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第十三話 逃げ続けた理由

「……っ!」


 街の中に駆け出すと同時に、ジャンの目の前にフードの男が空から落ちてきた。そのあまりの身軽さにジャンはすぐさま足を止める。

 街の中に行かせまいと立つそのフードの男に、ジャンはアルタイルを背に隠した。


「……アルタイルさんは先に避難を。俺はあいつに聞きたいことがありますから」

「一人で大丈夫なの?」

「心配いりません。こう見えても一応、男ですから。その代わり、ダルクとエリーのこと頼みます」

「……わかったわ」


 通りの真ん中でピクリとも動かないフードの男からジャンは目を離さない。アルタイルがすぐにジャンの傍から離れ、裏通りを抜ける形でジャンの工房方面へと向かっていった。

 彼女を追いかけようとしないフードの男の様子に、ジャンは脳裏で渦巻いていた情報を整理する。


「ずっと疑問に思ってた。あんたが搭乗せずに竜人形を操作できる理由は何か。今もこうして、俺の後ろでは団長と竜人形が戦ってる。だというのに、お前は離れた場所にいる」

「…………」


 深々と被るフードのせいで、男の表情は読み取れない。唯一見える口元すらも、ピクリとも動きはしない。周りを街の人々が逃げまどう中で、ジャンは一瞬たりともフードの男から目を離さなかった。


「その理由が、ようやく分かった。竜人形に襲われた三人の犠牲者。彼らの死体が出てきていない事実。そしてお前が、一体目の竜人形がやられてから三週間もの時間を空けた理由」


 ジャンの言葉に、一瞬だけフードの男の身体が揺らいだ。

 そんな男の様子に、ジャンは瞳を細める。そして、自身の考えが間違っていないことを確信した。


「犠牲者を媒体にして、竜人形に乗せるための赤いテンプレートを精製する時間が必要だった……だろ?」


 広がる悲鳴と剣戟の音を無視し、ジャンは一歩、フードの男との距離を詰めた。


「人間が乗っていないんじゃない。人の形をしていなかっただけだ。もともとある竜人形用のテンプレートの操作のために、人間を使ったテンプレートを精製した」


 自身の声が低くなるのをジャンは粒さに感じる。


「魔力も思考も、人間を媒体にすることである程度はその行動を手順化できるし、精製の時間も大幅に削れる。足りない分は都度、外から適度に補ってやればいい」


 一瞬だけ瞳を閉じたジャンは、拳を強く握りしめる。


「人の命を何だと思ってるんだ。魔法人形技師の誇りを、何だと思ってるんだ!」


 湧き上がる怒りと共に握りしめた拳をフードの男に叩き付けた。

 避けようとすらしなかったフードの男の顔が歪む。拳に感じた冷たさと無機質さに、ジャンは気持ち悪さを感じてしまう。

 そして、ゆっくりと、男のフードが開きその顔が覗いた。


「なっ!?」


 殴りつけたジャン自身が、そこにある顔を見て言葉を失う。

 生気を感じさせない真っ白な肌。うつろな真紅の瞳。崩れた頬。覗く銀色の筋。開くはずのない唇。殴りつけた拳に感じる魔力。

 殴りつけた拳で男の髪の毛を掴みとり、そのまま無遠慮に自分に引き寄せた。不快な音と共に、男の首が胴から離れる。同時に、主を失った首の筋から溢れる魔力が小さく火花を上げた。


「魔法……人形……!?」


 ジャンはとれてしまった男の頭を眺める。文字通り、精巧につくられた魔法人形だ。

 初めて竜人形と共にこの男が自分達の前に姿を現した時のことを思い出す。あの時も、確かにこの男は口を開きもしなかった。それだけじゃない。この男自身はほとんど動きもせずに、せいぜい腕を振って竜人形へと指示を出していたように見せかけただけ。


「くそっ……!」


 舌打ちしたジャンは、手にしていた男の頭を地面に落とす。

 なぜ気付かなかったのか。竜が人形だったという事実に、この男は人形の操者に違いないと自分達は疑わなかった。そのほんの僅かな見逃しが、今のこの事態を巻き起こしてしまっているのだ。

 ジャンは自らの浅はかさを悔やみながらも、大門で現れた竜人形に立ち向かっているライールの騎士人形に怒声を投げた。


「ライール団長! これは罠だ! 犯人はフードの男なんかじゃない!」

『なんですと!?』


 竜の尾の一撃を剣で受け止める騎士人形の中から、ライールの驚く声が聞こえる。


「フードの男の正体は唯の魔法人形だ! 本当の犯人は、俺達の眼を竜人形とこいつに向けさせることで、別のものを狙ってるんだ!」

『ジャン殿! それだけではわかりませぬ! もっと具体的な情報が……! それに、目の前の竜人形も!』


 一進一退の攻防を竜人形と続けるライールの声に切羽詰まったものを感じ、ジャンは大きく深呼吸をする。


(落ち着け、落ち着くんだ。これ以上後手には回れない! 思い出せ、初めから。全部を――)


 瞳を閉じたジャンはチクリと、胸の奥が痛むのを感じる。もう一度よく考えろ。犯人は一体誰なのか。


 一月という短いが濃かった時間。その始まりは、どうだった?


