不屈の闘志
「全く……突然強くなるとは……。お前の身体は一体どうなっているのだ……?」
「アンタも突然強くなったでしょーが。お互い様よ」
「いや、アレは俺の死霊術の応用技だし。お前の訳わからんヤツと一緒にするな」
「いや、私は魔法なんていう小細工じゃなくて気合だし。アンタの方が訳わかんないわよ」
「いや、訳分かるだろ。気合の方が訳わからんわ」
「いいや!訳分かる!」
「分からん!」
「分かる!」
「分からんと言っているだろう!」
「分かるって言ってんの!」
「「グヌヌヌヌヌ!」」
二人はお互いの視線をぶつけ合いながら唸る。
二人は気を取り直したように居住まいを正した。
「まぁいい。やることは変わらんからな……。お前を殺せば全て解決よ!」
「それはこっちのセリフよ!今すぐあんたを脳天からぶった斬ってやる!」
二人は即座に駆け出した。
祐奈の光を纏った剣とハデスの闇を帯びた鎌が交叉する。
ガギィィイン!
「『魂纏』」
ハデスが先ほどのように周囲に出現させた死霊を魔力に変換し、自身の力と変える。
「くっ、『ブレイブフォース』!」
負けじと祐奈も『ブレイブフォース』で剣を強化し、斬り結ぶ。
「フン、その『ブレイブフォース』も無尽蔵に撃てるような技ではあるまい……。そろそろ息切れを起こす頃だろう……?」
「くっ……!」
図星だった。
祐奈は勇者の力を扱う。
その圧倒的な力は他者を寄せ付けない。それは今までのどの戦いにおいてもそうだった。
ローグヤエレボスなどの様な格上の相手との戦闘は今回が初めてなのだ。
今まで祐奈は魔力を枯渇させたことなどなかった。
勇者は通常の人間と比べると異常なレベルで潤沢な魔力を持つ上、『ブレイブフォース』は普通の魔法に比べて消費する魔力の量が少ない。
しかし、それでも少しは魔力を消費するのだ。
ここまでのハデスとの戦闘で祐奈の魔力は既に枯渇寸前だったのだ。
「まだまだ!」
「無駄だ。限界の見えてしまった貴様に未来は無い」
ハデスは『魂纏』によって強化された鎌で祐奈を斬りつけた。
ザンッ!
「うぁぁぁあっ!」
祐奈は吹き飛ばされ、地面を転がった。
妖精王から貰った鎧のお陰で身体が真っ二つになることだけは避けることができたが、それは致命傷となるには十分だった。
肩や腹部から血がどんどんと溢れ出てくる。
「血が……止まらない……っ……」
痛みで治療術式が上手く使えない。恐ろしいまでの破壊力だった。
「止めだ」
ハデスは無感情に鎌を振り上げた。
祐奈は目を見開いてただそれを見つめるのみ。
(動けない……。痛い……。死にたく無い……)
今にも意識を失いそうな痛みが全身を襲う。
その中でも祐奈は気丈にハデスを睨みつけていた。
「ちくしょう……っ」
祐奈が死を悟り、ギュッと目を瞑ったその時。
「どりゃぁぁぁぁぁっ!」
「ぐぅおおっ⁉︎」
ドゴォォッ!
ハデスが派手に吹っ飛んで行った。
「だ、大丈夫っすか⁉︎祐奈さん」
「あ、アスタ……」
アスタだった。
死霊達との戦闘が終わって助太刀に来てくれたらしい。
身体中の至る所から出血しており、アスタたちの戦闘の激しさを物語っている。
「取り敢えず、少し距離をとりましょう。リュート様も満身創痍なんすよ……」
「う、うん……」
祐奈はアスタに担がれながらリュートの元へと向かった。
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「リュート様!」
アスタが祐奈を担いで俺の元へとやってきた。
俺はと言えば、爺さんとの戦いが終わった後突然体に力が入らなくなってぶっ倒れていたのだ。
「リュート様、どうっすか?」
「相変わらずだ……。身体が動かねぇ……」
「俺から魔力を吸ってくださいっす。まだ俺には余裕がありますから……」
「無理だ……。『魂喰』使うどころか、一ミリも身体が動かねえんだよ……」
「そんな……」
どうやら先程までのジジイには神の力が働いていたらしく、俺の身体はさっきから全く言うことを聞かないのだ。
神の力って奴は一体なんなんだ?
まだまだ別の効果があるとは思うが、龍種の力や魔族の行動を阻害してくるなど、俺の知っている能力は俺に都合の悪いものだらけだ。
取り敢えず俺の身体は魔族と龍種の混ざったようなもんだからな。神の力の影響をもろに受けるようだ。
クソっ……!
