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少しの違和感。

全身が濡れていたので、とりあえず大きめのタオルを持ってリビングへ行くと、彼女はふと顔をあげてこちらを見た。

もうしゃっくりはおさまっているようだが、涙がまだ流れているようだ。

本当になんでこんな厄介ごとに巻き込まれないといけないのかと思っていたが、僕が彼女を家の中に招いたのは、もしかしたら彼女の容姿に少なからず反応していたからだと思う。


「これ使って」


タオルを差し出すと、彼女はぺこりと頭を下げてかすかに笑った。

彼女の表情は、泣き顔の次に見る笑顔だった。

そのせいかよけいに破壊力があり、一瞬目をそらしてしまった。


「いきなりおしかけてすみませんでした…」


タオルで顔を拭きながら彼女は僕に向かって謝罪した。

彼女が座るソファーの横にたっていた僕は、自然と彼女を見下ろす形になっていた。


「いや。それより、そのままだとかぜ引くから風呂貸すよ。お湯沸しといたから入って」


彼女はその言葉にビクッとなぜか反応したが、僕がその意味を理解していないことに気付くととっさに貼り付けた笑顔でその場を乗り切ろうとしていた。


「ほんとにすみません。…じゃあ少しだけどお邪魔させていただきます」


また彼女は何度もぺこぺこと頭を下げてソファーから立ち上がる。

風呂場まで案内して、僕はドアを閉めた。

もちろん覗きなんてするつもりはないけど、少しの胸のざわつきはあった。

ため息をついて僕は自分の部屋に行く。

冷房の部屋を出たり入ったりするのは気分的にあまり良くなるものではない。

しかし今はそんなことを気にしている場合でもなかった。

自分のタンスから中学の頃の少し小さめのジャージを取り出してまた階段をおりた。

脱衣所のドアの前まで歩いてその場にジャージを置く。

さすがに中にまで入るのはやめておこうと思いそのままリビングへ向かった。

冷蔵庫から缶ビールを取り出してコップに注ぐ。

既に額には汗が垂れていて、先程まで彼女が座っていたソファーに腰を下ろしビールを半分まで呑んだ。

たぶん彼女が雨で濡れていたせいだと思うけれど、ソファーの一部分だけが少し湿っていた。

まあ親が帰ってくるまでには乾くだろうと思いまたビールを飲む。

前に一気呑みをして本当に倒れそうになったことがあったので、それからイッキは控えるようにしている。

周りの奴らに急かされる時は、たまにやってしまうことがあるけれど今はその話はどうでもいい。

コップに入っているビールを飲み干して、また缶を持ち上げてコップに注ぐ。

ぐびぐびと飲み進めているせいで、時間の進みを忘れていた。

酔が回ったのか、彼女の存在を完全に忘れていたのだ。

ふいにガチャ、とドアの開く音がする。

顔をそちらに向けると、服に着られている感が拭えない服装。

濡れたままの髪、戸惑いの顔。

そのことを理解するのが、今の僕には遅すぎたのだ。


「お酒、やっぱり呑んでるんですね」


彼女の顔の赤さはきっと風呂に入ったからだろう。

一見照れているように見える彼女のその顔は、また魅力的だった。


「やっぱり?」


知っているような口だね、と付け足すと、彼女は苦笑した。


「なっちゃんはよくお酒呑んでたじゃないですか」


僕のことを知っているような口ぶりに、僕は首を傾げた。


「僕は、君のことわからないんだけど、君は僕を知ってるの?」


そうじゃないと僕を“なっちゃん”と呼びお酒を呑んでいることを知っている理由がよくわからなくなるけど、とりあえず彼女の口から聞きたかった。


「えっと、一応、知ってます」


一応ということはそこまで知っている訳では無いのか。

でもそれは当然だ。

僕とそんなに関わりが深いなら、僕が彼女のことを知らないはずがないからだ。

