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第九話 嫉妬と技術師の狭間で

 竜人形の襲撃から二週間近くたったこの日の朝、ダルクの魔法人形の修理をしていたジャンは、人形の胸から顔をだして大きく背を伸ばした。

 全身の鎧の修繕と磨き作業、鎧の装飾の取り付けは終わった。今はむき出しになった騎士人形の骨格とオリハルコン筋の伸縮調整を続けているのだ。これが終われば、テンプレート以外のほぼすべての調整が終わることになる。


「ん、んー! ようやく筋の調整も終わった。ダールク、少し動かしてみるから手伝ってくれ!」

「その間の抜けた声で呼ぶのを止めてくださいな!」

「だだだだだるくー」

「ジャアンッ!」

「ぶべらっ!?」


 騎士人形の胸をよじ登ってきたダルクに脳天を踏みつけられ、ジャンは情けなく胸部内の座席に転げ落ちた。痛む頭をさすっていると、ダルクがまっさかさまに飛び込んできており、慌ててこれを受け止める。


「無茶するなよ! 危ないだろうが!」

「あら、もとはと言えばジャンが悪いですわよ。それより、早く動くか確かめたいんですの」

「あーもう、分かった。ダルク、君がいつも動かしているようにやってみてもらってもいいか? 動かすか所はこっちで指示するから」

「わかりましたわ」


 ダルクを抱えたままジャンは座席に座り、ダルクは手前の操縦桿を握る。一息ついたダルクが、テンプレートに魔力を注ぐようにゆっくりと操縦桿に魔力を流し込んでいく。

 ジャンは彼女の様子を眺めたまま、胸部内の計器のチェックと魔力循環の様子を確認する。


「うん。伝達回路は正常に動いてる。魔力伝達速度が遅いのは、テンプレートを介してないから仕方がないとして、よし。ダルク、まずは上半身を起こしてみてくれ」


 座席から立ち上がったジャンは、胸部から顔を出して騎士の全身を眺めながらダルクに指示を出した。魔力操作を受けたオリハルコン筋の動きをじかに確かめるためだ。

 すでに全身にいきわたるダルクの魔力に、騎士人形全体が淡い光を放っている。


「はいですわ。それっ」

「ぬおあっ!?」


 勢いよく騎士の上半身を起こしたダルクによって、身を乗り出していたジャンの身体が遠慮なく宙に飛び出した。


「え、あれ? ジャン、どこに行きましたの、ジャン!?」


 慌てて席を立って胸から顔を出したダルクの視線の先――工房横の藁の中に突っ込んでいたジャンは、渋い顔をして鼻血の流れる鼻をつまんでいた。


「……とりあえず、動いたな」

「ジャン、何で鼻血出ていますの? あ、ひょっとしてまた私の下着を覗いたんじゃ……! じゃ、ジャンのエッチ!」

「覗いてないッ! 投げ出されただけだ!」


 日が経つうちに遠慮なく会話を交わしてくれるようになったダルクの姿を見て、ジャンは肩を竦めつつも笑う。

 初めて出会ったときは、こちらの言動一つ一つに疑うような視線やおびえた様子を見せていたダルクだったが、今はもうそんなことはない。エリーとも随分仲が良くなったらしく、最近は二人で街に出たり、たまに給仕服で酒場の手伝いをしている姿も見かけるほど。

 ジャンと会話しているときにも、以前は背後に隠れがちだったダルクは、今はもうこうしてジャンにツッコミを入れたりと遠慮が少しずつなくなっていた。


「ダルク、次は右腕の動きを肩から順に指先までゆっくりと。魔力を流したタイミングで合図を出してくれ!」

「ハイですわ。まず肩を!」


 ジャンの出した指示に従い、ダルクが魔法人形に魔力を込める。彼女の合図があってからおよそ二秒後に、騎士人形の右肩の筋が音をたてた。流された魔力に引かれるように絞られた筋によって、騎士人形の右肩がゆっくりと動いた。


