第十六話 ジャンダルクの騎士
「ダルク、聞こえてるか?」
瞳を開いたジャンは、白騎士の胸部操縦席に座っていた。目の前には金色の髪が見える。
「聞こえていますわ、ジャン。右手の怪我は……?」
「痛みは酷いけど、止血は済ませてるよ。なんとか、大丈夫だから」
「よかった……。でしたら、ジャン」
振り返ったダルクの顔は、弱さなど微塵も感じさせない。強い決意に燃える瞳が、騎士人形の全身に魔力を循環させていく。
ダルクの膨大な魔力に晒された白騎士の鎧は輝きを増し、鎧の下の骨格を引き締めるオリハルコン筋は、流れる魔力に赤い光を放つ。
そして、ダルクの背後に座ったジャンもまた、彼女の魔力を身体の底から感じていた。
「ダルク。死んだテンプレートの乗った君の魔法人形を直す方法、見つけたんだ」
「ジャン……?」
不安げに見つめ返してくるダルクに笑顔を返したジャンは、意識を集中させる。
きっかけは、認めたくはないがあの赤いテンプレートの存在だ。
あの赤いテンプレートの中身が人間だったという事実が、ジャンに答えを見つけさせたのだ。
「俺が、君とこの魔法人形のテンプレートになる。もともとこの魔法人形に乗せてあったテンプレートの解読は終わってる。理論と構造さえ分かれば、俺の中にあるレコードテンプレートで代替ができるはずだ」
「ジャン、それって……!」
「約束したからね。君の大切なものを俺が直すって。文字通り俺の全身全霊で君の魔法人形を直して見せる。だから、力を貸してくれダルク。この街を守るために、君の力を!」
「……当り前ですわ!」
ダルクの魔力に呼応して、白騎士の両目に赤い灯がともる。二人はそのまま、空を舞う竜人形たちに向い、剣を構えた。
「アルタイル、貴方のやり方と貴方の暴挙を、俺達が止めてみせる!」
ジャンとダルクの叫びを聞いたアルタイルが、怒りに顔を歪めた。
『やって見せなさい! そんな魔法人形で私の竜人形に抗えるのか、見せてもらおうじゃない!』
アルタイルの指示で、空から二体の竜人形が急速降下してくる。
「いこう、ダルク!」
「わかりましたわ!」
阿吽の呼吸で操縦桿を握りしめたダルクの魔力が、ジャンの身体に流れ込む。まるで、立つことすらままならない嵐の中に投げ出されたような魔力の奔流に、ジャンは歯を食いしばった。
自分の身体に流れ込む魔力の量を、自身のテンプレートを介して調整し、白騎士に伝えていく。先ほどダルクが無理に動かしたときなどとは比べ物にならない。ダルクの思う様に瞬時に動く白騎士は、低く腰を落として剣を構えた。ズシリと地面が窪み、騎士の脹脛の筋が膨らみを増す。
そして、
『なっ……!』
アルタイルが目を見開くその眼前で、ダルクとジャンの駆る白騎士は、その巨大な剣の一振りで左から迫った竜人形を捕えた。竜の胴体にめり込んだ巨大な剣は、そのまま竜人形を打ち飛ばす。
強固な鱗がひしゃげ、呻き声を上げる竜人形はそのまま裏山方面の外壁に叩き付けられた。そのまま竜人形は、ずるりと音をたてて地面に横たわる。
「ジャンッ!」
ダルクの掛け声とともに流れる魔力に、ジャンは右から迫った竜人形へと白騎士を向ける。
「おおおああああ!」
剣から手を放した白騎士は、迫る竜人形の喉笛を片腕で捕えた。暴れる竜人形が大きく翼を羽ばたかせるが、ジャンとダルクの駆る白騎士はびくともしない。
すぐさま暴れる竜の首を脇に抱え込み、そのまま身を翻した。
騎士の身体を竜人形とは逆方向に前傾させ、踏み出した足を軸に地を踏みしめる。ふわりと音も無く浮き上がった竜人形の身体が、周囲の建物を倒壊させながら騎士の周囲を舞う。
そして、振り回すようにして一回転した騎士人形は、そのまま竜人形を投げ飛ばした。
