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第十話 王都の魔法人形技師

 この日の夜、ジャンはエリーに呼ばれて酒場に出向いた。

 日はもう落ちかけているが、相も変わらず酒場は騒がしく、通りを歩いていたジャンにもその様子が聞こえてきる。

 酒場に入ろうと入口の扉に手をかけたジャンだったが、ふと感じた寒気に、思わずそこに目を向けた。


「……ん?」


 大門の近く。騎士団兵舎の前に一人の女性が立っているのに気付く。白い外套で身を包んだその女性は、竜人形の前で両手を合わせていた。

 見慣れない女の不審さに、ジャンは酒場の扉にかけた手を下ろし、女性のもとに向っていく。


「安らかに眠りさなさい。竜の人形よ……」

「え?」


 声をかけようとしたジャンの耳に、女性の透き通った声が届く。ばらされていた竜人形の前で手を合わせたその女性が立ち上がり、ジャンに向き合った。


「あら、貴方は?」

「あ、お、俺はジャンスヴァイル・アウトラクト。この街で魔法人形技師をやってます」

「奇遇ね。私も魔法人形技師をやっているの」

「貴女も!?」


 笑顔を見せた女性の黒髪は腰元までのび、厚みのある唇が軽く濡れを帯びる。エリーやダルクより一回り背が高く、落ち着いた雰囲気を漂わせる。

 その妙齢の女性はジャンの前で小さく頭を下げた。


「失礼。王都で魔法人形技師をしているアルタイル・ロレーヌよ」

「え、あ、はい。あの、どうしてこんな辺境の街に?」

「竜人形が現れたと聞けば、魔法人形技師として興味を惹かれるもの。私みたいな物好きが王都からやってくるのもおかしくないわ。ふふっ」

「あっ」


 興味を惹かれた。その言葉一つを取って、ジャンはこのアルタイルという女性に興味を持った。

 自分と同じ魔法人形技師で、竜人形に興味を持った人物。出来る事なら、同じ魔法人形技師として話を聞いてみたいと。


「よければ、この子のことを教えてもらえるかしら、ジャンさん」

「えぇ。俺も王都の魔法人形技術に興味がありますから」


 アルタイルの差し出した手を握り、ジャンは彼女を連れて酒場に戻った。



 ◇◆◇◆



「むっ」

「むむっ」

「え、エリー、ダルク、何そんなに怒ってるんだよ?」


 酒場に入ってアルタイルと共に席に着くと、真っ先にダルクとエリーが近寄ってきた。

 手にはお盆を抱えているが、様子がおかしい。何やら怒っている様子。


「あの、ジャンさん。このお二人は?」

「え、あ、あぁ。えと、こっちの二人は――」


 ダルクとエリーの紹介をしようとすると、ジャンを押しのけて二人がアルタイルの正面の席に座り込んだ。


「私が、ジャンの幼馴染のエリー・アントワネットよ。この酒場の看板娘なの。看板娘」

「あ、えとえと、わ、私が!」

「貴女、一体ジャンとどういう関係よ!?」

「エリーさん、私まだ名乗ってません、名乗ってませんわ!」


 かみつく勢いでアルタイルを威嚇するダルクとエリーの様子を見たジャンは、溜息をつきながら再び椅子に座り込む。図らずも、アルタイルの隣に。


「むむ」

「むむむむむ」

「いや、だからなんだよ?」


 机を叩き付ける勢いで身を乗り出すダルクとエリーに恐怖を覚えながらも、ジャンは彼らにアルタイルを紹介する。


「えと、こちらが王都の魔法人形技師のアルタイルさん。さっき偶然そこで会ってさ、魔法人形のことについて情報交換でもしようと思って」

