もう一度。
僕がまたお酒を呑んでいると、彼女は何回か苦笑しながら注意したが、先程ためらいもなくお酒を呑んでいたことを思い出して半ば冗談でお酒を勧めた。
彼女は“お酒の臭いがついたら怒られる”とさすがにあれ以上酒を呑むことはなかったが、僕が酒を呑んでいるのをまじまじと見つめていることは多々あった。
「小日向に聞きたいことが山ほどありすぎて、どれから聞こうか迷ってるんだけど」
この短時間のうちに彼女は不可解な言動を何回か行っていた。
こんな大雨の暑い日に泣きながら僕の家の前に立っていたり、僕のことをなぜか一方的に知っていたり、お酒をなんのためらいもなく呑んでいたり、彼女の行動は僕の思考回路を度々混乱させている。
「何でも言ってください。答えられるものなら全て話しますから」
その場に彼女は正座で座り直して、僕の目をじっと見た。
「まず、小日向は何で僕の家の前で泣いていたの?」
その質問は、彼女にとってどんなものだったのだろうか。
ビクリと体を震わせて、人差し指で頬をかいた。
「重い話になっちゃいますよ?」
必死に笑顔を保っているというような表情に、僕は心を痛ませながらも話を促した。
「…私、大切な人を交通事故で亡くしてしまいました」
僕の驚いた顔は予想済みだったようだ。
えへへ、と辛そうに笑って彼女は俯いてしまう。
「私の恋人でした。まだ出会って2ヶ月にも満たない期間だったけれど、私達はとても良い関係を築けていると思っていました」
涙を堪えているのか、僕には彼女の顔が見えない。
あの綺麗な顔がまた涙でぐしゃぐしゃになってしまうのかと思うとなんだか切なくなった。
「なっちゃんは、私の話を信じてくれますか?」
変な質問に、すぐに答えを返すことが出来なかった。
彼女の発言の真意がわからない。
まだ話を聞いてもいないのに、信じるか信じないかなんて決められるはずがない。
「誰も信じてくれないような話なの?」
話をする前にあらかじめそんなことを言うのだから、予想できるのはこれだろう。
誰かに話しても信じてはもらえず、元から聞きたくなってしまう気持ちもわからなくはない。
小日向は小さく頷いた。
辛そうな態度に、僕は思ってもいないことを口走ってしまった。
「信じるよ。そんなふうに言われたら、信じるしかないだろ」
彼女がふいにぱっと顔を上げたのを見て、僕は話を続けるように言った。
少しのためらいの後、彼女はまた口を開く。
「私は、“2ヶ月間の猶予”を貰いました」
また話の先が見えない言葉だった。
2ヶ月間の猶予なんて言葉を聞いても、僕には全くピンと来ない。
「…彼と出会う2ヶ月前に戻って、もう一度やり直すんです」
突然信じ難いことを聞いて、僕は目を丸くしたままだった。
「は…?えっと、それは…」
言葉に詰まっていると、彼女は苦し紛れに笑った。
「やっぱり信じてもらえないですよね、そんな話」
僕が最初に彼女に尋ねた質問は“僕の家の前で泣いていた理由”だ。
今彼女が話していることと、僕の質問は一見何の絡みもない話に見える。
頭を使えば、この先の話を予想できなくはなかったのだろうけれど、どうしてか僕はその先を彼女の口から聞きたくて、あえて考えるのをやめた。
「信じてないわけじゃないよ。いきなりだったから、少し受け入れるのに時間がかかったんだ」
彼女の顔が晴れることはなかったけれど、また続きを話してくれた。
「彼に会う前に戻るから、もちろん彼は私のことを知らない。私だけが彼のことに妙に詳しくて、馴れ馴れしいんです」
ドクドク、と胸が変なふうに鼓動が早くなっていた。
自分ですら無意識に、彼女のその言葉の先を予想して焦ってでもいるのだろうか。
「この2ヶ月間、私は“悔いが残らないように”彼と接しなければならないんです」
その言葉に、彼女の真意が隠されていたのに。
今思えば、彼女は幾度となく僕にSOSを出していた。
それに気付くこともなく、ただただ彼女の言葉に焦りながら、僕は彼女の話に耳を傾けるのだった。