 唐突に現れた鎧と騎士を連れた少女。初めて目にした、ダルクの白い騎士人形の鎧についていた巨大な爪痕。異常なまでに怯えるダルクの姿。夜に寝る時にでさえ、騎士を呼び出してしまったあのダルクの恐怖心。

 タイミングを計ったように現れた最初の竜人形。その竜人形につけられたライールの駆る騎士人形の見たことのある傷痕。赤いテンプレートの存在。竜の背に空いた不自然な小さな穴。竜人形の噂を聞きつけてやってきた王都の魔法人形技師アルタイル。


「ま、てよ……?」


 違和感が脳裏を走る。

 ほんの一瞬前に竜人形が現れたあの瞬間、自分達はどうした。

 逃げ出したのだ。ライールの指示で。アルタイル(、、、、、)と共に。


「……っ!」


 竜人形の噂を聞きつけただけで、長い距離のある王都からこんな辺境にまでやってくるほど研究熱心なあのアルタイルが。目の前に現れた竜人形に惹きつけられもせずに。

 違和感が形を持つ。


「そうか、そう言うことか……!」


 犯人の本当の狙いが。あの人の、あの女の本当の狙いは、この街なんかでもただの犯罪でもない。

 何よりも決定的なのは、この街でダルクと呼び親しまれた彼女の名前を――名乗りもしていないのに彼女が知っていたこと。


「しまっ……たッ……!」


 すべてを理解したジャンが大通りを駆けだしたのと、ウォール街中央部で巨大な火の柱が登ったのは全く同時だった。




 ◆◇◆◇




「いやあああああああ!」


 ウォール街中央部の広場から聞こえてくる悲鳴。すでに走り出したジャンの目の前には、一体の巨大な赤い竜。否、竜人形の姿があった。

 辺りの建物より巨大なその身体は、周囲の露店を尻尾一振りで叩き潰していく。


「こんな近くにまで、二匹目……!」


 戦場に変わった街の中で人々は慌てて逃げ出す。だが、皆どこに逃げてよいかわからず、誰もかれもが我先にと走り出していった。

 大門の前にいるもう一体の竜人形の元から騎馬兵が戻ってきているが、傷の癒えぬ馬と蜘蛛の子を散らす人々の中ではその機動力もまるで生かせない。


「くそっ……!」


 苛立たしさに舌打ちするジャンだったが、必死になって冷静になろうとした。

 アルタイルの本当の狙いは、ダルクだ。彼女がデュラクスの民であり、一際ずば抜けた魔力を持っていることをアルタイルは知っている。だが、ダルクの周りにはすでに監視をする騎士がいた。その目を掻い潜るために、ダルクの傍に居た自分に近寄り、タイミングを見計らっていたのだ。

 そして、ダルクはそんなアルタイルから逃げ延びる中でこの街にやってきた。


『ジャン殿!』


 人々の合間を縫って竜に向っていくジャンの頭の上から、ライールの声が聞こえる。

 慌てて立ち止まったジャンは、自分の背後で巨大な剣を構えたライールとその騎士人形の姿に気づく。


「ライール団長!? 大門は!」

『騎士たちに時間を稼いでもらっております! それに、こんな街中で暴れられては民の避難が間に合わぬ! こちらが優先ですぞ!』

「……くっ」


 大門外で暴れる竜人形を、騎士団の面々が必死になって引き寄せることで、何とか街の人たちが逃げる時間を稼いでいる。だが、その無茶をジャンも騎士団の面々もよく知っている。


