エピローグ
「ダルク、君に怪我はない?」
「えぇ、ジャンのおかげですの」
抱き着いてきたダルクの目の前で、ジャンの赤く染まっていた髪の毛が黒く戻っていく。瞳の色も元に戻りきったジャンは、深い眠気に襲われた。
「あっ!」
気怠さと眠気、右腕の痛みに倒れそうになったジャンだったが、直ぐにダルクが支えてくれる。
「ジャン、やっぱり無茶して……!」
「まぁ、今回ばっかりは仕方ないさ。君の魔法人形を直す約束もしてたし」
「でもでも!」
頭を振って嫌々をするダルクに軽くでこピンを決めたジャンは、小さな笑みをこぼして外に視線を戻す。
「ま、そんなのは全部あとで。それよりほら」
開けた外から差し込む光に軽く顔を隠すダルクと共に、ジャンは白騎士の胸元から再び外に出た。
「ジャン、ダルクさん!」
そうしてすぐに聞こえてくる声に、ジャンは手を振って元気をアピールする。
「無事だよエリー。ありがとう、おかげで助かったよ」
瞳に目一杯の涙を抱えたエリーと、彼女の両親や街の人々が白騎士を覆うようにして集まってきていた。
言葉を失っているダルクを左腕で抱き寄せたジャンは、彼女の小さな悲鳴を無視し、膝立ちしている白騎士の胸から腕を伝って地面に降りた。が、やはり足腰に力が入らず、ダルクと共に顔面から地面にぶつかった。
「ちょ、何してるのよジャン!?」
慌てて駆け寄ってきたエリーに引っ張り起こされたジャンは、震えてしまって動かない足腰を笑いながら、地面に座り込んで頭をかいた。
「悪い悪い。もう全く力はいらなくて……」
「ダルクさんも、怪我はない!? 変なことされたりしていない!?」
「え、えとえと。私はジャンが助けに来てくれたから……」
「良かった……!」
「わきゃっ!」
座り込んでいるダルクに、エリーが力いっぱい抱き着く。そのまま泣きだしてしまったエリーの様子に、ダルクがおろおろしながらジャンに視線を向ける。
「じゃ、ジャン! あのあの!」
「あー、ゴメン。俺はもうこの辺りでダウンで。さすがに、右腕ももう限界だよ……」
こちらに視線を向けるダルクの周りに人が集まるのに気付いたジャンは、彼女の助けを求める視線を無視して地面に寝転がった。
ジャンに見捨てられたダルクは、自分を囲う人々に気づき、言葉を詰まらせた。
「あ、え、えと……わ、私は……!」
ダルクが何か言葉を言おうとするが、それよりも早く一人の男性がダルクの目の前で地面に座り、大きく頭を下げた。
「本当に、すまねぇ! 俺は、アンタを疑っちまった!」
「え!?」
未だに泣きじゃくるエリーに抱き着かれたままのダルクが、男性の言葉に困惑する。だが、目の前の男性が先ほど自分を攻めたてていた人だと気づくと、ダルクは頭を振って男性の言葉を否定する。
「い、いいえ! も、元はと言えば私がこの街に逃げ込んだりしたから……!」
反論するダルクだったが、男性と同じように地面に座って頭を下げてくる大勢の人々の姿に、再び不安げにジャンに視線を移した。
「……俺は知らないってば」
「じゃああん!」
縋り泣きつくような声を出すダルクに、ジャンは溜息をついて身体を起こした。
そのまま周囲の人たちに目配せをしたジャンは、ダルクに向き合う。
「皆、謝りたいんだよ。君はこの街を守ってくれた。暴力や暴言を吐いた俺達を、ダルクは必死になって守ってくれた」
「だ、だってそれは……!」
「君の勇気が、君の姿が俺達に力を貸してくれたんだ」
「でもでも、私は!」
「ダルク」
首を振ってジャンの言葉を否定しようとする彼女の名を、ジャンは強い声で呼んだ。ダルクはジャンの声に思わず背筋を伸ばしてしまう。
そして、そんな彼女に向ってジャンは微笑んだ。
「君は一人なんかじゃない。それだけのことだよ」
「――――」
ジャンの言葉を聞いたダルクの顔が歪んだ。口を開いて言葉を紡ごうとし、溢れるのは涙。頬を伝って流れる涙はダルクの顔を赤く染める。嗚咽を上げ始めたダルクの頭をポンッと叩いたジャンだったが、駆け寄ってくる小さな子供の姿を見かけ、ジャンは笑みをこぼした。
「お姉ちゃん!」
「……っ、な、なんですの?」
服の袖で涙を拭いたダルクが、傍に寄ってきた小さな少女に視線を合わせる。
