十六歳の誕生日
世界に君臨するときの権力者は言った。
「人命こそもっとも尊ばれるものであり、国家間の紛争によってこれが失われることを禁ずる」と。
争いのない平和な世界。
それは誰もが望んだものだった。
しかし人が人たりえる限り、理想はどこまでも理想であり、実現しようはずがない。
彼は悟った。
「争うことは人の性、
争うことが人たりえるための本能である」と。
この地球上から、争いが絶えることは決してありはしない、しかしならばせめてその戦いの形態を変え、無益な争いによって人命が失われるという悲劇をなくそうと。
「とまあ、そういう考えのもとに開発されたプログラムが、この『戦国リアル』システムなわけだ」
そういって教官は神経質そうに、メガネの位置を直した。
時はリアル世紀530年。
今あたしたちの目の前には、『戦国リアルシステム』という特殊なソフトが組み込まれたノートパソコンが置かれている。
これが現代を生きる私たちに与えられた戦いの兵器なのである。
今から530年前、ときの権力者であった皇帝デウスの命のもとに全世界にこの『戦国リアルシステム』が敷かれ、国家間の紛争はすべてこの仮想ネットゲームで解決されるようになった。
仮想は仮想たりえず、現実の世界で限りなく重みを増していく。
各国は自国の利権を得る為に、血眼になって優秀な人材を育成する事に尽力した。
そういう経緯から、わが国では十六歳の誕生日を迎えると、全国民が『戦国リアル』をプレイする事が義務付けられているのだ。
当然学校でも一般教養として『戦国リアル概論』なんて教科があるし、今受講している講義も今年十六歳を迎える人たちの準備コースというわけだ。
講義が終わると、斜め後ろに座っていた男子が、少し興奮したような口調で言った。
「あー、俺も早く初陣を迎えたいぜ」
「俺も。ああ、昨日のワールド51の北条戦、めちゃめちゃすごかったよなあ」
少年たちは、まるで酔ったかのように、熱く戦いについて語る。
『ランカー』と呼ばれる仮想の世界を覇する英雄に憧憬を抱き、自身もいつの日にか『ランカー』になることを夢に見ている。
これがこの時代の価値観である。
『北条』というのは、あたしたちの国が遥か昔にまだ『ジパング』と呼ばれていた頃、戦乱の時代に生きた英雄の名前らしい。
あたしたちはその時代を模したシステムの中でそれぞれに、伊達、上杉、北条、武田、徳川、織田、石田、豊臣、毛利、長宗我部、黒田、島津という部隊に分かれて戦う事になる。
(たかがゲームが世界を動かすなんてばかみたい)
あたしは、パソコンの画面を見ながらため息を吐いた。
画面上から可憐な二次元の美少女が、あたしに笑いかけている。
「戦国リアルシステムにようこそ、わたくしはこのシステムにおきまして九条瑠璃さまのナビゲーターを務めさせていただきます、縁と申します」
縁はそういって、画面の前に座るあたしにお辞儀をした。
淡い栗色の髪が揺れ、透き通る翡翠色の瞳がきらきらと輝いている。
「九条瑠璃さま、明日はいよいよ瑠璃さまの十六歳のお誕生日ですね。瑠璃さまの『戦国リアルシステム』の初陣の日です」
「え? ああ、うんそうだね」
あたしは対話システムが搭載されているパソコンに相槌を打った。
「瑠璃さまが初陣を迎えるにあたっては『カード』を入手する必要があります」
「あっ、そっかぁ、今日帰りにシリアルカードも取りに行かなきゃなんないのかぁ」
あたしは思わずうんざりとした声を出してしまった。
「ああもう、面倒くさいなあ。縁、うちのPCにシリアル番号送っといてよ」
駄目もとでそう言ってみると、画面上の縁の顔が少し曇った。
「申し訳ありませんが、それはできません。『カード』の入手は瑠璃さまのこれからの勝運を見定める大切な占でございます。どうか専門のカード師のもとをお尋ねください」
画面上で縁がぺこりと頭を下げた。
「わかったよ、帰りに寄ってみる」
あたしはそういってため息を吐いた。
「瑠璃、あんた今日カード入手の日でしょう?」
友人の三宅杏がそういってあたしの肩に手を置いた。
「駄菓子屋、行くんでしょ? だったら私もついていっていい?」
杏の表情は嬉々と輝いている。
『駄菓子屋』というのは、さっき縁がいっていた『専門のカード師』がいる場所だ。
ここでクジを引いて、あたしの闘いの僕となる『武将』を決定するらしいのだが、これは一種の占いを兼ねていて、後々の勝運に深く影響するらしい。
杏は先月初陣した。
そのときに引いたカードが、通称『銀』と呼ばれる、けっこうレアなカードで本田忠勝という武将が杏の僕になったそうだ。
すでに初陣をはたした連中は、目の色を変えて杏のカードを羨ましがった。
レアなカードのおかげで、杏は闘いで戦功を立てていて、仲間内では一目置かれている。
「けっこう戦功ポイント溜まっちゃったから、忠勝に新しい装備をプレゼントしようとおもってさ」
そういって杏はスマホを取り出した。
あたしたちは学校を出て駄菓子屋に向かった。