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もし夢ならば。

「こんなことをするのは、初めてかもしれません」


小日向は照れくさそうに言いながら、同時に嬉しそうな顔もしていた。


「自分から言い出したんじゃないか」


僕も参ったとばかりに首の後ろをかく。

傘が少し揺れて、雨粒が肩にかかった。

先ほど小日向を送ろうとして傘を差し出したのはいいものの、もう一つの傘を取り出すのを忘れて家を出てしまったため、傘はひとつしか持っていない。

もちろんそれに気づいたのは玄関のところだから取りに帰ろうとしたのだが、小日向がこのまま行こうと引かなかったので渋々承諾したのだ。

僕も相合傘なんてがらじゃないけど、小日向を早く送り届ける方を優先しての行動だ。


「なっちゃんは恥ずかしいからって言って相合傘とかしてくれなかったんですよ。いつも手を繋ぐだけで十分だーとか言って」


「わからないけど、確かに僕ならそんなことを言いそうだ」


他人から注目されるのがあまり好きではない僕は多分その性格から人前でそういう行為をするのがただ照れくさかったのだろう。

ある意味そういう面では小日向が積極的で助かっているのかもしれない。


「そういえば、小日向と僕はどうして出会って、初めて会ってからそんなにすぐ付き合うことになったのかな?」


問う形は小日向にも考えて欲しいとでも言いたげな雰囲気だが、実際小日向はその出会いを知っている。

むしろこの状況を一番知っているのは他でもない小日向だろう。

だからこそ、今のような問い方で小日向に答えを求めたのだ。


「…元はといえば私が悪かったんですけど、なっちゃんと出会えたならあの日私がしたことは正しいってことになるんじゃないかなって思うんです」


先を予測させないような言い方につい引き込まれる。

傘を握る手に力を入れて、本人にはバレないように僕は構えていた。


「私、この話し方からわかるように、普通の家庭とはちょっと違って。自分でいうのもなんですが、いわゆるお嬢様のようなものなんです」


一見自慢かとも思わせるセリフだが、小日向の話し方には少しもそのような含みを感じられなかった。

むしろ、その言い方には悲しげな。落胆するような話し方が混じっている。


「だけど、私は毎日決まっているように同じことを繰り返すこの暮らしが嫌で……抜け出したんです」


僕が横で驚いているのに気付いているのかいないのか、小日向は苦笑したまま話し続ける。


「もう夜の11時くらいだったけど、構わず夜道を歩いて。そしたらなっちゃんに会ったんです。なっちゃんは暗い商店街のタバコ販売機の前でお酒飲んでたんですよ」


不健康ですね、とふざけるように言って小日向は僕の腕に自分の肩をこつんとぶつけた。

度々腕がぶつかることはあったが、今のは明らかにわざとだろう。


「まあ、僕ならやりかねないね」


やりかねないというより、もう既にやっている。

あんないつもの空間に、突然こんな美少女が入り込んできたんだ。

あの時販売機の前で酒を飲んでた僕はどれほど驚いた顔をしたのだろうか。


「私本当は、正直なっちゃんを初めて見た時は怖くて、もちろん話しかけるつもりなんてなかったんですよ」


「普通の人ならそんな危ない人に話しかけたりなんてしないね」


真顔でそんなことを言う僕をおかしく思ったのだろう、小日向は声を出して笑い少しだけ歩くスピードを落とした。

この狭い空間でちょこまかと動くもんだから、小日向を濡らさないようにと僕も歩幅を合わせていたためその少しの速さにも気付いた。


「……もう少しで、私の家つきます」


その一言で僕は、そういうことかと納得した。

こういうのは思われる側が考えると自意識過剰みたいに思われるが要は僕と別れるのが悲しいと考えていいのだろうか。


「明日は学校だよ。僕もいる」


ぱっと恥ずかしそうに僕の顔を見た。

さっきまでずっとヘラヘラしていたからその表情の変化に少し驚いてしまった。


「こんなこと、考えるのは申し訳ないんですけど……やっぱり、まだ夢な気がするんです。目の前になっちゃんがいて、触れることが出来て。明日学校に行った時もしかしたらなっちゃんがいないんじゃないかとか、そんなことばかり……」


僕の家に現れた時のように悲しい顔になって、肩は小刻みに震えていた。

どうすればいいのか迷った末、僕はいつもよりいい雰囲気の笑を見せた。


「僕は、まだ死ねないよ。これは夢なんかじゃないし、小日向が触れてる僕は本物だ。明日学校で絶対会える。大丈夫だから、明日また会おう」


僕はまだ小日向の恋人ではない。だから慰めるために手を繋ぐことも抱きしめることも出来ない。

だからこそ、小日向を安心させるために僕は精一杯言葉を選んだつもりだ。


「ありがとう、ございます」


小日向の震える声が聞こえる。

あえて顔を見ないようにして、僕は小さく頷いた。


「送ってくれてありがとうございました」


ちょうど家に着き、小日向は一生懸命僕に笑顔を向けていた。


「どういたしまして」


僕もその笑顔に応えられるように笑い、傘から小日向が抜けたのを確認してから小日向に背を向けた。


また明日、なんて言葉は、小日向を不安にさせるだけだから口にすることは無かった。


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