第十二話 視線の先にあるもの
翌日の朝、紙を買いに出たジャンは耳を疑うような噂を聞いた。
「ダルクが、竜人形事件の犯人だって?」
大通りの端でひそひそと話をしていた女性たちに交じったジャンは、驚きに言葉を失った。
「えぇ。なんでも、あの子はテンプレートなしに魔法人形を扱えるんでしょう? 竜人形には人が乗ってなかったって言うし」
「もう街中がその噂で持ちきりですよ、ジャンさん」
「…………」
ジャンは手に抱えていたメモ紙の入った袋を脇に抱えた。一体、なぜこんなことになっているのだろうと思いながらも、ジャンは噂話をしていた女性たちに頭を振って応える。
「残念ですけど、それは唯の噂ですね。彼女は確かにテンプレートなしに魔法人形を扱えますけど、それは彼女が強い魔力を持っているからです。それに、俺はずっと彼女と一緒に暮らしてますし」
「うぅーん。そうねぇ。ジャンさんも一緒にいるのにそんな真似できるわけないものね」
「えぇ。できれば俺の今の言葉、噂の広がりを防ぐのに伝えてもらってもいいですか?」
「わかりましたわ。まぁ、ジャンさんが見張っててくれれば問題ないでしょうし」
「ありがとうございます」
頭を下げてジャンは彼らに別れを告げ、足早に工房へと戻った。
◆◇◆◇
「あっ」
工房に戻ってきたジャンは、巨大な剣に背を預けて座り込んでいたダルクを見つける。
彼女は今朝早くからエリーの酒場に行っていたはずだ。来ている服は給仕服のままであるし、靴も履いていない。それだけで、ダルクに何かあったことがすぐに理解でき、ジャンは彼女の傍に駆け寄った。
「どうかしたのか、ダルク?」
「……なんでも、ないんですの」
膝を折り頭をそこに押し付けたまま、ダルクが答えた。巨大な騎士人形は剣の姿に戻されており、この剣に縋るようにしてダルクは座り込んでいた。
ジャンは抱えていた荷物を地面に下ろし、ダルクとは反対側の剣の面に背を預けて座り込む。
しばらく黙っていたジャンだったが、一息ついてダルクに声をかけた。
「街で聞いたよ、君の噂」
「……っ」
剣越しに、彼女がビクッと反応したのがわかる。
「ダルクが竜人形を動かして街を襲ったんだってさ」
「……私、そんなことしていませんわ」
「あぁ知ってる。君にそんなことできやしないってことぐらい、嫌ってほど知ってるさ」
不思議と、ダルクの弱さに触れたジャンは、これまで自分が感じていた嫉妬が薄れていることに気づく。
しばらく空を見上げていると、ダルクは消え入るような小さな声で話し始めた。
「……酒場で働いていたら、言われましたの。お前がやったのかって。お前が、俺の仲間を襲ったのかって、樵の人達に」
「うん」
「エリーさんが庇ってくれて。でも、それでも収まらなくて。怖くて、苦しくて、逃げ出してきましたわ……」
「そうだな。それで間違っちゃいないとおもう」
小さな嗚咽。すすり泣く声。そのどれもが、ジャンの中にあった醜い嫉妬を和らげていく。
不謹慎だと思いながらも、ジャンは笑いながら空を見上げていた。
彼女は、特別でもなんでもない。ただの女の子なんだと。ダルクは、ダルクなんだと。
「……ジャン、教えて欲しいんですの。私は、どうすれば――一人じゃなくなりますの?」
彼女の問いかけを、ジャンは胸に噛み締めた。そうしてゆっくりと、ジャンは立ち上がって歩き出す。
ジャンヌ・アルプス・フォン・ダルク。彼女はデュラクスの民。彼女は魔力だけで魔法人形を扱える少女。彼女は巨大な騎士人形を携える少女。
でも、泣き虫で意地っ張りで――普通の女の子。
「教えてくださいジャン! 私は、どうやったら、世界に繋がっていられますの……!?」
泣き喚くように、彼女は顔を下げたままジャンに問う。
そして、彼女の問いかけにジャンは笑って答えた。
「顔を上げればいいと思う」
「え――」
ダルクがジャンの答えに、ゆっくりと顔を上げた。
ダルクは、自分の前で差し出されたジャンの掌を見つめて、言葉を失う。
「顔を上げれば、見えると思う。君に嫉妬して八つ当たりしてたような魔法人形バカな男だけど。まぁ、その辺は勘弁してくれよ」