「取り敢えず、祐奈さんの傷を治さないと……」
アスタは気を取り直したように祐奈の傷に治療魔法を使用した。
「なかなか頑固な傷っすね……」
「痛……」
「我慢して下さいっす。時期によくなります……」
痛々しい斬り傷がみるみるうちに塞がっていく。流石の手際の良さだ。
「どうっすか……?」
「大分マシになった。ありがと、アスタ」
「そんな所にいたのか、貴様ら」
その時、背後からハデスが突然現れた。
「くっ……!」
祐奈がすかさず剣を掴み、首をはねるように横一閃に薙いだ。
「ちっ、リュート!行くぞ!」
ジルが間髪入れずに俺を担いでその場から離脱した。
クソッ!歯痒いぜ……。
今の俺は完全に足手まといだ……。あいつらになんとかしてもらうしかない……。
畜生ッ!
「逃すと思うなよ……!」
ハデスは俺とジルを睨みつけながらアスタと祐奈を弾き飛ばし、こちらへ向かって地を蹴った。
「畜生が!『竜化』!」
「フン、そいつを抱えていては……防御も出来まいッ!」
そう言ってハデスは無数の斬撃を飛ばしてきた。
不味い……。確かにこれを回避、防御するのは困難だ……!
「悪いなリュート」
「え」
不意にジルは俺を担いでいた手を離した。
勿論支えを失った俺は自由落下を開始する。
「うおわぁぁぁぁあぁぁぁ⁉︎」
ドゴォォオッ‼︎
俺は派手な音を立てながら地面に激突した。
勿論不死身なので死なないが、身体中から激痛が走る。
俺を離して両腕が自由になったジルはしっかりとハデスの攻撃を防御していたが。
「ジルううううう‼︎てめええええええ‼︎」
「すまんな」
「後で覚えてろよ……!」
「元気になったら相手してやるから黙ってろ」
短く言ってジルはハデスに向かって息炎で攻撃した。
「ガルァァッ!」
大きな炎の塊がハデスを包み込む。
「小癪なッ!」
しかし、ハデスはそれを物ともせずに払い、ジルを鎌で斬りつけた。
「ぐあああっ!」
マズイ……っ!
かなり深く切られている……。すぐに治療しないと……手遅れになってからでは遅いぞ……!
「うらぁぁぁぁ!」
「たあぁぁぁぁ!」
アスタと祐奈がハデスの背後へと迫る。
しかし、
「邪魔だ!」
ハデスは羽虫を追い払うように二人を切り飛ばした。
ハデスは体勢を崩したアスタを蹴り飛ばし、祐奈へと鎌を突きつけた。
「アスタっ!クソ……っ!」
負けじと祐奈も剣を振るうが、ハデスは無造作に祐奈の剣を叩き折り、祐奈を袈裟懸けに叩き斬った。
「きゃぁぁぁぁぁあっ!」
祐奈が地面にどさりと落ちる。
まさか……。
「う、腕が……!うぅぅ……っ!」
腕を斬られたのか……っ⁉︎
祐奈は左の肩口を押さえながら地面にうずくまる。
ドクドクと夥しい量の血が流れる。
「どうやら、もう打つ手も無いようだな……」
ハデスは薄く笑いながら言った。
ダメだ……奴は強すぎる……。
「ならば、終わりだ」
ハデスが両手を天に掲げ、そこに青白い光が無数に宿る。
それは少しずつ光を増していき、大きくなっていく。
上空に青白い異常な魔力を保有した球体が発生した。
元気玉かよ……。最後の最後で笑えねえ冗談だ……。ここら辺全部を吹っ飛ばす気か……?
「貴様らをまとめて消し去る……!『魂滅波動』‼︎」
ハデスのはなった魔法が俺たちに迫ってくる。
それは見ただけでわかるほどの多大な魔力を備えていた。
あれが着弾したら正真正銘消滅だ。
死体の欠片すら残ら無いだろう。
俺だって肉片が残らなければ再生できない。俺も死ぬ。
そして、俺が死ぬのだ。当然祐奈とジルとアスタも死ぬだろう。
「畜生……ッ!せめて……、せめて俺が動けさえすれば……ッ!」
俺は声を震わせた。
自分で自分が許せなかった。
俺がこんな情けない事になっていなければ……何かが変わったかも知れない……。なのに……!
「畜生ォッ!」
「まだ……、まだです……!まだ死んで無いっ!」
声が聞こえた。
その声はどこまでも力強く、凛とした響きで。
「ゆ……う、な……?」
祐奈が立ち上がっていた。
痛々しく左肩のあたりを押さえながら。しかし、それでもまだ力強く大地を踏みしめて。
俺は目を疑った。
もう何も無い。
魔力も枯渇寸前。剣はハデスに折られ、左腕はハデスに切断された。
しかし、祐奈はその両の瞳に確かな光を宿し、立ち上がった。
「まだ死んで無い……!リュートさん……。守るんですよね?全てを……。だったら!最後まで、諦めたらダメじゃ無いですか……⁉︎というか、諦めて……たまるかぁぁぁぁぁぁぁ‼︎」
祐奈の咆哮が轟く。
その時、まるで祐奈の声に応えるかのように祐奈の胸の辺りに光が灯った。