「魔法、人形技師……?」

「えぇ。初めまして、エリーさん。ジャンヌさん」


 大人の余裕を持ってダルクたちに笑顔を向けたアルタイルの姿に感心しつつ、ジャンは彼女達に注文を入れる。


「悪いけど、パンとスープを二人分。飲み物は……」

「私はお酒が駄目だから、水にしていただけるかしら?」

「だそうだ。宜しくエリー、ダルク。それでアルタイルさん、さっきの竜人形の話なんですけ――ヌゴッ!?」


 脳天に叩き付けられたお盆の衝撃に、ジャンは腫れ上がった頭をさすりながらエリーに文句を言う。


「な、何するんだエリー!」

「ジャンのドスケベ! もういっそ女の子も魔法人形で作ればいいんだわ!」

「いや、小さい女の子の人形はよく作ってるぞ? 街の中でも子供に人気だし」

「そう言う意味じゃないわよ! もう、ほんとジャンってば魔法人形バカなんだから!」


 もう一度脳天にお盆が叩き付けられた。そのままそっぽを向いてカウンターに戻っていくエリーを恨みがましく見つめていると、ダルクが服の裾を指でつまんでいるのに気付く。


「どうかしたのか、ダルク?」

「えとえと、アルタイルさん」

「あら、何かしら?」


 アルタイルの正面に立ったダルクが、うなじまで真っ赤に染めて宣言した。


「じゃ、ジャンはあげませんから! そ、それだけですわ!」


 怒鳴りつけるようにして一言告げたダルクは、そのまま駆け足で厨房へと消えていった。

 突然のことに口をあんぐりとあけてしまったジャンを見て、アルタイルは口元を押さえて必死になって笑いを堪える。


「ふ、ふふっ、あ、貴方。すごく面白い人ね」

「いや、笑われると反応に困るんだけど……あー」


 途端に恥ずかしくなったジャンは、頭をかいて真っ赤になった顔を明後日に向けた。


「ダルクは人付き合い下手だから、自分がどれだけ爆弾発言してるか分かってないみたいなんです。後でそれとなく教えておきますよ」

「あぁいう子って見てて面白いわ。そのままにしておいてあげましょう」

「貴女も大概、おかしな人ですね」

「魔法人形技師にまともな人なんているのかしら?」


 否定できなかった。

 溜息をついたジャンは、エリー達が先に用意してくれていた水を口にしながらアルタイルと話を進める。


「ん? レイピアですか、それ?」

「あら、女一人旅。この程度の準備は必要よ」

「あぁ、気持ちは分かります」


 酒場のテーブルに預けるようにして、アルタイルが腰に携えていたレイピアを下ろす。細い刀身は刺突専用の物。護衛用に広く一般に流通している剣の一種だ。


「それで、竜人形の噂をどこで?」

「この街から来た商人に聞いたわ。王都には騎士人形もあるけれど、私はどちらかというと竜人形やテンプレートの構築理論を中心に磨いたから、本物を見たくって。ジャンさん、貴方は?」

「あー、俺は小型の魔法人形とテンプレート精製に力を入れてます。一応、大型の整備に関しても知識はありますけど」

「その年で? 私なんてまともに魔法人形を扱えるようになるのに二十年もかかったのに」

「えぇまぁ、そのあたりは秘密ってことで」

「意外と誤魔化すのもうまいわね。それとも、あの子たちのおかげかしら?」


 アルタイルの向けた視線を追うと、厨房から料理を持ってエリーとダルクが現れた。彼女達はそのままジャンとアルタイルのいる席に料理を置いたかと思うと、お互いにジャンの隣に座り込む。


