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ある勇者の物語  作者: 立住正吾
3/83

目覚め

6/19 誤字修正及び表現修正

ニカア村にある建屋の薄暗い一室、簡素な造りの寝室にあるベッドの上で、黒髪の青年、ヒロは目が覚めた。欠伸すら漏らさず目を明け、自分が何処にいるかを確認するようにその両眼をきょろりきょろりと動かした。

ややあって、ふぅ、と溜め息をつき、ヒロは気だるそうに上半身を起こす。


やっぱり自分一人か。


ヒロはそう思った。と、同時に強大な魔王との戦いで倒れていった仲間たちを思い浮かべ、そして自らが守ろうとした女を思い出し、目を閉じその最後の姿をぼんやりとした頭の中から探し出した。


溜め息を再度つき、脇にあったテーブルの上に置いてあるコップに口を付ける。ごくり、と生温い水を喉に流し込み、力の入らない身体にどうにか力を入れ、ベッドから立ち上がった。薄暗い部屋の中で、包帯の巻かれた右腕を使い、陽の光の漏れるカーテンを引く。明るい光が部屋の中に広がり、長閑な村の風景が窓に広がる。


まだ皆死んだとは限らない。


眩しそうに目を細めながらヒロはそう考えた。黒い炎に焼かれていった女は勿論、巨大な氷柱に刺し抜かれた聖騎士ですら、彼はもしかしたら生きてるかも知れないと考え始めていた。あり得ぬ話を信じるほどまでに、ヒロの環境は激変したのだ。



ジュフィ森の中で意識を戻したヒロが、肩を貸すと言ってくれた隊長ダビッドの申し出を断り歩き続け、この村に着いたのが約二週間ほど前だ。ダビッドとその部下アリクと共に村に辿り着き、今はそのアリクの家に厄介になっている。


「やっとのお目覚めかよ!」


扉の方を見ると、汗だくの日に焼けた上半身に首にタオルを掛け、精悍な顔に笑顔を浮かべた茶色の髪の男が、いつの間にか立っている。


「アリクさん。」

ヒロはそう答えて疑問に思った。いつもは自警団の訓練で遅くに帰ってくるはずだ。


「今日は農作業だよ。」

アリクはヒロの疑問に答えるかのようにぼやいた。首の辺りをこきこきと鳴らし、妹め、こき使いやがってと独り言のように呟く。


アリクはどっかりとベッドに腰を掛け、ヒロを見る。この男は口が悪く短気なところもあるが、根は良いヤツらしい。ぶっきらぼうに見えるが、その実こちらに気を使っているのが分かる。何と言っても穀潰しのヒロを、なんのかんのと二週間も面倒を見ているのだ。


「すみません・・・何もせずに。」

ヒロは申し訳なさそうに言った。慌ててアリクは口を挟む。

「いいんだよ!あんだけの傷だ。身体が本調子になるまで時間がかかるのは、よーく分かるから!妹のヤツも普段二人だけの食事が賑やかになったって喜んでるみたいだし。」

そうなのか?とヒロは首を傾げる。アリクの妹、メイアとは余り喋っていない。目を合わせようとするとそっぽを向く。思春期に有りがちな行動なのだろうか。


「口には出さないけど、妹はオメェのこと悪くは思ってないみたいだぜ?ほら、オメェ、何だか年下にモテそうだしなぁ。」

アリクは笑いながらヒロに答える。ヒロは肩を竦める動作で答える。


ヒロの身体の調子が優れないのは、身体の傷が理由ではない。むしろ数々の死闘を潜り抜けた彼の強靭な肉体は、驚くべき回復力を示した。理由は他にある。

魔力が戻らないのだ。いや魔力が戻らないというのは嘘になる。戻りにくいのだ。

彼の住んでいた世界、アナレムアでは魔力の素となるマナが空気中に漂っており、休めば自然と魔力が回復する。特に勇者と呼ばれていた自分には、より効率的にマナを体内に取り込む才能があった。

それがこちらの世界に来てから、思うようにマナを取り込めない。マナは確かに感じられるのだが。

徐々に回復しつつあるとはいえ、未だにヒロの本来のそれとは雲泥の差がある。


「飯食うけど、腹減ってるか、て減ってねぇか。」

「はい・・・あ、それと。」

ヒロは少し間を区切って言葉を繋ぐ。

「明日から何かお手伝いをしようかと。」

ヒロが働こうとするのは理由があった。徐々にではあるが魔力が回復しつつあるのに加え、窓の外から時折聞こえる自分を揶揄する声にやや気が参っていたからだ。


ニカア村はそれほど裕福な村ではない。温暖な気候と畑で採れる穀物や野菜は、100人程の村人を飢えさせることはないものの、市場に廻すほどの産出量はなく、ましてや王都から遠く離れた片田舎まで、どこにでもあるような品物を買い求めるような商人もいない。みな細々と慎ましく生活をしているのだ。そんな村の中に得体の知れない、しかも働き盛りの男が何もせず飯だけ食べていれば、嫌が応にでも村人たちの口に上がるのは想像に難くない。


「それはいいけど・・・動けるのか?」

アリクはヒロを心配そうに見た。

「ええ、身体の調子も大分よくなりましたし、右腕は相変わらずですけど、それでも動けると思います。」

ヒロは包帯に巻かれた右腕にちらりと目をやり答えた。嘘ではない。魔力が万全ではないとはいえ、体力は有り余るほど回復しており、何より身体を動かさなければ気が紛れない。


「良いけど、何すんだ?畑か?」

「自警団の方の手伝いは良いのですか?」

「ああ、それは・・・大丈夫だ。むしろ畑の方が助かるんだが。」


アリクがそう言うのには訳があった。ヒロが倒れていたのはジャイアントモスやホーンドラビット等、魔物とは名ばかりの弱い魔物が殆どで、そこで深い傷を負っていた男が役に立つとは思えないからだ。村人たちの陰口がその点に集中していたのを、アリクは充二分に知っていた。

全く情けないーそれがヒロの代名詞となっていた。

ヒロもその点を承知しており、アリクに対して、そうですか、とあっさり答えるに止めた。


「飯は適当に鍋から取って食ってくれ。それと妹には手を出すなよ?」

アリクは冗談混じりの凄んだ顔でヒロに言った。妹想いのこの男は、冗談とは言え妹に気がある風に言ったことを少々後悔しているようだった。


「気を付けます。」

ヒロも微笑みながら答えた。恩人であるアリクの妹に手を出すほど自分は鬼畜ではない。それを分かっているからアリクも、妹と家にこの得体の知れない男の二人だけで留守番をさせているのだろう。


「分かってるなら良いぜ。只じゃ済まんからな!」

念押しするようにアリクは良い、扉から出ていった。扉がしまる直前、こちらを覗いていたお下げ髪の噂の張本人と目があった、かと思えばやはり直ぐにそっぽを向かれる。思春期の女の子は難しいな・・・ヒロは独り言を言いながら、ベッドに腰を掛けた。


「さてと。」


ヒロは右腕を見た。使い古された、しかし清潔な包帯が目に入る。ヒロは左手を使い器用に包帯を取っていく。

なんなんだろうな、これは。独り言のようにヒロは呟く。ヒロの目には、右腕にくっきりと、黒い蛇のような紋様が、シミのように張り付いていているのが見えていた。

6/3 誤字及び矛盾点修正 アリクの容姿に関する記述を追加

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