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第十五話 純白の閃光

「うっふふ」


 竜の背で笑うアルタイルの目の前で、ダルクは歯を食いしばって暴れる。だが、縛られてしまった両腕は動かすこともできず、身動きが取れない。


「あっけないものね。貴方が一か月かけてこの街で作り上げた絆なんて、恐怖の前には一分と持たなかったわ」

「そ、そんなこと……!」


 ないと、ダルクは言い切ろうとする。だが、アルタイルに無理矢理に顔を上げさせられ、彼女の冷たい瞳に射抜かれ、膝が震えだしてしまう。


「一月ほど昔に森の中で貴女と魔法人形を見つけた時は驚いたわ。テンプレートを介さず、魔力だけで魔法人形を無理矢理動かせる人間なんて聞いたことなかったもの。それもデュラクス人。うふふふ。そんな特殊な人間が、平穏に暮らせるはずないわよねぇ」

「…………っ!」

「一人で必死に生きる可愛い女の子を、姿を隠して竜人形で襲うのってすごく楽しいの。どこまで貴女が逃げられるか試してたら、こんな辺鄙な街に逃げ込まれて参っちゃったけどね」

「竜の操者が貴女だってわかってたら……!」


 アルタイルの顔を必死に睨み付けたダルクだったが、アルタイルの鋭い平手打ちで竜の背に叩き付けられてしまう。


「でも、運がよかったわ。貴方の頼ったあの魔法人形技師の男の子。あの子は、貴方となんら劣らないほどの特上モノよ。こんな辺境であんな素晴しい研究対象に会えるなんて思いもしなかったわ」


 アルタイルの言葉に、ダルクの顔が歪んだ。


「確か、レコードテンプレートだったかしら? 私は、彼も欲しいの。彼の中にある何百年の技術・理論と経験の塊が。あれさえ手に入れば、究極の竜人形を生み出すことだってできるわ!」

「ジャンに手は出させませんわ!」


 叫んだダルクの髪の毛を掴んだアルタイルが、再び下卑た視線でダルクを自分の目の前に引き寄せた。


「口答えしないでくれないかしら? それに、手も出せないの間違いね」


 アルタイルの顔を睨み付けたダルクは、瞳を揺らして呟いた。


「じゃ、ジャンは……ジャンは優しいんですの……」

「何を言い出すのかしら、突然」


 ボロボロと涙を零すダルクは、アルタイルの目の前で必死になって叫び始める。


「こんな私を助けてくれて……! 傍に居てくれて! 酷いことを言ったのに、笑ってくれて! 喧嘩もしたけれど、それでもジャンは私と一緒にいてくれたわ! 私に優しくしてくれたんですの!」


 泣き喚くようなダルクの言葉を聞いたアルタイルは鼻で笑い、笑みをさらに歪めた。


「なぁに、生まれて初めて人に優しくしてもらって、好きになったの? バカみたいね、貴女」


 アルタイルの言葉に、ダルクは酷く顔を歪めた。それでも、ダルクは自分の信じたものを譲ろうとはしなかった。


「わ、私はなんて言われたっていいですわ! でも、でもでも……! ジャンだけは、ジャンにだけは、手なんて出させないんですから……っ!」

「……お望みどおり、貴方からテンプレートに変えてあげる。心配いらないわ。生きたままテンプレートに変えようかとも思ったけど、殺しても大して変わらないことを実験で知ったの。血の色で染まるテンプレートを見た彼がどんな反応をするか、楽しみよね。うふふふ」