「次、肘を頼む!」

「はい、行きますの!」


 続く指示に、再びダルクが魔力を込める。今度は、およそ三秒ほど遅れて右肘が動いた。


(やっぱり、テンプレートの補助なしだとオリハルコン筋の伸縮速度が遅いな。何か手を考えないと。それにしても、目のあたりにして初めてわかる。彼女は――特別なんだ)


 騎士人形の右腕をテンプレートの補佐なしに、自身の莫大な魔力量だけで動かしてみせるダルク。彼女の無垢な笑顔の前で、ジャンは油で汚れた手袋で胸元を掴む。


「ジャン! 次はどうすればいいんですの?」


 かけられた声にはっと顔を上げたジャンは、手にしていたメモで顔を隠してダルクに指示を飛ばす。


「次は左腕の動きを見る! 頼むよダルク!」

「はいですわ!」


 その後もジャンはダルクに指示を投げながら、騎士人形の全身の動きをチェックしていった。



 ◆◇◆◇



「すごいですわジャン! ホントに三週間でほとんど騎士の動きが治ったんですの! 鎧だって、あんなにきれいに!」

「…………」

「ジャン? 聞いてますの?」

「ん? あ、あぁ聞いてる聞いてる」


 生返事を返すと、ダルクがムッと頬を膨らませてしまう。


「ジャンって、最近私の話をあんまり聞いてくれていませんわよね?」

「いや、別にそう言うわけじゃないんだけどさ」


 口をすぼめたダルクの様子を見ながらも、ジャンは手近の作業道具を丁寧にかたずけていた。

 傍に居るダルクはもう暴れそうな勢いで怒っている。何をそんなに怒る必要があるのだろうかとジャンは頭を捻ったが、答えは出そうになかった。


「もういいですわ。ジャン、今日の調整はこれで終わりですの?」

「あぁ。後は細かなところをやっていくだけだし、じっくりやろうと思う。他のお客さんの魔法人形の調整もあるしね」

「わかりましたわ。でしたら私、今日も夕方からエリーさんのところで働いてきますの」

「すっかり仲良くなったな、ダルクとエリー」

「えぇ。それではジャン、行ってきますわ!」


 そう答えると、ダルクが小さな笑みを浮かべた。彼女なりに頑張っているのだろう。エリーからもらった王都の給仕服に身を包んだままのダルクは、バスケットにいくつかの荷物と昼食で空いた皿を入れ、ジャンに手を振ってウォール街へと向かっていった。


「少しは、街の人達とも仲良くなったみたいでよかった」


 大通りへと向かっていったダルクに声をかける街の人々の姿がある。彼らの友好的な様子に、ジャンは一人、作業道具を携え工房に戻った。

 ドアを開き、工房内に入る。

 壁にかけてある人形たちの様子を確認したジャンは、そのまま作業台へ。椅子に腰かけ、机の上に置いてあったいくつかの小さな魔法人形を手にする。


「んー、やっぱりちょっとテンプレートの摩耗が激しいな。新しいものに取り換えるか」


 手にした犬型の魔法人形の胴体を二分割し、そこから小さなテンプレートを取り出す。

 作業台横にあった種類別テンプレートの棚から、この人形にあうテンプレートを取出し、交換。さらに、外で使われただろうその人形の関節に詰まった小さな泥や小石を、丁寧に取り除く。目に見えない傷のチェックには虫眼鏡を使って。


「んー、よしよし。こんなものかな」


 いくつかの傷を見つけ、埋めるより削ってしまうことに決める。作業袋からやすりを取出し、手にした魔法人形の傷を綺麗に磨き直す。目の粗いものから目の細かいもので細心の注意を払いながら。やすりで削り終われば、全体のバランスを見てさらに細かく磨き直していく。

