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第二章 ダルクと言う少女

「……お風呂、ありがとうございますわ」


 風呂場に投げ込んでいた先ほどの少女が、申し訳なさそうにジャンのいる作業場に現れた。

 腰まで伸びる長い金髪は元の華やかさを取り戻しており、先ほどの鼻をつくような匂いは少女からはもうしない。今はほんのわずかに石鹸の匂いが香ってくる。

 鎧は既に脱ぎ去っており、上にはジャンの貸したシャツを羽織り、長めのタオルを腰に巻いているだけのフランクな姿。すらりと伸びる生足を見てジャンは、頬を掻いて少女から視線を逸らす。


「ごめん、女の子の着る服なんて用意してないから、そんなものしかなくて」

「……いえ、こちらこそすみませんの」


 唐突な出会いだったとはいえ、少女の怯える様な視線に気づいたジャンは頭を掻いた。

 警戒も当然かと、ジャンは次の言葉を探す。


「あー」


 気まずい沈黙の中で、何を言おうかとジャンが言葉を探していた時、少女が何かに気づいたように声を上げる。


「あ、あの、私の剣はどこにありますの……?」

「剣?」


 そういえばと思い、ジャンは軽く右腕を振り上げた。

 少女がビクッと肩を震わせるが、そんな彼女の様子を意にも介さない魔法人形たちが、作業場の扉を開いて外に出ていく。


「あ、魔法人形?」


 少女は外に出て行った小型の魔法人形を珍しそうに眺め、ジャンに訊ねた。


「あぁ。君の剣ならまだ外にあるから彼らに取りに行って貰ったよ。っと、自己紹介がまだだったね。俺はジャンスヴァイル・アウトラクト。ここ、オルレア王国ウォール街はずれの魔法人形技師だ」

