第三話 人形技師の仕事
「落ち着いた?」
「ぷいっ」
「……落ち着いたみたいでよかった」
ちょこんと床に座ったままのダルクが、そっぽを向いてつむじを曲げてしまう。
確かに少し脅かし過ぎたかもしれない。それでも、ダルクが大事そうに魔法人形を胸に抱いている姿を見れば、おのずと気持ちは楽になる。
「あっと、忘れてた。君の剣、みんなが持ってきてくれたみたいだ」
「あっ!」
言うより早く扉が空き、そこから十数体の魔法人形たちが見えた。が、余りに巨大な剣を抱えているせいで、壁に引っかかって中に入ってこれないらしい。無理だとわかっていても必死になってこちらに来ようとする魔法人形の所作は、テンプレートの限界を意味している。
仕方なしにジャンは右上を振り上げると、ダルクの剣を抱えていた魔法人形たちが一斉に動きを停止した。
「良かった! 私の剣……!」
すぐにダルクは地面に落ちた剣を拾いに走り、その剣を手にした。
のだが、
「う、んんーッ!」
持ち上がらないらしい。必死になってダルクが剣の柄を握って持ち上げようとするが、まるで動かない。
仕方なくジャンは彼女に近寄り、彼女と一緒に柄を握り、剣を立たせる。
「んぬ、これ、やっぱり重いな……!」
「ちょ、ちょっと、近い、ですわ!」
「仕方ないだろ、持ち上がらないんだし」
よいしょという掛け声とともにジャンとダルクは力を合わせて巨大な剣を持ち上げ、食器を片付けておいた食卓の上に横にした。
「ふぅ……」
軽い仕事を終えたジャンは、安心しきった様子で剣を見つめるダルクに視線を移し、本題に入る。
「なぁ、教えてくれダルク。君は誰で、この剣とあの白い騎士級の魔法人形は一体何者?」
「――――」
ジャンの問いに、ダルクが向かい合った。
「この巨大な剣は、古代デュラクス王国に伝わる魔法人形召喚のためのテンプレートですの」
「召喚のテンプレートって……それって、失われた技術だろ? そんなものが現存するなんて……」
「私が祖父から受け継いだものです。呼び出される白い騎士の人形は、古代デュラクス王国時代に騎士人形として扱われていたと聞いてますわ」
ダルクの言葉を聞いて、ジャンは先ほどの白い騎士級の人形を思い出す。
確かにあの騎士人形には激しい戦闘の後と、長い間放置されていた形跡があった。
「私達が住んでいた村は迫害が酷くて。さらに酷くなる迫害を恐れた祖父と私は、あの人形に護られながら村を出て旅をしましたわ。五年ほど前に祖父が亡くなってからは、人形と共にあちこちを旅しながら生きてきましたの。他に行ける場所もなくて……」
「…………」
こんな巨大な剣を抱えての一人旅。その苛酷さは、理解できる。
「で、これからどうするのさ?」
「それは……。行く宛なんてないですし……」
言い淀むダルクを見て、ジャンは、
「だったらさ、しばらくここで俺の手伝いをしてくれないか?」
「――え?」
顔を上げたダルクと視線が交わる。
「俺自身、魔法人形技師の端くれだし、君の白い騎士級の魔法人形に興味もある。っていうか、ぶっちゃけあの人形の修理がしたい。研究もしたい」
「……いいんですの? 私、デュラクス人ですわよ?」
「だからなんだ。そんなことどうでもいいだろ」
「あ、その……」
ダルクが下唇をかんでこちらに手を差し出す。その手を取ろうとジャンもまた手を伸ばしたところで、唐突に離れの扉が蹴破られた。
