってこの病気は発症したら数日以内に死に至る病気なのよ……」
「そんな……。アクアになんて言えば良いんだよ……」
魔力とは確かに一時的に底をついても何の問題もない。
しかし、それは底をついてもすぐに魔力が回復し始めるからだ。つまり、魔力がゼロであり続けることはない。
しかし、まったく魔力が回復しない人間にとっては魔力が底をつくという事は死を意味する。何故なら生きる為のエネルギーが無いのだから。
「しかし、悲観せずとも良いのです。魔王様。ジン様は『魂喰』を無意識とはいえ使用可能。つまり、魔力を自分で周囲から供給することが出来ます。ならば、ジン様は自分の力で生きることが出来ます」
「そっか……!やった……良かった……!」
俺は少し安心した。
しかし、また別の問題が浮上してくる。
「誰が育てるのよ?こんな小さいんだから、吸収対象を自分で決められないわ。無差別に魔力を吸ってしまう。流石に毎日魔力を奪われていたら貴方達も身が持たないわよ?」
確かに、四六時中ジンから魔力を取られ続けるのは問題だろう。
だが、
「俺なら大丈夫だ。俺なら吸われた魔力を他から貰って補填出来る。それに、幾ら無意識とはいえ、一番近くにいるやつから吸うだろう」
俺だって『魂喰』を使えるのだ。ジンから魔力を取られても俺なら問題なく生活を送ることができる。
だが、これで全ての問題が解決したわけでもないのだ。
「ジン様は『魂喰』を無意識に使ってる……。しかし、それでは自分で上手く使えなくなった場合、やはり死んでしまいます……。何とか我々でジン様に魔力を与える事が出来れば……」
思案顔で顎に手を当てるルシファー。
「でも、そんなこと出来る訳ないわ」
しかし、リーシャはそれを簡単に却下した。
普通に考えて人から魔力を奪うのも俺たち魔王にしか出来ないのに、人に魔力を与えるなんて……。
人に魔力を与える……?
つい最近、そんな能力を見た気がするんだが……。
「祐奈……。そうだ!あいつなら、ジンに魔力をやれるぞ!」
「え、う、嘘でしょ⁉︎」
どうやら常識では信じ難い事らしいが、事実、ハデスとの戦闘の最中、祐奈は俺に魔力を供給していた。
ならば、ジンに魔力をやることが出来るはずだ!
「とにかく!ジンを連れて一度試してみよう!」
俺は少しの希望を胸に、駈け出すのだった。
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「祐奈!俺だ!いるか?」
俺は祐奈達勇者一行+ジルが一時的に住んでいる元空き家の扉をゴンゴンとノックした。
しかし、なかなか返事が無い。
「留守でしょうか……?」
「いや、留守にする用事なんてねえだろ。多分……」
昨日は確か家族会議だとかなんとか言ってたけど……まさかあいつら決闘とかして無いだろうな……?
