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ある勇者の物語  作者: 立住正吾
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黒き蛇2

「だ、誰だ!?」

ヒロは叫んだ。魔力の喪失により、ともすれば倒れそうになる身体を叫ぶことで必死に支える。


『貴方の味方ですよ、我が主よ。』

表情は分からぬが、瞬きもしないその目は、男とも女ともつかぬ声色を変えることなくヒロの頭に声を響かせた。


「誰だと言っている!この、お前なのか!?」

『そうですよ、貴方の右腕に宿る蛇。クロとお呼びください。』

自らをクロと名乗るその蛇の紋様は、優しげに答えた。だがヒロはその優しさの裏に、侮蔑と、さらにはおぞましい力を感じ取り鳥肌を立てた。

「何者だ!?」

『クロですよ。貴方の味方です。』

「何者だと聞いている!」


ヒロは怒気を含んだ声を張り上げ、左手で持つ槍の切っ先を蛇の双眸に突き付ける。


『その問いに何の意味があるというのですか?この、右も左も分からぬ世界で、貴方にとって味方であるという答え以外に・・・ああ、怒鳴らないで下さい。村人が起きてしまいますよ?』

「・・・お前は精霊なのか?」

『精霊?あんなモノと一緒にしないで頂きたい。』

蛇はくっくっくっ、と嘲笑と共に目を細めて答える。


「精霊でないというのであれば何者だ?なぜ俺の右腕にいる?なぜ俺がお前の主なんだ!?」

再び声を荒げ問い詰める。


『・・・貴方にとって味方であるということ以外は答える必要はありません。ですが』

クロは丁寧ではあるが高圧的に答える。

『貴方の想い人との契約故、と言えばお分かりになりますか?』

「アンナだと!?」

ヒロは驚き、かつて自らと共に魔王と戦った女魔術師の名前を叫んだ。


『ですから怒鳴ると村人が起きてしまいますよ・・・そうです、その女です。』

「か、彼女は、生きて、いるのか??」

ヒロは予想される蛇の回答に対する期待と恐れを抱きつつ質問する。

『ええ、生きていますよ。いえ、正確にはまだ死んでいます。』

「まだ死んでいるとはどういう事だ??」

『転生が出来ていないのです。可哀想に、彼女の魂は恐るべき邪神によって封じられてしまったのです!』

蛇は芝居がかった様相で大仰に悲しんで見せた。

「転生だと??」

『ええ。本来であればこの世界に転生する筈だったのですが・・・この世界に魂が来る直前、邪神により囚われてしまいました。』

「・・・邪神とは何者だ?」

『それは私にも答えられません・・・私が力ある名前を言えば、かの邪神は忽ち感付き、彼女の魂は永遠に失われることになるでしょう。』

「・・・」

ヒロは考えた。果たしてコイツの言っていることは本当なのだろうか?邪神とは一体何者だろうか。


『コイツ、ではありません。クロとお呼びください、我が主よ。』


ヒロの思考を読み蛇はやや不服そうにヒロの頭の中に声を響かせるが、ヒロはその響きを無視して考えを進める。


コイツ、クロは少なくとも今のところ俺に害を為すものではないらしい。今の俺ならばクロはあっさりと殺すこともできるだろう。それだけの力を感じる。あるいは、歯牙にもかけぬだけなのか。

だか、アンナが生きているというのは朗報だ!会いたい。邪神というものに囚われているのであれば助け出せば済むこと。今は、少なくとも今は、クロを信じるしかあるまい。


『賢明な判断です。』


またしてもヒロの思考を読んだクロは満足そうに初めて笑った。正確には、その丸い目を笑ったように細めただけだが。

ヒロはその目を射竦めるように睨み付ける。


「分かった。他の俺の仲間達はどうなった?」

『皆、この世界ではない別の世界に転生していますよ。』


やはりあのとき皆死んでしまったのか。だがクロの言うことが本当であれば、皆別の世界で新たな生を受け、幸せな人生を歩んでくれるに違いない。それがせめてもの救いか。

ヒロはかつての仲間達の新たな人生に対して祝福を、彼の神に祈った。その時、僅かに蛇が震えたような気がした。


「クロよ。」

『我が主よ、何でしょうか?』


「ヒロと呼び捨てで構わん。今はお前が何者かを問わない。そしてその邪神が何者かも。」

『ありがとうございます、ヒロ。』

「お前がもし、俺の味方だというならば、手助けはしてくれるな?」

『勿論です、ヒロよ。私の力はまだ万全ではありませんが、それがあの者との契約であり、私の存在理由です。』

「分かった。頼りにさせてもらう。」

『畏まりました。ああ、それと』

クロはにこやかに続ける。

『この世界では何かと不自由でしょう。僅かばかりではありますが、私の力をお役立てください。』

「?力、だと?何の力だ?」

『いずれ分かります。さて、私はまた未だ万全ではないこの身体のため、少し休むことにしましょう。』

「おい、クロ。」

ヒロの言葉を無視し、ゆっくりと闇のような目を閉じつつクロは続けた。


『ご自愛を、ヒロ。』


最後の言葉と共にクロは沈黙した。


後には、まだクロに呼び掛けるヒロの姿と、月明かりに照らされた暗闇だけが残った。

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