「おいお前ら、仕事はどうした仕事は?」

「休憩。私達だって夕ご飯抜きで仕事してたんだもん」

「そ、そうですわ。それに、ジャンが熟女の魅力にコロッといかないように見張る必要があるって、エリーさんのお母様が言ってましたの」

「じゅ、熟女……。こ、これでもまだ若いつもりだったんだけど」


 ダルクやエリーの失礼な物言いにがっくりとアルタイルが首を垂らす。ジャンは慌てて彼女に頭を下げた。


「す、すみません! なんだかとんでもない暴言を……!」

「い、いえ、お気になさらず。それよりジャンさん、竜人形の当時の様子についてなのだけど」

「あ、はい。あの時の竜人形は――」


 左右に陣取ったエリーとダルクの冷たい視線にさらされながらも、ジャンはアルタイルと自身の持つ情報の交換を進めていく。


「違法テンプレートですか。そんな危険なものを?」

「えぇ。あんな魔法人形の使い方は許せないです」


 相手もさすがに魔法人形技師。この街でまともにジャンと魔法人形について語れる相手などおらず、こうして意見交換ができることはジャンにとっては貴重な時間だった。

 だが、ジャンにとっては貴重な時間であっても、ダルクやエリーにとっては違う。


「ジャン、魔法人形の話ばっかりしてないでよ。私達全然入れないじゃない」

「そうですの。私達も話に入れてくださいですわ」

「悪い、今はアルタイルさんと情報の交換をしないと。滅多に魔法人形技師になんて会えないんだしさ」

「で、でもでも……」


 ダルクの縋るような視線に見つめられ、ジャンは思わず胸の内に暗いものが湧き上がるのを感じ、胸を掴んだ。


「悪いけどダルク、少し――」


 黙っててくれと、そう言いかけてジャンは慌てて口を閉じた。

 今、自分は何を言おうとしたのか。

 顔を上げると、ダルクが下唇をかんで涙を堪えていたのに気付く。


「あ……ご、ごめんなさい。私、厨房に戻りますの……!」

「あ、ちょっとまってよダルクさん!」


 椅子を倒す勢いで席を離れていったダルクを追い、エリーもまた酒場の奥に消えていく。彼女たちの姿を見ていられなくなったジャンは、アルタイルに謝った。


「すみません、騒がしくしてしまって」

「いぃえ。それより、いいの? あの子たちのこと放っておいて」


 アルタイルの心を読もうとする視線からジャンは顔を逸らした。


「……あとで、ちゃんと謝っておきます。それより、王都の魔法人形のことなんですけど、騎士級の魔法人形に乗せてあるテンプレートの構成式って分かります? あー、できれば古い時代の構成式と現代構成式の両方なんですけど」

「騎士級の? そうね、簡単な構成式程度ならかじったことはあるけれど……」

「良かった。こっち、大型の構成式はあまり弄ったことがなくて、どうしても独自構想で構成しなくちゃ駄目で。一度ちゃんとした理論を導入したいと思ってたんです」

「わかったわ。私でよければ」


 優雅な笑みを浮かべたアルタイルに、ジャンは頬を掻いて話を進めた。



 ◇◆◇◆



 宿に泊まるというアルタイルと別れたジャンは、酒場の仕事を終えたダルクと共に工房傍の寝床に戻ってきていた。

 自室に戻ってきていたジャンは机に向い、ダルクはジャンのベッドに座り込む。

 近頃の夜は、いつもこうしてダルクが寝る直前までジャンの部屋にいる。以前もそうだったが、彼女は一人で寝る事に恐怖を感じているらしく、彼女が寝付くまでダルクの話を聞くことはジャンの一つの日課になっていた。

 大体が、ダルクはそのままジャンのベッドで寝てしまい、溜息と共にジャンは別の部屋に移る。この繰り返しのわけだが。

 給仕服から動きやすさを重視した薄手のシャツとズボンに着替えたダルクと共に、ジャンは魔法人形の構成式がいくつも記された本を片手に、明日以降の予定を立てていた。


「あの、ジャン。明日からは私、何を手伝えばいいんですの?」

「んー」


 尋ねられたジャンは、壁にかけていた作業表の束を手に取り、パラパラと捲っていく。

 予定していた鎧の修繕も終わった。鎧につけていた装飾品も新しいものに取り換えている。塗装は後日に回すとして、騎士人形の骨格の調整も終わっているし、オリハルコン筋の伸縮率の計算も終わってる。

