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第一章 朽ち果てた騎士

 昼下がりの午後。


「ありがとう、ジャンお兄ちゃん!」


 少女の言葉を聞いた彼は、机の上で組み立てていた小型の人形から手を放した。椅子から立ち上がり、部屋の中にいた彼らに視線を戻す。

 およそ、広いとは言えない作業場。壁にはいくつもの作業道具が並べられ、向かいの壁には組み立てておいた見本の人形がいくつも吊るされている。手のひらサイズの獣の人形もあれば、さらに一回り大きい人型の人形もある。

 そんな部屋の入口にいた少女とその両親が、彼が先ほど少女に渡した人形を見て嘆息していた。


「どういたしまして。それよりその魔法人形、大事に扱ってくれよ?」

「うん!」


 幼い少女の笑顔を見て、彼は口元を緩めた。少女は彼の目の前で、腕に抱いた小さな木造の人形を抱きしめて小躍りしている。

 シルクのスーツを着こなす裕福そうな少女の両親は、彼に深く頭を下げた。


「毎度毎度すまないね、ジャン。私達では魔法人形を調整できなくて……」

「いえ、そうでなくては俺達、魔法人形技師の仕事がなくなってしまいますよ」

「ははっ、それは確かにそうかもしれないね!」


 少女の父親が納得いったように大きく頷いた。


「それでは私達はこれで。また何かあれば頼らせてもらうよ、ジャン」


 父親と母親に連れられ、幼い少女はスキップで作業場の扉に向う。

 すぐさま彼は軽く右腕を振り上げた。同時に、彼の身体から淡い光が放たれ、周囲に並べられていた人形たちを包み込む。


「いえいえ。ほら皆、お客様のお帰りだ!」


 彼の腕の振りに合わせて、壁に吊るされた人形たちが、恭しく作業場を後にする家族に一礼。扉に手をかけた彼らの代わりに、一体の可愛らしい人形が扉を開いた。

 彼ら人形のどこか間の抜けた動きを見た家族は、声を出して笑いながら作業場を後にする。

 最後まで手を振ってくれた幼い少女に向って彼もまた、恭しく頭を下げ、


「魔法人形でお困りなら、ジャンの人形工房にお任せを!」


 決まり文句で、去っていく家族を見送った。



 ――魔法人形技師。

 遥か太古に大陸中で盛んだった秘術――魔法。人々が生まれながらに持つ魔力を、一部の才能ある術者が呪文を介して『奇跡』として世界に召喚する技術。

 そんな秘術である魔法の名を冠した大陸一有名な自動人形を、人々は魔法人形と呼ぶ。

 魔法によって発展したデュラクス王国。その王国の崩壊と共に呪文を扱う魔法は世界から消え去り、その代わりに発展した技術である。


「さて、あとはこいつの調整が終われば今日の仕事は終わりだな。こいつに乗せるテンプレートはっと……あったあった」


 家族の帰った作業場で一人、彼は机の上に寝かせてあった小さなウサギ型の人形を抱えた。人形を脇に抱えたまま、青年は傍の棚から一枚の小さなプレートを取り出した。

 手にしたプレートは透き通り、その表面には複雑に絡み合うラインが刻まれている。


「さて、と」


 彼は取り出したその半透明のプレートを、机の上に立てたウサギの人形の上に翳した。そのまま深呼吸するように、ゆっくりとそのプレートを人形の頭から押し付ける。

 すぅっと。音も無く、半透明のプレートは人形の頭から足元までをすり抜けていく。

 すると、


『――――!』


 ただの人形だったその木造のウサギが、彼の目の前で飛び跳ねた。命を灯された様に動き回るその人形を満足そうに見つめた彼は、軽く指を鳴らしてウサギに静止を促す。


「よし、調整完了。テンプレートのほうは……ん。まだあと何度か使えそうだな」


 先ほどの半透明のプレートを再び棚に戻し、彼は椅子に背を預けて大きな欠伸を上げた。


 魔法構成回路(テンプレート)


 世界に普及する魔法人形。魔法人形は、魔力の伝達効率が高い物質で作られる。

 人々は魔法人形で特定動作を実現させるために、魔法構成回路――通称テンプレートを作り出した。魔法で言うところの呪文である。

 生まれつきの才能ですべてが決まる魔法とは違い、効率的に、かつ誰にでも扱えるものであること。

 魔法が呪文によってその形を変えるように、テンプレートは与えられた魔力を変換・増幅・転送・放出などの決まった経路で変化させ、各動作を実現する。

 これにより、長い呪文を発するという一連の動作なしに、魔力さえあれば人々は誰でもテンプレートを介して魔法を扱える。当然、テンプレートにはさまざまなものが存在する。それはたとえば火を起こすものであったり、水を吹き出すものであったりもする。