「ジャン! 今日こそはうちの魔法人形の調整してくれるって話だったじゃない! もう約束の日から九日もたってるのよ! いつまでたっても来てくれないし、どういうこと!?」
「ん、あ、エリー?」
ダルクと握手を交わしたジャンの目の前に、一人の少女が現れた。
薄い緑の膝丈までのスカート。その上に真っ白なエプロンを羽織り、亜麻色の髪を腰まで伸ばした気の強そうな少女。三角巾で髪の毛を押さえた彼女――エリー・アントワネットの怒鳴り声に、ジャンの背筋が伸びる。
「ちょ、ちょっとジャン! 貴方、そこの女の子誰よ!」
「彼女はダルク。今日からしばらく俺の工房で手伝いをしてくれることになってて――」
「そんなの私聞いてない、聞いてないもん!」
「いや、言ってないし」
急に騒がしくなった離れの中で、突然の来訪者に驚いたダルクがジャンの背後に隠れる。
「ダルク。こっちは俺の知り合いのエリーっていうんだ」
「あ、あの、私はジャンヌ・アルプ――」
「がるるるるるッ!」
「ひっ!」
「……なんで威嚇するんだよ、エリー」
ダルクに紹介すると、エリーが八重歯をむき出しにして威嚇。大きな溜息をついてジャンは頭を抱えた。
◇◆◇◆
「へぇ、それじゃダルクさんって世界中を旅してるんだ?」
「え、あ、は、はいですの」
エリーに引きずられ、ジャンとダルクは彼女と共にウォール街に繰り出していた。
エリーにはダルクがデュラクス人であることを伏せて話を通したところ、彼女の着る服を貸してくれるという話になったのだ。
ちょうどジャン自身、エリーの家にある調理作業用魔法人形の調整もあり、ダルクに同行する形で小屋を後にした。
街中はそこそこに人が多い。溢れかえるほどの人波の見れる王都や商都に比べれば、少ない方ではあるが。
通りには店が並び、露店も出ている。ごくごく一般的な大通りの風景だ。ちらほらと荷物持ち用の魔法人形の姿も見えるが、人型サイズのものになると高価なものが多い。街に普及している多くの魔法人形は、子供のおもちゃであったり、お店のアピールや作業用のものばかりだ。
「お、ジャンにエリーじゃないか! ジャン、済まないが今度、うちの店の魔法人形の様子を見てくれねぇい? どうにも最近動きが鈍くってねぇ」
「あ、分かりました。明日にでも伺いますよ」
通りの商店の筋肉質なおじさんに声を掛けられ、受け答えをしながらジャンはダルクとエリーを連れて通りを進む。
だが、ジャンとエリーの姿を見かけた街の人たちが、視線が合う度に声をかけてくる。
「ジャンさん! ごめんなさい、娘の誕生日に小さな魔法人形が欲しいんですけど……」
「あぁそれなら後にでも娘さんと工房に来てください。とびっきりに可愛い魔法人形を用意しますよ」
子連れの母親と、彼女の娘に笑顔を残し、ジャン達は目的地へと向かって進む。
だが、
「おや、ジャン坊じゃないかい。珍しいもんだね、お前さんが工房から出てくるなんて。どれ、王都の新しい魔法人形を商人からもらったんだがね……」
「ほんとですか? ちょ、ちょっと見せてください。へぇ、女の子型の魔法人形のおもちゃか。装飾まで結構凝ってるな……。そうか、王都じゃ今こういう造りが流行り――うぐッ!?」
「ちょっとおばちゃん! ジャンにそう言う面白そうな魔法人形見せちゃダメだってば! 今日こそはちゃんと私の家の魔法人形見てもらわなきゃいけないんだから!」
「あらあら。ジャン坊も忙しのねぇ」
「あ、ちょ、ちょっと待ってエリー! 引っ張らないで! お、おばさん!