「じゃ……ん?」
涙や鼻水やらでボロボロになったダルクの顔を見て、ジャンは赤くなった頬を掻いて苦笑い。
「君はここにいる。君がここにいれば、俺もそこにいる」
「私が、ここにいて……ジャンが、そこにいる?」
すんと鼻を鳴らしてダルクが首を傾げた。
「俺達は、魔法人形みたいなもんさ。魔法人形は、魔力だけじゃ動かない。テンプレートだけでも動かない。でも、二つが揃えばどんな奇跡だって起こせるんだ」
「あっ……」
ジャンの言葉に、ダルクは給仕服のポケットに触れた。彼女のそのポケットには、ジャンが渡した小さな女の子の魔法人形が入っている。
「君が魔力で、俺がテンプレート。そう言う事さ。だからその、なんだ。あの……ま、まぁ、あんまり上手い例えじゃないんだけどさ、勘弁してくれよ? 俺は魔法人形技師だから。口は達者じゃないんだ」
上手い言葉を見つけられずに、ジャンは照れ笑いを見せた。そんなジャンの顔を見上げていたダルクが、小さく噴き出す。
「あ、はは……ふふっ」
「ははは!」
笑い出したダルクにつられるようにして、ジャンも声を上げて笑い出した。気付けばダルクはジャンの差し出した腕を取り、しっかりと握りしめている。
「ありがとうですわ、ジャン。ジャンのおかげで私、まだがんばれそうな気がしますの」
「いや、こっちこそ。ダルクが魔法人形を魔力だけで動かせるって知ってからこっち、君に対して冷たくなりすぎてた。本当にごめん」
「私こそ、ジャンが魔法人形を凄く大切にしてることを知ってて、それを傷つけるようなことを言ってしまったのが悪いんですわ」
互いに頭を下げあったジャンとダルクは、再び顔を見合わせて噴き出す。
エリーの言った通り、簡単な事だった。こんな簡単なことに迷ってしまう自分自身の愚かさを理解したジャンは、腕を引いてダルクの身体を起こす。
「さぁダルク。魔法人形の整備を続けよう。人の噂なんてすぐになくなるさ」
「……はいっ!」
涙を拭いて笑顔を見せてくれたダルクと手を繋いだまま、ジャンは白い騎士人形の整備に戻った。
◇◆◇◆
翌日に、騎士団兵舎から完成した投石機がジャンの工房傍に持ち込まれた。その大きさに目を奪われ感嘆するダルクの様子に可笑しさを覚えながら、ジャンは人形の整備を続ける。
翌日も、その翌日もまた、ジャンはダルクと共に白い騎士人形の整備を続けていた。時折ダルクの力を借りて騎士人形のテンプレートの構成を考えなおしたり、アルタイルと酒場で情報交換しながら、ジャンは毎日を過ごす。
だが、ダルクに関する悪い噂は、そう簡単には消えてはくれなかった。
この日、エリーの酒場に久しぶりに仕事に向ったダルクを、ジャンは気付かれないように追った。
いつもの作業着から外出用の服装に着替えて身を隠すジャンは、深々と帽子を被ってダルクを追いかけていく。
「…………」
だが、大通りを歩くダルクはずっと下を向いたまま。ジャンと話す時とは違い、周りの視線から自分の姿を隠すようにして歩いている。
大通りの露店の商人たちや買い物客も、遠回しにダルクを眺めてひそひそと話を続けている。
(……そう簡単に全部上手くはいかない、か)
下唇を噛み締めたジャンは、酒場の裏口に消えていったダルクを見送る。その場に立ち止まったジャンは、小さな声で呟いた。
「……ごめん、ダルク。本当なら真っ先に君の騎士人形を直すのが、魔法人形技師としての俺の仕事だと思うけど」
もう彼女の白騎士を直すだけでは終われない。竜人形事件の犯人を掴まえなくては、彼女との約束を果たすことはできない。
ジャンは強い決意と共に、一人静かに騎士団の兵舎に向った。
◇◆◇◆
「ライール団長」
「おやジャン殿? 珍しいですな、そのような服装に身を包んでいるというのは」
兵舎の前で辺りを見渡しながら警備を続けていたライールが、ジャンの様子を見て首を傾げる。
「いえ、今日はお忍びなので。それより、いくつか聞きたいことがあるのですが」
「ふむ、承りましょうか」
街の噂とダルクの事情について説明すると、ライールが渋い顔をして顎髭を撫でた。
「噂の出所を知りたいと、そういうことですかな?」