「んー、調整用のテンプレートの数が少し減ってきてるな。そのうち一度精製しておかないと」


 テンプレートによって実現される動作はテンプレートそのものの大きさと、そこに魔力を供給する操者の魔力量に準ずる。より大きな動作をしたければ、それだけテンプレートは大きくなり、操者の供給する魔力も多大になる。

 生活に深く結びついたこのテンプレートを精製する技術を学んだものを、人々は魔法人形技師と呼ぶ。

 そして、豊かな大地と資源に囲まれた大陸北東のオルレア王国。そのはずれにある街――ウォール街。強固な外壁に護られたウォール街の壁外に位置する、『ジャンの魔法人形工房』と銘打ったこの小さな小屋もまた、ジャンスヴァイル・アウトラクトという青年が切り盛りする魔法人形工房であった。


「さてと、これで今日の仕事は終わりだ。ん、んー」


 つけていた厚手の作業用手袋をはずして作業机に置く。汗のかいた薄手の麻のシャツを引っ張り、全身に風を。少し伸びている黒髪も汗でべったりと肌に張り付いてしまっており、手で髪をかき上げる。

 ある程度疲れを癒し、青年――ジャンは椅子から立ち上がり、作業場を振り返って溜息をついた。


 汚い……。


 それもそうだ。ここしばらく魔法人形の修理や注文が立て込んでいたせいで、徹夜続きの作業をしていたのだ。魔法人形の組み立てに使うオルレア鋼や、動物の種類に合わせて精製していた各テンプレートもそのあたりに散らかしっぱなし。

 この惨状は、どちらかと言えば神経質なジャンにとっては認めたくない事実。

 軽く右腕を振り上げたジャンに促されるように、吊るしてあった人型の小型魔法人形が床に降り立った。彼らはそのまま丁寧にテンプレートを抱えて棚に直していく。


 ここオルレア王国では魔法人形によって発展してきた背景も強く、多くの産業の場で魔法人形による作業場が用意されている。

 魔力さえあれば、テンプレートによって決まった動作をする魔法人形の存在は、大量生産や正確さを要する場において重宝されるからだ。


「さて、組み込み用のオルレア鋼も足りなくなってるし、少し採掘にでも行くか」


 魔法人形たちが作業場を片付け切ったのを確認し、ジャンは近寄ってきた魔法人形の差し出した赤みがかかったテンプレートを受け取る。拳大ほどの大きさのプレートだ。

 採掘する際、手近な石にこのテンプレートをかざし、衝撃を与えることで小さな爆発を起こさせるものである。


「さて、と……ん?」


 テンプレートを丁寧に太ももに取り付けてあるバッグに収めたところで、ジャンはある異変に気付く。


「なんだ、暗い?」


 作業場に窓は一つしかない。とはいえ、日の光が差し込まないほど小さくもない。


「……」


 怪訝に思っていたジャンだったが、小屋の外から聞こえた低い地鳴りに気づき、手近にあった作業用発火テンプレートと小型のナイフを手に取った。そのまま慌てて小屋を出る。

 すぐさま小屋の反対側に駆け出したジャンは、そこにあった――否。

 そこに膝立ちしていた巨大なソレを見て、ジャンは驚愕に言葉を失った。


「白い、騎士……!?」


 見上げたジャンの先にあったのは、錆び汚れた白い鎧。隙間から覗く幾重にも絡まった鈍い銀色の筋。まるで、何百年も手入れのされていない遺跡から見つかったような姿だ。だが、鎧のところどころに豪華だったであろう装飾が見て取れ、この白い騎士が与えるイメージを、唯の錆びた騎士とは別のものに見せる。

 だがそれよりはるかに驚くべきは、膝立ちをしているというのに、ジャンの小屋より二回り以上も巨大なその身体。鎧に隠れている掌は、人一人軽く握りつぶせそうなほど大きい。

 脚部はそこらにある木なら軽くへし折ることができそうなほど頑丈に見え、頭部には薄汚れた羽飾り。纏っている外套は焼けただれ、白い鎧には大小多くの傷跡がある。中には巨大な獣に襲われたような爪痕まで。そのどれもが激しい戦闘の後を彷彿とさせる。