後で、後で絶対伺いますから、その魔法人形、取っておいてください!」
「おやおや、お買い上げありがとうね。ジャン坊」
手を振る年老いたおばあさんに買い物を約束しながら、ジャンはエリーに引きずられる形で再び歩みを進めた。
「…………」
「ん? どうかしたか、ダルク?」
「い、いえ……」
目を開いて驚きを露わにしているダルクの姿を怪訝に思いながらも、ジャンは彼女を連れてエリーと歩き始めた。
行き交う人々と言葉を交わしながら酒場を目指していたジャンだったが、服の裾を引かれて立ち止まる。振り返ると、自分の背に隠れておどおどと周囲を見渡すダルクの様子に気づき、声をかけた。
「大丈夫、ダルク?」
「あ、あの……ジャン。私……」
人気のそこそこに多い大通りとはいえ、やはりダルクの姿は人々の目を引く。規模の小さい町として顔見知りが多い中で、彼女の金髪はちょっとした話題なのだ。そうでなくても、彼女自身は美人の部類。
その上、どちらかと言えば街の有名人でもあるジャンやエリーと一緒に歩いているとなると、周囲の興味を独占しがちだった。
「心配ないよダルク。皆君に興味を持ってるだけだ」
「でもでも……」
ダルクはジャンの作業着の裾を両手で掴んで、再び背後に隠れてしまう。そのまま背に顔を押し付けて怯える彼女の様子に、思わずジャンは苦笑い。しかし、隣で一緒に歩いていたエリーの眉間にしわが寄っているのに気付いて首を傾げた。
「どうかしたのか、エリー?」
「なんかさ、ダルクさんってジャンにべったりしすぎじゃない?」
「そうか?」
「あ、えと……わ、私は、その……」
エリーのきつい視線を受けたダルクが、再びジャンの背後にさっと隠れる。そのままちらりと顔半分だけジャンの背から覗かせたダルクは、エリーを見つめた。
「人見知りだってさ」
「じゃあなんでジャンには懐いてるのよ?」
覗き込むエリーを見つめ返したダルクが、彼女に小さな声で言い返した。
「じゃ、ジャンは……いい人、ですもの」
「…………」
どう返事をしたらいいか迷ったジャンが頬を掻くと、エリーが顔を真っ赤にしてジャンの襟元を掴む。
「ちょっとジャン! 貴方ダルクさんに一体何したの!? 魔法人形バカの貴方が!」
「べ、別に何にもしてない! ただ、一緒に飯食って葡萄酒飲んだだけだ!」
「葡萄酒を開けたの!? ずるい! 私だって飲みたかったのに!」
「わかった! 明日にでも残りの葡萄酒持っていくからそれで勘弁してくれよ!」
ガシガシと頭を前後に揺らされたジャンはへたり込みながらも、エリーからやっとの思いで解放される。
荒れる息を整えていると、ダルクがゆっくりと背中をさすってくれた。
そうこうするうちに、一行はエリーの両親が営む酒場にたどり着く。
街の中央に位置する、ウォール街一騒がしい酒場だ。裏口の外にいるというのに、酒場の中からは既に騒がしい声が聞こえてくる。
「ちょっと待っててねジャン。パパとママを呼んでくるから!」
「あぁ分かった。ダルクと一緒に待ってるよ」
エリーがスカートを翻して酒場の裏口に消えていく。彼女の姿を見送ったジャンとダルクは傍にあった樽に腰かけ、話し始める。
「……ジャン。エリーさんって、どんな人ですの?」
「エリーは俺の幼馴染だよ。ここの酒場、俺の亡くなった父さんが良く通っててさ。俺も一緒になって連れられて行くうちに仲良くなってね」
「幼馴染……」
言葉にしたダルクが、少しだけ顔を伏せた。
「エリーのこと、怖いか?」
「あ、ち、違いますわ! その、まだちょっとだけ……」
ジャンの言葉に慌てて否定するダルク。彼女のそんなうろたえる様子を見てジャンは笑い、
「大丈夫。彼女はいい子だし、ダルクも仲良くなれるさ」
「……頑張って、みますわ」
小さなガッツポーズを見せてくれたダルクを見て、ジャンは微笑む。
しばらくそうしてダルクと他愛ない話に華を咲かせていると、酒場の中からエリーの呼ぶ声が聞こえてきた。