「あ……」


 ジャンが名乗ると、少女がぱっと笑顔を見せてくれた。彼女の様子にジャンも思わず顔を綻ばせ、問いかけた。


「君の名前は?」


 ジャンの問いに、少女は一瞬だけ言葉を飲み、ほんのわずかに頬を赤く染めて答えた。


「わ、わたくしは、ジャンヌ・アルプス・フォン・ダルクですわ。あの、良かったら私のことはジャンヌと――」

「よろしくダルク。俺のことはジャンって呼んでくれ。名前が被るしな」

「…………」


 少女の頬が膨らんだ。


「え、なにどうかした?」


 とぼけると、彼女――ダルクが腕を組んでそっぽを向く。


「いえ別に! えぇそうです、私の名前はダルクですわ! 男みたいな名前で悪かったですわね!」

「男みたいな名前だよな。親しみやすいよ」

「言い直さないでくださいな! ジャン、貴方分かってて言ってますでしょう!?」

「なんだ、割とちゃんと話せるタイプじゃないか」

「……っ!」


 ボッと音をたててダルクが顔が茹った。湯上りの上気以上に赤くなったその顔を見てジャンは声を押し殺して笑う。


「とにかくさ、事情も聴きたいから一度離れに移動しよう。食事も用意するから」


 そう言って立ち上がったジャンを見たダルクが、口元に手を当てて驚きを露わにする。

 そしてそっと一言。顔を伏せたダルクが怯えるようにジャンに問いかけた。


「……食事も、もらえるんですの? 腐ったパンとかではなくて?」


 彼女の問いを聞いて、ジャンはムッと怒りを堪え、眉を寄せた。


「当たり前だ。俺はそんなに薄情なやつに見えるか? 君に腐ったパンなんて食べさせない。あ、貧乏そうに見えるのも間違いだからな? これでもちゃんとお金は持ってるぞ」

「……あっ」


 おびえた表情はすぐに喜びの笑顔に切り替わり、ダルクはジャンの傍に近寄ってきた。


「あ、ありがとうございますわ!」

「お礼を言われるようなことじゃないんだけどな」


 まっすぐに頭を下げたダルクの様子に苦笑しつつも、ジャンは胸にもやっとしたものを抱えたまま離れに向った。


「わぁ……!」


 見たこともないと言った表情で、食卓に並べられたパンやドライフルーツ、サラダにスープなどをダルクは眺めている。

 食卓に並ぶ料理に気圧されたのか、立ちすくむダルクの前でジャンは席に着いた。


「ほら。君も席に」

「は、はいですの」


 ジャンに促されるままに、ダルクもまたジャンの向かいの椅子に腰を下ろす。

 その背がまっすぐと伸びきっている様に笑いそうになるも、ジャンは手前に並べていたナイフとフォークを手にした。


「ナイフとフォークぐらいは扱える?」

「え? 手じゃダメなんですの?」

「……いや、手でいいさもう」


 そう答えたのだが、ダルクはおろおろと周囲を不安そうに見回し、結局ジャンを見つめる。

 彼女の視線を受け止めたジャンは、手にしていたフォークで軽く野菜を刺し、そのまま口元に持っていき食す。これに習ったダルクもまた、目の前にあったフォークをおずおずと手にし、用意されていたサラダを頬張った。

 由緒ある食卓の場でもないので、そこまでマナーを気にする必要はない。ジャン自身、あまりマナーなどに縛られて食事をする方ではなかった。

 が、サラダを一口頬張ったダルクは呆然とジャンを見つめながら口を動かす。


「――――」


 その目が輝き、次はどうすればいいのと訴えているのに気付いた。ジャンは苦笑しながらも手で一つのパンを取る。これを食べやすく一口大にちぎりそのまま口へ。

 見習ったダルクもまた同じようにパンを頬張る。


「――――」


 次は、次はと彼女の眼が訴える。その赤ん坊のような好奇心にジャンは笑いを堪えることができず、大笑いしながらダルクに食事を促した。


「いいよ別に。好きに食べたらいいさ。大して量はないけどね」

「ほ、本当に本当ですの?」


 乗り出す勢いで詰め寄ってきたダルクの額を押し返し、ジャンは軽く目を閉じて答えた。


「あぁ。食後にはとっておきでも用意して――って、もう食べ終わったのかよッ!?」


 目を開いた時には食卓にあった食事は綺麗に空。魔法でも使ったのだろうかと目を疑ってしまうレベルの食事速度だ。


「ご、ごちそうさまですの」


 呆然とダルクに視線を移すと、彼女は口元に白いハンカチを寄せ、照れたようにそっぽを向いた。


「よっぽど腹減ってたんだな、ダルク」

「し、失礼ですわ! 私、そこまで食い意地はってないんですの!」

「まぁまぁ」


 騒ぎ出しそうになるダルクに落ち着きを促し、ジャンは軽く一息ついた。席を立ったジャンは、食器棚奥に隠しておいた葡萄酒の瓶を持ち出し、ガラスのコップを二つ用意。未だに栓がされたままの葡萄酒を迷いもせずに開けたジャンは、用意したコップに葡萄酒を注ぐ。

 一つを自分に。もう一つをダルクに差し出した。


「――――」


 ダルクが息を飲み、ジャンを見つめる。

 ジャンは彼女の視線に気づかないふりをして、コップに注いでいた葡萄酒を軽く口に含み、味わう。これを見たダルクもまた、恐る恐る葡萄酒に口をつけた。


「あっ……甘い」


 彼女の小さな驚きを聞いたジャンが、コップを置いてダルクに向かい合う。


「だろ。お気に入りなんだ、この葡萄酒。この地域の気候でしか作れない特別なものでさ。一瓶でおよそオルレア金貨一枚。一月に一度だけ、自分へのお祝いのために開けるんだ」