『ジャン殿、ワシら騎士団は竜人形たちの足止めをさせていただきますぞ!』

「ですけど……!」

『人にはやるべきことがあるのです。ワシはこのウォール街駐屯騎士団団長。ジャン殿はジャン殿のやるべきことを!』


 人形越しに聞こえるライールの強い声に、ジャンは大きく頷いて駆け出した。





 ◇◆◇◆





「はぁ、はぁ、はぁ……!」


 竜人形と騎士人形が戦闘を始めた広場を迂回し、ジャンは街の人々が避難を進めていた街道南の大門外にやってきた。ジャンの工房が傍に立つ門である。

 激しい戦闘音が聞こえてくる中央広場のほうを歯がゆく睨んだジャンだったが、避難してきた人々が一か所に集まっていることに気づき、慌ててそこに割って入った。


「おい、何してるんだ皆!」


 悲鳴や怒声の飛び交う中で、ジャンは人々を押しのけ、そこで二人の少女を見つけた。

 一人は、真っ赤になった右頬を押さえて下を向く金髪の少女、ダルク。

 もう一人は、そんな彼女を庇うようにして手を広げた気の強うそうな少女、エリーだった。

 無事だった彼女達の様子にジャンはほっと一息をつく。


「あ、ジャン! 良かった、来てくれた……!」


 現れたジャンの姿を見つけたエリーが、ぱっと笑顔を輝かせ、力なく地面に膝をついた。そんな彼女とダルクを支えるようにして、ジャンは二人の傍に駆け寄った。

 しかし、


「おいジャン! そいつらから離れろ!」

「そうよそうよ! そっちの子が竜人形をまたこの街に呼んだんでしょう!?」


 自分達を囲うようにして怒り狂う街の人々の姿に、ジャンは唇を噛んだ。


「そんなわけないだろ! 皆、どうしたんですか!?」

「どうしたも何もない! 前回の竜人形の襲撃だって、そいつの仕業だっていうじゃないか! 今回だってきっとそいつが竜人形を街の中に入れたに違いない!」

「仲間だって殺されてる! それなのにそいつを許せってのか!?」


 怒声を投げる街の人々の眼の色を見たジャンは、彼らがすでに正気を失っていることに気づく。今は一刻も早くこの街から逃げ出さねばならないというのに、たった一人の少女にすべての責任をなすりつけようというのか。

 ダルクの右頬は、誰かに殴られた跡がある。おそらく彼女達を囲っているここの人達の誰かに殴られたのだろう。こんな優しい少女を、こんな怯えた少女を。平気で殴るやつがここにいる。