先ほど外壁に叩き付けられた竜人形のもとに、突撃するような形で二体目が激突する。強固な外壁も巨大な竜人形の重量に耐えられず、轟音と共に崩れ落ちた。
先ほどまでとはうって変わった鋭い反応を見せるその白い騎士人形に、空から見つめていたアルタイルは動揺を露わにしてしまう。
『私の、竜人形がこうも簡単に……!』
腕を振り上げたアルタイルの駆る竜人形が、ジャンとダルクに向って大きく口を開いた。鋭い牙と漆黒のその奥から、チカチカと真っ赤な炎が焚かれる。
『燃えつきなさい、白騎士!』
上空にいた竜人形の喉の奥から、巨大な業火の弾が放たれた。一直線に迫る炎の弾の熱気に気づいたジャンは、すぐさまダルクから流れる魔力を剣に流し込む。
もはや掛け声さえもあげないジャンとダルクは、互いの魔力でお互いの意思を察知し、素早く行動に移す。
外套を揺らす白騎士は、地面に突き刺した剣を手に取り、その刀身を前面に構えた。ダルクから供給される魔力を、ジャンは騎士の両腕から剣の刀身に流し込む。
次の瞬間には、触れるものを灰塵と化す竜人形の炎は、白騎士の構えた剣の刀身が霧散させた。
燃える刀身の熱を肌に感じながらも、ジャンとダルクは再び剣を空で舞うアルタイルに向ける。
『……さすがね、魔力の絶対量が違うだけでこうも違うなんて。やはり貴方達は最高の素材だわ!』
アルタイルの愉悦に帯びた笑みに気づいたジャンは、再び膨れ上がる魔力を感じ、騎士をそこへと向ける。
「……やっぱり、一筋縄じゃ行かない、か」
先ほど蹴散らした二体の竜人形が再びその身を起こしていた。前回の竜人形に比べ、遥かに能力が上昇している。何より、耐久力の上昇が激しい。先ほどの攻防で無理だというのであればもっと強力な攻撃が、そして、決定的な隙が必要だ。
だが、そんなジャンの思案すらも無視したアルタイルが、竜人形と共にさらに高度を上げた。天高く飛び上がったその竜人形と共に、アルタイルはジャンとダルクの白騎士を睨み付ける。
『分かってるでしょう? 竜人形の最大の武器は近接戦じゃないわ』
アルタイルの声に、次の行動がすぐに予測できた。すぐさまジャンとダルクは白騎士の体勢を整える。そんな白騎士に向い、竜人形が大きく翼を羽ばたかせ、顔を地に向けた。そして、一拍を置くと風を切り裂き高速で落下してくる。
これを迎え撃とうと、ジャンとダルクは白騎士の全身に魔力を流し込んだ。
しかし、
「あぁ、ジャン!?」
「なっ!?」
ダルクの悲痛な叫びと共に、白騎士の横っ面に外壁にいた竜人形の炎弾が直撃した。崩れた体制を立て直そうとするたジャン達だったが、それよりも早く落下してきた竜人形の突撃を正面からまともに食らってしまう。
「ぐあああ!?」
「きゃああ!?」
叩き付けられるような痛みと共に、白騎士が大地に倒れ込む。中にいたジャンとダルクも強く頭を打ち、意識が定まらない。だが、そんなジャン達を嘲笑うようにして再びアルタイルが空高く舞い上がる。
『うふふはは! 良いわ、そうやって遊んであげる!』
悦に浸るアルタイルの声に、ジャンは頭を振って意識を手繰り寄せる。今の魔法人形のテンプレートは自分自身だ。自分がしっかりしていないと、ダルクとこの魔法人形は本来の力を発揮できない。
「ジャン、怪我は、怪我はないんですの!?」
「大丈夫、それより前を見るんだ!」
振り返って心配そうにこちらを見つめるダルクの額にも、うっすらと血が滲んでいるのに気付く。ゆっくりと倒れた身体を起こした白騎士だったが、空を舞う竜人形と、大地からこちらを遠距離攻撃で狙う竜の姿に隙を見つけられない。
「くそっ……!」
慌てるジャンとダルクをよそに、再びアルタイルとその竜人形が空高く上る。舞い上がる竜人形に視線を取られると、再び外壁傍から火炎球が飛んでくる。