 傷が見えないほどに磨き終われば、水にぬらした布で粉を取る。工房内の乾燥台に作業の終った人形を並べ、あとは半日自然乾燥させ、翌日に再塗装を行う。


「ふぅ……」


 額を流れた汗を拭き、ジャンは椅子に背を預けた。

 集中していた内に、四体の魔法人形の修繕が終わった。頼まれていた魔法人形は残り一体。


「…………」


 この人形も、テンプレートの摩耗によって動かなくなっている。ジャンは人形に取り付けてあった傷のあるテンプレートを取り外し、この人形を机の上に立たせた。

 そして、人形の背にそっと両手を添え、魔力を集中。

 両掌に集まる小さな魔力が、薄紅色の発光と共に魔法人形の全身を包む。

 だが、


「――っ」


 動かない。動くはずなどない。

 魔法人形は、テンプレートなしに動くはずがないのだ。


「けど、ダルクはテンプレートを必要としない」


 ここ最近の自分はどこかおかしい。ダルクが、テンプレートなしで騎士人形を動かすことができる。その事実が頭から離れなかった。

 人形から手を放したジャンは、椅子に背を預けて天井を見上げた。


「遠い昔、人々は呪文を介して魔法を使った。それは才能ある人間の力でしかなく、これを万人に扱える力とするために、人はテンプレートを生み出した」


 父から何度となく聞かされてきた魔法人形技師の始まり。

 他人の作った奇跡は、他人には使えない。他人の起こす魔法を、他人が操ることはできない。

 一部の才能ある魔法使いだけが扱う奇跡を、等しく万人に扱えるものにするためにテンプレートが生まれ、テンプレートを精製する魔法人形技師という存在が生まれた。


「テンプレートは、力なき人の希望。故に、我等魔法人形技師は、人々の希望たりえん」


 目の当たりにして初めて感じた感情。

 自分は、この語りを聞いて育ったからこそ、その身にレコードテンプレートを刻むことを決意した。特異な人間になることを受け入れた。それこそが、人々の希望であるためにと。大勢の人達を笑顔にしてきた父と同じ様になれるのだと。

 だが、それがどうだ。

 自分のすぐそばに、自分の力を必要としない人がいる。テンプレートなくしても、魔法人形を扱える少女がいる。まるで、大昔に存在した魔法使いのように。


「……俺は、一体なんなんだ?」


 考えれば考えるほどに、分からなくなってしまう。

 心の底に生まれたこの暗い感情を、ジャンは決して好きにはなれなかった。





 ◇◆◇◆




「ねぇ父さん。これで僕も、りっぱな魔法人形技師になれるのかな?」

「……あぁなれるとも。今お前の身体に移されたそのレコードは、遠い昔から引き継がれてきた奇跡だ。私がそうであったように、お前もきっと立派な魔法人形技師になれるさ」

「うん!」


 幼かったジャンにとって、父とはまさに魔法使いのような存在だった。

 巨大な壁に囲まれた街の外に工房を構え、王都からの誘いを蹴って辺境の街で魔法人形技師として生きる父。そこにどんな理由があったのかは知らないが、ジャンは彼の力強い腕に引っ張られるようにして、生きてきた。

 行きつけの酒場には近い齢の女の子もいたし、街の人達も良くしてくれた。将来の夢は立派な魔法人形技師になること。そして、騎士級の魔法人形の操者になること。

 およそ、自分は幸せな人間だと、ジャンは常日頃から皆に自慢していた。



 ――だが、自身の身体にレコードテンプレートを授かった八歳のその日、ジャンの父はベッドの上で冷たくなった。



 ウォール街からきてくれていた医師は、ジャンの父の手首に手を添え、何かを調べた。そして、彼はベッドの傍で佇むジャンの目の前にしゃがみ込み、顔を左右に振る。幼いながらも、ジャンには彼の告げた事実を理解することができた。

