死霊
ジルの屋敷の辺りに行ったが、そこには誰もいなかった。
よく考えれば当たり前のことだ。シャガルの街は一度崩壊しているのだから。
まだ復興が進んでいないのだろう。
勿論俺の自宅もバラバラだ。
俺たちは目的が漠然としたまま歩き続けた。
しかし、歩けども歩けども全然人がいないのだ。
確かに、全くいないわけでは無い。数人のけが人は発見した。しかし、嫌に少ない。
皆どこかに隠れているのだろうか。そもそも復興中で人が少ないのもあるだろう。
歩いている途中に遠くの方から時たま爆音が聞こえるのが気になるところだ。
「人が居ないっすね……」
「それより、遠くから聞こえてくる音の方が気になるな……」
「行ってみるっすか?」
「そうだな……。行くか」
俺たちは音のする方向へと歩き出した。
俺は歩きながらミドへとまた質問を開始する。
「その、さっき言ってた何者かって奴に見覚えはないか?」
「いえ、姿すら見ていませんので……」
「人じゃない可能性もありか……」
どんどん嫌な方向に予測が進んでいく。
俺の推測通りでなければいいが……。
「リュート様……アレを」
アスタの指差す先には破壊された街並みが広がっていた。
所々壊されていた場所とは一線を画するレベルでぶち壊されている。
まるで戦闘の跡のようだ。
「誰かがここで戦ったのか……?」
まさか、ここにジル達が居たのか?
この破壊痕は祐奈やジルが戦った跡なのか?
だとしたら一体何者なんだ……?
「リュート様、ミドさん!こちらへ!」
不意に、アスタが俺とミドを引っ張って物陰に隠れた。
「おい、どうした?何かあったのか?」
「見てください、アレを……」
何とそこには動く骸骨の姿があった。
しかも一体だけではない。数体の骸骨が集団で辺りを闊歩しているのだ。
「何だあれ……」
俺もこのファンタジー異世界で長いこと生きているが、動く骸骨なんて初めて見たぞ。
あんなの魔族にもいない。いや、いるかも知れないが、見たことがない。
「アレ……、骸骨種じゃ無いっすよ。多分、死霊です」
「骸骨種って何だ?」
「え、知らないんすか?魔族の中の種族っすよ。見た目が骸骨の魔族です」
いるのかよ。見た目が骸骨の魔族が。
俺は生まれてから8歳になるまで城からほとんど出なかったし、8歳になってからは魔界の外で生活してきたからなぁ……。
魔族の種族についてあまり分かっていないのだ。
「で、死霊ってのは何だ?」
「死霊ってのは死霊術によって生み出される存在で、死者の魂が具現化したものっす。アレが骸骨なのは魂の持ち主が既に白骨化しているからっすね」
「つまり、魂の持ち主が白骨化して無かったらゾンビになるってことか?」
「まぁ、そういう事っすね。まぁ、そういう死者の魂を元にして作られた兵士を死霊と呼ぶんすよ」
「な、成る程な……」
俺はこの世界で16年も生きているにも関わらずまだ知らない事が多いな。
全く不甲斐ない。
しかし、死者の魂を使った兵士か……。
つまりアレには親玉がいるって事か……。どう考えても仲良く出来る感じじゃないし、敵なんだろうな。
「しかし、数が多いっすね……。アレだけの数を使役しているなんて余程腕のある死霊術士っすよ」
「そうなのか?」
「はい。普通の術士なら精々2体出せる程度です。なのに、奴らは軽く20体近く使役しています」
凄すぎるだろ。普通の10倍じゃねえか。
「あれだけの数を一箇所にかき集めているところ、もっと出せるのかも知れませんね」
「おいおい、本格的にヤバくねえか?」
「それより変ですね……。どうしてこれ程沢山の死霊が出現しているのでしょうか……?」
不意にミドが顎の辺りに手を当てながら呟いた。
「どういう事だよ……?」
「そうだ……!死者の魂はそれほど長い事現世にとどまる事は出来ない……。つまり、今ここにいる死霊の殆どは……」
アスタがそこまで言ったところでやっと俺にもようやく合点がいった。
「まさか……、人が居ないのは……死んでるからだってのか……⁉︎あの死霊は数日前までここで生活していた人達だってのか⁉︎」
「その可能性は高いっすね……」
「まさか……ジル達も……?」
見た目で見分ける方法など無い。
誰が死霊にされたかなんてわかるわけが無いのだ。
「どうでしょう……。少なくとも祐奈さんは簡単に殺られるような人じゃあ無いっすから……。多分無事っすよ。大体祐奈さんはちょっとばかし生き汚い所ありますからね」
「散々な言いようだな、オイ」
俺たちの雰囲気が少し明るくなったところでミドが死霊達の方向を指差した。
「見て下さい。引き揚げていきます」
「追うか」
「そうっすね。敵の本拠地やボスの正体がわかるかも……」
俺たちは静かに後を追った。
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「何だ……?アレ……」
たどり着いた場所は前まで知っていた場所だった。
詰まる所、現在は全く見知らぬ場所となっていた。
「ここって……確か噴水広場だったハズなんだけど……」
目の前にそびえ立つのは城としか形容できないシロモノだった。
ひたすらデカイ黒い建物。
まるでその場に直接出現したかのように瓦礫を下敷きにしている。
しかし、形状はどちらかと言うと城と言うより塔に近い。
先ほど追いかけた死霊達はこの内部に入っていったのだが……。
「これが敵の本拠地っすか……。街の人たちは全員死んでるか、この中に囚われてるかのどっちかっすね。後者であってくれれば良いんすけど……」
アスタが城全体を見回しながら言う。
「ああ、こっちが三人しかいない以上、こっそり侵入して内側からぶっ壊すしかないな」
城の攻略は大群で叩き潰すか、少数で侵入して内部から壊すかのどちらかだ。
まぁ、今回に限って言えば此方側の人数が少な過ぎるのだが。
頭数を揃えるためにも手早く祐奈達を助けださなければ……。
だが、問題はまだ山積みだ。
まず第一に、この中に祐奈達がいる保証が何処にもない。
そして第二に、俺たちが太刀打ち出来ないような戦力が中に控えている可能性がかなり高いという点だ。
正直言って今すぐ中に入るのは良い手とは言えないだろう。
しかし、この空間内に漂っている毒が悠長に事を構える事を許さない。
既に俺たちに選択肢は無いのだ。
行くしかない。
「行くぞ」
「はい」
俺はそこまで言ったところでミドを振り返った。
「アンタはどうする?中に入ったら命の保証は出来無いぞ」
無慈悲なようだが、流石に命の危険が迫った場合は俺は自分やアスタを優先させてもらう。
見ず知らずの他人にそこまでする義理はない。
「いえ、私も行きます。この街で何が起こっているのか……私も知りたいのです」
ミドは毅然とした態度でそう言い放った。
全く……この女性は本当に謎だ……。
先程、死霊と対峙したときの反応を見るに戦闘能力はかなり低いだろう。
なのに何故付いてくると言うのか。
これが知識欲って奴なのか?全く、俺には理解出来ないね。
ミドはまた先ほどのように無表情に戻り、先を見つめた。
不意に、ミドは無造作に流れていた綺麗な黒髪を後ろで一つに束ね始めた。
どうやら既に腹は決まっているらしい。
だったら俺たちがたたらを踏む理由は無い。
「うし、行くか」
俺たち三人は前へと歩を進めた。