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第八話 ジャンスヴァイル・アウトラクト

「目が覚めましたかの、ジャン殿?」

「え、あ……ライール団長」


 霞んだ眼をゆっくりと開き、ジャンはベッドから身を起こした。かすかに香る苦手な匂いに、ジャンは眉をしかめてライールに尋ねる。


「怪我人は?」

「見ての通り、ワシら騎士団だけですぞ。まぁ、小さいなりとも怪我をした一般人もおりますが、騎士団ほどではありますまい」


 自身も片腕を包帯で巻いたライールが、顎でジャンの視線をそこに向けさせた。

 自分が今いる場所は、エリーの両親が切り盛りする酒場。周囲には医者に手当てをされている老若の騎士たちの姿がある。


「病院のベッドが足らんということで、酒場を一つ、簡易的な治療場として提供させていただいたのです」

「なるほど」


 ライールの説明を受けたジャンは、テンプレートの連続精製による無茶の影響によって、髪の色も瞳の色も元に戻っていない。全身に疲れも溜まっており、出来る事ならこのままベッドに横になってしまいたい気分だった。


「フードの男は?」

「傷の浅かった騎士達に周辺の捜索をさせておりますが……見つからんでしょう。そもそもが騎士団の眼を掻い潜ってあのような竜人形を連れ込むような男です」

「……それは確かにそうですね」


 しぶしぶと言った形でジャンもライールの返答に押し黙る。それに、あのフードの男以外にもライールに聞きたいことがあった。


「ライール団長。なぜあの時、ダルクに騎士人形を?」

「貸したわけではないですぞ。竜に弾き飛ばされた衝撃で人形のテンプレートに傷が入り、せめて生身で時間を稼ごうと飛び出したのです。そこを、あの娘っ子が無理矢理騎士を起動させたとしか……」

「テンプレートの補助なしに、騎士級人形を起動させた……?」


 ライールの言葉に、ジャンは思案を巡らせる。

 魔法人形には、テンプレートが必要不可欠だ。あれだけ巨大な魔法人形を自在に動かすためには、操者の全身を動かす微弱な魔力をテンプレートを介して増幅し、人形の全身に伝える必要がある。

 だが、ライールの言葉を借りるなら、ダルクはテンプレートの介入なしに騎士人形を動かして見せたのだ。


「ありがとうございますライール団長。ベッドも足りなさそうですし、俺は一度ダルクやエリーのところに行ってみます」

「なんの。ジャン殿がおったからこそ、竜人形を撃退できたのですぞ。謙遜なさるな」

「困ったときはお互い様ですよ。それではまた後で」


 ライールの差し出した腕と握手を交わし、ジャンはベッドから降りて酒場の奥の調理場へと向かっていく。


(そうだ。ダルクはあの死んでいるテンプレートしか載っていない白騎士の人形を動かしていた。テンプレートの介入なしにあんな巨大な魔法人形を操れる。それは一体どんな方法で?)


 悪い癖だ。魔法人形とその技術に関して一度気になってしまうと、知りたくなってしまう。

 逸る胸を押さえて歩みを進めるジャンは、もう体の疲れなどどこかに行ってしまっていた。先ほどまでは白く染まってしまっていた髪の毛も黒く戻り、瞳の色も戻る。薄汚れてしまった作業着のまま、ジャンは酒場の厨房に飛び込んだ。