 不思議と、あれだけ大好きだった父が亡くなったというのに、ジャンの瞳から涙は零れなかった。訃報を聞いて駆け付けた騎士達が自分を強く抱きしめ、何かを言っていたが、彼らの言葉はするりとジャンの耳からすり抜けていく。


 父が――死んだ。人間なんてそんなものだ。



「ジャンは、かなしくないの?」


 翌日、父がウォール街から離れた墓場に埋められる中で、幼馴染だった女の子に問われる。

 彼女の問いを脳裏で反芻したジャンは、墓標に花束を添えて答えた。


「わかんないよ。でも、ぼく――おれも今日から、魔法人形技師だから」

「……わたしには、ジャンのいってることがわかんない」


 翌日から、ジャンは父の工房の後を引き継いだ。手始めに父の名を掲げられた工房名を自分の名に変え、看板を造った。

 一人になってしまったジャンを心配して大勢の町の人達が来てくれたが、ジャンは彼らに魔法人形の仕事はないかと問うだけ。父が町の人達の魔法人形を直していたように、今度は自分が彼らの魔法人形を直すのだと意気込んで。

 だが、そんな幼いジャンの様子を見た街の人々は、一人、また一人とジャンの工房を訪れることを止めていく。彼らは皆、怖かったのだ。大好きだった父を失い、だが、泣きもせずに魔法人形技師として仕事を為そうとするジャンのことが。

 そんなことに気づきもしないジャンは、暗い工房の中で一人、静かに魔法人形作りに励んでいた。

 知識は千年分。経験もまた千年分。自身に埋め込まれたレコードテンプレートが、過去幾代もの魔法人形技術師たちの知恵と経験をジャン自身に伝えてくれる。

 そして同じように、彼らの知恵と経験はジャンに余計なものまで与えてしまった。


「……おれは、魔法人形技師なんだから」


 それは、達観という名の真理。

 人は死ぬ。父だっていつかは死ぬ。だからこそ、父の為そうとしたことは自分が為す必要がある。父がそうしたように自分もそうある。父の死に、悲しむ暇などないのだと。


「テンプレート、作らないと」


 いつどんな仕事が入ってもいいようにと、ジャンは一人きりの静かな工房で掌を掲げ続けた。幼い身体にはどれだけの負担が掛かっているかなど理解していたが、ジャンはそれでも魔力を集中し続け、テンプレートの精製を続けていた。

 いつしか、枯渇し始めた魔力に髪の色が変色してしまうほどに。

 


 一月ほどたったある日、蜘蛛の巣さえ張ってしまった工房の扉を乱暴に開いた女の子がいた。

 女の子は腰まで伸びる亜麻色の髪の毛を三角巾で覆い、工房の奥にいたジャンに大股で近づいた。


「……っ!」


 少女は息を飲む。

 まるで幽霊のような白い髪の毛。何も食べていないであろう細い身体。やつれた顔。真っ赤な双眸。うつろな視線。ジャンのあまりに変わり果てた姿に、少女は声を荒げた。


「ジャン、じゃん!」

「……しごと、しないと」

「わかんない! わたしやっぱり、ぜんぜんわかんないもん!」


 泣きながら肩を揺さぶってくる女の子に気づきもしないジャンは、黙って魔力を両掌に集中し続ける。魔力を集中させ過ぎたジャンの掌は酷い火傷に覆われ、一月まるで何も食べていないだろうその身体は、今にも折れてしまいそうだった。