すると、少女はダルクに向って目一杯頭を下げ、満面の笑みを浮かべた。
「ありがとう!」
幼い少女の無垢な感謝の言葉に、とうとうダルクは声を上げて泣きだした。
泣き喚く二人の少女の様子を、街の人達と共に笑いながら眺める。その中で、ジャンは竜人形の背で気を失っているアルタイルを捕縛したライールの姿を見かけた。
ボロボロになった鎧を脱ぎ捨てていたライールはアルタイルの両腕に錠をつけ、ジャンに目配せくれた。
後は任せなさいと言わんばかりの彼の視線を受けたジャンは、ほっと一息をつき、全身のけだるさに身を任せて深い眠りについた。
◇◆◇◆
竜人形による事件から一週間後。ジャンはライールと共に騎士団兵舎の前にいた。痛々しく右腕を包帯で固定したジャンは、複雑な視線でそれを見つめていた。
そこには、騎士に取り囲まれる馬車が一台。二頭の馬に引かれるその馬車には、強固な牢屋が備え付けられている。その中には、尚早してしまったアルタイルの姿があった。
「それでは、あとをよろしくお願いします」
そう言ってジャンが頭を下げると、馬車に乗る騎士の一人が頭を下げた。
ライールの号令で、騎士は馬に鞭を入れる。軽快な足音を立てて大門を抜けていった馬車を見送ったジャンは、傍に居たライールと共にウォール街の中央広場を見つめた。
「なんだか、すごいことになってますね」
「がっはっはっは! 辺境とはいえ、この街の民は力強いですからな!」
豪快に笑うライールとジャンの視線の先では、巨大な白い騎士人形が膝立ちしている。隣には動かなくなった竜人形で作った遊具も。その周りを小さな子供たちがはしゃぎまわり、時折人形の鎧を蹴ったりしながら大通りを駆け抜けていく。
一週間。
めまぐるしく流れた日々の中で、人々は目を見張る速度で復興を進めていた。竜人形に破壊された外壁の多くはもう修繕されつつあり、被害の大きかった中央広場では、ジャンとダルクの駆る魔法人形に大きな資材を運ばせ、小さな作業は人々と作業用魔法人形の力で。
「こっちとしては腕の振るい甲斐がありますよ」
言葉にしたジャンは、左腕で頭をかいて笑う。朝は早くから、エリーとダルクに看病だと言われてあれこれ問題を起こされる。昼過ぎからは街の人々に頼まれ、作業用魔法人形の調整とテンプレート精製。夜はアルタイルの駆っていた竜人形の遊具調整を。
とてもじゃないが文字通り手が足りないレベルで忙しい。
「……」
ふと、ジャンの脳裏にアルタイルの姿がよぎる。
彼女もまた、自分とは違う意味でまっすぐな魔法人形技師だったのかもしれないと。もし、事件が彼女の手によるものでなければ、今頃きっと自分は彼女の手を借りて街の復興に取り組んでいたに違いない。
だが、
「アルタイル・ロレーヌですがな」
「え?」
「ちょうど一月前に、王都で指名手配されておったそうです。違法テンプレートと人体実験によるテンプレートの精製。相当黒いことに手を染めておったそうですぞ。この街が辺境にあったことが情報の出遅れを招いてしまいましたな」
「…………」
そうですかとだけ答えたジャンは、頭を振った。
魔法人形技師としての危うさ。そのことを今回の事件を通してジャンは再び確認した。
ふっと息を吐き出したジャンは、街の中央広場から走ってくる金髪の少女の姿に気づき、ライールに別れを告げた。
「それでは俺はこれで。何やら呼ばれてるので」
「いえいえ。わざわざ面倒なことに巻き込んでしまって恐縮ですぞ」
「お互い様ですよ、それは」
顔を見合わせて笑い出したジャンだったが、通りから聞こえてくるダルクの声に苦笑いして振り返る。
「じゃああん! 助けてくださいですの! ジャンダルクの装飾が、ジャンダルクの装飾が子供たちに折られてしまいましたの! あとあと、ジャンダルクの鎧にいっぱい落書きまでされて……!」
――ジャンダルク。
それは、あの白い騎士級の魔法人形につけられた名だ。
街の人々の感謝と称賛。そして、あの騎士を召喚する時に叫んだジャンとダルクの名を聞いたエリーによって名づけられた、あの騎士人形の名前。
