憤怒の魔王
「勇者……お前だけは絶対に殺すぞ……」
「ハッ、あと10年後にならいい勝負出来たかもな……」
勇者は嘲笑する様に両手を広げた。
「だが、運が悪かったと思って地獄に堕ちろ……。
そもそも、自業自得なんだよ……お前ら魔族は」
勇者は昔のことを思い出しているのか遠い眼をしている。
「俺は昔、俺の恩人や俺の好きだった女を魔族に殺された……絶対に許さん……‼︎お前は今「お前だけは絶対に殺す」と言ったな……?それはこっちのセリフだ‼︎俺はあの時同じことを思ったさ……。お前ら魔族だけは絶対に許さん!一匹残らずぶっ殺してこの世から消してやる!」
「それがどうしたっていうんだ」
リュートは妙に落ち着いていた。
それは、身体の内側のすべての感情が一つの感情によって支配されていたからかもしれない。
目の前のやつを一刻も早く殺したかったが、リュートは落ち着いていた。
「ああ、お前の言う通りだ。魔族は人間を殺してきたんだから、恨まれても仕方がないだろう……。でもな……それとこれとは別だ……‼︎大切な人を殺されて怒らない訳がないだろ?恨まない訳ないだろ?」
ゾクッ!
勇者に悪寒の様なものが走った。
(なんだ……?このガキの魔力……何かがおかしい……)
「お前はさっき「運が悪かった」と言ったな。運が悪かったのはお前の方だ……‼︎」
リュートの身体から何か触手の様な形をした、黒いオーラが無数に伸びている。
「お前は真っ先に俺を殺しておくべきだったんだ……」
(あれは……一体……?)
そのオーラはウネウネ動きながら少しずつ大きくなっていく。
(まさか……周囲から魔力を吸収しているのか⁉︎)
エルザとギースの死体、周囲の木々、地面に空気……命あるものからも、そうで無いものからも、全てから魔力を吸収する。
次の瞬間。
リュートは勇者の背後から容赦なく手刀を振り下ろしていた。
「くっ⁉︎」
間一髪で受け止めた勇者はリュートから距離をとる。
「なんだ……今の……」
勇者は眼を見張った。さっきまでのヘタれたガキの面影は一切無かった。
「もう一度言うぞ……お前だけは絶対に殺す」
「何なんだお前は……何なんだ……その魔力は!」
ソレはただの魔族の子供では無かった。
魔王だった。
「さぁな……でも、俺が大切なものを失くしてからその大切なものを守れる力を得るとは……皮肉だな」
(魔王と勇者は互角のハズ……そして奴はまだガキだ……俺の方が強い!)
勇者は強く地面を蹴った。
「『ブレイブフォース』‼︎」
「『強化魔法』!」
ガキィン!
光を纏った勇者の剣をリュートは両手の手刀で受け止めた。
「馬鹿な!ただの強化魔法で⁉︎一体どれだけの魔力を吸収したんた⁉︎」
リュートの手から触手状のオーラが出てきて勇者の剣を包む。
「喰らい尽くせ、『ソウルイーター』!」
勇者の剣が徐々に光を失っていく。
「そんな……剣の加護が……そんな馬鹿な‼︎」
剣の加護とやらが無くなったのか、勇者の剣がボロボロと崩れて、遂には砂になった。
「そんな……馬鹿な……」
「哀れだな……」
ドスッ‼︎
リュートの右手が勇者を鎧ごと貫いた。
「ガハッ……‼︎」
勇者は血を吐いて地面に倒れこんだ。
終わった。呆気なく。
だが、勇者にはまだ息がある様だった。
「……ハァ……ゴホッ……殺せ……ハァ……」
口から血を吐きながら勇者は忌々しそうに腹に手をやった。
腹からは大量の血が流れている。
もう助からないだろう。
「……トドメだ……勇者……」
リュートのドス黒い感情はまだ収まらなかった。
命乞いをしろ。
その後にまずは四肢をもいで、グチャグチャにしてやる。
生きたまま腸を抉り取ってやる。
苦しみ尽くしたところで首を刎ねてやる。
そう思った時。
一瞬、エルザとギースの笑顔がリュートの頭をよぎった。
いくら勇者といえどそんな事をしたら、エルザとギースは悲しむんじゃないか?
いや、そんなハズはない……コイツはみんなの仇なんだから……無様に死ねばいいんだ‼︎
……でも、こんな時にエルザやギースならどうするだろうか?
リュートの尊敬していた、大好きだったエルザとギースはこんな時どうしただろうか?
やめておこう……どうせコイツは放っておいたら死ぬんだ。
それに、コイツには復讐に値するだけの理由があるんだ。俺だけが辛いんじゃあない……。
その時の俺の思考は憤怒に燃える魔王のものではなく、リュート・エステリオのものだった。
なんでこんな甘いこと考えてるんだろうか。コイツは皆の仇なのに……。
俺はゆっくりと勇者を見つめた。
敗北を受け入れ、死を覚悟した表情だった。
「お前、名前は?」
「……何故、聞く……?」
「別に……気になっただけ。言いたくないなら言わなくていいよ」
勇者は小さく嘆息し、一呼吸置いて答えた。
『……俺の名前はアレックス・ブラックだ』
英語で。
「え、英語……⁉︎」
戦闘シーンは難しいです。当分書きたくない