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運命のカード

学校を出ると、小雨が降っていた。

あたしは鞄から折り畳み傘をだして、ぽんと開いた。

街の喧騒の中に、小さな傘の花が咲いた。


「ねえねえ、で、さあ、昨日の北条戦なんだけどさあ……」

杏はもうすっかり戦国リアルシステムに夢中である。

徳川の部隊に配属された杏には、密かに憧れている『ランカー』がいるらしい。

話の話題はもっぱらその『ランカー』についてなのだが、あたしにはさっぱりわからない。


ビル郡の植え込みに咲く濃い紫の紫陽花を、細い銀の雨がしっとりと濡らしてゆく。

雨の季節に調整された、宇宙の衛星都市『日の本』。

あたしはこの国のことが結構好きだったりする。


私たちの故郷である地球は、もうずっと昔に核兵器によってひどく汚染されて住めなくなり、こうして宇宙の衛星都市に移住を余儀なくされたわけだけど、私たちは『日の本の民』であることに強く誇りをもっている。


土地は失われても、先人たちの思いは語り伝えられた。

武士(もののふ)』と呼ばれた荒らぶる英雄たちの物語とともに。


表通りを一本奥に入ると、郷愁的な雰囲気の下町街が広がる。

ここは『昭和』という時代を模したテーマパークなのだという。

『商店街』と呼ばれるアーケードの中にはさまざまな店が並び、その一角に『駄菓子屋』はあった。

『駄菓子屋』には『昭和』という時代の子どもたちが遊んだというその時代のさまざまな玩具が置かれていた。

『ゼロ戦』という紙飛行機を少し改良したものや、『ビー玉』という色鮮やかな硝子玉に思わず目を奪われていると、

「おや、いらっしゃい」

店の奥から、白髪の老女が姿を現した。

老女は白髪をきちんとアップに結い上げ、着物と言う『日の本』の民族衣装に割烹着という、スモッグのようなものを身に付けている。

「あのっ、私実は明日が初陣で」

あたしがそういうと、老女は白く霞みがかかった瞳を細めてじっとあたしを見つめた。

人懐こい温かさと同時に、侵しがたい静謐な雰囲気が漂う。

「そうかい、だったら『くじ』を引きにきたんだね」

老女は顔をくしゃりとさせて笑った。

「こっちにきんしゃい」

そういって老婆はあたしたちを奥の間に案内した。

奥の間には神棚が安置され、その神棚には『お御心』と書かれた木の小箱があった。

老女は神棚に向かって丁寧にお辞儀をして、柏手を打った。

「荒らぶる武士(もののふ)の魂たちよ、どうか明日初陣を迎えるこの少女にご加護を与えたまえ」

そういって老女は神棚から、木の箱を恭しく下ろした。

「さあ、引きなさい。これがあんたと運命をともにするカードだ」

「はあ、どうも」

たかがカードを引くのに大仰な、と内心思いながらあたしはカードを引いた。

「え? なにこれ」

あたしの隣にいた杏が、そのカードを不思議そうに見つめた。

「究極、シークレットカード……?」

あたしはカードに書かれていた文字を棒読みした。

「私の引いたカードと全然違う」

杏はカードケースから自分のカードを取り出した。

武将カードには普通絵が描かれている。

杏の引いた自慢の『銀』カードには、立派な鎧に身を包んだ物々しい本田忠勝が描かれている。

しかしあたしの引いたカードには、何も描かれていない。

ただの真っ黒のカードに、『究極、シークレットカード』と銀の文字で書かれているだけだった。

「おっお前さん……そのカードは……」

老女は驚きに目を剥いている。

「なんですか?」

あたしはきょとんとしてそのカードを見つめた。

老女は自身を落ちつかせるために、大きく息を吐いた。

「いや、なんでもない」

老女は軽く頭を振った。

「でもな、お前さんにひとつだけ覚えておいて欲しいことがあるんじゃ」

「はい……」

あたしはおずおずと老女を見つめた。

「このカードはのう、不思議なカードでな、持ち主を選ぶんじゃ。一見お前さんがこのカードを引き当てたかのように見えるがの、実はそうではない。このカードがお前さんを主として選んだのじゃ」

選ばれたも、なにもない。

とりあえずわけがわからない。

なんなのだ、この真っ黒のカードは。

明日が初陣だというのに、果たして何かの役に立つのだろうか。

このカードのせいで、もともと乗り気でない初陣がさらに気の重いものになった。


まあ、いっか。

もともとゲームに興味のないこのあたしが、戦国リアルシステムで戦功なんてそうそう立てられるものではない。

とりあえず、規程の課題をクリアできればそれでいい。

いくら変なカードだろうと、正規のカード師のもとで得たものだ。

シリアル番号はきっとちゃんとしたものだろうし、最低限これで戦国リアルシステムをプレイすることはできるだろう。


課題終了後は放置を決め込んだあたしの横で、杏は嬉々としてパートナーの忠勝のカードの説明を熱心にカード師から聞き出している。

「そうさのう、今はまだお前さんも忠勝も、血気に走って無理な戦いをせんと、フィールドに慣れてひとつひとつ積み上げていく時じゃ。新たなスキルを追加させるよりも、地道にレベルを上げる事じゃ」

老女にそう諭されて、杏は不服そうに口を尖らせた。



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