 魔力など、とうの昔に枯渇してしまっている。


「なんで! なんでそうなの! おじさんも、ジャンも!」


 鼻水や涙を流してボロボロと大声で泣く女の子に、ようやくジャンが気付いた。


「あ、れ? おしごと……?」


 掲げていた掌を下ろしたジャンが、揺れる瞳で女の子を見つめた。

 女の子はジャンの視線を受け止め、思いっきり頭を左右に振って叫ぶ。


「ちがうわ! わたしは、あなたにお仕事なんてあげない!」


 女の子の様子にジャンは困惑し、首を傾げた。


「でも、俺は魔法人形技師、だから」

「まほうにんぎょうぎしだったら、泣いちゃダメなの!? おじさんが死んだのに!」


 女の子の言葉に、ジャンは無意識のうちに胸を掴んだ。父が死ぬまでは確かにあったものが、胸の奥から湧き出てくる。


「だって……おれは、父さんの代わりを――」

「ジャンはジャンだもん! ジャンっていう男の子なんだもん!」


 女の子の言葉に、あの日失ってしまっていたものが胸の奥から溢れ出す。

 抱きしめられた身体が痛みを訴え、ジャンの瞳から大粒の涙が溢れ出した。


「あ、……う、あぁ……」


 声にならない声がジャンの心を砕いていく。あの日父から受け取ったテンプレート。魔法人形技師として生きた父と同じように、自分も魔法人形技師として生きる。

 自分はそういうものだと、そう達観していた。それが正しいのだと。

 だが、それを否定してくれる人がいた。


「あなたは、ジャンだもん! わたしはエリーで、あなたはジャンなんだから!」


 歯を食いしばって嗚咽を堪える幼馴染の女の子に、ジャンは知った。

 自分は、レコードテンプレートを引き継いだから魔法人形技師として世界とつながったわけじゃない。

 自分は、ジャンスヴァイル・アウトラクトとして世界と繋がり、そこにいる彼女達を笑顔にするために、魔法人形技師になりたいのだと。

 父が亡くなって一月後のこの日、ジャンは初めて声を上げて泣くことができた。




 それから、再びジャンは自分の意思で魔法人形技師を名乗った。

 人の寄り付かなくなってしまった工房を、エリーと共に四苦八苦して掃除し、幼い身体で魔法人形を作り、街に売りに出た。

 最初は酷いものだった。声を張るエリーやジャンを無視して町の人達は通りを行き交うだけ。エリーに至っては、なんで買わないんだとか無視するんだとか騒いで町の人といつも揉め事を起こしていた。

 最初の仕事は、エリーの両親が経営していた酒場の魔法人形の修理だった。長年使い込まれたパン造りの魔法人形を丸一日かけて修理し、ジャンはエリーの両親の目を見張らせた。

 仕事代を払おうとする彼らだったが、ジャンはそれを頭を振って拒否した。

 

 貴方に仕事なんてさせない。


 エリーのそんな言葉を忘れたくなかったのだ。お金を受け取ってしまえば、それは仕事になってしまうからと。

 翌日から、街に出る前にエリーがジャンの家に食事を持ってきてくれるようになった。曰く、目を離せば餓死するからという酷いものだったが。照れくさくて素直にお礼の言えなかったジャンは、毎日毎日、エリーを連れて街の中に魔法人形売りに出続けた。