「ダルク、エリー、ここにいるか!?」

「ジャン、目を覚ましたのね!」


 叫ぶようにして亜厨房に入ると、奥にいたエリーと目が合う。

黒と白の何やらコントラストの強い服装に身を包んだエリーがぱっと笑顔を見せ、駆け寄ってきた。そのままジャンは正面から抱きつかれ、思わず息を詰まらせる。


「良かった! 避難してたらダルクさんもどこかに行っちゃうし、ジャンは竜に向っていったなんて聞くし……! もう、なんでそんな危ないことばっかりするのよ!?」

「ご、ごめん。けど、あの時はあぁする以外に方法なんてなかったし。竜人形だったからさ」

「……まぁ、無事だったからいいけど。いい、ジャン。今度また無茶したらひっぱたくから」


 そう言ってエリーの平手打ちが遠慮なく頬に直撃し、ジャンは仰け反った。


「言いながら殴るのは止めてくれ、頼むから! っと、で、ダルクに何やってるんだよ?」

「何って、ダルクさんを剥いてたの」

「いや、剥くって……」


 ちらりと視線を向けると、厨房にあったお玉と皿で必死に身体を隠すダルクと視線が交わった。服の要素ゼロの透き通るような白い肌が丸見えだ。


「み、見ないでくださいな、ジャン! え、えっち! スケベ!」

「み、見ないでって言われても、こ、こんなところで服脱いでる君がおかしいだろうが!」

「し、仕方ないんですの! ないんですの!」


 怒鳴り声をあげながらも、ジャンは慌ててダルクに背を向ける。一瞬だけエリーの八重歯が輝いていた気がして、ジャンは鼻を押さえてエリーに訊ねた。


「え、エリー! お前、また何かよからぬことしようとしてただろ!」

「失敬ね。さっきの騒ぎでダルクさんの来ていた服が酷く汚れていたのよ。だから、せっかくだし王都から届いた給仕服の寸法合わせしてるの。ほら、ダルクさんってジャンの工房で働くんでしょ? じゃあやっぱり、ダルクさんにも働く衣装が必要ってね。私とお揃いなの。どうどう?」

「いや、そりゃ前にお前にもらったあの制服とやらは仕事には向いてないけど……」


 目の前でくるりと回ったエリーの服を眺める。

 全体的に黒い印象の服である。シルクを使っているのか、黒色のその服には違和感のない程度に艶もあり、膝丈までのスカートは動きやすさの中にも女性らしさを残す。真っ白なエプロンは黒色の目立つこの服にコントラストを与え、裾にはなぜかフリルまでついており、頭にはヘッドドレスも。

