姉さん、小さな青春です
今日の気分は最悪だ。
いつになく元気ない足取りで、小森は教室へ向かっている。
胃が痛い。
日課としているランニングも今日は出来なかった。
朝飯も食べられなかった。昨日の夕飯も食べてないのに。
ぶっちゃけ体中から駄目オーラでてます、みたいな。
体調不良の原因は明白──昨日親友がやらかしてくれた、くだらない悪戯だ。
(もう、アイツの作った食べ物は絶対口にしねぇ……)
そう固く決意するが、所詮は運動神経だけがとりえの単細胞。また騙されるのも時間の問題である。
「はよーっす」
教室に入ると真っ直ぐに席に着く。いつもなら教師が来るギリギリまで友人と戯れているのだが、今日はおとなしくしていよう。とにかく、静かに過ごしたい。
机に突っ伏して寝ていると、啓介がやってきて前の席に座った。
「よ!絶不調だな、小森」
「……てめぇ。誰のせいだと思ってる」
「おぉ、不機嫌だこと」
啓介は外国人がするように大きく肩をすくめると、小さな紙包みを小森に寄越す。
「?何、これ」
「正露丸とキャベジンのまごころギフトでございます」
「中途半端な優しさが、何かムカツク……」
全くの無関心ならば、それはそれで余計ムカツクのだが。
まあ、これでも一応啓介なりの誠意なのだろう。小森が受取ろうとしたその時、
「おっはよー!」
とバカ明るい声が聞こえると同時に背中に衝撃が走った。
「いってぇー!!」
勢いづいて机に頭をぶつけたことで、二次災害勃発。
背中と、振動の伝わった胃(絶賛大弱り中)と、額。踏んだり蹴ったりだ。
漫画とかでよくやる鞄で人の背中を叩くの、あれは良くない。痛いからホント!
小森の背中を盛大にぶっ叩いてくれた犯人は、振り向かずともわかっている。
二人とよくつるんでいる友人、鮎川智希だ。
無駄に爽やかで、常に高いテンション。
啓介とは違う意味で一緒にいると疲れる、小森の悩みの種その2である。
「あれー、コモちん何で胃おさえてんの?胃ガン?」
「お前はぁ〜!笑顔でそういうブラックな事言うんじゃねぇ!胃が痛いところにお前が追い討ち掛けてくれたんだよっ!」
「うへぇ、マジで胃ガンか?!ゴメンね寿命縮めて」
「…………も、いい」
そんなやりとりを見て啓介は肩を震わせて笑いを堪えている。
智希の言動は、啓介のツボに入りやすい。
ふと、智希の後ろに見知らぬ女の子が居ることに気づく。
「サトキ、その後ろの……」
「っと、そうそう。コモちんに訪ね人」
「おい、そういうことは早く言えよ!」
小森と目が合うとにっこり微笑んで会釈をする少女。
かなり可愛い子だ。……が、覚えが無い。
「誰、誰?コモちんの彼女?俺と啓クンの美形ツートップ差し置いてやるじゃーん」
面白そうに耳打ちしてくる智希はとりあえずシカト。
どこで会ったんだっけと考えを巡らせていると、彼女が口を開いた。
「あの、昨日はありがとうございました」
「ん?昨日?」
「はい、財布を……」
「ああ!あん時の!!」
そこまで言われ、小森はやっと思い出す。昨日昼休み返上で探していた財布の落とし主だ。
その時は探すのに必死で、依頼主の顔をロクに見ていなかった。
「お前、今頃気づいたのかよ」
「啓介。お前もな」
相変わらず、頭の中身はお互い様な二人である。
「本当、昨日はすいませんでした。一生懸命探してくれたのに家にあったなんて、とんだ大ボケですよね」
確かに。その時はとんだおマヌケさんだと思ったが、こうして可愛らしい姿を見ると それすら可愛い茶目っ気に思えるから不思議だ。
というか、ただ単に現金なだけなのだが。
「それで──迷惑かけたお詫びに、春日君と櫻外君に差し入れを、と思ってですね」
大したものじゃないんですが、と前置きしてから
鞄から差し入れを取り出す。
それは、綺麗にラッピングされたクッキーだった。
「うわぁ美味そう〜」
「すげー美味そう」
似たりよったりの感想でハモる二人。
「良いの?こんな大層なモンもらっちゃって」
「もちろん!手作りなんで口に合うかわからないんですが」
すげー、これが手作り!
小森は密かに感動する。
店で売ってる物に引けを取らない程の出来栄えの上に、可愛い女の子の手作りなのだ。
あぁ、ハンドメイド万歳。
昨日啓介にされた仕打ちはもう空の彼方である。
「じゃあ」
「遠慮なく」
「頂きまーーす!」
「あ!!」
当の二人をさしおいて、智希がすばやく手を伸ばしクッキーを口に入れる。
「おぉっ!激ウマ!!」
「てめー智希っ!いつの間に包装解いたんだ!なんだよ、その神業!!!」
「ツッコミどころはそこかよ」
三人のコントの様な会話に笑っていた少女は、授業の予礼を聞くと
「では、」
と教室を去ろうとした。
「あ!良かったら名前……」
「あ、言ってませんでしたね。サヤカです、深山紗香。また迷惑じゃなければ、差し入れ持ってきますね」
小森君、胃 お大事に。
そういって微笑むと彼女はドアの外に消えていった。
「さやかちゃん、かぁ……」
そういや胃、痛かったんだっけ。
さっきまで重かった胃が、少し軽くなった気がした。
「いやぁ」
「青春ですなぁ」
少し顔の赤い小森の後ろで、ニヤニヤと笑う啓介と智希。
小森はすばやくプリントを丸めると、プロ顔負けの剛速球で啓介と智希の頭に打ちつけた。
運動の申し子なめんな!!
──とりあえずクッキー、啓介の分も食ってやる。絶対。