 ――変化が起きたのは、父が死んでから一年たった九歳の日だった。


「おひとつ、魔法人形を貰っても良いですかな」


 声をかけてきたのは、年老いた騎士だった。ジャンの父が死んだとき、真っ先にジャンのもとに駆けつけてくれた人物だ。

 彼は携えた顎髭を撫でながら、ジャンの傍で威嚇してくるエリーの様子を見て豪快に笑った。


「がっはっはっ! 結構結構! なかなかに豪気なお嬢さんだ!」

「なによ! ジャンの作る魔法人形はすっごいんだから!」

「ふむ。では見せてもらおうかの」


 そう言って、エリーが半ば無理矢理差し出した人型の小さな魔法人形を老騎士は眺めた。

 時折首をひねりながらも、納得いったように彼が頷く。

 自分の作った魔法人形を値踏みするようにみられる。そのこと自体初の体験だったジャンは、思わず背筋を伸ばしていた。その隣で、エリーもまた息を飲む。

 しばらくして、老騎士がニヤリと笑った。


「なるほど。これならばうむ。齢の割にしっかりしたものを作られるようだ」

「……ありがとう、ございます」

「では、頂こうかの。ちょうどそっけない兵舎の飾りが欲しかったのですぞ」

「……一応それ、さらはこびの魔法人形です」

「がっはっは! それはすまんかったですな!」


 オルレア銀貨を一枚おいて、老騎士は通りに消えていった。



 ◇◆◇◆




「どうかしましたかの、ジャン殿?」

「……いえ、ちょっと感慨深いなって思って」

「あぁ、この飾り魔法人形ですかな」

「……いや、皿運びの魔法人形です、それ」

「がっはっは! そう言えばそんなことを昔言っておりましたな!」


 兵舎の入り口付近に立つ小さな魔法人形を見つめたジャンは、傍に居たライールの豪快な笑い声に溜息をついた。

 懐かしいものを見て物思いにふけっていた頭を揺り起こし、ジャンはライールと話を進める。


「それで、フードの男に関する情報などは?」

「依然として、全く情報はありませぬ。王都で似たような事例がないか使いのものを走らせてはおりますが、返答までには時間がかかるでしょうな」

「……距離がありますからね、ウォール街と王都では」


 ジャン自身も幼い頃に王都に出たことがある。子供ながらに長い旅路が身体に応えたのはもう古い記憶だ。


「それで、あのようなものを作ることに決めたんですか、団長」

「備えは常に必要ですぞ」


 目じりを下げて笑うライールを見て、ジャンは窓の外に見える巨大な兵器を見つめた。

 騎士たちによって組み立てられているのは鋼鉄製の投石機だ。ウォール街の内部から外壁外めがけて打ち出せるような巨大な兵器。

 こうしてジャンが兵舎に顔を出したのも、あそこで組み立てられる投石機の作業に呼ばれたからだ。鋼鉄製で作られるあの投石機のバネに使用するオリハルコン筋の調整を任されている。


「あまり、あぁいう兵器を持ち出すのは気持ちがいいものじゃないですね」


 ジャンが渋い顔を見せると、ライールは頭を振ってジャンの言葉を否定した。


「ワシらは、武器なしに人を守れるほど強くないのです。こと、あのような化け物相手では」

「……そうですね」


 思い出すと怖気のする竜人形の姿。配備された騎士人形ですら圧倒されるほどの化け物。

 街の人々を守るためならば、あのような時代遅れの兵器も必要となる。


「配備される場所は?」

「うむ。それなのですが、射程の都合もあり王都への大門と、ジャン殿の工房近くの大門、東西の大門にそれぞれ一台の予定ですぞ。資材都合で、ジャン殿の工房近くに先に用意させてもらいますがな」

「あっちでいいんですか? 言っちゃなんですけど、俺の住む工房近くのあの大門は人通りなんてほぼゼロですよ? あっちの門の先はほぼ森しかないですし、利用する人の数を考えれば、王都に向う門のほうに……」

「そうしたいのは山々ですが、前回の竜人形の襲撃前に、あちらの街道を塞いでおったでしょう? おかげで王都の人間や町に滞在する商人から不満が爆発しており、投石機の準備と設置でまた門を塞ぐなどということが出来ぬのです」

「あぁ……」


 溜息をつくライールの前で、ジャンは納得いったように項垂れた。三週間前、初めてダルクがこの街に来たときに、エリーの酒場で同じことを聞いた記憶がある。

 騎士が出てきて、竜の出る王都・裏山方面の街道を封鎖してしまっていると。

 良くも悪くも、おかげで被害を最小限にできたとはいえ、商人や樵たちの不満までは抑えられなかったということだ。


「わかりました。では四日後にでも俺の工房傍に移動させましょうか」

「助かりますぞジャン殿」


 その後も細かいやり取りを済ませたジャンは、働く騎士たちに挨拶をし、兵舎を去った。

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