 その事実にジャンは怒りに我を忘れそうになり、拳を握った。


「……ジャン!」


 立ち上がって拳を振り上げそうになったジャンを止めたのは、必死になってジャンの服にしがみ付くダルクであった。

 彼女は涙をかみ殺し、歯を食いしばってジャンの顔を見上げていた。


「ダルク、どうして君は……!」

「私が、悪いんですのよ……。私が、竜に追われているのにこの街に逃げ込んだから……! 一人が怖くて、ジャンの優しさに甘えたから。私が、デュラクス人だから……!」


 ダルクの嗚咽交じりの懺悔を聞いた街の人々が、そら見たことかと次々に怒りを露わにする。


「見ろジャン! やはり彼女の責任じゃないか!」

「そうだそうだ! 今すぐ彼女をこの街から追い出せ、デュラクスの民を追い出せ!」


 伏せてしまったダルクを見て、ジャンより先にエリーが立ち上がる。


「黙って聞いてれば偉そうに! ダルクさんが何したっていうの!? ダルクさんがみんなを傷つけたの!?」

「け、けど、そいつが来たからこの街は……!」


 泣き喚くようにして街の人達に向かい合ったエリーが叫び続ける。


「戦いもしないで逃げ出す臆病者の癖に! そのくせ、自分の弱さは他の人にぶつけて、偉そうな顔しないでよ!」


 ジャンの言葉を代弁するように、エリーがダルクを庇って両腕を広げ続けた。ジャンもまた、エリーと共にダルクの前で立ち上がり、両腕を広げる。


「確かに、竜はダルクを追ってきたかもしれない。けど、前回だってダルクは、俺達を守るために戦ってくれた。俺はダルクに命を救われた!」

「う……」


 街の人々の勢いが弱まる。

 ほんの少しだが、落ち着きを取り戻してくれた街の人々の様子に、ジャンはゆっくりと怒りを鎮め、語る。


「街を襲ってる竜人形。それを操っている操者の正体は――」


 その名を告げる前に、人々の頭上に巨大な影が現れた。


「あっ……!」


 見上げるダルクが声を漏らす。彼女につられるようにして、街の人々も空を見上げ、言葉をなくす。

 空を叩くような衝撃音と、低い唸り声。日差しを遮る巨体が宙に浮いていた。

 そして、その巨体の背で立つ深いフードで姿を隠す犯人を見つけ、ジャンは叫ぶ。



「アルタイルさん……ッ!」



 ジャンの声に、ゆっくりとフードを捲りあげる。長い黒髪がフードの中から覗き、艶のある唇が歪に吊り上った。


「ご明察。まぁ、もう姿を晒してもいいと思ったのも確かだけれど。うふふ」


 上品に笑うアルタイルの姿に、傍で座り込んだエリーが困惑する。


「ジャン、一体、どういうこと……!?」

「彼女が竜人形事件の犯人だ。魔法人形を使って犯人を仕立てあげ、自分は虎視眈々と街を襲う準備を進め、そしてその混乱に乗じてダルクを狙っていたんだ」

「ダルクさんを!?」


 傍で顔を伏せてしまっているダルクを、エリーが守るようにして抱きしめる。彼女達を庇うようにして竜人形の前に立ったジャンは、アルタイルと向き合った。

 そこでようやく、我を失っていた街の人々が置かれた状況を理解する。


「逃げなくていいのかしら、貴方達」


 アルタイルのそんな皮肉な言葉と現れた空を舞う竜人形の姿を見て、集まっていた人々が悲鳴を上げて逃げ始める。彼らの無様な逃げ様を眺めていたアルタイルが、嘲笑した。


「滑稽ね、恐怖に捕らわれる人の様って。そうは思わない、ジャンさん、エリーさん、ジャンヌさん」

「じゃ、じゃん……!」


 背中にしがみ付くエリーとダルクを隠し、ジャンは迫る竜人形を睨み付けた。

 逃げ惑う人々など意にも介さないアルタイルが、巨大な竜人形と共にジャン達の目の前に降りてきた。竜の背の棘に片手を添えているアルタイルは薄汚れた外套を脱ぎ捨てる。その下には身軽な鎧を着こんでおり、空いた腕に細いレイピアを携えて優雅に髪の毛をかき上げた。


「どうだったジャンさん。私の作った人型魔法人形。乗ってるテンプレートは大した密度じゃなかったからあまり長時間は動けないけれど、見た目は人間のそれそっくりだったでしょう?」


 自慢げに語るアルタイルの姿に、ジャンは必死になって怒りを押し込める。


「否定はしませんよ。俺もあぁして間近で見るまで気づけませんでしたから」

「うふふ。自慢したかったの。作品の評価は同じ魔法人形技師にしかわからないもの。この竜人形と同じで、ね。貴方もあたしと同じ魔法人形技師。わかるでしょ?」

「…………」


 押し黙るジャンを冷めた目で眺めるアルタイルは、竜の背に添えた手でダルクを指差す。


「ジャンさん。後ろの金髪の女の子、渡してくれないかしら? 折角見つけた魔力タンクなの。でも、連れてた白騎士に邪魔されて逃しちゃって。その子があれば、私の魔法人形は世界一の竜人形になれるわ」


 一切の迷いがないその瞳を見たジャンは、拳を握って尋ね返す。


「初めから、それが目的ですか、アルタイルさん?」


 ジャンを鼻で笑ったアルタイルは、さも当然のように答えた。


「言ったでしょう? 貴方と私は職人と研究者。目指す目的が違うの」

「それが貴女の魔法人形技師としての誇りなのかよ!?」

「当然よ。私は魔法人形技師。世界一の魔法人形を作ることが目的だもの。操者を必要とせず、半自動で動く究極の魔法人形! どう、素晴らしいと思わない!? 世界中の魔法人形研究者たちの夢の実現に、彼女が必要なのよ!」


 悦に入るアルタイルの様子に、ジャンは言葉を失った。

 父の、いや、もっと遥か昔から受け継がれてきたレコードテンプレートの記憶が、ジャンに訴える。目の前の女は、魔法人形技師なんかではないと。人を笑顔にする魔法人形技師として、アルタイルのやり方は決して許せない。


「今すぐ竜人形の暴挙をやめさせてください。魔法人形は、こんなことのために存在しているわけじゃない!」

「残念ね。貴方は才能溢れる魔法人形技師だったのに……」


 憐れむように首を振ったアルタイルが、レイピアを振り上げた。その刀身が蒼い光を放つと同時に背後で魔力の流れを感じ、ジャンは慌てて振り返った。


「い、いやああああああああ!」


 ジャン達を置いて逃げ出していた人々の前に、さらにもう一匹の竜人形が姿を現したのだ。現れた竜人形は、先ほどまで大門前で騎士たちに足止めされていた竜人形だ。それが意味する答えを、ジャンは瞬時に理解する。


「あは、あはははは!」


 高笑いするアルタイルの指示で、現れた竜人形が雄叫びを上げた。

 大地を奮わせる悍ましい咆哮に、逃げる人々はもう走る力も失い、皆地面に膝をついてしまう。

 彼らの様子を満足げに眺めていたアルタイルが、ただ一言。冷たく言い放った。


「殺しなさい」


 アルタイルの命令に呼応するように、人々の前に降り立った竜人形がその巨大な尾を振りあげた。人一人など容易に肉塊にするだろうその巨大な尾が、逃げる力を失った小さな子供の頭に振り下ろされた――。

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