アバター
通常の授業を終えると、あたしは教官室に呼び出された。
「九条、お前今日が初陣の日だったなあ」
担当教官の島崎先生は、机の前のノートパソコンから目を離し、ようやく視線をあたしに向けた。
先生の精悍な顔立ちには無精髭が良く似合っている。
島崎先生は言葉は少ないが、生徒の事をよく気にかけてくれている温かい人柄で、生徒からの人気も高い。
「もう、くじは引いたのか?」
そう問われて、あたしも歯切れ悪く口ごもってしまった。
「あっ、はい。まあ……」
「そうか、で、お前どの武将になったんだ?」
「それが、その……私にもよくわからなくって」
あたしは島崎先生に事の経緯を話した。
「究極、シークレットカード?」
島崎先生も眉を顰めた。
「俺もこんなカードは初めて見たよ、でもまあとりあえずプレイしてみたら? 俺がナビゲーターをやってやるよ」
この国に住まう十六歳を迎えた国民すべてに戦国リアルをプレイすることは義務付けられているのだが、課題の規程をこなしさえすればいいわけで、特に時間指定がされているわけではなかった。
初めてという怖さもあって、あたしは島崎先生にナビゲーターをお願いして戦国リアルに『in』する事にした。
あたしはカードを取り出し、先生のノートパソコンにバーコードを翳した。
「シリアル番号クリア、九条瑠璃、戦国リアル、プレイどうぞ」
ノートパソコンの画面上に文字が表示されて、それをクリックすると、あたしは見知らぬ場所に立っていた。
木造の小さな小屋のような建物の前に縁がいた。
「九条瑠璃さま、お待ちしておりました」
そういって縁があたしに微笑みかけた。
「九条、聞こえるか?」
そのとき、島崎先生の声が聞こえた。
「え? あっ、はい」
「そこはお前のアバターを決定する衣裳部屋だ。そこで好きな衣装を選べ」
「瑠璃さま、こちらでございます」
縁に案内されるままに、あたしは衣裳部屋に入った。
着物、制服、猫耳にはじまり、ここには古今東西、和洋折衷のありとあらゆるコスチュームが用意されていた。
あたしはふりふりのメイド服に視線を向けて
「オタク大国万歳……」
と小さく呟いた。
お色気たっぷりのマニアックな衣装をみていると時代の流れに、敢えて反抗してやる。
なんだかそんな反骨精神がふつふつと沸いてきた。
あたしは数ある衣裳の中からあえて、小豆色のジャージを手に取った。
髪を手早くおさげに編み込んで、衣裳部屋から出てきたあたしに、島崎先生が言った。
「おーい、九条。お前、今の自分の姿に疑問はないか?」
「特にありません」
「そうか、わかった。お前の意思がそこまで固いなら先生はもう何もいわないでおく。しかしな、九条。アバターの衣裳はいつでも変えられるからな。それだけは覚えておけ」
島崎先生の声色が、微妙に無機質だった。
しかしそれ以上なにか言ったらセクハラで訴えてやるからな、とそんな決意を新たにした。
「まあ、瑠璃さまのやる気のなさがひしひしと伝わってくるコーディネートですわね」
なんだかそういう縁の視線も冷やかな気がした。
「知るかっ! 動きやすけりゃそれでいいっつうの。ところで縁、なんか武器になるもんないの?」
戦国リアルというのは、要は意識を送りこんだ仮想のワールドで戦闘をするゲームなのだ。
とりあえず、武器が必要である。
「戦国リアルシステムでは、僕となる武将が主の剣となって戦い、また盾にもなって主を守ります。ですから瑠璃さまはその僕となる武将を召喚してください」
まあ、普通はそうなんだけど……っていうかあたしの僕となる武将って本当に一体誰なんだろう?
「どうすればいいの?」
あたしはふと、あたしの戦いのパートナーとなる武将に興味が沸いた。
「武将の名前を呼んでください」
それがわからなから苦労をしてるのだ。
あたしは小さく溜息を吐いた。
「武将の名前なんて知らないわよ。そんなのあたしのカードには書かれていなかったし」
あたしがそういうと縁は瞳を瞬かせた。
「武将の名前が書かれていないカード……まあ、あの方ですのね」
縁はそういってくすくすと笑いだした。
「縁、あんたはあたしの武将が誰だか知っているの?」
あたしが詰め寄ると、
「ええ、よく存じております」
といって頷いた。
「じゃあ、教えてよ」
あたしは焦れた。
「それはいけませんわ。瑠璃さま」
そしてイラっとする。
縁、あんたはあたしがこのゲームをスムーズに進行する為のプログラムナビゲーターだよね? なに? この意味不明な会話。
「もう、だったらいいわよ。あたしは武将の力なんか借りずに課題をクリアしてみせるわ。だからせめて何か武器を寄越しなさいよ、縁」
少し語気を強めてそういうと、縁はあたしににっこりと笑いかけた。
「そうですか? でしたら、これをどうぞ」
縁はあたしにハリセンを手渡した。
「コスチュームタイトルは、お笑い芸人です」
ねえ、縁、このハリセンで頭をはたく第一号にあなたを認定してもいいかしら?
そこはかとない殺意をこめて、あたしも縁に微笑んでみた。