黒十字の男
「うわー、誰? この小豆ジャージの子」
お茶を入れに席を立った教官が、島崎の後ろを通過する際にノートパソコンを覗き見た。
「レベル1でなんだかレベル32の山賊に囲まれちゃってるよ?」
微妙に半笑いである。
「あはははは~、俺が手塩にかけて育てている生徒ですけど? なにか?」
島崎は、のほほんと笑ってお茶をすすった。
「レベル1でどうしてこんな状況になり得るのかが理解できん」
通りすがりの教官は小馬鹿にしたように、首を捻ってみせた。
「まあね、なんか隣の☆1と間違えちゃったらしいですね」
島崎は苦笑を浮かべて、ぽりぽりと頭を掻いた。
「ああ、アホの子ですか。アホの子はこの世界では生き残るのが、さぞかし難しいことでしょうなあ」
そう言い残して、教官はその場を通り過ぎていった。
「ああ、確かにアホの子ですねぇ。九条は……」
パソコンの画面上に、半泣きの瑠璃が映っている。
「しかしね、馬鹿な子ほど愛しいもんなんですよ?」
そして島崎は机の引き出しから、自身のカードを取り出した。
そこに武将の絵はない。
ただ銀色の文字で『究極、シークレットカード』と書かれてある。
島崎はカードをノートパソコンに翳した。
「強制送還装置、ポチっとな」
そしてクリックすると、パソコンの画面上は真っ黒になり、『強制送還装置作動』と赤い文字が忙しく点滅した。
(義久、聞こえるか)
そして島崎は自身の持つカードに念を送った。
(はっ!)
カードから島崎にだけ届く特殊な声が聞こえる。
(今フィールド51の座標(3,-26)☆8の地に、俺の生徒が間違って足を踏み入れちまった。ちょうど山賊レベル32に囲まれている。強制送還装置は発動したが、念の為お前が救出に向かえ)
(御意!)
そして念を押す。
(いいか、絶対に九条にお前の正体を悟られるな。その上で彼女を助け出せ)
(了解いたしました)
義久と呼ばれるカードの声は、それきり通信を断った。
山賊コスチュームのお兄さんに、刃をつきつけられると、今までの人生が走馬灯のように脳裏を駆け巡った。
いくらゲームの世界とはいえ、自身の精神をそのままゲーム内に送りこんで闘っているため、たとえ肉体は傷つかなくても、ひどいダメージを受けるとショックで現実世界に覚醒できなくなってしまうことだってあるのだ。
山賊コスチュームのお兄さんが、あたしに向かってぎざぎざのついた大刀を振り上げた瞬間、
(あたし、こりゃ死んだな)
と覚悟を決めて目を閉じた。
一陣の風が頬を掠めて、あたしは恐る恐る目を開いてみた。
すると山賊コスチュームのお兄さんたちが、微かに歪んで姿を消した。
そしてその場には顔に十字のペイントを施した厳つい男が、巨大なとげとげのついた鉄棒を持って立っていた。
「十字の……家紋? あなたひょっとして島津の部隊の所属なの?」
あたしは茫然と呟いた。
男はバツが悪そうに咳払いをした。
「いえ、違います。断じてちがいますからっ! 家紋? なにそれ、そんなの全然それがしは知らないでござります。ふ~ふ~ふ~ん♪……ああ、これ? この顔のペイントのこと? これは……あのっ、あれでござる。それがし、職業はプロレスラーでござるよ。ヒールレスラー。あははははっ、強そうでござろう? もしくはユニバーサルスタジオジャパンで仮装した後、メイクを落とさずに電車に乗っている、浮かれたバカップルの一味と思って下さっても結構でござる」
この人、嘘をつくのが下手くそすぎる……。
しかし、何か理由があって自身の正体を必死に隠そうとしていることだけは伝わったので、あたしはこの人の正体について、余計な詮索をするのをやめた。
「あの、危ない所を助けてくださって、ありがとうございました」
そういって、あたしは深々と頭をさげた。
「いえっ、あのっ、その……たまたま通りかかったら、貴殿が山賊に襲われていたので、武将として当然のことをしたまでで……それより貴殿には、強制送還装置が発動されているので、間もなくの帰還とあいなろう。準備は良いでござるかな?」
そういって、十字のペイントの男は、地面に落ちていたハリセンの土を払ってあたしに手渡してくれた。
「本当にありがとう。あなたが助けてくれなかったら、一体どうなっていたことか」
あたしはもう一度深々と頭を下げた。
「礼など無用でござる。そうだ、強制送還の際に貴殿が振り落とされない様にシールドを張って置きますね」
そういって黒十字のペイントの男はぱちんと指を鳴らした。
すると大きなシャボン玉がすっぽりとあたしを包み込んだ。
そしてシャボン玉はゆっくりと宙に浮いた。
びっくりしてシャボン玉をどんどんと叩いていると、黒十字の男はあたしに敬礼した。
そのままシャボン玉は空高くに舞いあがって、黒十字の男が小さくなっていく。
空中を高く舞ったシャボン玉が突如弾けて、あたしは勢いよく落下した。
「ふぎゃっ」
そしてあたしは間抜けな声を出して目覚めた。
目が覚めるとそこは保健室のベッドの上だった。
「おー、九条、目が覚めたか~」
そういって島崎先生があたしにポカリを差し出した。