「……っ!」


 キッと。ダルクは伸ばされた腕に目を強く閉じて顔を伏せ、胸の奥でジャンの名を叫んだ。そして、聞こえるはずのない声がダルクの耳に届く。


 ――顔を上げればいいと思う。


 胸に響く声に、ダルクは目を開いて顔を上げた。アルタイルの伸ばす掌の先に見える白い光。深紅の小さな二つの残像を残して迫ってくるソレに向って、ダルクは叫んだ。

 魔法人形技師の青年の名を。



「……っ、じゃあああああぁぁぁぁあん!」



「なんですって!?」


 ダルクの叫び声を聞いたアルタイルが、慌てて背後を振り返る。だが、それよりも早くアルタイルの頬に握りしめた拳が突き刺さった。


「ぐっ……!」


 弾けるようにして竜人形の背をアルタイルが転がる。宙に投げ出されまいと、アルタイルは竜の背の棘に手をかけ、口端から流れる血を拭ってそこを見る。


「どうやってこの場所まで……!」


 アルタイルの問いに、唐突に現れた青年――ジャンは不敵に笑って答えた。


「魔法人形技術発展前の過去の遺物ですよ。使い方は間違ってるし、飛ばされた身としては死ぬかと思いましたけどね」


 白く染まった髪と深紅の両眼を開くジャンは、ウォール街の工房近くを指差す。アルタイルはジャンの指差す遥か下を眺め、そこに持ち出された巨大な兵器を見て忌々しく舌打ちした。


「……! 投石機(カタパルト)ね!?」

「ご明察。対竜人形用に用意されたものですよ。街の人々全員の魔力で無理矢理投擲力を上げたんです。そうでもしなければ、ここまで高い高度に投擲なんてできないですから」


 ダルクの両腕を縛っていた縄をナイフで切り、立ち上がったダルクをすぐにジャンは背に隠す。


「じゃ、ジャン……!」


 震えるダルクの小さな掌が、ジャンの服の裾を掴む。彼女の無事な様子にほっとしたジャンは、立ち上がってレイピアを構えたアルタイルと睨み合う。


「もう一度だけ言わせてもらいます。アルタイルさん、こんなこともう止めましょう」

「お優しいのね。でも残念。状況は何ら貴方達に有利になんて働かないし、私は究極の魔法人形を作ることを諦めないわ。私は研究者で、それは私の夢だもの」

「その研究の為なら、誰が犠牲になっても構わないと?」

「構わないわね。人の好奇心なんてそんなもの。貴方だって、ジャンヌちゃんの素晴らしい魔力に嫉妬したんでしょう? この白い騎士に興味を惹かれたんでしょう? わかるかしら、貴方も私と同じ、魔法人形技師なのよ!」


 アルタイルが下卑た笑みを投げてきた。彼女の笑みは歪だ。しかしその笑みは無垢でもあった。彼女の言葉は、ジャンの胸に刺さる。彼女の言葉を否定することが、ジャンにはできなかった。

 だが、


「違いますわ!」


 アルタイルとジャンの間に割って入ったダルクが、零れた涙を拭きとって宣言する。


「ジャンは確かに魔法人形バカかもしれませんけど、貴方とは違うんですの! ジャンは何時だって、誰かのために魔法人形を直してきました、作ってきました! 自分のために魔法人形を扱う貴方なんかと、一緒にしないでくださいな!」


