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鈴谷さん、噂話です

 世の中には理不尽な事が多い。そして、その所為で貧困から抜け出せないケースも多々ある。

 例えば、業務中に居眠りして定時に帰る正社員が高い給料を貰っているのに、派遣社員はどんなにがんばって会社に貢献しても給料を上げてもらえなかったり。安い給料しか支払わない会社が、社員の副業を禁止にしていたり。

 一体、どうすればいいのか?って話だ。

 そして、私のアパートの近くに住むある夫婦もそんな理不尽の犠牲者達だった。もっとも、彼らの場合は半分くらいは自業自得と言えなくもないのだが。

 計画性がないのか、それともハプニングだったのか、その夫婦は一軒家を買った所為で、生活が非常に厳しいらしいのだ。もっとも、夫の収入は少ないが妻は生物系の大学を出たエンジニアで、元は働いていて、実を言うのなら彼女の方が収入は良かったらしい。つまり、共働きなら、問題なく生活できていたのである。

 ところが夫婦に赤ん坊ができてしまった。当然、妻は仕事ができない。妊娠している間もそうだったが、子供が生まれた後も職に就く事はできなかった。短時間での労働は難しく、復帰はできなかったのだ。実はこれに関しては、彼女が働いていた会社が謳っている制度に違反していたらしいのだが、彼女は泣き寝入りをしてしまったらしい。

 出産と育児による出費で蓄えは尽きかけ、収入は激減したまま。夫婦の生活は非常に厳しくなった。夫は懸命に働いたが、派遣社員の立場の所為で収入は上がらない。そしてそんなところで、妻が奇妙な行動を執り始めたと噂になり始めたのだった。

 なんでも、近所の生ゴミを人目を盗んで漁っているというのだ。

 もちろん、嘘か本当かは分からない。しかし、近所の間では、「もしかしたら、生ゴミを食費の足しにしているのではないか?」という憶測が生まれている。

 

 ――私がそこまでを語り終えると、鈴谷凜子という同じアパートに住む大学生の女の子は「そういったデマゴギーの誕生と伝播は、社会学が好きな私としては興味深いですが、それはないと思います」とそう言った。

 凜子ちゃんは、多少機嫌を悪くしているようだった。多分、生活苦に陥っている夫婦がデマの被害に遭っている事に同情して腹を立てているのだ。彼女は一見は冷徹そうに見えるのに、実はこんな一面もある。私はそんな彼女を可愛いと思っているのだが。

 「確かに私もないと思うけど、でも根拠は?と問われると困ってしまうわ。実際に生ゴミを漁っていたのだとして、何に使うつもりなのかまったく分からないもの」

 それは凜子ちゃんの部屋で世間話をしていた時の一幕で、私は彼女の推理を期待してそんな事を言ってみたのだ。

 凜子ちゃんには妙に鋭いところがあって、よくこんな謎を簡単に解いてしまうのだ。当初はそんなつもりで話し始めた訳ではないのだが、こんな風に話が転がるとつい気になってしまう。すると、凜子ちゃんはこう確認して来た。

 「その夫婦の奥さんは、生物系のエンジニアだったのですよね?」

 “おっ、やっぱり何か思い付いたか”と、そう思いつつ私は「そうよ。だから、収入が良かったの」とそう返した。

 「なら、それ関係の生物的な用途で、生ゴミを利用しているのではないですか?」

 「生物的な用途?」

 珍しく彼女にしては遠回しな表現だと私は思った。

 「と言うと?」

 それでそう訊くと、凜子ちゃんは言い難そうにしながらこう答えた。

 「例えば、肥料とか何かの餌とか」

 私は怪しいと思って、こう尋ねた。

 「肥料ってあそこの家では、何も植物は育てていないわよね? それに、売るにしたって安いだろうし……

 なら、何かの餌ってこと?」

 その私の問いを聞くと、凜子ちゃんは観念をしたのかこんな説明をした。

 「実は私、一度、その夫婦の家の前にワゴン車が停まっているのを見た事があるんです。何かを家から運び込んでいました。よくは見えませんでしたが、虫を入れるケースのように思えました」

 私はその説明に固まる。

 「ちょっと待って。つまり、あの家で夫婦は何かの虫を育てているってこと? で、その虫を売っていると」

 凜子ちゃんは軽く頷くと続ける。

 「多分、そうじゃないかと。普通なら、販売ルートなんて中々見つけられないかもしれませんが、その方は生物系のエンジニアなのですよね? 勤め先もそうで大学もそう。なら、実験などの用途としてその虫を販売できるルートを知っていたとしても不思議ではありません」

 凜子ちゃんの話は分かるが、最早私にはそんな事はどうでも良かった。こう言う。

 「いや、あのさ、凜子ちゃん。生ゴミで飼育できる虫っていったら……」

 凜子ちゃんはやや食い気味にそれに反応した。

 「私は虫には詳しくないので、何とも言えません。ただ、そうとは限らないとは思います」

 そこに至って、どうして私は彼女が言い難そうにしていたのかを悟った。彼女もやはり女の子だったらしい。

 しかし、だとすれば、これも社会の理不尽が生んだ悲劇の一つだと言えるかもしれない。

 少しだけ、いくらで売れるのか私は気になってしまった……。ま、何にせよ、生ゴミを漁るのはあまりよくない事だ。

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― 新着の感想 ―
[一言] タイトルからして嫌な予感がしていましたが、やはりそれのことでしたか…。 恐ろしい話でした。二重の意味で。
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