タイムスリップ。
いつの間にか、酒を呑むことすら忘れていた。
彼女の話を聞いて、僕は頭が混乱していた。
「なっちゃん、もう気付いちゃいましたか?」
彼女の言葉が、僕の考えていることを確信づけた。
でも、本当にそんなことがあるのだろうか。
まさかまさかと、彼女の話を否定するような言葉ばかりが脳内を巡った。
「私の失った彼氏は、なっちゃんなんですよ」
その言い方には少しのためらいがあった。
僕本人にこのことを伝えるのをまだ迷っていた様子だ。
こんな言葉が、すんなりと僕の脳内に落ちてくるはずもなく、ただ平静を装うので精一杯だった。
「…信じられないですよね、すみません」
彼女は先程と同じ苦しそうな笑顔を見せた。
そんな顔で嘘をつかれるとは思えないけれど、だからといって彼女の話はすぐに信じられるようなものでもなかった。
うまく返事を見つけられないまま首の後ろをかいていると、ふいに彼女は言葉を発した。
「なっちゃんのことを知っているのもそのせいです。私がなっちゃんと出会ってから、なっちゃんのことをたくさん教えてもらったから」
このまま彼女に喋らせたままだといけないと思い、僕も口を開く。
「確かに信じ難い話だ。他の人に話してもきっと信じてはくれないんだろうね」
僕の言葉に彼女はしゅんと肩を落とした。
「…でも、今の僕にはなぜだか小日向が本当のことを言っている気がする。本当に勘とかその類なんだけど」
薄い苦笑を浮かべると、小日向は少し口を開けたまま呆然と僕を見ていたが、今言った言葉の意味をようやく理解したのだろう。
徐々に固まった顔が嬉しそうな笑顔に変わった。
「やっぱり、なっちゃんは私の言うことをいつも信じてくれるんですね」
「小日向が僕のことを詳しく知っている理由がもし他にあるとすればストーカーとかその類になるだろ?小日向がそんな人だとは思えないからさ」
後付けな理由なのは変わりないが、少しでも今の小日向の言葉を信じる理由が欲しかった。
僕にとって自分の勘はそんなに信じられないものなのだろうか。
「ストーカーみたいに追いかけ回しても良いんですよ?」
クスクスと笑いながら冗談を言う小日向を見て、とりあえず落ち着いてくれたかとホッとしていた。
いきなり家に押しかけられて雨に濡れていながら泣いているという出会い方だったから、余計に小日向の笑顔が珍しいものに見えてしまった。
小日向の笑顔には、何か人を癒す効果でもあるのかもしれない。