「えぇ。むやみやたらに人を傷つける噂なんて、無いほうが良い」
「言いたいことは分かりますが、珍しいですな、ジャン殿がそういうことを言い出すのは」
軽く腰を折って視線を合わせてくるライールから顔を逸らし、ジャンは答えた。
「まぁ、他でもない彼女のことですから。周りから色々発破もかけられましたし、自分でもらしくはないとは思いますが……」
「がっはっはっはっは! まだまだ青春ですな、ジャン殿も!」
「はぁ……。それで、団長の意見は?」
ちらりとライールに細い目を向けると、ライールが左腰に携えていた剣に腕を乗せ、ジャンに鋭い視線を向けた。
「ジャンヌ・アルプス・フォン・ダルク。彼女は、デュラクスの民らしいですな」
「――っ」
ライールの放った言葉に、ジャンはキッと目つきを強くしてライールを睨み付けた。
ジャンの視線を気楽に受けたライールは、豪快に笑いながらジャンの肩を叩く。
「ワシらとて、駐屯騎士団の端くれ。民のことを把握するのは当然ですぞ。それが、あんな騎士人形を携えて異国からやってきた少女となれば、当然疑いもします」
「……なるほど。竜人形の事件もダルクの仕業ではないかと疑っている。そういうことですか?」
ライールがジャンを手招きし、しぶしぶながらジャンは彼と共に大門へと向かって歩き始めた。
「デュラクスの民は、生まれつき高い魔力を持っていると聞いております。千年前の戦争もあり、彼らは迫害を受けて生きてきた。そして、そんな娘っ子がこの街に来てすぐに竜の姿が目撃された。娘っ子を疑うのは自明の理ですぞ」
「でも、ダルクはそんな真似していない!」
「分かっておりますとも。常日頃に監視を付けておりましたが、あの娘っ子は文字通り、何もない」
「かん、し……?」
その言葉を聞いて、ジャンは立ち止まった。ライールもまた、立ち止まったジャンの目の前で顎を撫でる。
「あの娘っ子は監視に気づいておりましたがな。最初こそ、監視の目から自分を隠そうとしておりましたが、最近ではジャン殿に迷惑を掛けまいと、わざわざワシらの監視しやすい酒場で働いておったようですがの」
「…………っ」
ダルクが、自分に気を使っていた? あの泣き虫だが意地っ張りなダルクが?
「ここしばらく、あの娘っ子を見ておりましたが。あの娘っ子は、いつも何かに怯えております」
「なんに、怯えて……」
「もちろん、一人になることに――です」
ギュッと、胸を握りしめる。あぁ、自分はなんてバカだったんだろうと、ジャンは伏せた。
彼女のことを分かったつもりになっていた。なんて偉そうに彼女に語って、なんて偉そうにわかったふりをしていたのか。
そんなジャンの様子を見たライールが、遠い通りの先を見つめてジャンに語る。
「あの娘は、気丈に振る舞ってこそおりますが、ふと一人になると、いつもどこかを見ております。何度も何度も周囲を不安げに見回し、誰かを探しておる。そうして、気づけばいつも同じ場所に視線を移すのですよ」
「……」
その場所がどこか、ジャンにはすぐにわかった。分かったからこそ、ジャンは酷く罪悪感に包まれる。
「ジャン殿。お主のいる場所です」
ふぅっと、ジャンは震える体を落ち着けるために、大きく息を吐き出した。
「ワシら騎士団は、あの娘っ子を疑ってはおりませぬ。何より、竜の目撃情報が出てからこっち、常に監視を付けておりましたからな」
ライールはそう言って笑うが、きっと違うだろうとジャンは気付く。監視ではなく庇ってくれていたのだ。デュラクスの民が迫害を受けていることなど、ライールも知っている。知っているうえで、街の人たちがダルクに危害を加えない様、守ってくれていたのだ。
自分の知らない場所で。自分の代わりに。
まだまだ子供な自分の代わりに。
「……ありがとうございます」
「おや、罵倒されこそすれ謝られる理由などありませぬ」
頭を下げたジャンの前で、ライールがカラカラと笑う。その度量にジャンは心を救われ、もう一度すべてを考え直した。
「けど、だとすればあのフードの男の正体は……」