「あぁもうわかった。一度剣に戻して工房に戻ろう。お腹もすいたし、ほら。もう一月以上たったからな」
「あ……!」
ジャンの空いた腕を取って引くダルクが、ぱっと顔を輝かせた。
そう。もうジャンとダルクが出会ってから一月と一週間が経っているのだ。
「ジャン、ひょっとしてまた?」
ダルクと並んで歩くジャンはニヤリと笑って答える。
「当然。あ、今回もエリーには内緒だぞ? アイツはあぁ見えてものすごく弱いから」
「……はいですわ!」
満面の笑顔を向けてくれるダルクと共に、ジャンは中央広場に向って駆け出した。
◇◆◇◆
中央広場でさんざん街の子供たちやその親にもみくしゃにされたジャンは、もはや棒になってしまった足を引きずるようにしてダルクと共に工房に戻ってきた。
先ほどまでは燦々と空に輝いていた日ももう落ちており、昼食は完全に逃してしまった。
「はぁ……。さすがに子供のバイタリティにはついていけない。道理で魔法人形のテンプレートの摩耗が激しいわけだ。すこし構成式の強度を見直さないとなぁ」
工房傍にある寝室に移動したジャンは、来ていた作業着の上着を脱ぎ捨て、椅子に掛けて座り込む。ジャンの寝室に一緒に入ってきたダルクもまた、遠慮がちにジャンのベッドに座り込んだ。
「そう言えばダルク、給仕服が板についてきたな」
「そ、そうですの? 今では皆、良くしてくれるからですわ」
微笑むダルクの姿を見て、ジャンは瞳を閉じた。
あの竜の事件を通じて、ダルクはこの街に繋がりを持った。街の人々は自分達を守ったダルクを英雄のように扱おうとしたが、ダルクはそれを許さず、結果として街の人々はダルクを友としてこの街に引き入れた。
この街に来たばかりの頃は、ジャンの背に隠れてばかりだったジャンヌ・アルプス・フォン・ダルクはもう存在しない。
「あのあの、そういえばジャン」
「ん、どうかした?」
「ジャンダルクに乗ってるテンプレート。あれを直すことって、できますの?」
彼女の問いに、ジャンは机の上に溜めていたおよそ数百枚にも及ぶメモ用紙をダルクに差し出した。ぎょっと目を見開く彼女に噴出しながらも、ジャンは応える。
「あのテンプレートの構成式さ。前も言ったけど解読は終わってるし、夜な夜な精製も始めてる」
「え、私が寝ている間にシコシコ精製してたんですの?」
「シコシコなんて精製の仕方しないからな!?」
「間違えましたわ。セコセコ、でしたの」
「…………」
最近エリーの口の悪さがどんどん伝染しているらしい。どこかで止めておく必要があるだろうと溜息をついたジャンだったが、話を戻す。
「まぁ、テンプレートの精製には正直丸一年ぐらいかかるよ。それだけ密度の高いものだしね。それに、まぁ、なんだ」
「どうかしましたの?」
可愛らしく小首をかしげるダルクの顔を見て、ジャンは真っ赤になった頬を掻いて一番最後のメモをダルクに差し出した。
そこには小難しい魔力比率や構成式、魔法回路の構成手順とは別に、テンプレートとは全く関係のない一文が記載されていた。
これを見たダルクは思わず口を覆い、うなじまで真っ赤に染めてしまう。
彼女が食い入るようにそのメモを覗き込む傍で、ジャンは苦笑いして教えた。
「『いつでも君の傍に。ジャン』ってさ。多分、君の祖父がテンプレートに刻んだんだろう。『ジャンヌ』って書こうとして上手くかけなくて、俺の名前っぽくなっちゃってるみたいなんだけどさ」
「じゃ、ジャン、あの、これって……!」
「あ、いや、違うぞ、違う! そ、そういう意味じゃなくてだな!」
メモを握りしめて顔を上げたダルクとジャンの視線が交わる。思わず見詰め合った二人だったが、すぐさま恥ずかしくなって顔を逸らした。
「あ、えとえと。お、お爺様がテンプレートにこ、この一文を?」
震えながらも早口になるダルクにつられるようにして、ジャンもまた早口になってしまう。
「あ、あぁそうだ。けど、不思議とその言葉が胸に残っててさ、だからきっと俺はあの時君の傍に行けたんだと思う。上手くは言えないけどね」
「あ……。ありがとうございますわ、ジャン」
再び訪れた沈黙に、ジャンは頬を掻いて天井を見上げる。ちらりと視線を移すと、ダルクはベッドの上でもじもじと指先をいじっていた。
