杏と忠勝
「な・に・よ、腹の立つ言い方ね。あんたが誰だかしらないけど、武将にくせにそんなの単なる引きこもりじゃない。もういい! わかった。も~ういいからっ! あんたなんかに頼まなくったって、課題くらい自力でクリアしてやるっての。ふんっ」
売り言葉に買い言葉とはこのことで、あたしはカードをスマホに翳した。
光の粒子があたしを包み、あたしの意識はリアルシステムの中へと吸い込まれていった。
◇◇ ◇
「よろしいのですか? 殿」
ベッドの上には点滅するスマホと、その横に無造作に放り出されたカードがある。
そのカードから声が聞こえてきた。
「何が?」
殿と呼ばれる声の主は不機嫌極まりない様子でそう聞き返した。
「口ではああいっても、本当は気になっているんでしょう?」
ため息まじりに少し呆れたように、もうひとつの声が言った。
「べぇ~つに」
「殿、そこに寝ころばないでください。今から掃除しますので」
「あんだよ、うっせぇなあ」
ウィィィィィン。
ごぼぼぼぼっ。
なにやらけたたましい音がする。
「ちょっ、待て、おまえっ、一体なにで掃除してやがる……吸ってる吸ってる。俺の魂魄吸い込まれるって」
「お仕事しないなら、いっそ吸い込まれちゃってください。うふふ」
「うふふって……そんな泣く子も凍てつくような笑顔を向けられてもだなあ……」
口ごもる『殿』に対して、もうひとつの声はどこ吹く風と言った風情で、話題を変えた。
「おや、殿の主はどうやらさっそくフィールド上で行われている『徳川』部隊との合戦演習に巻きこまれてしまったようですよ?」
「はんっ、そんなの知るかっての……」
ウィィィィィン。
またもけたたましい音がする。
「てんめぇ~小十郎、っていうかギブ……ギブ……ほんとやばいって!!!」
『殿』と呼ばれる声が絶叫した。
一呼吸おいて『殿』は諦めたように言った。
「わかった……わかりましたよ。行きます、行きゃあいいんでしょうが」
それは不機嫌極まりない声色だった。
◇ ◇ ◇
戦国リアルシステムのなかでは、あたしは自動的に小豆ジャージを着用することになっているらしかった。もっともコスチュームはいつでも変更できるらしかったが、面倒なのでこれでいいと思う。
あたしは縁からもらったハリセンを具現化し、本来の課題であった座標3-27の☆1を目指して走り出した。
すでに所領を手に入れたプレーヤーたちによって、あちこちに村が形成されていた。
村のからは鉄を打つたたら場の音や、木材を切る音がせわしなく響いていた。
その少し先には、豊かな田園が広がりちょうど農夫が稲を植えていた。
そんな長閑な光景にあたしは微笑を誘われる。
刹那、敵襲を告げる烽火が上がり、村人たちは阿鼻叫喚となる。
プログラムとはいえ、かなりリアルだ。
あたしは村人を背に庇い、ハリセンを構えた。
「ふん。レベル10、人口100未満の村なんて大した経験値は稼げやしないだろうけど、まあ、いいわ。忠勝、やってしまいなさい」
馬上から女の声がする。
しかも、なんだかそれは聞き覚えのある声色だった。
あたしはおそるおそる、視線を上げて声の主を見た。
ピンクのミニスカ陣羽織風を着て、髪は高くポニーテールに結っているが、彼女はまさしくあたしの友人の杏だったのである。
「あ……杏?」
あたしは驚きのあまり、素っ頓狂な声を出してしまった。
「ていうか、瑠璃?! あんた一体こんな所で何してるのよ」
杏もあたしを見て目を丸くした。
「課題遂行中……みたいな?」
あたしはなんとなくばつが悪くて言葉を濁した。
なんたって杏はこのリアルシステムでどんどん戦功を立てている、徳川の期待の新人であり、かたやあたしはおかしなカードを引いてしまったおかげで、未だに僕となる武将の名前すら知らず、☆1を自力で獲得するために躍起になっている落ちこぼれなのだ。
「瑠璃、あんたひょっとしてまだ所領すら獲得してないわけ?」
わかっているであろうに、杏はあたしを小馬鹿にしたような声色でそう言った。
あたしが言葉に詰まってしまうと、横から忠勝が助け舟を出してくれた。
「気にすること、ないでござる。瑠璃さまは初陣されたばかりゆえ、このシステムになれるのに、少し時間がかかっているだけでござる」
刹那、杏は手に持っていた軍配で忠勝の眉間を激しく打った。
「忠勝! 誰が口を挟めといった?」
それはぞくっとするような冷たい声色だった。
忠勝の額が裂け、血が流れている。
「忠勝! 大丈夫?」
あたしは駆けよって、ハンカチで忠勝の額の血を拭った。
「杏、あんたなんてことするのよ!」
あたしは怒りを込めて杏を睨みつけた。
「瑠璃、あんたに口出しはさせないわ。これは私たち主従の問題だから。忠勝、あんたは勘違いをしている。武将はあくまで主に仕えるための存在。私はあんたの意思を必要としていない。あんたはただ私の命令に従順に従いさえすればいいの」
忠勝は跪き、杏に許しを請うた。
「申し訳……ありませんでした」
忠勝のその声が微かに震えている。
悔しいだろうなって思ったら、涙が出てきた。
「そう? だったら忠勝、瑠璃は所領はなくても、一応城主よ。徳川部隊の勝利のため、瑠璃を打ちなさい」
杏の軍配があたしを指した。