と、俺が少し心配し始めた時、中からメイが出てきた。
「あ、リュートさん……」
「よう、祐奈はいるか?」
「それが……」
少しバツが悪そうに下を向くメイ。
おいおい、まさかとは思うが……。
「実は昨日お姉ちゃんとジルが口論になったっていうか……お姉ちゃんが因縁つけたっていうか……。その、それで、決闘とかしちゃいまして……」
予想通り過ぎるんですけど。
ここまで俺の心配した通りに行動してくれると俺が操ってるみたいじゃねえかよ。
しかもお姉ちゃん因縁つけちゃったのかよ……。本当に妹の事になると常識と自制心が無くなる奴だな……。
「お前も大変だな……。で、どこ行ったか分かるか?」
「多分森に……」
「そうか……、わかった。ちょっと行って連れ戻してくる」
「すいません、お願いします」
「ああ」
こっちは火急の用があるというのに……。あのバカ共……取り敢えず1発ずつゲンコツだな。
全く……良い歳して何やってんだ彼奴等は……。
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森と言っても広い。
だからすぐに見つけるのは困難だろうと思っていたのだが、案外早く見つかった。
というか、森の前にある少し開けたところに二人はぶっ倒れていた。
よく見ると様子がそれぞれ違う。
ジルは顔に大きな痣を作ってぶっ倒れている。ノックアウトされているらしい。
対して祐奈はしっかりと瞼を閉じてスヤスヤと就寝中だ。
勝敗はハッキリとついている。
しかし、祐奈の身体に傷が無いのを見る限りジルが抵抗した形跡が無い。
確かに戦闘能力は祐奈の方が高いが、ジルが全く抵抗できないなんてあり得ない。
そしてジルの身体を見る限り一撃しか貰っていない。
という事は、決闘とか言いつつも祐奈が一方的にジルを1発ぶん殴ったのだろう。で、ジルもそれを甘んじて受け入れたと。
「おい、お前等。起きろ。もうすぐ昼だぞ」
俺は嘆息しながら二人に声をかけた。
全く……この二人はもう少し仲良くしてくれ。
というか、現在この二人の関係は婿姑みたいになっているが、本来祐奈は関係無いハズなんだがな……。
「んん……リュートさん……?あ、おはようございます……」
「おはやくねえけどな」
よく見たらジルも寝息を立てている。
意識を失っている訳じゃないなら起こしても問題ないだろう。
「おら、起きろジル」
屈んでベチベチと頰を叩く。
「う……、リュートか……。どうした?」
何事もなかったかのように立ち上がるジル。
お前本当に丈夫だな。
そして立ち上がった時に目を合わせた祐奈とジルは二人同時に「フンッ!」と顔を背けた。
周波数合ってんなー。お前等実は仲良いのか?
「あっ、その子……もしかしてお子さんですか?」
「ああ、ジンって言うんだ。今日はこの子の事で……」
と、俺が早速本題に入ろうとしたのだが。
「うわぁ、可愛い〜。おーい、祐奈お姉ちゃんだよー」
「ほぅ、お前のガキか。中々ふてぶてしい面構えだな……」
と、二人してジンに興味津々だ。
ま、そりゃそうだよな。だって可愛いもん。
親バカなのかも知れんが控えめに言ってもジンとエマはこの世で最も天使な生き物だと思う。
「見て下さい、コレ。私の手を握ってますよ!可愛い〜」
「そりゃ握るだろ。それよか俺に貸してみろ」
「アンタの身体をあちこちがトゲトゲしてて危ないでしょ!ダメ!」
ジルの手をすかさず叩く祐奈。
「な、気をつければ良いだろう!」
「危ないから却下!」
「このクソアマ!」
ほっとくと喧嘩し始めるなこの二人。
すると、ジンの表情に暗い影が差し始めた。あ、泣く。
「うえぇぇ……ふえええぇぇぇん!」
「あっ、泣いたじゃん!あんたのせいだからね!」
「お前だって騒いでただろーが!」
責任のなすりつけ合いをし始めるお二人。おお醜い。コレが大人ですよ。
「良いから、お前等二人とも黙れ。おおよしよし、泣くなジン」
これ以上騒がれたらジンが泣きやまない。
俺は二人を黙らせてジンをあやし始める。やはりまだ慣れていないからなかなか上手くいかない。
だが、昨日からずっと抱っこしているから俺が抱きしめると幾分安心してくれるのだろうか。少しずつではあるが、機嫌が直り始めた。
「ジンは泣き虫だなぁ。よしよし、良い子だ」
「すっかりお父さんですね〜、リュートさん」
ニヤニヤしながら祐奈がジンの頰をむにゅむにゅとつつく。
ジンはだいぶ落ち着いてきたらしく、機嫌良さ気に祐奈の指を掴んだり離したりしている。
「そりゃあな。この子の顔見てみろよ、可愛過ぎるだろ」
マジ天使。ルシファーの元同僚も天使らしいけど知ったことでは無い。
天使は子供達なのだからそいつ等は天使では無いのだ。
「すっかり親バカ親父だな」
「この様子じゃジンくんだけでなくエマちゃんの将来も心配ですね」
「絶対甘やかすよな。コイツ」
二人揃ってウンウンと頷く。
やっぱお前等仲良いだろ。