「あー、そ、そうだそうだ。忘れそうになってた!」
「え、あ、な、なんですの!?」
「ほ、ほらあれ!」
慌てるダルクの目の前で、ジャンは棚の奥に隠してあった一つの瓶を取り出した。それを見たダルクがぱっと笑顔を輝かせる。
「あの時の葡萄酒?」
「そそ。言っただろ? 月に一度だけあけるんだって」
机の上に用意していたガラスのグラスに葡萄酒を注ぎ、ジャンは一つをダルクに差し出した。
二人はそっと互いのグラスを合わせ、そのまま口につける。
「うん……」
「はぁ……」
ほんのりと染まる頬を気にもせず、ジャンとダルクは小さく笑みをこぼした。
初めて出会った時も、自分達はこうして葡萄酒を飲んだ。まだ一月しかたっていないというのに、もう何年も昔の話のような気がしてしまう。
感慨にジャンが浸っていると、ダルクがジャンの服の裾を掴んだ。
「あ、あの……ジャン?」
「どうかした?」
「こ、これ……!」
おずおずとダルクが背に隠していた麻の袋から、小さな男の子の人形を差し出した。
左右のバランスの取れていない、みすぼらしい人形だ。だが、差し出された人形を受け取ったジャンは目を丸くして驚きを露わにする。
「だ、ダルク! これって魔法人形じゃないか!」
「は、はいですわ」
はにかむようにして笑うダルクの目の前で、ジャンは受け取った人形の様子を確かめる。
確かに、各パーツのバランスは統一されていないし、歪な顔をしている。木で作られた魔法人形だ。その背には、小さなテンプレートを入れる隙間もちゃんと用意されている。
何より、人形に着せられた作業着を、ジャンはよく知っている。
「こ、これってもしかして、俺?」
「は、はいですの。エリーさんが、ジャンは魔法人形を作ることはあってももらったことはないからって。だから、エリーさんに手伝ってもらいながら作りましたの。その、テンプレートは作れなくて動かないんですけど……」
「…………」
思わずダルクの顔をジャンは見つめた。
掌の上に乗るどこかひょうきんな顔をした自分にそっくりの魔法人形。
そして、その横に差し出された金髪の髪の精巧につくられた女の子の魔法人形。
「えと、ジャンが私にはじめてくれた魔法人形ですわ。その、で、できればお揃いにしたかったから……」
照れたように笑うダルクの姿を見て、ジャンは胸を鷲掴みにされてしまった。
しばらく二つの人形を眺めていたジャンだったが、次第に口から洩れる笑い声が大きくなる。
「はは、あっははっははは! そうか、俺、魔法人形貰ったことなかったんだな」
「え、えぇ!? ジャン、自分で気付いてなかったんですの?」
「いや、だって俺は魔法人形技師だったし。作る側で売る側だったからね! そうかそうか、魔法人形をプレゼントされるのって、こんな気分なんだな!」
「も、もうジャン! 笑うなんて酷いんですのよ!?」
「いや、だって、はは、ひひひ!」
頬を膨らませて殴りかかってくるダルクから逃げ出したジャンは、瞳からこぼれそうになる涙を、笑い涙だと必死になって誤魔化した。
追いかけてくるダルクを撒こうと、ジャンは寝室の扉を開いて外に飛び出す。だが、
「ちょっとジャン! 今日は例の葡萄酒の日でしょ!? 待ってても来ないから来てやったわよ!」
「え、エリー!? いや、あの、葡萄酒は……ははは」
「ちょっとジャン、笑うなんて酷いんですのよ! 私、一生懸命作ったんですのに!」
「え、何。ジャン、貴方ひょっとしてダルクさんの作ったブサイクな魔法人形を笑ったの!? さ、最低!」
「エリーさん、フォローになってないです、なってないですわ!」
パンの入ったバスケットを抱えてやってきたエリーも加わり、ジャンの工房はさらに騒がしさを増した。
追いかけてくる少女二人から逃げ回るジャンは、夜空を見上げて声をあげて笑う。
左腕に自分に似せて作られた、生まれて初めてもらった魔法人形を抱えて。
ジャンとダルク、そしてエリーの三人の笑い声は、この日のウォール街の夜にいつまでも響いた。
純白のジャンダルク。
それは、ウォール街の人々に長く語り継がれる、一人の魔法人形技師と騎士を操る少女の物語。




