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蒼き月光の幻

「まったく、ほんと分かってないよね、あのカード師。私は『ランカー』を目指してるんだよ?

だったら、どんどん装備もスキルも追加していかなきゃ、他の人たちに後れをとっちゃうじゃない」


帰り道、杏は憤慨してあたしの前をずんずんと歩いて行く。


「まあ、まあ、そんなこといってもあんたも先月初陣したばっかりなんだしさあ……」


あたしは小走りに杏に駆け寄って、宥めるようにいった。


「甘い! 瑠璃はリアルシステムを理解してない」


杏はくるりと振り返り、あたしの鼻先に人差し指をつきつけた。


「あたしは徳川部隊のエースランカーのakihitoさんから『書状』をもらったんだよ?

君は徳川部隊の期待の新人だって。これがどういうことかわかる?」


鬼気迫る形相でそういった杏に、あたしは思わずたじたじと後退する。


「わかんないわよ。つうかakihitoが誰なのかも知らないし……」


思わず言ってしまって後悔する。

その後、延々と杏にakihitoなる人物が、どのように素晴らしいかについて聞かされる事になった。


杏の話を要約すると、なんでもakihito氏は徳川部隊No3のエースランカーで、超イケメンなのだとか。

戦国リアルシリーズでは、超コンピューターと呼ばれる媒介を通して人の意識をパソコンに転送して闘うというシステムが取られているのだが、その意識空間ではアバターという意識の依り代が使用され、自分の好きなキャラクターを演じることができるのである。


(いや、違うからね、現実は。落ちついてようく考えてみようね。アバターやチャットコメントで妄想膨らませるのは、とっても危険な行為だからね)


あたしは何をいっても決して届かないであろう友人に、そっと心の中でつっこんだ。


尚も自身の僕である忠勝の装備を強化できなかったことに憤慨し続けている杏と駅で別れて、あたしは家路についた。


帰宅すると自室の机の上にカードを放って、あたしは制服のままでベッドに横になった。

「あ~、疲れた」

そういって伸びをする。

「瑠璃ちゃん、ごはんですよ」

お母さんがあたしを呼びに来たので、慌ててあたしは飛び起きた。

「あっ、はい。今行きます」

それはいつもと変わらない日常で、だけどそんな空気がひどく愛おしいと思った。

「お母さん待って」

あたしはなぜだかお母さんの背中に抱きついた。

温かくて、優しい匂いがする。

「あら、どうしたの? 瑠璃ちゃんたら」

お母さんはそう言って微笑んだ。


あたしは明日、十六歳になる。

大人とみなされて、戦国リアルシステムに参戦する。

今日が子供でいられる最後の日。

何がどう変わるわけではないと自身に言い聞かせてみても、漠然とした不安が胸を締め付けるのだ。


お母さんは小さい子をあやすように、ぽんぽんとあたしの背中を叩いた。

(お母さん、もう少しだけあなたの娘でいさせてください)

お母さんの腕の中で、あたしはこっそりと呟いた。


やがて父が帰宅し、家族水入らずの時間を過ごした。

それは平凡で変わり映えのない日常の一コマだったが、その日のあたしにはそれが何物にも代えがたい大切なもののように思えた。


一体何に対して、こんなにもナーバスになっているのかと自分でも自嘲する。

しかし心の中がひどく警鐘を鳴らしているのだ。

自分のなかで今まで築き上げてきた基盤が根底から覆ってしまう。

そんな予感がした。


団らんのひとときを終えて自室に戻ると、神経の高ぶりとは裏腹に、瞼がひどく重い。

目を閉じると意識が深く沈んでゆく。

眠りに落ちる瞬間に、あたしは誰かの声を聞いたような気がした。

「ほう、これが俺の新しい主か」

それは低音の少し癖のある声色で、ひどく耳に心地いいと思った。


あたしは夢を見た。

暗雲立ち込める空の下に、異形の男がひとり立っている。

熱い風が吹いていて、男の金色に輝くを髪を弄ぶ。

男は風に吹かれるにまかせて、きつく一点を睨みつけたまま身じろぎをしない。

その瞳はどこか神さびた雰囲気を持つ金色と銀色のオッドアイである。

青年は、三ケ月を模した兜を脇に抱え、まるで西洋騎士のような細身の鎧を身に纏っている。

それはまるで張りつめた月光のような美しさだとあたしは思った。

冬の夜に輝く、冷たく青い月光だと。


青年はあたしを振り返り、優しく微笑んでいった。

「行くぞ」

青年はそういってあたしに手を差し出した。

あたしは頷いて、差し出された手を取った。

大きくて温かい手。

そしてそれは同時に数多の歴戦を潜りぬけてきた戦士の手でもあった。

彼の温もりが、凍てついたあたしの心を溶かしてゆく。

彼の微笑みが、恐怖にひきつれ、倦んだこの心に救いを与えてくれる。


やがて雲間は晴れ、天上から幾筋もの細い金色の光のが差し込んでいる。

あたしはそんな天を仰いで、泣いている。

泣きながらそして微笑んでいるのだ。


光を背にして、彼が笑っている。

月光、いや、違う。

あなたこそ、あたしの闇を照らす太陽なのだと確信した。


(あなたは誰?)

そう問いたいのだけれど、声が出ない。

ただ涙が熱く頬をつたい落ちた。


そこで目が覚めた。

カーテンの隙間から、朝日が差し込んでいる。

こうしてあたしは十六歳の誕生日を迎えた。

今日があたしの初陣である。


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