身を翻してこれを躱せば、空からの追撃が。辛うじて直撃を避けるものの、白騎士のダメージは確実にたまっていく。
「……っ」
大小数多く傷を負った白騎士を何とか立ち上がらせるものの、白騎士では空への攻撃手段はない。このままではいたずらに的になるだけだ。
先に外壁傍に居る二体の竜人形を狙うか。
否。背を見せれば空からの攻撃に無防備を晒すことになる。
それに――、
「ジャン!」
ダルクの強い声に、ジャンはハッする。
「あと一撃耐えればいいんですわよね!?」
「……あぁ! 頼むぞ、ダルク!」
「はいですわ!」
互いの身体に流れる魔力に、言葉を交わさずとも次の手が読める。ジャンとダルクは白騎士の腰を低く落とし、次の一撃に備えた。一撃は食らう。肉を切らせてでも、骨を断つために。
『どう足掻くのか、見せてもらおうじゃない』
アルタイルのそんな余裕のこもった声と共に、外壁傍に居る二体の竜人形が、巨大な口を開いて炎を焚き始めた。
そして、焚かれた炎が限界まで膨れ上がると同時に、空を舞う竜人形が急速降下。
空からこちらを狙ってくるアルタイルと、外壁からこちらの回避を狙う二体の竜人形に晒された白騎士は、空からの一撃を耐える覚悟を見せた。
そして、外壁の竜人形が白騎士めがけて巨大な炎球を放とうと口を開いたその瞬間――、
『ワシらのことを忘れてもらっては困る!』
聞きなれた声と共に、片腕を失った騎士人形の拳が一体の竜人形の口にめり込んだ。行き場を失った炎は竜の頭を吹き抜け、飛び出した騎士人形の残った腕と共に爆散してしまう。
「ライール団長!?」
『今じゃ、撃て!』
ジャンの声を聴くより早く、動きを停止した騎士人形の中からライールが叫ぶ。同時に、もう一体の竜人形の頭部に巨大な岩が直撃した。
「……っ、ダルク!」
「えぇ、ジャン!」
街の人達からの援護。それを瞬時に理解し、ジャンとダルクは白騎士の前に突き刺さっていた剣を手に取った。
『――ッ!』
飛び込むアルタイルとその竜人形の突撃を寸前で躱す。空を切るあまりのスピードに白騎士の左肩の鎧がひしゃげるが、これを無視して白騎士は跳躍した。交錯したアルタイルと竜人形は再び空に駆け上がってしまう。が、白騎士はめり上がる地面を無視して外壁傍の竜人形めがけて突撃。
岩の直撃を受けていた残る一体の竜人形が白騎士に気づき、炎を吐き出す。だが、放たれた炎さえ切り裂いた純白の騎士は、そのまま竜人形の口に剣を突き立てた。
呻く事すらもできずに動きを止めた二体の竜人形の傍で立ち上がった白騎士は、傍に居たライールに向って頷き、空を舞う竜人形に向かい合った。
『……信じ、られない……っ』
竜人形の背で、アルタイルが顔を振る。その顔に確かにわずかな動揺が走ったのを見逃さない。
「アルタイルさん。これが貴方のバカにした魔法人形の力だ!」
「ジャンとこの街をバカにしたこと、身を持って教えてあげますわ!」
ジャンとダルクの宣言に、アルタイルが怒りに顔を歪めた。そして、そのまま手にしていたレイピアを天に向かって振り上げる。
『私の竜人形が! 究極を目指す魔法人形が! 貴方達などに阻まれるなんてありえないわ!』
振り上げたレイピアに、アルタイルの魔力が籠る。ジャンの血で染まっていたそのレイピアは、刀身に込められた魔力に晒され蒼い光を放った。
『私の竜人形の力は、こんなものでは――ッ!』
そんな叫びと共に、アルタイルが竜の背の細い穴にレイピアを突き刺した。
爆発。
『――――――――――え?』
そんなアルタイルの呆然とした呟きにすべての時間が止まる。