 エリーの亜麻色の髪の毛が軽く揺れ、上目使いを向けられたジャンは、頬を掻いて苦笑い。


「あのさ、その服、どっちかっていうとドレスっぽくないか?」

「何言ってるのよ。今はこういう給仕服が王都では人気なの!」

「お前さ、ほんと王都って言葉に弱いな」

「うっさいわよ! それより、感想、まだ聞いてないんだけど?」


 軽く頬を膨らませたエリーが、ジャンに詰め寄った。彼女のもの欲しそうな視線を受けたジャンは、上手い言葉を探す。

 が、結局出てきたのはあまり気の利かないありきたりの言葉だった。


「ん。あー、その。似合ってると思う」

「出直してきなさい」

「…………」


 あまりに低い評価を受けたジャンが意気消沈すると、エリーに両手で押される。


「あ、ちょっと! 俺はダルクに聞きたいことがあってだなぁ……!」

「ジャンってばそんなにダルクさんの裸が見たいの?」

「じゃ、ジャンってそう言う趣味があったんですの……?」

「うっ……!」


 エリーのニヤリとした視線と、厨房の作業台から真っ赤になった顔をちょこっと出したダルクのジト目に、ジャンは尻込みしてしまう。

 この場にもう男の居場所がないことを悟ると、ジャンはエリーに押されるままに仕方なく厨房を出ていくことに決めた。


「エリー、ダルク。着替えが終わったらちゃんと声かけてくれよ?」

「はいはい。ダルクさんの着替えが終わったら、ジャンにあげるから」

「ちょっとエリーさん! 私をものみたいに扱わないでくださいな! そ、そそそ、それに……じゃ、ジャンにあげるだなんて、私、そんな……」


 声だけで、ダルクがもじもじしているよう姿が伝わってくる。思わず振り返りそうになったジャンだったが、エリーに背を押され足を止められなかった。


「あ、ジャン。折角だし待ってる間これでも見てて」

「ん、何だこれ?」


 渡された白い布きれを受け取ったジャンは、両手で広げてみる。三角形の白い布きれだ。

 どこかで見たことがある気がしたジャンは首をひねって、これが何だったか考える。


「何って、ダルクさんの脱ぎたて下着。いい香りするわよ。折角だし王都から手に入れた良い下着に変えてもらおうと思って脱がしたの」

「ブッ!?」

「いやああああああああああ!」


 とうとう吹き出してしまった鼻血と、厨房奥から飛んできた巨大な鍋が脳天に直撃し、あっけなくジャンは地面に崩れ落ちた。




 ◇◆◇◆




「で、結局謎の祭り騒ぎになったわけですか」

「いや、面目ないジャン殿。一仕事終えたわけですからな! がっはっはっは!」

「……はぁ」


 頭を下げてくれたライールだったが、その顔は既に酒に酔ってしまっており真っ赤。いつも全身に着こんでいる鎧と黒い外套は既に脱ぎ捨ててしまっている。

 酒場を見渡すと、ライール以外の騎士団の面々もまた、酒や料理に舌を巻きつつ騒いでいる。

 陽気な歌声やダンスまで始める騎士たちの祭り騒ぎに、ジャンもまた呆れたように笑いながら、軽く酒を煽った。

 エリーの父や母、彼らに雇われていた樵たちは忙しく酒場の中を駆け抜け、給仕に奔走している。

 ダルクを待っていたジャンだったが、いつまでたっても出てこなかったダルクに眠気をかみ殺していると、気づけば酒場はお祭り状態になっていた。

 裏山の街道を利用している商人やほかの樵たちも酒場に集まり、もはや街全体での小さな祭り。犯人こそ逮捕できなかったが、あの巨大な竜人形を仕留めたとあれば、確かにこの喜びようも分かる。

 ジャンが視線を泳がせると、エリーの姿を見つける。彼女は先ほどの王都の給仕服に身を包み、若い騎士たちのセクハラを豪快な鉄拳制裁でいなしながら、酒場の中を忙しく駆け回っている。

 ダルクの居場所を聞こうかとも思ったジャンだったが、彼女の邪魔をしては悪いと、一人黙って酒場を後にした。




 日が暮れ、人気の少なくなった通りをジャンはまっすぐと裏山のほうへと向かって歩いていた。

 騎士団兵舎前についたジャンは、小さな鳥のさえずりに耳を傾け、兵舎の前でバラバラにされた竜人形の傍に近寄った。

 ジャンはゆっくりと竜人形の前で膝をつき、持ち出していた酒を人形の前に置く。そうしてジャンは瞳を閉じ、両手を合わせた。

 人を襲った魔法人形。しかし、魔法人形そのものに悪意はない。そうするしかなかったとはいえ、魔法人形技師として竜人形を傷つけてしまったことをジャンは悔いた。


「……さてと」


 だが、いつまでも懺悔に浸る時間はない。あの時は、そうしなければいけなかったのだから。

 立ち上がったジャンは、ばらしてあった竜人形の胸部の部品に触れた。


「……やっぱり、違法テンプレートが乗せられてる」


 部品の中から取り出したのは、三メートルほどの大きさのテンプレートである。騎士人形などに乗せられているような搭載型のテンプレートだ。

 強度を重視してあり、特殊な鉱石に直接構成式を描いてある。そしてそこに描かれている構成式の乱暴さに、ジャンは眉をしかめた。いうなれば、水に油を注ぎ無理矢理混ぜ合わせたような構成式。正式な魔法人形技師ではない人間によって作られた擬似テンプレート。

 ジャンやその他の魔法人形技師が精製するテンプレートを純粋な魔法だとすると、こうした鉱石に直接無理な構成式を描いたこのテンプレートは、呪いのそれに近い。

 オルレア王国では、違法とされるテンプレートだ。

 熟練の魔法人形技師が、しっかりとした理論と技術のもとに構成するテンプレートと違い、この違法テンプレートには穴が多い。必要以上に操者の魔力を必要とし、動作精度も低い。このため、テンプレートの誤作動による事故が多発し、王国そのもので扱いが禁止されているのだ。


「こんなものを扱うなんて……」


 忌々しく舌打ちしたジャンは、テンプレートに乗せられた構成式を読み取る。過去には魔法の呪文と呼ばれていたその文字と、魔力変換式とその対応比率、魔力供給に伴う駆動情報。

 どれもこれもが唯、『人を襲え』と。それだけのために作られている。


「…………」


 あのフードの男は、この竜人形を使って何をしようとしていたのか。その理由は全て、乗せられていたテンプレートから読み取れてしまった。人を襲え。ただそれだけの為なら、わざわざ時間のかかるテンプレートを乗せないというのか。

