2日目。
いつものように学校へ登校するだけなのに、今日の僕はやけに緊張していた。
といっても、理由は明確である。
もちろん小日向のことだ。
小日向が明日僕に会えるかわからない、と不安になっていて、僕は安心させるために絶対会えると言った。
それはもちろん僕にとっては当たり前のことで、今僕が緊張する理由にはならないのだが、何だか小日向に会うのが緊張するのだ。
自分にあんな明らかに好意を向けてきた人間が初めてだからなのかもしれないが、小日向のような人は少なくとも今までの僕の人生であったことがないようなタイプだった。
そんな人に好きだと言われ、自分が未来で死んでいることも言われ、身構えてしまうのも当然だと思う。
小日向が未だ何者かも特定できていないからこそ、僕は変に肩に力が入っているのかもしれない。
とにかく、もう家を出る時間になったので僕は鞄を持って家を出た。
両親は家を出るのも、帰ってくるのも遅いからいつも「いってきます」という相手はいない。
今更そのことを悲しいと思うこともないし、誰かに挨拶をしたい気分ではなかった。
家を出て鍵をしめ、通学路を歩いていると、突然後ろから声が聞こえた。
「瀬垣ー」
それは僕のことを呼ぶ女子の声だった。
足を止めて振り返ると、肩に少しだけかかる程のさらさらとした髪をたらす笑顔が眩しい少女が僕の元に歩み寄ってきているところだった。
彼女の名前は琴吹佳代。
田舎からここへ引っ越して来たらしく、まだ田舎のなまりが残っている。
「おはよー、せっかくタイミング合ったんやし、一緒に行かへん?」
社交的な彼女は不良と周りにバレている僕にですら会うと声をかけてくる。
正直僕はこの子が苦手だった。
誰だからとか、そういうのを気にせず皆に優しい人間というのが僕はどうも受け入れられなかった。
そういう人を見ると改めて自分の醜さがわかってしまうからだ。
そういう面では、小日向も当てはまるかもしれない。
「断っても、琴吹はついてくるだろ」
毎度の返事をすると、琴吹は照れくさそうに笑って僕の横を歩いた。
「瀬垣も、うちが横を歩いてても嫌な顔せず歩いてくれるやん」
「僕はポーカーフェイスなんだよ」
そう返すと、琴吹はむっとした顔を僕に見せた。
なんだよ、とでも言いたげな顔を琴吹に見せると、彼女は抑えきれないとばかりに吹き出した。
「やっぱ瀬垣は変わってておもろいな」
変わり者と言われるのはもう慣れっこだ。
その言葉を適当に流して僕はちゃくちゃくと学校へ歩みを進めていた。
横で琴吹が飽きることもなく何かしら話しているが、僕の返事は会話を続ける気がないのではないか、と思われるようなものばかりだった。
そのことに気づいてか気づいていないのか、琴吹は相変わらず僕に返事を求めてくる。
まだ良いのは、僕に求めるその質問が「はい」か「いいえ」で答えられる質問ばかりのことだ。
長々と返事を求められないぶん、少しマシだった。
やっと学校が見えてきた頃には琴吹のおしゃべりも少しは落ち着いてきていた。
15分近くべらべらと話したから疲れているのだろうか。
そんなことを口にはせず、僕は校門から学校内へ足を踏み入れる。
もちろん琴吹もついてくるが、今更そんなことは気にも留めていない。
「あ、うち職員室に用事があったんだった。ごめんな瀬垣。うち職員室寄ってから教室行くわ」
「ん、わかった」
そう言うとスタスタと早足で琴吹は職員室へ行ってしまう。
ふうとため息をついて教室に行こうと体の向きを変えたところで、また誰かに呼び止められた。
「な、なっちゃん!」
その声は、呼び方ですぐにわかってしまう。
「あぁ、小日向」
小走りで僕の元へ来て、既に目は潤んでいた。
僕は少し慌てて辺りを見る。
「ほら、僕はここにいるから。泣くなよ」
小日向は慌てて目元をゴシゴシと拭いて、僕に笑顔を見せた。
「良かったです…本当に、来てくれて良かったです」
今にも飛びついてきそうな勢いだった。
僕はあまりの小日向の慌て様につい笑がこぼれた。
こんな人が僕に好意を寄せているなんて、今でも信じられない話だ。