「これ、まさか……騎士級の魔法人形?」


 呟いたジャンは、その巨大な人形の素性にわずかな心当たりがあった。

 魔法人形である。

 およそ、そのサイズによって魔法人形の用途は変わり、小さいものから順に娯楽級・作業級・精霊級・騎士級・竜人形級と位が分かれていく。

 中でも竜人形級・騎士級の魔法人形は、操者の入力をダイレクトに受け付けるテンプレートを搭載した搭乗型の魔法人形だ。そのサイズはゆうに三階建ての住居より大きくなる。

 こんな巨大なものがあるとすれば、それは間違いなく騎士級の魔法人形しかありえない。

 とはいえ、この魔法人形のサイズは、それに比べても一回り近く大きい。目にしたことがあるこの街に配置されている騎士級と比べても、明らかなほどだ。


「……っ」


 無意識に喉が鳴る。

 何が理由かはわからないが、自分の目の前に騎士級の魔法人形がある。騎士団と一部の貴族にのみ与えられる特別中の特別な魔法人形。魔法人形技師なら、誰もが一度は触れてみたいと思う、喉から手が出るほどの珍品中の超珍品。

 この街の騎士人形も触ったことはあるが、ここまで大きなものなど触れたことも見たこともない。

 そんなものが目の前に転がっていて、興味を示さない魔法人形技師などいない。

 逸る胸を押さえて、ジャンは目の前で活動を停止している巨大な魔法人形に手を伸ばした。


「っ、なんだ!?」


 その手が魔法人形の鎧に触れた瞬間、魔法人形の中から光が溢れ出す。

 目を焼くような強い発光に、ジャンは反射的に両腕で目を覆った。瞳を細め、目の前の発光する白い騎士を何とか確認する。そんなジャンの視線の先で、騎士の姿がゆっくりとしぼんでいった。

 呆然とその変化を見つめていたジャンは、次第に小さくなっていく光の中に人影を見つける。


「――――っ」


 発光が収まると同時に、ジャンはそこにいた人影に向って駆け出した。


 ドサッと。


 何とか間に合ったジャンの腕の中に、その人影が倒れてきた。


「大丈夫ですか!?」


 声をかけるが返事はない。受け止めた人は騎士と似た鎧を着ているせいか、抱き留めた腕が痛い上に重い。仕方なくジャンは、腕に抱いた謎の騎士の兜を脱がせ、そこに現れた顔を見てぎょっと目を見開いた。


「おんな、の、こ!?」


 兜を取ると同時に溢れかえった金色の髪の毛。長い睫毛に小さな唇。白い肌。見間違えることなどない。ジャンと同い年ぐらいの女の子だった。


「う、うぅ……」


 苦しそうに呻き声を上げる少女の様子に気づき、ジャンは彼女の鎧をはずす。とりあえずはブーツと手甲を。それ以上は外すわけにはいかない。何せ、少女は薄い下着の上に直接鎧を着こんでいたようだったからだ。


「なんなんだこの子。鎧下も着ずにこんな重い鎧を着てるなんて……」

「う……あ」


 少女の瞳がわずかに開き、ブルーの両眼が当てもなく空を見上げた。


「なんだ? どうかしたのか? 何をすればいい?」


 朦朧としている彼女に向って、ジャンは声をかけ続ける。

 すると、彼女はジャンに視線を向け、呟いた。



「……お風呂、入りたいですわ」



 彼女の気の抜ける一言に、ジャンは大きく項垂れた。


「……だろうね。さっきから我慢してたけど、君。すごく臭いから」

「……半年、お風呂に入って……ません、もの……」


 そのままぱたりと気絶してしまった少女を仕方なしに背に抱え、ジャンは立ち上がって初めて気づく。


 ――巨大な剣。


 ジャンの背と同じぐらいはあろうかという、巨大な剣が自分達の傍の地面に突き刺さっていたのだ。

 その異質さにジャンは固唾を飲む。

 柄が長く、刀身はとにかく巨大。見慣れた剣など比較にならないほど。両手のひらを広げたほどもある刀身の放つ光は、どこか人を惹きつける魔力のようなものを感じる。

 が、異質なのは巨大さだけではない。

 先ほどの白い騎士同様、この剣もまた――朽ちていた。

 刃の零れは酷く、武器として扱えるようなものではない。柄には苔さえ生えるほど。一体どれだけ放置されていればここまで朽ちてしまうのかわからないほどの酷い有様。

 まるで、何かの儀式のために用意された儀礼品のようだ。


「っと、それより彼女が先か」


 腕の中で身じろぎする少女の様子に気づき、ジャンはすぐに小屋へと戻る。

 後ろ髪を引かれる思いで振り返ると、そこにあった巨大な剣が早く行けと急かすように、ジャンに日の光を浴びせてきた。

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