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主と武将

「ほれ、飲めよ」

そういって島崎先生から差し出されたポカリを受け取った。

極度の緊張の後で喉がカラカラに乾いていて、あたしは夢中でそれを飲んだ。

ようやく人心地ついたころに、悔しさが込み上げた。

武将不在の戦いで、人よりも遅れたスタートを切り、そして無様に負けた。

やるせなさが胸を満たして、あたしの目がしらが熱くなった。

「先生、あたし……負けちゃった」

そう呟くと、我慢できなくなって、涙が毀れた。

「えっ……ちょ……九条? あ~、コホン。だから、その、あれだ……高校生にもなって泣くな~!」

島崎先生は思いっきり引いていたが、あたしはかまわず感情の赴くままに号泣した。

「うわ~ん、悔しいようぅぅぅ!」

そういって島崎先生に抱きつくと、先生はその場で固まった。

「ったくお前は……」

そういって島崎先生は小さく溜息を吐いた。

「時と場所をちっとは考えろっての……第三者がこの状況見たら絶対PTAの吊るし上げくうっての」

島崎先生はあたしの髪をくしゃくしゃっと乱暴に撫でた。

「初陣なんてのはなあ、みんなこんなもんなの。まあ、お前の場合多少特殊な例ではあるが、そんなのはすぐに解決する」

あたしはあんまり激しく号泣したので、嗚咽が止まらなかった。

うえっ、ひっく、とやりながら島崎先生を見た。


島崎先生は一見物腰がオッサンくさいけど、まだ二十六歳だ。

青年期特有の若さとしなやかさを備えているが、それでもあたしたち同年代に見られる軽薄さはすでに消えている。


島崎先生はまるで海のようだ。

深くて大きくて温かい。


そう思ったら、なんだか安心した。

「俺の言うこと、信じられるな?」

そういってあたしの顔を覗きこんだ先生に、あたしはこくりと頷いた。

「それに、悔しいと思うのはいい傾向なんだぞ?」

「なんで?」

あたしは聞き返した。

「それはお前が真剣に向き合っているという証拠だからだ」

島崎先生は少し間をおいてそう言った。

「負けても何も思わないようであれば、それはもう見込みがない。でもお前は悔しいと思ったんだろ? だったら今からがお前の本当のスタートだ」

あたしは思わずぽかんとしたマヌケ面で先生を見上げてしまった。

「なに?」

あたしの視線に島崎先生は薄らと赤面した。

「いや、先生がなんかいいこと言ってるなって思って」

あたしは瞳を瞬かせた。

「そんな意外そうな顔をするなっての! 当然だろ? 俺はこう見えても一応教官なんだからな」

そういって島崎先生はまるで照れを隠すようにそっぽを向いた。

「とにかくだ、お前もせっかくそうやってこのシステムに真剣に向き合うようになったんだから、この際お前の武将とも真剣に向き合ってみれば? 案外いい奴かもよ?」


あたしは島崎先生の言葉になぜだか昨日夢に見た、金の髪のオッドアイの青年の面影を思い出した。

その差し出された手の温もりを。


「それにな、けっこう捨てたものでもないんだぞ? 武将と命をわかつほどの信頼関係を結ぶってのはさ」

そういって先生はあたしを振り返った。

「お前が真剣に向き合えば、きっと応えてくれるはずだ。……あいつもまあ……けっこう熱い奴だしな」


え?……けっこう熱い奴って……? 


あたしは先生の発言に眉根を寄せた。

「え? 先生ひょっとしてあたしの武将が誰だか知ってんの?」

あたしが島崎先生に詰め寄ると、先生は露骨に『ぎくっ』という擬音語を背負って後ずさった。

「しっ、知らない、知らない」

「でも今、あたしの武将は熱い奴って」

「それは……あれだ。武将はみんなけっこう熱い奴が多いんだ。一般論、一般論。あははは~っていうか、俺、もうすぐ教官会議なのね、サイナラ~」


そういって先生は脱兎のごとく保健室を出て行った。

ひとり残されたあたしは保険医に挨拶してから家路についた。


帰宅して自室に戻ると、あたしはカードを取り出した。

本当にあたしが真剣に向かい合えば、あたしの武将も応えてくれるんだろうか。

「ねえ、あなたは一体誰なの?」

あたしはカードに話しかけた。

「さあな、あんたに教える義理はねえぜ」

カードから声が聞こえた。

あたしはびっくりして、後ずさった。

「なに今さらマヌケ面してんだよ? それにしてもお前、今日は無様な負け戦だったよな」

心底バカにしたような声色に、あたしはかっとなった。

「誰のせいだと思っているのよ! だいたいあんたが主のあたしを助けないからこうなったんじゃない!」

あたしは怒りのままにカードを思いっきり机に叩きつけた。

「ふんっ、俺はな、はなからお前を主だなんて認めちゃいねえ。お前に選ばれてやったのは、お前がリアルシステムに対してやる気がなかったからだ。どいつもこいつも俺たち『武将』を戦功を稼ぐだけのただの道具としてしか見ていやがらねえ。ふんっ、気に入らねえ。俺たち武将をただの道具としてしかみていないお前らに、なんでわざわざ俺たちが血を流して協力しなきゃならねえんだ? ばかばかしい。だから俺はお前に協力する気なんざ毛頭もち合わせていねえんだよ。それにお前も言っていたじゃねえか。武将の力なんか借りずに、課題くらいクリアしてみせるって」


あたしは頭に血が上って、一瞬軽い眩暈を覚えたのだった。


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