「オルレア金貨……。それって、ものすごく高いものでは……?」

「ん? あぁ、一般的な成人の半月分の給料ぐらいかな」

「そんな高価なもの……あの、私にはジャンに返せるものが……」


 彼女の怯えた様子が強まる。

 これでジャンは確信した。彼女の正体を。


「君――デュラクス王国の生き残りだろう?」

「――っ!?」


 ガタンと。酷い音をたててダルクが椅子から落ちた。

 ガタガタと身体を震わせ、彼女は自分の肩を抱くようにしてジャンを見つめる。まるで悪魔を見るようなその視線を受けたジャンは、彼女に問いかけを続けた。


「デュラクス王国は魔法の発展とテンプレートの精製の独占を図って、世界に戦争を仕掛けた。彼らを退けたのが、今の大陸を三分するオルレア王国とヴァンス王国、そしてハンニバル国家さ。これがもう千年も昔の話。デュラクス王国の生き残りは、迫害を受けてる人もいるって聞いてたけど」

「……っ」


 こんな女の子まで、そうだというのか。

 良く見れば、彼女の線は細い。傷だってある。食事一つとっても、何をどう食べていいか分かっていない様子だった。

 ジャンはゆっくりと椅子から立ち上がり、棚に置いてあった手のひら大の小さな女の子の人形を手に取った。そのままジャンは、地面に力なく座り込んで震えるダルクに近寄る。


「あ、あの……お願いですわ! わ、私は……!」


 彼女の視線に合わせるために、ジャンはダルクの前で膝立ちをした。そして、彼女に向って片腕を伸ばす。


「っ!」


 ダルクが強く目を閉じたその前で、ジャンは微笑み、差し出した右腕の掌を上に向けた。その上には先ほどの小さな女の子の人形がある。


「見ててくれ、ダルク」

「え……?」


 おずおずと目を開いたダルクの目の前で、ジャンは静かに息を整えた。

 


 ――カチリ、と。



 ジャンの身体の奥底で、何かのスイッチが入った。同時に、隙間風が入るようなか細い風切り音が発し、ジャンの掌にわずかな魔力が集中していく。


「あ――」


 ダルクが息を飲む前で、ジャンの小さな魔力が人形の頭上で形を成していく。

 一本の赤く光る紐が生まれたかと思うと、その紐はいくつもに枝分かれし、互いに絡み合い、秩序を持って形を整えていく。

 異変は掌だけに非ず。ジャンの開いた瞳は、彼の魔力に晒され深紅に染まり、消費される魔力にジャンの黒い髪の毛は白く染まっていく。

 そうして、人形の頭上に一枚の小さな半透明のプレートが精製された。テンプレートである。

 これを空いた手で人形の頭上から足元に押し付けると、ダルクの目の前でその人形が動き出した。


「きゃっ!」


 小さな悲鳴を上げたダルクに向って、その小さな人形は大きく頭を下げた。二秒ほど頭を下げていたその人形は、再び頭を上げたかと思うと、もう一度頭を下げる。


「君にあげるよ、この人形」

「え、え?」


 わけのわからないといった風に、ダルクがジャンを見上げた。ジャンはテンプレート精製に使った魔力で息も荒く、染まった白髪と深紅の両眼は未だ元に戻らず。

 だが、笑顔だけは先ほどとまるで変わらず、ダルクに向けていた。


「俺も、ダルクと同じで少し異質な人間だから。別に君を怖がるつもりはないよ。これは、そうだな。ダルクへのプレゼントってことで」

「…………っ」


 恐る恐る、ジャンの差し出した小さな女の子の魔法人形をダルクは受け取った。

 大事そうにそれを胸に抱えたダルクの瞳から、ボロボロと涙がこぼれ始め、ジャンは慌てて立ち上がる。


「あ、ご、ごめん! ちょっといきなり驚かし過ぎたか!? べ、別に俺はダルクがデュラクス人だからどうこうしようとか、そう言うつもりは全くなくて、ただ確認をしようと――」

「ありが、とう、ございま……す……っ」


 言い訳をするジャンに必死になって頭を下げたダルク。彼女のその姿を見たジャンは、頭を掻いて苦笑いし、


「別に、お礼言われることなんてないだろ。まだ何にもしてないしね」


 そう言って、泣き喚き始めたダルクの頭を撫でた。

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