てるてる坊主にツぐ
今日の空が青いのか、僕は知らない。見ようと思えばすぐできるけど、僕は見ない。明日も、明後日も、これからも。ずっとずっと見るつもりはない。
この世で一番美しいのは、まぶたの裏に広がる世界。その世界では孤独すら美しい。誰もいない世界。何も聞こえない世界。深緑の上に静かに立って黒い空を見る。散らばるのは、色とりどりの屑たち。この世で一番美しい屑。
この世で一番醜いのは、目の前に広がる世界。その世界では孤独さえ醜い。大衆の世界。何も聞こえないことがない世界。灰色の上に辛うじて踏ん張って周囲を見渡す。散らかるのは、色とりどりのクズたち。この世で一番醜いクズ。
この世の中には二つの世界がある。じゃあこの場合、最初の「この世」ってどの世なの? 友達に一度聞かれたことがあるけど、答えるのが面倒臭くて捨ててやった。だって、いつも反抗的なことしか言わないんだもん。ホントやんなっちゃうよ。
でも友達はいくらだっているから一人くらい捨てたって会話に困ったりはしない。僕にたてつくやつはすぐに捨てる。
会話と言えば、この前友達とこんな話しをした。
例えば僕に、僕の命に値段がついたとする、そしたらいくらまでなら買ってくれる? 友達は、タダでも買ってあげるもんか、と答えた。僕が要らないってことなの? と聞くと、そいつは慌てて言った。いやいや、命に値段なんてつけられないんだよ、一人の命は一人のものじゃない、大切にしてくれる友達や親、周りの人たち皆のものなんだ、だから値段なんて付けられないし、売り買いなんてもってのほかさ。
別の友達はこの話を聞いてこう言った。
例えば君がコンビニでパンを買うとする、そんなとき、五百円のあんパンがあったとすると、君はそれを買うかい? 僕は当然、買うわけないさ、百二十円くらいの安いのにするよ、と答える。じゃあ、そのあんパンが一日に五十個しか作られない超人気店の限定品で、前の晩から並ばないと買えないようなパンだったとしたら? それが、今君の目の前にあるとしたら? 買うねきっと、それは、それだけ人気があって、買うために努力もしたんだから、買うさ。すると友達は笑った。つまり、そういうことさ、人は何かに対して、無意識に値段をつける、君の頭の中じゃ、ただのあんパンの価値は百二十円くらいってこと、だからそれ以上の値段のあんパンは買おうと思わない、でも限定品とか、前の晩から必死に並んだ、とかいろんな価値が付加されると君は五百円のあんパンを買えると言う、これはつまり、君の頭の中で、そのあんパンの価値が五百円に等しく、もしくはそれ以上になったから買えると思ったというわけさ。僕はちょっぴり納得した。つまり言い換えると、人間は自分がつけた価値と同等かそれより下の値段のものしか買わないということ? 僕の問いに友達は大きくうなずいた。
だから、その後すぐに僕は、僕に綺麗ごとを並べ立てた友達を捨てた。
友達を一人捨てたら、友達を一人つくらなければならない。友達の数の安定が僕の心の安定につながる。目の前に広がる世界と同じ。命が一つなくなったら命が一つ増えなければならない。命が一つ増えたら、命が一つ減らなければならない。生死の安定が崩れるとこの世の安定は崩れる。この世の安定が崩れるとどうなるか。世界は滅亡へと向かう。今、この世の安定は崩れようとしている。
どうして? 友達に尋ねたことがある。それは、いろんな技術の進歩で、生まれるものが増え、死ぬものが減っているからさ。進歩って繁栄のために起きるものだよね? 友達はうなずく。そうだよ、進歩してるのに破滅へ向かうなんて、皮肉なんだよ。退化のための進化なんだね、やっぱりクズだ。
新しい友達はこう言った。大きな戦争が減ったのも一因だろうね、戦争や自然災害や時々起こる大きな事件は、命の安定を図るためにこの世が仕組んだものだと思うんだ。この世が? そうさ、例えば身体にばい菌が入ると、咳が出たり、熱が出たりするだろう? 戦争や災害はそれに近いものなのさ。僕はうなずく。なるほど、つまり戦争や災害は、この世が、この世に侵入してきた敵たちから自分を守るために起こしているってことだね? つまり増え過ぎた人間たちは、ばい菌ってことだね? そういうこと、君の言う通り、人間はクズなんだよ。
そのとき別の友達が食ってかかった。それはいくらなんでも不謹慎だし言い過ぎだよ、確かに人間は、ばい菌みたいだしクズだけど、精一杯生きているんだし、ばい菌と違って、どうにかこの世界と共存していこうとしているんだよ。
そう言われた友達は返す。どこが不謹慎なんだよ、僕は別に人間が殺されるべきだとか言いたいわけじゃないし、思ったことを言っているだけだよ。それに世界と本当に共生しようと思ってる人間なんているのかい? 結局いつも最後は自分のために他を犠牲にするんだろ? 下手すりゃばい菌よりも質が悪い。そんなことないぞ。そこから二人は喧嘩を始めた。ちょっと五月蝿かったから二人とも捨てた。
僕が捨てて来た友達はおおよそ一千。その辺のクズがやってるフェイス何とかとかいうやつの友達の人数より遥かに多い。その辺のクズと違って僕はすぐに友達も作れる。その辺のクズとは違って僕は自分の意見も持ってる。その辺のクズと違って僕は頭が良い。その辺のクズと違って、僕は僕は僕は僕は……。
ふと周りを見渡すと、ティッシュのゴミ屑がそこら中に散らかっていた。僕が作ったてるてる坊主は、昼なのに棺桶の中のように閉じられた、真っ暗な部屋で幽霊のように横たわっている。その中のどいつにも顔なんてない。
「どうしてこんなことになったんだろう」
僕は呟いたけど、誰も答えてはくれない。友達はもう作り飽きた。
雨はいつか止むのに、いつか虹がかかるのに。どうして僕の雨は止まないのだろう? どうしてどうしてどうして?
静かに目を閉じた。いっその事、僕が。
まぶたの裏側に広がる静かな世界へ。孤独な世界へ。
深緑の上に静かに立って黒い空を見る。散らばるのは、色とりどりの屑たち。この世で一番美しい屑。
あーした天気になあれ