 怒りを抑え込むジャンは、眺めていたテンプレートから視線を離す。


「テンプレートの構成式と人形を繋いでいる魔力回路はっと……」


 テンプレートから延びる回路を追っていくと、ジャンは一つの真っ赤なテンプレートを見つけた。いや、テンプレートと言っていいのかわからない。


「うっ……!」


 悍ましいほどの深紅。吐き気を催す様なこの赤いプレートには、構成式だけではなく、人一人にも匹敵するような魔力が溜まっていた。


「魔力タンク型……とでもいえばいいのかな?」


 見たこともない技術に舌鼓しながらも、ジャンはこの不快な赤いテンプレートを脇に置いた。

 この赤いテンプレートが直接竜人形の違法テンプレートの誤差の調整と魔力供給をしていたらしい。かなり強引な手段だが、これなら直接竜人形に搭乗せずとも、外部からの指示で魔法人形を動かせるかもしれない。

 命令がシンプルなテンプレートだからこその構成方法だ。

 単純だ。それゆえに恐ろしい。人を襲う。手段は選ばず。暴走すらも計算のうち。


「目撃情報が錯乱していたのは、この鱗のせいだな」


 違法テンプレートを脇に下ろし、ジャンは竜人形の真っ赤な鱗を手に取った。鱗の傾きを変えると、手にしていた鱗が見えなくなる角度があることに気づく。硬質化テンプレートに手を加え、光源から受ける光の屈折角を調整していたのだろう。


「ん?」


 先ほどの赤いテンプレートが搭載されていた竜の胴体の背に、小さな穴を見つけた。戦闘で出来たとは思えないような、あらかじめ備え付けられている穴である。


「……なんだ、これ」


 穴はまっすぐと、赤いテンプレートに向って伸びていた。だが、それ以上何が変わるというわけではない。気にはなったが、ジャンは頭を振って再び竜人形の全身を眺めた。


「これとこれはまたどこかで使えるな。この重量を軽くするために用意されているテンプレートはっと……あったあった」


 その後も、ジャンは一人で竜人形の情報を読み取り、メモを取っていく。

 粗方すべての調査を終えたところで、ジャンは兵舎の傍に立つ騎士人形に近寄った。

 剣の刃は既にボロボロになっており、鎧の端々に鋭い爪痕が残っている。ジャンは騎士人形に上り、その胸甲を開いて中に入った。


「操縦系統に特に問題なし。鎧のダメージは大きいけど、駆動系のオリハルコン筋の取り換えまでは必要ないか」


 内部に映し出されている情報を読み取りつつも、ジャンは騎士人形の背中側のハッチを中から開く。その中に顔を突っ込み、その先にある大型テンプレートの状態をさらりと確認した。