ジャンはダルクの手を引き、裏口から酒場の厨房へと入っていった。
◇◆◇◆
「……ふぅ。大体こんなところですね」
「いやぁ、助かるよジャン。最近どうにもテンプレートの調子が良くなくてね」
「いえいえ、こちらこそ来るのが遅れてすみません。それにこれぐらい朝飯前ですよ。時間的には夕飯前ですけどね」
厨房の端に用意されていた作業用魔法人形。一定速度で小麦を練るための人形である。この人形がまともに動かないとなると、酒場で必要とされる大量のパンの生産が追い付かないのだ。
新しくテンプレートを精製したジャンの髪はまた白く染まっており、両目は深紅に変色してしまっている。
だが、この街の人たちの間ではジャンがこうあるということ自体がすでに周知の事実。誰もそのことを疑問に思いもせず、指摘もしなかった。
そのこと自体に、ジャンはとても救われた気持ちになる。
「あぁ、そういえばジャン。何やら可愛い女の子を連れてきたらしいじゃないか」
「え、あ、えぇ。なんでも旅をしていてこの街に来たらしくて。魔法人形に興味があるらしいので、しばらく工房で手伝いでもしてもらおうかと思ってます」
作業道具を片付けていたジャンに詰め寄ってきたエリーの父が、ジャンの肩を抱いて馴れ馴れしく尋ねてくる。
「にしても、仲が良さそうだったじゃないか。んー?」
「あの、おじさん。頼みますから、そう言う根も葉もない噂、町中に広めないでくださいよ?」
「はっはっは! いやぁ、酒場ってのは話題の提供がキモだからね! 新鮮な情報はいち早くお客様へ提供する必要があるのだよ!」
「全然隠す気ないでしょ、おじさん……」
他愛ない会話を続けるうちに、ジャンの髪の色が元に戻る。
「ジャン。折角だ、今日はうちで飯でも食べていきなさい」
「あー」
誘いを受けようと返事を返そうとしたところ、厨房の扉の傍でこちらの様子をうかがっている金色に気づく。扉から顔を半分だけ出して恐る恐るこちらの反応を見ているダルクの姿に、ジャンは頭を掻いた。
「……そうしたいんですけど、すみません。ダルクは人見知りが激しいし、今日のところは工房で済ませます」
「そうか? まぁ、仕方ないな。けど、うちの娘とも仲良くしてやってくれよ?」
「言われなくても。エリーには良くしてもらってますから」
握手を交わすと、エリーの父はそのまま酒場のカウンターに消えていき、ジャンは裏口へ続く扉の傍で待っていたダルクに近寄った。
「……いいんですの、ジャン?」
「あぁ。ダルクの剣と白騎士のことも気になるし。こう見えて俺、魔法人形とそれに関わるモノに目がないんだ。てか、早く触りたい」
ニヤリと笑って指をワキワキと動かすと、ダルクが腕を振ってジャンに訴える。
「こ、壊しちゃ駄目ですのよ!?」
「え? バラすのは駄目かな? 甲冑に使われてる鉱石の成分と関節の駆動域とか、召喚テンプレートの構成式も解析したいし、重量制御に使われてる基礎テンプレートもコピーしたい。全身苔まみれだったし、鎧の傷も修繕したい。どうせなら一度完全にばらしてしまいたいんだけど――」
「ダメですのっ!」
怒鳴りつけられ、ジャンはしゅんと肩を落として萎れた。
持ち主の許可なく魔法人形は弄れない。がっくりとうなだれたジャンはダルクに手を引かれて厨房を出て行った。
しかし、裏口を出て家に戻ろうとしたところで酒場の中から怒鳴り声が聞こえてくる。
『おいテメェ! 人の話聞いてんのかッ!』
『あ!? テメェこそ人の話聞いてねぇだろうがッ!』
『ちょっと静かにしてよね! 他のお客さんの迷惑になるんだから!』
「…………」
「じゃ、ジャン……?」
慌てて背に隠れるダルクが、ジャンの作業着の裾を掴んだ。野太い男性の声と、聴きなれている女の子の声にジャンは頭を抱えて溜息をつき、作業着のポケットに手を突っ込んだ。
「悪いダルク。少し家に帰るの遅くなるけど、いいかな?」
頷いてくれたダルクに笑顔を向け、ジャンは再び酒場の入口へと戻った。