「ワシらも追ってはおりますが、如何せんわかりませぬ。この街には商人の出入りもありますし、正直その全てを追うことなどできませぬ」
「竜人形をもう一度調べたほうが良いかもしれませんね。あの赤いテンプレートも気になるし。アルタイルさんを呼んで……」
「あら、呼んだかしら?」
「あ、アルタイルさん! どうしてここに!?」
「街の有名人が二人で真面目な顔して話しているんだもの。興味を惹かれたの」
大門傍で話し込んでいたジャンとライールのもとに、アルタイルが現れる。酒場からの帰りなのか、パンの入った小さな籠を抱えていた。
傍に寄ってきたアルタイルと共に、再びジャン達は話を戻す。
「ならちょうどよかった。ちょっと話を聞きたくて」
「話? わたしにってことは、魔法人形のことかしら?」
「えぇ。会ったときにも話したとは思いますが、この街は一度あの竜人形に襲われているんです。その時に竜人形を傍で操っていたフードを被った男のことを探していて……」
「フードをかぶった男?」
「うむ。身軽な男ですぞ。あれほどの竜人形を携えておるというのに、その人形が破壊されても顔色一つ変えずにその場を去る潔さ。並みの犯罪者ではありますまい」
ジャンとライールの言葉に、アルタイルが首をひねる。が、あまり良い反応でないことはすぐに二人にもわかった。
「いえ、聞いたことはないわね。少なくとも、私が王都からこの街に来る間ではそんな男見たことも聞いたことも――」
小首をかしげるアルタイルの様子に、ジャンもまた頭を捻る。
だが、その瞬間に小さな魔力の余波をジャンは感じ取った。
「――ッ!」
すぐさま二人を押しのけて大門の外に飛び出す。何事かと大門の警護をしていた騎士たちが慌てるが、彼らを無視したジャンは鋭い視線で注意深く街道の先を見渡す。
「……くそっ」
気づけたのも偶然だ。あの竜人形の残骸を調べていなかったら気づくことなどできはしなかった。
「ジャン殿、どうなされた?」
「団長! すぐに騎士級の稼働準備を! 竜人形が来るッ!」
近寄ってきたライールに怒鳴り声をあげた。困惑顔を見せるライールと近寄ってきたアルタイルの前で、ジャンは街道の先を指差した。
指差す先の風景が、ぐにゃりと崩れる。蜃気楼が消えるように、ゆっくりと何もなかったはずのそこに、フード姿の男が現れた。
「あ奴!」
「あれがさっき言ってた、フードの男!?」
ライールが素早く腰を落として剣の柄に手を添える。事情を知る近くの騎士たちも、鋭い動作で大門前に隊列を整えた。
「歩兵部隊は住民の避難を最優先! 騎兵部隊は大門外へ! 気を抜くな、竜が来るぞ!」
ライールの怒号が周囲に響く。
辺りで呆然としていた人々は、ライールの『竜』の言葉に、悲鳴を上げて逃げ惑い始める。
そんな彼らの合間を縫って大門前に飛び出してきた騎兵たちが槍を構えた。
「フードの男……!」
彼らと同じように、ジャンもまた街道でまっすぐと立つフードの男に向かい合った。
その日焼けを知らない白い手が天に向かって振り上げられたと同時に、男の背後に巨大な竜人形が姿を現す。低く伏せているというのに、その鋭い眼光はまっすぐとウォール街を見つめていた。
見間違うわけがない。その暴力的な存在感が、その場に立つすべての人間を戦慄させた。
「竜人形……ッ! やっぱりまだあったっていうのか!」
傍に居たアルタイルと共に、ジャンは現れた竜人形の様子を見つめる。変わらない。何一つ、三週間前に姿を現した竜人形と変わらない。
「ジャン殿! アルタイル殿を連れて街の中に避難を、民の誘導を頼みます! ワシは騎士人形で出ますぞ!」
「ですけど……!」
「お早く!」
ライールの射抜くような強い視線にさらされ、ジャンは隣にいたアルタイルの手を引いた。
「わかりました……!」
自分を街の中に逃がす理由にすぐに思い当たる。こんな時のためにと、工房傍に用意してある投石機の為だ。
「逃げますよ、アルタイルさん!」
「わかったわ!」
アルタイルの手を引くような形で、ジャンはすぐさま振り返って街の中に駆け出す。そんなジャンと入れ違いになるような形で、兵舎から黒い外套を揺らす騎士人形が雄々しく立ち上がった。