「……大型テンプレートに多少の傷あり。こっちは要調整だな。再構築しなくていいだけ楽か」


 そう言ってジャンは騎士人形の胸部からゆっくりと地面に降りた。

 数歩歩いたジャンは、一度だけ騎士人形を振り返り、その労をねぎらう。が、すぐに背後に感じた気配に振り返った。


「あ、あの……ジャン?」

「あぁダルク。一体どこに行ってたんだよ?」

「えと、じ、実はずっと背後に隠れてついてきてて……」


 そこに立っていたダルクの姿を見て、ジャンは思わず息を飲んだ。

 エリーと同じ王都の給仕服に身を包んでいる。そのうえ、夜になるというのに街の明かりに照らされたダルクの金色の髪が輝き、ジャンの視線を釘づけにしてしまう。

 黒と白。そして金色のセミロング。まるで、精巧につくられた人形を連想してしまう。

 こんな人形があれば欲しいと思ってしまう自分自身を恥じながら、ジャンは苦笑いした。


「あ、あの……ど、どうですの、ジャン?」

「あ、うん。すごく似合ってる。まるでオーダーメイドで用意した魔法人形みたいだ。あ、いや、給仕服が似合ってるっていうのもおかしな話かな?」

「いえ、そう言って貰えるのは嬉しいですわ」


 はにかむ笑みを見せたダルクを見ていられなくなり、ジャンは頭をかいて肩をすくめた。


「ジャンは、どうしてこんなところに?」


 てくてくと近寄ってきたダルクに訊ねられたジャンは、彼女を連れて歩き始める。


「夜風にあたろうっていうのと、壊してしまった魔法人形の供養をしようと思ってね。色々気になることもあったし」

「あ……」


 ばらばらになった竜人形の前に酒瓶が置いてあることに気づいたダルクが、寂しそうな顔を見せた。


「こんな魔法人形の使い方、ひどいですわ……」

「あぁ、俺もそう思う」


 ダルクを連れて大門の外に出たジャンは、外壁に軽く背を預けて座り込む。その横に、ダルクもまた座り込んだ。

 二人で見上げた夜空は、雲一つない。数多の星は自己主張激しく輝き、昼間に起きた地獄さえかき消してしまうほど。

 夜空を見上げてしばらく黙っていた二人だったが、沈黙を見かねたダルクがジャンに声をかけた。



「ジャン、貴方って……何者なんですの?」

「…………」



 ダルクの問いに何と答えようかと、ジャンは言葉を選んだ。


「……俺はただの魔法人形技師だよ」

「嘘ですわ。私、お爺様と一緒に村を出て旅をしていた時、何人かの魔法人形技師にあったことがありますの。皆、エリーさんのご両親みたいな壮年の方ばかりでしたわ。魔法人形技師は、その技術の繊細さや複雑さもあって、一流と認められるには長い月日が必要だって聞きましたの」

「…………」


 ダルクの問いを聞きながら、ジャンは黙って空を眺めた。口元から洩れる白い息が音も無く消えていく。


「私はもう一週間もこの街に居ましたわ。私の魔法人形を直しながらも、ジャンはほかの大勢の人達の魔法人形を直してました。皆に信頼される魔法人形技師だってこと、私にもわかりますわ」

「信頼されてる、か」

「ジャンは、私と同じくらいの年なのに。私なんかとは違って、誰からも認められる魔法人形技師ですわ。だから、知りたいんですの」


 ダルクのまっすぐな視線を受け止めたジャンは、ふっと息を吐き出し立ち上がった。

 そのままダルクの目の前で上着を脱ぎ捨てる。


「じゃ、じゃん!?」


 慌てるダルクの目の前で、上着を脱いだジャンは裸の上半身をダルクに見せた。


「あ――」


 ダルクの驚きの視線の先で、ジャンの上半身に淡い光が浮かび上がる。赤みを帯びたその光は、ジャンの上半身に左右対称の細かい紋を刻み込んでいた。その紋の複雑さと規則正しさに覚えのあるダルクが、息を飲む。


「これ、なんだかわかる?」

「……て、テン、プレート?」

「そ」

「え、え!? じゃ、ジャンは魔法人形だったんですの!?」


 驚いて立ち上がったダルクを見て、ジャンは頭を振って彼女の言葉を否定した。


「違うよ。このテンプレートは、『記憶魔法構成回路(レコードテンプレート)』って呼ばれてる」

「レコード、てんぷれーと?」


 肌寒さを覚えたジャンは、直ぐに再び上着を着込んで説明を続けた。


「ダルクの言った通り、魔法人形技師になるためには多くの技術と理論を学ばなきゃいけない。はっきり言って、何十年もかかるものを。けど、俺の一族はその手間をテンプレート化する技術を生んだ」

「あっ!」


 何かに気づいたダルクが、声を上げた。


「培った技術と理論、経験を記録する、生身の人間に本人の魔力を使って直接精製されるテンプレート。それがレコードテンプレートさ。俺は八歳の時に、病に倒れた父からこのテンプレートを受け継いだ。だからこそ、俺は幼い頃から一流の魔法人形技師になったんだ」

「そんなの、おかしいですわ! だってだって、それじゃあジャンは自分のしたいことなんて何にもできないですの!」


 詰め寄るダルクが、ジャンの肩を掴んで悲鳴のような声を上げる。

 親身になって自分の身を心配してくれるダルクの姿に、ジャンは心を洗われたように笑った。


「そう言ってくれるのは嬉しい。けど、俺は小さい頃から魔法人形が好きだったから」

「でもでも、ジャンの身体にだって負担があるんじゃないんですの?」

「ない、とは言わないよ。それに、レコードテンプレートを一から精製するとなると、先代の技師たちは自分の人生すべてをテンプレート精製に費やすことになる。でも、人間を媒体にすることで、大幅にその構築手順を減らせるんだ。例えるならそう、本来必要な映像と音と文字の三つの情報を、最も情報容量が少ない文字だけで省略できるみたいな――」