 アルタイルの突き刺さる言葉とは違い、ダルクの想いは胸にしみ込む。

 あぁ、自分はやはり間違っていなかったと。ジャンは再び決意に拳を握り、アルタイルに向ってナイフを向けた。

 そんなジャンの様子に、アルタイルもまた手にしているレイピアを構える。


「随分な御高説ありがとう。でも、そんなによそ見をしてると……」

「っ!?」


 アルタイルが腕を振り上げると同時に、竜が一瞬だけ体勢をわざと崩す。背に手をかけるアルタイルとは対照的に、ジャンとダルクはバランスを崩して倒れ込んだ。


「貴方たち二人とも、私の手でテンプレートに変えてあげるッ!」


 倒れ込む二人のもとに、アルタイルが竜の背を駆けて迫る。構えた鋭いレイピアは、風を切ってダルクの心臓を狙った。

 そして、


 ――ズッと音をたて、アルタイルの伸ばしたレイピアが肉を貫いた。


 滴る血が竜の背に広がる。吹き付ける風が刀身を滴る血を空に飛ばしていく。そして、血に濡れるレイピアの柄を冷たく眺めるアルタイルが、静かな怒りを込めて呟いた。


「どこまでも……邪魔をしてくれるわね、貴方は」

「そいつは、どうも……!」


 ダルクの胸元直前で動きを止めたレイピアの刀身が、自身が貫いたジャンの右掌の血で赤く染まっていた。


「じゃ、ジャン! わたしを、かばって……!」


 痛みに顔を歪めるジャンは、貫かれた右掌でレイピアの柄ごとアルタイルの腕を握る。

 だが、アルタイルは冷めた視線でジャンの腹を蹴り飛ばし、突き刺したレイピアを引き抜いた。


「ぐうッ!?」

「ジャン!」


 悲鳴を上げるダルクが慌ててジャンの身体を受け止める。ジャンはすぐさま貫かれた右掌を左手で押さえつけ、痛みを堪えた。


「本当にバカね。もう少し賢い子かと思ってたけど。貴方の中にあるテンプレートは、もっとうまく生きる方法は教えてくれなかったのかしら?」


 嘲るアルタイルの声に、ジャンは自分を抱きしめるダルクを諌め、立ち上がった。


「悪いけど、俺は俺です。レコードテンプレートがあろうとなかろうと、俺は俺として生きてるんだ。間違いもするし失敗もするけど、大切なものが何かを見失いなんてしない!」


 ジャンの言葉に、アルタイルが深い溜息をついて頭を振った。


「いいわ、一度終わらせてあげる。貴方達を殺した後にテンプレートに変えてあげる。私の竜人形の力で、ね。貴方たち二人もこの街も!」


 ぐらりと、ジャンとダルクの足元が揺れた。

 竜人形が体制を変えたのだと理解する時にはすでに、ジャンとダルクはともに宙へと投げ出されてしまう。


「ダルク!」

「はいですわ、ジャン!」


 空に投げ出されたジャンが、ダルクの腕を掴みとる。ダルクはジャンに引かれるままに、竜人形に捕らわれていた白い騎士人形を元の巨大な剣の姿に戻した。


「あの子たち、一体何を……!?」


 空を大きく旋回した竜の背の上で、アルタイルが落ちていくダルクとジャンを忌々しく睨み付けた。



 

 全身に当たる強い風。気を抜けば腕が離れてしまいそうになるも、ジャンは決してダルクから手を放さない。ダルクもまた、ジャンから決して手を放そうとはしなかった。

 あと十秒もしないうちに、二人は地面に叩き付けられて死ぬ。

 しかし、ジャンとダルクは不思議な昂揚感に包まれたまま、頷きあった。


「私が魔力で――」

「俺がテンプレートで――」

「二つが揃えば、奇跡だって起こして見せる」


 空いていた片方の手を、二人は力任せに引きつけた。そして、二人の伸ばした掌が、意思を持ったように落ちてきた巨大な剣に触れた。

 二人は、感じた温もりと共に、迫る地面を無視して空に叫ぶ。

 信じ続けた互いの名前を――。



「ジャぁあああンッ!」

「ダルクゥぁああッ!」




 閃光――。




 そして、轟音と共にウォール街中央部の地面が空に向って隆起した。

 立ち上がる土煙は中央部一帯を覆い尽くす。ジャンの工房傍で投石機を動かしていた街の人々は、耳を覆いながらも目を見開いた。


 空には未だに絶望を体現し、宙を泳ぐ三体の竜人形。


 しかし、そんな絶望に戦いを挑もうとする白い騎士が、ウォール街に舞い降りた。

 人々の視線の先で、その白い騎士はゆっくりと立ち上がる。

 流麗なフォルム。鎧の隙間から見える銀色の筋肉は魔力を帯びて赤い発光を。右肩から揺れる純白の外套は力強い音をたてて揺れ、騎士の頭部から延びる巨大な羽飾りが空へと向かう。

 地面に突き刺さった剣を引き抜いたその白い騎士は、威風堂々と竜に向って切っ先を向けた。

 土煙の中から姿を現したその白い騎士と純白の外套を見つめたエリーは腕を組んで祈る。



「お願い。ジャン、ダルクさん。この街を守って……!」

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