竜人形の胸が破裂したのだ。理解の範疇を超えた唐突なソレに、空を舞う竜人形の体勢がぐらりと崩れた。弾けとんだ胸の衝撃は、竜人形の背にまで届く。飛び上がった鱗にアルタイルの肩が軽く裂け、レイピアを手にしていた腕も突然の衝撃に感覚が麻痺した。
空を見上げる全ての人間が意識をそこに奪われる中で、ジャンとダルクだけが鋭敏に動いていた。
「供給、魔力転化――精製……! 魔法構成回路――構築ッ!」
白騎士が大地に両腕をつく。ダルクから流れ込む莫大な魔力に晒された白騎士の両腕から真紅の魔力糸が伸びた。この魔力糸は地面を抉るようにして複雑に枝分かれし、互いに絡み合い、大地にテンプレートを精製する。
操縦席に乗り込むジャンの白髪が――白騎士の羽飾りが、そこに供給されるダルクの魔力に燃える様な赤を灯した。
白騎士の先で、飛ぶ力を失った竜人形が空から落ちてくる。
傍に突き立てた剣を大地に精製したテンプレートに深く突き刺す。そして、白騎士は空から落ちてくる竜人形に狙いを定め、雄叫びを上げた。
『おおおおアアアアアアアアッ!』
剣を大地から抜くと同時に、魔力を帯びたテンプレートによって剣が熱を灯す。竜の吐くソレを超える熱量が剣の刀身を燃やし、白騎士は再び空へと向かって跳躍した。
握りしめた柄に、必殺を込める。
一閃――。
炎を伴って煌めいた剣の残像に、竜人形の胴が真っ二つに割れた。
音すらも残さない白騎士の剣速の前に沈む竜人形は、そのままウォール街の中央部に落ちる。
そのすぐ傍に轟音と共に着地した白騎士は、身体を起こして手にしていた剣を振った。この所作で刀身に纏っていた炎は宙に消え、白騎士の外套が風に揺られる。
敵を失った剣を地面に刺した白騎士は、竜人形の背でぐったりと倒れたアルタイルを見つめた。
晴れていく土煙の中で、アルタイルがゆっくりと仰向けになる。その口端からは血が滴り、彼女の虚ろな視線が白騎士をゆっくりと見上げた。
「いつの間に……あんな細工を、したの……?」
悔しさに顔を歪めたアルタイルの前に、ジャンは白騎士の胸部から姿を晒す。弱り切ったアルタイルを見つめ、ジャンは瞳を閉じて語った。
「さっき、貴女が竜人形にレイピアを突き立てていたのを見たんです。いくら人間をテンプレート化して行動を単純化したとはいえ、長時間自立活動させるためにはどこかで一度指示を与える必要がある」
「っ、ふふ。よく、気づけたわね……」
「俺の足止めに来たフードの魔法人形が、途中で動かなくなったのを見て気付いたんですよ。だとすれば、きっと竜人形にも同じことが言える。以前の竜人形も途中で動きを止めた時があったし、背に小さな穴が空いていた。それがレイピアを突き刺す穴だとわかったんです」
「ご明察……。さすが、私が認めた、魔法人形技師だわ……」
うっすらと笑みすら浮かべるアルタイルは、ジャンを見つめて血反吐を吐いた。
「そういう、ことね。あの時、わざとレイピアに自分の、右手を貫かせたのは……」
彼女の前で、ジャンは一枚の掌サイズの赤いテンプレートを見せた。
「衝撃を与えることで爆発を起こすテンプレート。俺のオリジナルですよ」
「……結局、私の……敗因は、魔法人形技師として、貴方に劣っていたこと……かしら。……おめ、で……とう」
それだけ言い残して、アルタイルはぷつりと意識を失った。
彼女の語りを最後まで聞き続けたジャンは、魔法人形技師の在り方を今一度、自分自身の中に戒めとして焼き付ける。
「ジャン……あの」
背後から聞こえるおずおずとした声に、ジャンは彼女の魔力で染まっている赤い髪をかいた。そして、振り返って彼女に笑顔を見せる。
「ダルク。全部終わったよ。君のおかげで」
「……ジャン!」
座席を飛び越えるようにして抱き着いてきたダルクをしっかりと受け止め、ジャンは全身を包む疲れにほっと一息をついた――。