「ふ、ふーん、ですの」

「…………」

「わ、わかってますわよ!? ちゃんと私にだってわかりますの!」


 ダルクに上手く伝わらなかったことだけはよく理解できた。


「まぁ、唯一不便を強いられているとすれば、レコードテンプレートの維持に魔力のほとんどが持っていかれちゃって。夢だった騎士人形の操者になることができなくなったことかな。小さい人形や使い捨てのテンプレートなら扱えるけど、大きなものは誰かに力を借りないと動かせなくって困る」

「あ、そ、それなら私が手伝いますの!」

「ダルクが?」


 コクンと頷いたダルクが、腕を振ってアピールを始める。


「ジャンも薄々気づいているとは思いますけど、私達デュラクスの民は生まれつき高い魔力を持ってますわ。それこそ、テンプレートを介した魔力増幅と制御を無視して人形を動かせる程度にですの」

「え、じゃあやっぱり魔力だけで騎士人形を動かしてたのか!?」

「え、えぇ。そんなに驚くことですの……?」


 小首をかしげるダルクの様子に、ジャンは詰まらせた言葉を飲み込む。

「い、いや。もっとこう、デュラクス人だけが知ってる秘伝理論とか技術とかそう言ったものが絡んでるのかと、割とワクワクしながら聞こうと思ってたんだよ……。そうか、魔力だけで騎士人形を動かしたのか……」

「そ、それはごめんなさいですの」


 予想はわずかにしていたとはいえ、ジャンはがっくりと首を折った。

 もともと騎士級の魔法人形は、操者の肉体活動時に発生する魔力の増幅、伝達によって動作を実現している。操者自身が供給する魔力量が多ければ多いほど、騎士級の魔法人形の動作は素早く、そして力強いものとなる。

 彼女の言うとおり、理論上は魔力だけで動かせないこともない。

 とはいえ、普通は選ばれた人間がテンプレートを介して魔力増幅を行うことでやっと動かせるレベル。それをテンプレートの補助なしにやってのけること自体、ダルクが生まれ持つ魔力量の多さを実感できる。

おいそれと真似できるものではない。というより、この街に――この国にそんなことできる人間なんて存在しない。


「とりあえず、ダルクがちょっと常識はずれだってことは理解した」

「むっ、私は別に常識はずれなんかじゃありませんわ!」

「いや、まぁ、いいんだけどさ」


 ぷいっと顔を逸らしてしまったダルクの様子を見てジャンは頭をかき、


「俺もさ、最初は街の人達に気味悪がられた。テンプレートの精製をすれば、俺は目の色も変われば髪の色も変わる。レコードの影響だ。そんな俺を奇異の目で見る人ばかりだった」

「あ……」

「でもさ、だからかな。余計に魔法人形に打ち込むようになって。いろんな人たちの魔法人形を直していくうちに少しずつ皆との距離が埋まって。気付けば、この街に住む人たちは俺にとって大切な人たちになった」

「それが、竜人形を前にしてジャンが逃げなかった理由ですの?」

「まぁ、ははっ。正直、魔法人形をこんな風に扱うやつがいるんだっていう怒りもあったけどね。こと魔法人形に関してはちょっとうるさくってさ」

「ジャンって、筋金入りの魔法人形バカなんですの」


 ダルクの指摘を受け、ジャンは苦笑い。言い返せる要素が全くなかった。ゆっくり立ち上がったジャンは、ダルクに向かい合い、手を差し出す。


「俺にも出来た。だから、ダルクにもきっとできると思う」

「…………」


 何をとは言わない。こうしていると忘れそうになるが、ダルクは迫害から逃れるために一人であの巨大な騎士人形と共に旅をしていたのだ。


「……時間、かかりますわよ?」

「心配ない。俺は一年ぐらいかかった」

「じゃあ、私はそれより短くやって見せますの」


 差し出した手を取ったダルクを引き起こす。

 ジャンは繋がった手を見て、小さな笑みをこぼした。

 やはり、ダルクは小さなころの自分に似ている。

 幸い、この街の人間はデュラクス人に対して悪い印象を持っているわけではない。


 ダルクがこの街に馴染むのに、そう時間はかからないだろうとジャンは思い、ダルクの笑顔を見つめていた。


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