彼女が一方的に僕のことを知っているのはきっと僕らが路上で酒を呑んでいるところでも目撃したからだろう。


「あ、自己紹介がまだでしたね」


彼女はえへへと笑ってぺこりと頭を下げた。


「赤草高校2年3組の小日向伊鶴こひなたいづるです。よろしくお願いします」


彼女の笑顔に少しだけ違和感を感じた。

けれどそれは今そこまで重要じゃないと思っていた。


「隣のクラスだったのか」


ネクタイの色からして同級生なのはわかったけど、クラスまではわからなかった。

彼女はまたはにかんでソファーの前にあるテーブルの横に正座した。


「なっちゃんのことなら知ってますよ。瀬垣夏哉せがきなつや2年4組。誕生日は8月9日ですよね」


その言葉には、さすがに僕も耳を疑った。

それは、見かけたことがある程度のことではわからない情報ばかりだ。

名前やクラスだけならまだ理解しようと思えば理解できる。

誕生日まで知られているのは、それなりに調べないとわからない情報だと思うのだ。

どういうことか問う前に、彼女は言葉を続けてしまう。


「私のことは、やっぱり知らないんですよね」


言っていることがよく理解出来なくて、僕は返事に困ってしまった。

泣いたり、笑ったり、落ち込んだり。

まだ会ってこんな少しの時間しか経っていないのに、この子はたくさんの表情を見せる。

そのまま僕が黙っていると、彼女は作り笑いを浮かべた。


「気にしないで下さい。私が勝手になっちゃんのこと知っちゃってるだけなので」


その苦しそうな笑顔に、なにか引っかかるものがあった。

適当に返事をすればいいのに、さっきから上手く言葉が出なくなっていた。

自分でもわからない不思議な感覚に、気まずくなって僕は酒をまた呑んだ。

本当は彼女が戻ってくる前に片付けるはずだったが、目撃されてしまったのだから今更隠そうとしてもダメだろう。


「あ、またお酒呑むんですね」


ムスッとした表情で彼女は注意するが、怒っているわけでもなさそうだった。


「君も呑む?」


冗談で僕はあと一口分くらいビールが入ったコップを彼女に見せた。


「…お酒、1度だけ呑んだことあるんですよ。私」


彼女は僕の手からコップを取り上げて少量のビールを呑んだ。

僕の呆然とする顔には見向きもせず、こっぷを僕の手に渡して彼女ははにかんだ。


「これで2度目です」


いたずらをしている子供のような笑顔だった。

まさか本当に飲むとは思っていなくて、僕は空になったコップを見てテーブルの上に置いた。


「…君……小日向って、真面目だと思ってた」


僕のその言葉に小日向はハッとして手を振って否定した。


「呑んだといっても、相手の人がお酒を呑んでて、注意したら酔ってるせいか無理やり呑まされたんですよ!」


「はは、それはひどい人だね」


こんな真面目そうな彼女に酒を呑ませる人など、きっとろくな人間ではないだろう。

少しだけ笑って、僕はコップと空になったビール缶を持ってシンクの方まで行った。

ビール缶を捨てて、コップをシンクの中に置いておく。

そしてソファーに戻ると、彼女は時計を気にしていた。


「そろそろ帰る?」


時計は夜の8時をしめしていた。

両親が帰ってくるのにはまだ時間があるけれど、女子高生が一人歩くのには少し危険な時間になりつつあった。

いくら夏といえど、暗さは訪れるもので夏だからといって遅くまで遊ぶのは危険だ。

そんなことばっかりしていた僕が言えるようなことではないけれど。


「…もう少し、いてもいいですか?」


時間は大丈夫です、と告げて僕の言葉を恐る恐ると言った感じで待っていた。

そんな目で見られては、無理やり返そうと思っても行動にはできそうにもなかった。


「まあ、僕は構わないよ」


そう言うと、小日向は目を開いて嬉しそうに喜んだ。


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