 起動確認も終わっているし、正直なところ、ダルクに手伝ってもらうべき作業がない。

 それに、一番の問題はあの騎士人形の壊れてしまったテンプレートである。


「特に頼める仕事はないな。今日取った伸縮率データをもとに筋の張り直しをして、関節の油の補給に搭乗席の内装を戻す作業ぐらいだ。後は俺一人で十分だよ」

「でもでも、私も何かお手伝いできることが」

「大丈夫。というより、あとは本格的に魔法人形技師としての勘が大事な個所がほとんどなんだ。ダルクに任せるわけにはいかないよ」

「あ……」


 ジャンの言葉に、ダルクが顔を伏せた。どうかしたのだろうかとジャンが彼女の傍によると、ダルクはすぐに顔を上げて笑顔を見せてくれる。


「わ、分かりましたわ。でしたら私、明日はずっとジャンを応援してますの」

「いや、作業は集中力がいるし、静かにな?」

「うぅ……!」


 恨みがましそうな視線を向けられ、ジャンは苦笑いして頭をかいた。

 ベッドに腰掛けたダルクは、以前ジャンからもらった小さな女の子の人形を取出し、手でこの人形を遊ばせながら口元を尖らせる。


「……最近、ジャンが冷たいんですの」

「前と変わらないだろ? 俺は今まで通り魔法人形技師をやってて、君と一緒にいる。それだけじゃないか」

「今日だって、アルタイルさんっていう美人とばっかり話していましたわ」

「それじゃ、俺がいつも美人と話してるみたいだろ!?」


 頬を膨らませたダルクにツッコミを入れつつ、ジャンは本に乗っていたいくつかのテンプレート構成式をメモに取っていた。


「彼女は俺と同じ魔法人形技師だ。同じ魔法人形技師と会話できる機会は少ないし、いくつか聞きたいこともあったしね」

「だ、だったら私だってそうですの! 私だって、その……デュ、デュラクス人ですわ。私にしかわからないことだってあるでしょうし、私も……」


 金髪の髪の毛をいじるダルクの姿を見て、思わずジャンは言葉を詰まらせてしまった。

 そんなジャンの様子に気づいたダルクが、縋るようにジャンを見上げて声を上げる。


「わ、私はほら! テンプレートなしでも魔法人形を動かすことができますの! な、何でしたら私、ジャンに魔力だけで魔法人形を動かすコツを……!」


 テンプレートなしで魔法人形を動かせる。

 その言葉がジャンの胸に突き刺さってしまった。


「……ふざけないでくれ」

「え?」


 自分でも想像したこともない低い声が出る。

 胸中を渦巻いたこのドス黒い感情にジャンは唇を噛み締め、自分の胸元を掴んだ。

 だが、一度零れてしまった言葉は止めることなどできはしなかった。


「テンプレートなしでも、魔法人形は動かせる?」

「え、あ、ジャン……?」


 不安そうな視線で唇を震わせるダルクの目の前で、ジャンは席を立った。


「そう言うこと言うの、止めてくれ。ダルク、君にそれができても、俺にそれを真似する事なんてできない。俺は『レコードテンプレート』のせいで、常人より魔力量が少ないんだ。分かるか? 俺に君の真似事はできない」

「わ、私……そんなつもりで言ったんじゃ……」


 ダルクの瞳から涙が零れた。彼女のその無垢な瞳の中に、冷たい瞳をした自分自身をジャンは見つけてしまう。顔を伏せたジャンは、机の上に置いていたメモとペン、本を脇に携え扉へと向かった。


「じゃ、ジャン……!」


 ダルクの懇願するような声を聴いたジャンは、一度だけ足を止める。

 だが、振り返りもせずに扉に手をかけ、ジャンは小さなつぶやきを残した。


「テンプレートが必要なかったら、魔法人形技師なんて――俺なんて、この世には必要ないんだろうね」

「――っ!?」


 息を飲むダルクの様子が、背中越しに伝わる。

 だが、この時のジャンはそんな彼女を労わる力もなく、静かに扉を開いて離れを去った。



 ◇◆◇◆



「…………」


 真っ暗になった夜空を、横たえていた騎士人形の胸の中から眺めた。

 小さな星が輝いている。あの星全てが一つになって輝けば、一体どれほどの光を放つのだろうと、ジャンはそんな意味のないことを考えていた。


「……最低だ、俺」


 自分が離れを出てすぐ、すすり泣く声が聞こえた。それがダルクのものだと理解した時には、もう遅かった。

 彼女を泣かせてしまった。二度も。

 最初は、彼女の正体を確認した時に。そして今、彼女に自分の嫉妬をぶつけた時に。


「……」


 すぐに謝ればよかったのだろうか。いや、きっとそれはできなかっただろうとジャンは思う。それができるのなら、あの時ジャンはあんなにもひどい言葉をダルクには投げなかった。


「……許してもらおうってわけじゃないけど」


 ジャンは部屋から持ち出したペンと本、メモを取出し、魔法人形の背部のオリハルコン筋を左右に開く。そこにあった傷だらけのテンプレートを見つめたジャンは、ペンをメモに走らせていく。

 今の自分に出来る事は、これだけだ。

 ジャンスヴァイル・アウトラクト。自分は、オルレア王国ウォール街の魔法人形技師。

 約束したのだ。

 自分は、必ず彼女の大切なものを直してみせると。


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